1.はじめに
判例時報2564号(2023年10月11日号)に、ネット上の電子掲示板「5ちゃんねる」の書き込みがVtuberとして活動する者(いわゆる「中の人」)を侮辱し、その人格的利益を侵害するものとして、当該投稿に係る発信者情報の開示が認められた興味深い裁判例(大阪地裁令和4年8月31日判決・確定)が掲載されていました。
2.事案の概要
原告Xは、動画配信サイトYouTubeにおいて動画配信活動を行っていたが、その際に自身の氏名(本名)を明らかにせず、「A」の名称を用い、またX自身の容姿を用いずに架空のキャラクターのアバターを使用して動画を投稿したり、Twitter(現X)にツイートを投稿するなどしていた。
これに対してネット上の電子掲示板「5ちゃんねる」の「【バーチャルYouTuer】A…」というスレッドにおいて、「仕方ねえよバカ女なんだから 母親がいないせいで精神が未熟なんだろ」などの書き込みが行われた(以下「本件投稿」)。これに対してXは、本件投稿はAの名称を用いて活動する自身の名誉感情を侵害するものであるとして、5ちゃんねるを運営する被告Yに対して、発信者情報の開示を大阪地裁に請求したものが本件訴訟である。
3.判決の判旨
『上記…によれば、「A」としての言動に対する侮辱の矛先が、表面的には「A」に向けられたものであったとしても、Xは、「A」の名称を用いて、アバターの表象をいわば衣装のようにまとって動画配信などの活動を行っているといえること、本件投稿は「A」の名義で活動する者に向けられたものであると認められることからすれば、本件投稿による侮辱により名誉感情を侵害されたのはXであり、上記…のとおり、当該侮辱は社会通念上許される限度を超えるものであると認められるから、これにより、Xの人格的利益が侵害されたというべきである。そして、法4条1項1号の「権利」には、民法709条所定の法律上保護される利益も含まれるから、特定電気通信を用いて本件投稿が流通したことにより、Xの権利が侵害されたことは明らかである。』4.検討
このように判示して、裁判所は発信者情報の開示請求を認めた。
(1)名誉棄損・名誉感情の侵害
名誉とは、人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価であると解されています。この社会的評価を低下させる行為がインターネット上で行われた場合には、報道・出版などマスメディアによる表現行為の場合と同様に、名誉棄損として不法行為が成立する可能性があります(民法709条、710条、723条、2ちゃんねる動物病院事件・東京地裁平成14年6月26日判決など、TMI総合法律事務所『IT・インターネットの法律相談』62頁)。
(2)Vtuberへの名誉棄損など
Vtuber(バーチャルYouTuber)とは、一般的に、アバターを使用してYouTubeなどの動画配信サイトにおける動画配信活動などを行う者と理解されています。
Vtuberについては、①「あくまで生身の人間がキャラクター・アバターの表象をまとって動画配信を行う」パーソン型と、②「キャラクターこそがVtuberの本体であり、生身の人間がその背後にいてキャラクターを操作しているわけではない(いわゆる「中の人」はいない)」キャラクター型の2つの中間に様々なVtuberが存在するとされ、パーソン型のVtuberについては、名誉棄損、誹謗中傷、ハラスメントなどが行われた場合には、その「中の人」が自らの人格権を行使して法的保護を受けることは可能とされています(原田伸一朗「バーチャルYouTuberの肖像権」『情報通信学会誌』39巻1号54頁)。
本判決はこの考え方に沿うものといえます。なお本事件に類似してVtuberへの誹謗中傷について「中の人」の人格的利益の侵害を認めた先例となる裁判例として、東京地裁令和3年4月26日判決などがあるようです(中崎尚「本人(中の人)とアバターの関係性」Web3時代に向けたメタバース等の利活用に関する研究会(総務省サイト))。
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■参考文献
・判例時報2564号(2023年10月11日号)24頁
・TMI総合法律事務所『IT・インターネットの法律相談』62頁
・原田伸一朗「バーチャルYouTuberの肖像権」『情報通信学会誌』39巻1号1頁
・中崎尚「本人(中の人)とアバターの関係性」Web3時代に向けたメタバース等の利活用に関する研究会|総務省
■関連する記事
・名誉棄損的なTwitter(現X)のツイートに「いいね」したことに不法行為責任が認められた裁判例-東京高判令4.10.20
・ネット上の「なりすまし」によるGoogleの口コミへの投稿について本人の人格権に基づく削除請求が認められた裁判例-大阪地判令2.9.18