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とある会社の社員が、法律などをできるだけわかりやすく書いたブログです

タグ:保険法

1.はじめに
2025年10月30日に、最高裁第一小法廷で人身傷害保険の死亡保険金の帰属に関する非常に興味深い判決が出されたので見てみたいと思います。
・最高裁判所第一小法廷令和7年10月30日判決|裁判所

2.事案の概要
(1)平成31年、AはY損害保険会社(三井住友海上)との間で本件人身傷害保険条項のある自動車保険契約を締結した。本件人身傷害保険にはつぎのような特約条項があった。

「保険金請求権者は、人身傷害事故によって損害を被った次のいずれかに該当する者とする。
(ア)被保険者。ただし、被保険者が死亡した場合はその法定相続人とする。(本件条項1))
(後略)」

(2)Aは、令和2年1月、上記保険契約の被保険車両を運転中に自損事故を起こし、これにより死亡した。Aの子らはいずれもAの相続について相続放棄をし、Aの母であるBがAの遺産を単独で相続した。Bは本件人身傷害保険に基づく死亡保険金請求権を相続により取得したとして、Yに対して本件人身傷害保険に基づく死亡保険金の支払いを求めて提訴した。Bは第一審継続中に死亡し、Bの子であるXが本件訴訟を承継した。

3.判旨
(Y社の上告棄却)
「本件人身傷害条項によれば、人身傷害保険金は人身傷害事故により生ずる損害に対して支払われるものとされ、本件条項1の柱書きは、保険金請求権者を「人身傷害事故により損害を被った」者とする旨を定めている。

…そして、損害を填補する性質の金員の支払等がされた場合は、当該金員の額を控除するなどして人身傷害保険金を支払うものとされている。これらの点からすれば、本件人身傷害条項において、人身傷害保険金は、人身傷害事故により損害を被った者に対し、その損害を填補することを目的として支払われるものとされているとみることができる。

…そして、本件人身傷害条項では、人身傷害事故により被保険者が死亡した場合においても、精神的損害につき被保険者「本人」等が受けた精神的苦痛による損害とする旨の文言があり、(略)死亡保険金により填補されるべき損害が、被保険者自身に生ずるものであることが前提にされているといえる。 以上のような本件条項1の文言、本件人身傷害条項の他の条項の文言や構造等に加え、保険契約者の通常の理解を踏まえると、本件条項1は、人身傷害事故により被保険者が死亡した場合を含め、被保険者に生じた損害を填補するための人身傷害保険金の請求権が、被保険者自身に発生する旨を定めているものと解すべきである。本件条項1のただし書は、死亡保険金の請求権について、被保険者の相続財産に属することを前提として、通常は法定相続人が相続によりこれを取得することになる旨を注意的に規定したものにすぎないというべきである。

したがって、死亡保険金の請求権は、被保険者の相続財産に属するものと解するのが相当である。」


4.分析
(1)損保の保険実務上は、人身傷害保険の死亡保険金の帰属につき、約款の解釈として法定相続人が原始取得する考え方(原始取得説)をとっている保険会社が多数のようである。一方、学説は、被相続人より相続により取得するという考え方(承継取得説)が多数となっているようである。

(2)承継取得説は、実損てん補型の傷害保険契約であるので、傷害疾病損害保険であり、被保険者死亡の場合の保険金請求権は法定相続人に相続により承継取得されるとする見解である(洲崎、山下友信、山下典孝など)。一方、原始取得説は、被保険者死亡の場合の保険金請求権は、法定相続人によって原始取得されるとする見解である(佐野、大塚など)。(後掲の坂本貴生論文35頁参照)

(3)損保の保険実務の多くが原始取得説を採用しているのは人身傷害保険の策定時当時、約款策定者は「取扱いの内容は、既存の無保険車傷害保険に準じる」としており、つまり、自動車保険において加害運転者(とその遺族)の補償をカバーしようという商品の趣旨から、被保険者が死亡した場合の保険金受取人を相続人としての固有財産として、そのことを保険会社が約款に規定したものと考えられている。(後掲の松本裕夫論文129頁以下参照)

(4)この点、本最高裁判決は、「以上のような本件条項1の文言、本件人身傷害条項の他の条項の文言や構造等に加え、保険契約者の通常の理解を踏まえると、本件条項1は、人身傷害事故により被保険者が死亡した場合を含め、被保険者に生じた損害を填補するための人身傷害保険金の請求権が、被保険者自身に発生する旨を定めているものと解すべきである。本件条項1のただし書は、死亡保険金の請求権について、被保険者の相続財産に属することを前提として、通常は法定相続人が相続によりこれを取得することになる旨を注意的に規定したものにすぎないというべきである。」と判示して、承継取得説に立つことを明らかにしている。

(5)損保の人身傷害保険に関する実務は原始取得説を採用している保険会社が多いとされており、本最高裁判決の影響は大きいと考えられる。生命保険会社においては、生命保険の死亡保険金請求権は保険金受取人の固有の財産であることが判例・通説(最決平成16.10.29)であるところ、これが今後、裁判例等において変更されないか引き続き注視することが必要であると考えられる。

■参考文献
・坂本貴生「人身傷害保険の被保険者死亡における保険金請求権の帰属」『共済と保険』2021年12月号32頁
・松本裕夫「人身傷害保険における現在の約款の問題と課題の一考察」『Kobe University Repository:Kernnel

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保険コンプライアンス・オフィサー2級の試験を受けてきました。

勉強としては、試験の2、3週間前から公式問題集の『保険コンプライアンス・オフィサー2級 問題解説集 2025年10月受験用』を2周して、直前は間違ったところを見直しました。まだ試験結果はわかってないですが、事前に勉強していれば受かる試験という印象です。

そういえば先の国会ではビッグモーター事件等に端を発する保険業法改正が行われ、つい最近も金融庁は保険監督指針改正のパブコメ結果を公表しましたが、それを念頭においていると思われる問題も出題されていたような気がします。

ところで試験会場は青山学院大学だったのですが、やはり綺麗なキャンパスでした…(アウェイ感)。

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■関連するブログ記事
・【備忘録】ビジネス実務法務検定1級の勉強法

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1.はじめに
生命保険契約について、保険契約者からの保険金受取人変更の意思表示が口頭であった場合、保険金受取人の変更は成立したといえるのかが争われ、これを否定した興味深い裁判例(東京地裁令和4年4月28日判決・令3(ワ)2186号、2022WLJPCA04288002)を見かけました。以下見てみたいと思います。
(なお本件訴訟では、保険金受取人変更の意思表示についてだけでなく、保険者への保険金受取人変更の対抗要件についても争点となっておりますが、本稿では割愛します。)


2.事案の概要
(1)生命保険契約の概要

B(昭和46年生)は、生命保険会社Yと平成22年3月1日付でつぎの内容の生命保険契約を締結した。
(ア)保険種類 5年ごと配当付更新型終身移行保険10年満期
(イ)保険契約者・被保険者 B
(ウ)保険金受取人 D(Bの母・補助参加人)
(エ)保険金額 1000万円
(オ)特約死亡保険金・給付金合計額 400万円
(カ)保険約款の規定
本件保険契約に関する保険約款には,「死亡保険金受取人の指定又は変更は,保険証券に表示を受けてからでなければ,被告に対抗することができない」旨が定められていた(5年ごと配当付更新型終身移行保険普通保険約款第34条3項。)。

(2)本件訴訟の概要
Bは、Y社との間で,平成22年3月1日付けで本件保険契約を締結した。なお,その際の手続は,営業職員のCが担当した。XとBは,平成27年3月頃から交際を開始し,同年12月4日に婚姻した。

Cは,本件保険契約の更新時期の約1年前となったため,平成31年3月上旬頃,Bに架電し,保険の更新や見直しに関する話をした。Bはこの電話の際,Cに対し,結婚して住所が変わった旨を伝えた。これを受け,Cは,保険金の受取人をDからXに変更するかどうか確認する等した。Bは,同年3月30日,Cに架電し,面談は同日であったかを確認した。Cが4月6日の予定である旨回答すると,亡Bは,保険の内容についてよく考えたいので4月6日の面談はキャンセルしたい旨述べて電話を切った。Cは,同年4月1日,Bに対し,保険契約の見直しに関して提案することを考えていた保険商品の保障設計書2通及び契約の更新に関する試算資料を送付した。Bは,同年4月26日,くも膜下出血により死亡した。

Y社はDからの保険金請求を受けて、同人に対し、合計1400万円の死亡保険金を据置払いで支払った。これに対して、Xが、本件保険契約の保険金受取人はBにより自分に変更されていると主張して、Y社に対して死亡保険金1400万円および遅延損害金の支払いを求めて提訴したのが本件訴訟である。

3.判旨
(請求棄却)
2 BがXに対して本件保険契約の死亡保険金の受取人をXに変更するとの意思表示をしたか否かについて
(1)旧商法附則2条は,同法の施行日(平成22年4月1日)前に締結された保険契約については保険法(平成20年法律第56号)附則3条から6条までの規定により同法の規定が適用される場合を除いてなお従前の例によると定めており,本件保険契約についても原則として旧商法が適用される。  そして,旧商法の適用下においては,保険金受取人の変更は,保険契約者から新たな保険金受取人に対する意思表示のみによって効力を生じるものと解される(最高裁判所昭和62年10月29日第一小法廷判決・民集41巻7号1527頁参照)。

(2)この点について,Xは,BはXに対してXと婚姻する前の平成30年7月22日に「俺はY社に入っていて,受取人は母にしているんだけど,結婚したら受取人をXに変更するからね。」旨述べ,また,婚姻後の平成31年3月20日頃に「結婚したから保険料の支払金額の関係で契約の見直しと受取人の変更をするから。保険のおばさんにうちに来てもらうけど,いい?」,「受取人をXに変えるけど,万が一俺が死んだら,母にも渡してね。そうしてくれないと,化けて出るからね。」旨述べて,本件保険契約の死亡保険金の受取人を原告に変更するとの意思表示をした旨主張し,X本人がこれに沿う供述及び陳述をする。

 この点,Bが上記主張にかかる発言をした旨の原告の供述及び陳述を裏付ける的確な証拠はないが,この点を措き,仮にBが上記主張にかかる発言をしていたとしても,本件においては,以下のとおり,それによって直ちにBがXに対して本件保険契約の死亡保険金の受取人を原告に変更するとの意思表示をしていたものと認めることはできない。

 すなわち,まず,上記主張にかかるBの発言には(かえって,上記主張にかかるBの発言の内容からすれば,Bは単に「結婚したら受取人をXに変更するつもりである」又は「今度Y社の担当者に来てもらって保険の見直しと受取人の変更の手続をする予定である」旨の今後の意向ないし予定をXに語ったに過ぎないものと解するのが自然である。)。

また,後記3(2)のとおり,Cが,Bに対して保険金の受取人を変更するかどうか尋ねた際に,保険金の受取人は直ちには変更せずに保険の見直しの際に考える旨回答していた旨証言ないし陳述していることからも,Bが当時本件保険契約の保険金の受取人をXに変更するとの確定的な意思を有していたかには疑問がある。これらの事情からすれば,Bが上記主張にかかる発言をしたことをもって,直ちにその時点でBがXに対して保険金受取人変更の意思表示を行っていたものとは認められない。
(略)

 以上によれば,原告の請求は理由がないからこれを棄却する。

4.検討
(1)保険金受取人変更の意思表示

保険金受取人の変更について、現行の保険法43条は、保険事故が発生するまでは、原則として保険金受取人の変更を認め(同43条1項)、その方法として遺言(同44条)によるほかは、保険会社(保険者)に対する意思表示によると規定しています(同43条2項)。

一方、保険法制定前の平成20年改正前商法では、原則として保険金受取人を変更することはできないものの(改正前商法675条1項)、特約によって保険契約者に保険金受取人を変更する権利を留保することができるとされ(同条1項但書)、実務において保険約款上、保険金受取人の変更権を留保していることが一般的であり、本件の保険約款も同様となっていました。そして保険会社の二重払いのリスク回避のために、改正前商法は、保険契約者の保険会社に対する通知が保険金受取人変更の保険会社に対する対抗要件となると規定していました(同677条1項)。

その上で、保険契約者の保険金受取人変更の意思表示について最高裁は、保険契約者の一方的な意思表示で足りるとし、その意思表示の相手方は保険者、新旧保険金受取人のいずれでもよいとしています(最判昭和62・10・29民集41巻7号1527頁)。

本件は、保険法施行前に締結された保険契約が問題となっているため、保険法でなく平成20年改正前商法が適用される事案です(保険法附則2条)。

(2)保険金受取人変更の意思表示に関する裁判例・学説の変遷-保険契約者の意思の尊重vs法的安定性
上の昭和62年の最高裁判決およびそれを支持する学説は、「できる限り保険契約者の真の意思を尊重すべきである」という価値判断が背景にあります。

一方、昭和62年の最高裁判決後、このような保険契約者の意思の尊重を重視した変更の柔軟な認定に疑問が学説において提起されるようになります。すなわち、債権譲渡の確定日付による対抗要件のような意思表示の有無・前後を明確にする仕組みが商法にはないことから、保険金受取人変更が競合する場合、差押債権者等の第三者が発生した場合に法律関係が不安定となるため、保険金受取人変更を柔軟に認める方向に反対し、保険金受取人変更の意思表示の相手方は保険者に限るべきであるとする学説があらわれました。

また、同様に、法的安定性を重視する観点から、保険金受取人変更の意思表示であるといえるためには明確な基準によるべきであるとして、保険金受取人変更の意思表示はただの意思表示では足らず、「確定的な意思表示」が必要であるとする学説も現れました(長谷川仁彦「保険金受取人の変更の意思表示と効力の発生」『中西正明先生喜寿・保険法改正の論点』251頁)。

この点、裁判例においても昭和62年の最高裁判決後、保険契約者の意思の尊重でなく、法的安定性を重視して、保険金受取人変更の意思表示に「確定的な意思表示」を求めるものが現れるようになり、そのような方向が主流となっています(東京高判平成10・3・25判タ968号129頁、東京地判平成9・9・30判タ968号130頁など)。

そして、平成20年の保険法は、上でみたように、保険契約者の保険金受取人変更の意思表示の相手方を保険者と規定しており、昭和62年の最高裁判決の考え方は立法的に破棄されたものといえます。

(3)本件訴訟の判決について
本件は、平成20年改正前商法が適用される事案ですが、Bの発言について、「そもそも本件保険契約の具体的な内容がほとんど表れておらず,その発言の内容に照らしても,Bがかかる発言によって確定的にその保険金の受取人をXに変更する意思表示をしたと認めるのは困難であるといわざるを得ない」「今後の意向ないし予定をXに語ったに過ぎない」と認定して、保険金受取人変更を否定しています。

これは、上でみた昭和62年の最高裁判決以降の、保険金受取人変更の意思表示に「確定的な意思表示」を求める学説・裁判例の流れに沿うものであり、妥当なものであると思われます。

■参考文献
・山下友信『保険法(下)』307頁
・得津晶「保険金受取人変更の意思表示と対抗要件」保険事例研究会レポート323号6頁

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1.はじめに

金融法務事情2223号(2023年12月10日号)64頁に、損害保険会社の法人向けの傷害総合保険契約に関して、入院保険金等は会社ではなく従業員に支払われるべきとされた興味深い裁判例(大阪高判令5.4.14、控訴棄却・確定)が掲載されていました。これは損保業界の実務に影響がありそうな裁判例なので見てみたいと思います。

2.事案の概要

(1)Y(砕石業の会社)は平成27年5月に損害保険会社との間で全役員および従業員を被保険者とする傷害総合保険契約(本件保険契約)を締結した。本件保険契約においては入院保険金・通院保険金・手術保険金等の保険金請求権者は被保険者もしくはその父母、配偶者または子と保険約款に規定されていた。Yは入院給付金等はYが受け取る趣旨の法人契約特約が本件保険契約には付加されていたと主張しているが、この点については本件訴訟で争われている。

(2)Xは従業員としてY社で働いていた。平成27年9月、YはXに80万円を貸し付けて、Xがこの貸金の分割返済を怠ったときは強制執行を行う旨の公正証書を作成した。Xは平成27年9月25日、就労中に労災事故により受傷し、入院して手術を受けるなどした。そしてYは平成28年9月に損害保険会社から本件保険契約に基づき、入院保険金19万円、休業保険金90万円、手術保険金5万円など合計114万円の保険金(本件保険金)を受取り、またXはその旨を損害保険会社から通知を受けた。

(3)その後、Xは上記貸金をYに返済しないまま他社に転職したため、Yは令和3年4月に上記公正証書に基づき、Xの転職先の会社から支払われる給与を差押えた。それに対してXは、社簡易裁判所に請求異議の訴えを提起し、本件保険金はXが取得すべきものであるにもかかわらずYが保持しているため、XはYに対して引渡請求権または不当利得返還請求権を有しており、これを自働債権として上記貸金債権と相殺したと主張して、上記公正証書に基づく強制執行は認められないとの判決を求めた。社簡易裁判所は本件訴訟を神戸地裁社支部に移送した。神戸地裁社支部(神戸地裁社支部令4.10.11)はXの主張を認めたためYが控訴したのが本件訴訟である。

3.高裁判決の判旨(控訴棄却・確定)

「そうである以上、Yが保険会社から本件保険契約に基づき本件保険金を受け取った場合、当該受取行為は、被保険者である被控訴人からの委託に基づくものでなくとも、同人のためにするものとして、事務管理に該当し、受け取った本件保険金は、特段の事情がない限り、同人に引き渡さなければならず(民法701条、646条1項)、Yがこれを引き渡さない場合には、本件保険金は不当利得になると解される。」

「Yは、当審においても、本件保険契約には法人契約特約(法人を保険契約者とし、その役員、従業員を被保険者とする保険契約において、死亡保険金受取人を保険契約者である法人とした場合に、後遺障害保険金、入院保険金、手術保険金、通院保険金についても死亡保険金受取人に支払う特約)が付されており、したがって、本件保険金の受給権者はYであるから、Yに不当利得が生じる余地はない旨主張する。  しかし、本件保険契約に係る「傷害総合保険契約更改申込書」(乙3)を子細にみても、本件保険契約について、事業者費用補償特約は付されているものの、Yが主張する、法人契約特約が付されていることを明確に示す記載は見当たらない。(略)」

「結局、本件保険契約においては、Yが主張する法人契約特約が付されていたとまでは認めることができない。なお、仮に、本件保険契約において法人契約特約が付されていたとしても、同特約は、本件保険契約の内容や、本件保険金がXの労災事故に起因して給付された入院保険金、通院保険金等であることからしても、保険法8条の規定に反する特約で被保険者であるXに不利なものとして、同法12条により無効であるというべきである。

4.検討

(1)本判決は、とくに「なお、仮に、本件保険契約において法人契約特約が付されていたとしても、同特約は、本件保険契約の内容や、本件保険金がXの労災事故に起因して給付された入院保険金、通院保険金等であることからしても、保険法8条の規定に反する特約で被保険者であるXに不利なものとして、同法12条により無効であるというべきである。」と判示している部分が重要であると思われます。

保険法
(第三者のためにする損害保険契約)
第8条 被保険者が損害保険契約の当事者以外の者であるときは、当該被保険者は、当然に当該損害保険契約の利益を享受する。

(強行規定)
第12条 第八条の規定に反する特約で被保険者に不利なもの及び第九条本文又は前二条の規定に反する特約で保険契約者に不利なものは、無効とする。
すなわち、保険法8条は、損害保険契約において被保険者が保険契約者と別人である場合には、当該被保険者は保険金を受け取ると規定しており、同法12条は同法8条に反する特約で被保険者に不利なものは無効となると規定しています。これらの条文を受けて、本判決は、法人契約特約は、「本件保険契約の内容や、本件保険金がXの労災事故に起因して給付された入院保険金、通院保険金等であることからしても、保険法8条の規定に反する特約で被保険者であるXに不利なものとして、同法12条により無効である」と判示しているのです。

(2)損害保険会社各社から法人向けの傷害総合保険が販売されているところ、その保険金について、これを受け取った企業が社内の補償規程に基づいて従業員に支払えば問題は起きませんが、補償規程がないとか、企業が被った損害にこの金銭を充当するなどして従業員に保険金を支払わずトラブルとなるケースがあるとされています。

この点に関しては生命保険会社各社の団体定期保険(全員加入型のいわゆる「Aグループ」の団体定期保険)においても約30年前に同様の法的トラブルが多発し、最高裁判決(最判平18.4.11民集60巻4号1387頁)などが出され、生命保険会社各社は主契約の保険金は従業員の遺族に、ヒューマンバリュー特約の保険金は法人に支払うとする「総合福祉団体定期保険」を創設するなどの実務対応を行いました。

これに対して、本件判決は損害保険分野における法人向け傷害総合保険の入院給付金等を会社が受け取るべきなのか、従業員が受け取るべきなのかについて訴訟となり、保険法8条、12条に基づいて従業員が受け取るべきと裁判所が判示しためずらしい裁判例であると思われます(金融法務事情2223号66頁コメント部分)。

(3)この大阪高裁判決を受けて、損害保険会社各社は、とくに法人契約特約などの保険約款の保険金を受け取るべき者の規定について見直しを行うなどの対応が必要になると思われます。

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■参考文献
・金融法務事情2223号(2023年12月10日号)64頁
・山下友信『保険法(上)』345頁
・山下友信・竹濱修・洲崎博史・山本哲生『有斐閣アルマ保険法 第3版補訂版』236頁
・出口正義・平澤宗夫『生命保険の法律相談』(学陽書房)314頁

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1.はじめに
遺産分割の裁判において、被相続人を保険契約者兼被保険者、被相続人の妻を保険金受取人とする生命保険契約(定期保険特約付き終身保険およびがん保険)の死亡保険金について民法903条の類推適用による特別受益の持戻しを否定した裁判例(広島高決令和4・2・25(棄却・確定))が判例時報2536号(2023年1月1日号)59頁に掲載されていました。

2.事案の概要
(1)経緯など
抗告人Xは被相続人(訴外A)の母(80代)であり、相手方Yは被相続人の妻(50代)である。XはAの遺産の相続について遺産分割の調停を申し立て、当該遺産分割調停事件は審判に移行した。

本件の争点は、Aを保険契約者兼被保険者、Yを保険金受取人として締結していた定期保険特約付き終身保険(死亡保険金額2000万円、保険料月額1万2000円、本件保険1)およびがん保険(死亡保険金額100万円、保険料月額2000円、本件保険2)に基づく死亡保険金合計2100万円を民法903条の類推適用による特別受益に準じて持戻しの対象とすべきか否かであった。

本件で遺産分割の対象となった財産は預貯金等合計約459万円であるが、それ以外の遺産(預貯金等合計約313万円)については預金が引き出されるなどして現存していなかった。

(2)家族関係など
XはAとは長らく別居し生計も別にしており、夫(Aの父)の死亡後は同夫の自宅不動産をXと長女(Aの姉)が相続して同不動産にX、同長女および次女(Aの妹)の3人で暮らしていた。一方、Y(Aの妻)はAと約10年間同居した後結婚し、Aが死亡するまでの約20年間専業主婦であり、専らAの収入により生計を維持してきた。AとYは子がなく借家住まいであった。

(3)原審判の概要
原審判(広島家審令和3・12・17)は、保険死亡保険金の遺産総額に対する割合は大きいものの、AとYの婚姻期間および同居期間、AとYの生計の状況などを検討し、YとXとの間に不公平が民法903条の趣旨に照らして到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情があるとは認められないとして、本件死亡保険金について民法903条の類推適用による特別受益の持戻しを否定した。これに対してXが抗告。

3.広島高裁令和4年2月25日決定(棄却・確定)の判旨
被相続人を保険契約者及び被保険者とし、共同相続人の1人又は一部の者を保険金受取人とする保険契約に基づき保険金受取人とされた相続人が取得する死亡保険金請求権は、民法903条1項に規定する遺贈又は贈与に係る財産には当たらないが、保険金の額、この額の遺産の総額に対する比率、保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係、各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して、保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には、同条の類推適用により、特別受益に準じて持戻しの対象となると解される(平成16年最決参照)。

『これを本決定についてみると、まず、本件死亡保険金の合計額は2100万円であり、Aの相続開始時の遺産の評価額(772万3699円)の約2.7倍、本件遺産分割の対象財産(遺産目録記載の財産)の評価額(459万0665円)の約4.6倍に達しており、その遺産総額に対する割合は非常に大きいと言わざるを得ない。

しかしながら、まず、本件死亡保険金の額は、一般的な夫婦における夫を被保険者とする生命保険の額と比較して、さほど高額なものとはいえない。次に、前記の本件死亡保険金の額のほか、AとYは、婚姻期間約20年、婚姻前を含めた同居期間約30年の夫婦であり、その間、Yは一貫して専業主婦で、子がなく、Aの収入以外に収入を得る手段を得ていなかったことや、本件死亡保険金の大部分を占める本件保険1について、Yとの婚姻を機に死亡保険金の受取人がYに変更されるとともに死亡保険金の金額を減額変更し、Aの手取り月額20万円ないし40万円の給与収入から保険料として過大でない額(本件保険1及び本件保険2の合計で約1万4000円)を毎月払い込んでいったことからすると、本件死亡保険金は、Aの死後、妻であるYの生活を保障する趣旨のものであったと認められるところ、Yは現在54歳の借家住まいであり、本件死亡保険金による生活を保障すべき期間が相当長期間にわたることが見込まれる。これに対し、Xは、Aと長年別居し、生計を別にする母親であり、Aの父(Xの夫)の遺産であった不動産に長女及び二女と共に暮らしていることなどの事情を併せ考慮すると、本件において、前記特段の事情が存するとは認められない。

4.検討
(1)保険金請求権の固有権性
保険金受取人が保険契約者兼被保険者と別人である場合、その契約は第三者のためにする生命保険契約となり、保険金受取人はその契約の効果として当然に保険金請求権を取得します。この保険金請求権は、保険金受取人が「自己の固有の権利」として原始的に取得するものであり、保険金受取人が相続人であっても、当該保険金請求権は相続財産には属さないとするのが判例・通説です(大判昭和11・5・13、最判昭和40・2・2民集19巻1号1頁、山下友信・竹濱修・洲崎博史・山本哲生『有斐閣アルマ保険法 第4版』284頁)。

(2)保険金請求権と特別受益の持戻しに関する判例・学説
学説の多数説は、保険金受取人として死亡保険金請求権を得た相続人に対する特別受益の持戻しを肯定しています。これは、保険金受取人の指定変更ないし保険金請求権の取得は遺贈・贈与と同視できる実質的な財産の無償処分と認められるからとされています(山下・竹濱・洲崎・山本・前掲285頁)。

一方、最高裁はこの論点について、保険金請求権の固有権性を理由として、保険金請求権は特別受益の持戻しの対象に原則としてならないが、共同相続人に不公平が著しい特段の事情がある場合には、民法903条の類推適用により特別受益の持戻しが認められるとする立場を取っています。そしてこの共同相続人に不公平が著しい特段の事情がある場合につい同判決は、保険金の額、その額の遺産総額に対する比率、同居の有無、被相続人の介護等に対する貢献の度合いなどの保険金受取人である相続人および他の相続人と被相続人との関係、各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して判断されるべきとしています(最高裁平成16年10月29日決定、出口正義・福田弥夫・矢作健太郎・平澤宗夫『生命保険の法律相談』290頁)。

この平成16年の最高裁判決の後、民法903条の類推適用により特別受益の持戻しが認めた裁判例として①東京高決平成17・10・27、②名古屋高決平成18・3・27があり、一方、認められなかった裁判例としては③大阪家堺支審平成18・3・22などがあるようです。相続財産に対する死亡保険金の割合は、①は約99%、②は61%、③は約6%となっているようです(本判決に関する判例時報2536号59頁のコメントより)。

(3)本判決について
このように裁判例は、特別受益の持戻しが認められるか否かについて、「共同相続人に不公平が著しい特段の事情がある場合」の判断について、とくに保険金の額とその額の遺産相続に対する比率を重視しているように思われます。

しかし本判決は、その比率が約2.7倍ないし約4.6倍と非常に高いものであるものの、XとYの同居の有無、Xがまだ50代であること、専業主婦であり借家住まいであること等、各相続人の生活実態を詳しく検討し、「共同相続人に不公平が著しい特段の事情がある場合」には該当しないとして、特別受益の持戻しを否定しています。生命保険契約とくに定期保険特約付き終身保険の趣旨・目的が家庭の生計を支える者に万一があった場合の残された遺族の生活保障であることを考えると本判決は妥当であると思われます。死亡保険金は保険金受取人の固有の財産であるとの判例・通説の考え方にも合致するものといえます。

■参考文献
・『判例時報』2536号59頁
・山下友信『保険法(下)』341頁
・山下友信・竹濱修・洲崎博史・山本哲生『有斐閣アルマ保険法 第4版』284頁
・出口正義・福田弥夫・矢作健太郎・平澤宗夫『生命保険の法律相談』290頁



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