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1.はじめに
1月26日付の毎日新聞に、子どもがインフルエンザに罹患した場合に、その親である労働者に対して会社が休業を命じることがあるが、ある社会保険労務士によると、この場合「ノーワーク・ノーペイの原則」に基づき賃金はゼロとなるとの記事が掲載されていました。
・「子供がインフル」ママパートに“休業命令”はあり?|毎日新聞

ネット上では「これはひどい」との声が大きくあがっていましたが、この場合、賃金はどうなるのでしょうか?

2.会社は労働者に休務を命じることができるのか
そもそも、会社(使用者)は労働者に休務を命じることができるのでしょうか。この点、会社は労働契約の範囲内であれば、どのような指示をするのかは、公序良俗に反しない限り自由にできると解されています。そのため、仕事にかえて自宅で待機するよう指示することも有効です(東京南部法律事務所『新・労働契約Q&A』352頁)。

会社(使用者)は労働者・職場に対して安全配慮義務や職場環境調整義務を負っているので、インフルエンザにかかった子どもの家庭の親などの労働者に休務を命じることは、合理性があるといえるので、その指示は有効であると考えられます。

3.休業手当
つぎに労働者が会社から休務(休業)を命じられた場合、その賃金はどのようになるのでしょうか。雇用契約は契約の一種ですが、契約・債権の総則規定を置いている民法のなかの、第536条2項はつぎのように規定しています。

民法

第536条 (略)
2 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を失わない。(後略)


つまり、債権者=会社の責めに帰すべき事由によって、債務者=労働者が債務(労働を提供する債務)をすることができなくなったときは、債務者=労働者は反対給付を受ける権利(賃金を受ける権利=休業手当)を失わないのです。

すなわち、民法536条2項によれば、会社の責めに帰すべき事由により労働者が休業を命じられた場合は、労働者は賃金を受ける権利を失わないので、労働者は100%の賃金を受け取ることができることになります。

ところで、雇用分野に関しては、民法に規定があるだけでなく、労働基準法や労働契約法などが制定されています。本事例のような休業手当に関して労働基準法はつぎのように規定しています。

労働基準法

(休業手当)
第26条 使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。

(罰則)
第120条 次の各号の一に該当する者は、三十万円以下の罰金に処する。
一 (略)第二十三条から第二十七条まで、(略)の規定に違反した者
(後略)


つまり、労働基準法は、会社がその責に帰すべき事由により労働者に休業を命じた場合、60%の賃金を支払えと規定しています。しかも、これに違反した場合は会社に罰則が科せられます。

民法536条2項が規定する「責に帰すべき事由」が原則として「故意・過失」であるのに対して、労働基準法26条の「責に帰すべき事由」はより広く、「経営上の障害」も含まれると解されています(菅野和夫『労働法 第11版補正版』439頁、ノース・ウエスト航空事件・最高裁昭和62年7月17日)。

4.いすゞ事件
このように、休業手当が支払われる場合には民法は賃金の100%、労働基準法は60%と規定しているわけですが、会社はどちらの規定に基づくべきなのでしょうか。

この点が争点となった、いすゞ事件(東京地裁平成24年4月16日)は、休業に対して60%の休業手当が支払われた有期雇用契約の従業員が100%が正当であるとして残りの40%の支払いを求めた訴訟ですが、裁判所は従業員側の主張を認め、残りの40%の支払いを命じる判決を出しています。これは、原告が有期雇用であったため、期間内の賃金支払いの期待が高いことが考慮されたものと解説されています(東京南部法律事務所・前掲149頁)。

5.まとめ
このように見てみると、会社がインフルエンザのおそれから職場を守るためという経営目的上の理由、すなわち会社の責めに帰すべき事由を理由として、従業員に休務を命じる場合には会社は休業手当を支払わなければなりません。そしてその金額は、有期雇用契約の従業員の場合は100%とする裁判例が存在します。少なくとも、60%の休業手当を支払わない場合、罰則規定がありますので、会社は労基署や労働局などから行政処分を受けるリスクがあります。

あるいは、毎日新聞の本事例の記事のような、「ノーワーク・ノーペイの原則に基づいて給料はゼロ円」という結論はあり得ないことになります。

■参考文献
・東京南部法律事務所『新・労働契約Q&A』149頁、352頁
・菅野和夫『労働法 第11版補正版』439頁

労働法 第11版補正版 (法律学講座双書)

新・労働契約Q&A 会社であなたをまもる10章