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とある会社の社員が、法律などをできるだけわかりやすく書いたブログです

タグ:保険法

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1.はじめに

金融法務事情2223号(2023年12月10日号)64頁に、損害保険会社の法人向けの傷害総合保険契約に関して、入院保険金等は会社ではなく従業員に支払われるべきとされた興味深い裁判例(大阪高判令5.4.14、控訴棄却・確定)が掲載されていました。これは損保業界の実務に影響がありそうな裁判例なので見てみたいと思います。

2.事案の概要

(1)Y(砕石業の会社)は平成27年5月に損害保険会社との間で全役員および従業員を被保険者とする傷害総合保険契約(本件保険契約)を締結した。本件保険契約においては入院保険金・通院保険金・手術保険金等の保険金請求権者は被保険者もしくはその父母、配偶者または子と保険約款に規定されていた。Yは入院給付金等はYが受け取る趣旨の法人契約特約が本件保険契約には付加されていたと主張しているが、この点については本件訴訟で争われている。

(2)Xは従業員としてY社で働いていた。平成27年9月、YはXに80万円を貸し付けて、Xがこの貸金の分割返済を怠ったときは強制執行を行う旨の公正証書を作成した。Xは平成27年9月25日、就労中に労災事故により受傷し、入院して手術を受けるなどした。そしてYは平成28年9月に損害保険会社から本件保険契約に基づき、入院保険金19万円、休業保険金90万円、手術保険金5万円など合計114万円の保険金(本件保険金)を受取り、またXはその旨を損害保険会社から通知を受けた。

(3)その後、Xは上記貸金をYに返済しないまま他社に転職したため、Yは令和3年4月に上記公正証書に基づき、Xの転職先の会社から支払われる給与を差押えた。それに対してXは、社簡易裁判所に請求異議の訴えを提起し、本件保険金はXが取得すべきものであるにもかかわらずYが保持しているため、XはYに対して引渡請求権または不当利得返還請求権を有しており、これを自働債権として上記貸金債権と相殺したと主張して、上記公正証書に基づく強制執行は認められないとの判決を求めた。社簡易裁判所は本件訴訟を神戸地裁社支部に移送した。神戸地裁社支部(神戸地裁社支部令4.10.11)はXの主張を認めたためYが控訴したのが本件訴訟である。

3.高裁判決の判旨(控訴棄却・確定)

「そうである以上、Yが保険会社から本件保険契約に基づき本件保険金を受け取った場合、当該受取行為は、被保険者である被控訴人からの委託に基づくものでなくとも、同人のためにするものとして、事務管理に該当し、受け取った本件保険金は、特段の事情がない限り、同人に引き渡さなければならず(民法701条、646条1項)、Yがこれを引き渡さない場合には、本件保険金は不当利得になると解される。」

「Yは、当審においても、本件保険契約には法人契約特約(法人を保険契約者とし、その役員、従業員を被保険者とする保険契約において、死亡保険金受取人を保険契約者である法人とした場合に、後遺障害保険金、入院保険金、手術保険金、通院保険金についても死亡保険金受取人に支払う特約)が付されており、したがって、本件保険金の受給権者はYであるから、Yに不当利得が生じる余地はない旨主張する。  しかし、本件保険契約に係る「傷害総合保険契約更改申込書」(乙3)を子細にみても、本件保険契約について、事業者費用補償特約は付されているものの、Yが主張する、法人契約特約が付されていることを明確に示す記載は見当たらない。(略)」

「結局、本件保険契約においては、Yが主張する法人契約特約が付されていたとまでは認めることができない。なお、仮に、本件保険契約において法人契約特約が付されていたとしても、同特約は、本件保険契約の内容や、本件保険金がXの労災事故に起因して給付された入院保険金、通院保険金等であることからしても、保険法8条の規定に反する特約で被保険者であるXに不利なものとして、同法12条により無効であるというべきである。

4.検討

(1)本判決は、とくに「なお、仮に、本件保険契約において法人契約特約が付されていたとしても、同特約は、本件保険契約の内容や、本件保険金がXの労災事故に起因して給付された入院保険金、通院保険金等であることからしても、保険法8条の規定に反する特約で被保険者であるXに不利なものとして、同法12条により無効であるというべきである。」と判示している部分が重要であると思われます。

保険法
(第三者のためにする損害保険契約)
第8条 被保険者が損害保険契約の当事者以外の者であるときは、当該被保険者は、当然に当該損害保険契約の利益を享受する。

(強行規定)
第12条 第八条の規定に反する特約で被保険者に不利なもの及び第九条本文又は前二条の規定に反する特約で保険契約者に不利なものは、無効とする。
すなわち、保険法8条は、損害保険契約において被保険者が保険契約者と別人である場合には、当該被保険者は保険金を受け取ると規定しており、同法12条は同法8条に反する特約で被保険者に不利なものは無効となると規定しています。これらの条文を受けて、本判決は、法人契約特約は、「本件保険契約の内容や、本件保険金がXの労災事故に起因して給付された入院保険金、通院保険金等であることからしても、保険法8条の規定に反する特約で被保険者であるXに不利なものとして、同法12条により無効である」と判示しているのです。

(2)損害保険会社各社から法人向けの傷害総合保険が販売されているところ、その保険金について、これを受け取った企業が社内の補償規程に基づいて従業員に支払えば問題は起きませんが、補償規程がないとか、企業が被った損害にこの金銭を充当するなどして従業員に保険金を支払わずトラブルとなるケースがあるとされています。

この点に関しては生命保険会社各社の団体定期保険(全員加入型のいわゆる「Aグループ」の団体定期保険)においても約30年前に同様の法的トラブルが多発し、最高裁判決(最判平18.4.11民集60巻4号1387頁)などが出され、生命保険会社各社は主契約の保険金は従業員の遺族に、ヒューマンバリュー特約の保険金は法人に支払うとする「総合福祉団体定期保険」を創設するなどの実務対応を行いました。

これに対して、本件判決は損害保険分野における法人向け傷害総合保険の入院給付金等を会社が受け取るべきなのか、従業員が受け取るべきなのかについて訴訟となり、保険法8条、12条に基づいて従業員が受け取るべきと裁判所が判示しためずらしい裁判例であると思われます(金融法務事情2223号66頁コメント部分)。

(3)この大阪高裁判決を受けて、損害保険会社各社は、とくに法人契約特約などの保険約款の保険金を受け取るべき者の規定について見直しを行うなどの対応が必要になると思われます。

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■参考文献
・金融法務事情2223号(2023年12月10日号)64頁
・山下友信『保険法(上)』345頁
・山下友信・竹濱修・洲崎博史・山本哲生『有斐閣アルマ保険法 第3版補訂版』236頁
・出口正義・平澤宗夫『生命保険の法律相談』(学陽書房)314頁

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1.はじめに
遺産分割の裁判において、被相続人を保険契約者兼被保険者、被相続人の妻を保険金受取人とする生命保険契約(定期保険特約付き終身保険およびがん保険)の死亡保険金について民法903条の類推適用による特別受益の持戻しを否定した裁判例(広島高決令和4・2・25(棄却・確定))が判例時報2536号(2023年1月1日号)59頁に掲載されていました。

2.事案の概要
(1)経緯など
抗告人Xは被相続人(訴外A)の母(80代)であり、相手方Yは被相続人の妻(50代)である。XはAの遺産の相続について遺産分割の調停を申し立て、当該遺産分割調停事件は審判に移行した。

本件の争点は、Aを保険契約者兼被保険者、Yを保険金受取人として締結していた定期保険特約付き終身保険(死亡保険金額2000万円、保険料月額1万2000円、本件保険1)およびがん保険(死亡保険金額100万円、保険料月額2000円、本件保険2)に基づく死亡保険金合計2100万円を民法903条の類推適用による特別受益に準じて持戻しの対象とすべきか否かであった。

本件で遺産分割の対象となった財産は預貯金等合計約459万円であるが、それ以外の遺産(預貯金等合計約313万円)については預金が引き出されるなどして現存していなかった。

(2)家族関係など
XはAとは長らく別居し生計も別にしており、夫(Aの父)の死亡後は同夫の自宅不動産をXと長女(Aの姉)が相続して同不動産にX、同長女および次女(Aの妹)の3人で暮らしていた。一方、Y(Aの妻)はAと約10年間同居した後結婚し、Aが死亡するまでの約20年間専業主婦であり、専らAの収入により生計を維持してきた。AとYは子がなく借家住まいであった。

(3)原審判の概要
原審判(広島家審令和3・12・17)は、保険死亡保険金の遺産総額に対する割合は大きいものの、AとYの婚姻期間および同居期間、AとYの生計の状況などを検討し、YとXとの間に不公平が民法903条の趣旨に照らして到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情があるとは認められないとして、本件死亡保険金について民法903条の類推適用による特別受益の持戻しを否定した。これに対してXが抗告。

3.広島高裁令和4年2月25日決定(棄却・確定)の判旨
被相続人を保険契約者及び被保険者とし、共同相続人の1人又は一部の者を保険金受取人とする保険契約に基づき保険金受取人とされた相続人が取得する死亡保険金請求権は、民法903条1項に規定する遺贈又は贈与に係る財産には当たらないが、保険金の額、この額の遺産の総額に対する比率、保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係、各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して、保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には、同条の類推適用により、特別受益に準じて持戻しの対象となると解される(平成16年最決参照)。

『これを本決定についてみると、まず、本件死亡保険金の合計額は2100万円であり、Aの相続開始時の遺産の評価額(772万3699円)の約2.7倍、本件遺産分割の対象財産(遺産目録記載の財産)の評価額(459万0665円)の約4.6倍に達しており、その遺産総額に対する割合は非常に大きいと言わざるを得ない。

しかしながら、まず、本件死亡保険金の額は、一般的な夫婦における夫を被保険者とする生命保険の額と比較して、さほど高額なものとはいえない。次に、前記の本件死亡保険金の額のほか、AとYは、婚姻期間約20年、婚姻前を含めた同居期間約30年の夫婦であり、その間、Yは一貫して専業主婦で、子がなく、Aの収入以外に収入を得る手段を得ていなかったことや、本件死亡保険金の大部分を占める本件保険1について、Yとの婚姻を機に死亡保険金の受取人がYに変更されるとともに死亡保険金の金額を減額変更し、Aの手取り月額20万円ないし40万円の給与収入から保険料として過大でない額(本件保険1及び本件保険2の合計で約1万4000円)を毎月払い込んでいったことからすると、本件死亡保険金は、Aの死後、妻であるYの生活を保障する趣旨のものであったと認められるところ、Yは現在54歳の借家住まいであり、本件死亡保険金による生活を保障すべき期間が相当長期間にわたることが見込まれる。これに対し、Xは、Aと長年別居し、生計を別にする母親であり、Aの父(Xの夫)の遺産であった不動産に長女及び二女と共に暮らしていることなどの事情を併せ考慮すると、本件において、前記特段の事情が存するとは認められない。

4.検討
(1)保険金請求権の固有権性
保険金受取人が保険契約者兼被保険者と別人である場合、その契約は第三者のためにする生命保険契約となり、保険金受取人はその契約の効果として当然に保険金請求権を取得します。この保険金請求権は、保険金受取人が「自己の固有の権利」として原始的に取得するものであり、保険金受取人が相続人であっても、当該保険金請求権は相続財産には属さないとするのが判例・通説です(大判昭和11・5・13、最判昭和40・2・2民集19巻1号1頁、山下友信・竹濱修・洲崎博史・山本哲生『有斐閣アルマ保険法 第4版』284頁)。

(2)保険金請求権と特別受益の持戻しに関する判例・学説
学説の多数説は、保険金受取人として死亡保険金請求権を得た相続人に対する特別受益の持戻しを肯定しています。これは、保険金受取人の指定変更ないし保険金請求権の取得は遺贈・贈与と同視できる実質的な財産の無償処分と認められるからとされています(山下・竹濱・洲崎・山本・前掲285頁)。

一方、最高裁はこの論点について、保険金請求権の固有権性を理由として、保険金請求権は特別受益の持戻しの対象に原則としてならないが、共同相続人に不公平が著しい特段の事情がある場合には、民法903条の類推適用により特別受益の持戻しが認められるとする立場を取っています。そしてこの共同相続人に不公平が著しい特段の事情がある場合につい同判決は、保険金の額、その額の遺産総額に対する比率、同居の有無、被相続人の介護等に対する貢献の度合いなどの保険金受取人である相続人および他の相続人と被相続人との関係、各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して判断されるべきとしています(最高裁平成16年10月29日決定、出口正義・福田弥夫・矢作健太郎・平澤宗夫『生命保険の法律相談』290頁)。

この平成16年の最高裁判決の後、民法903条の類推適用により特別受益の持戻しが認めた裁判例として①東京高決平成17・10・27、②名古屋高決平成18・3・27があり、一方、認められなかった裁判例としては③大阪家堺支審平成18・3・22などがあるようです。相続財産に対する死亡保険金の割合は、①は約99%、②は61%、③は約6%となっているようです(本判決に関する判例時報2536号59頁のコメントより)。

(3)本判決について
このように裁判例は、特別受益の持戻しが認められるか否かについて、「共同相続人に不公平が著しい特段の事情がある場合」の判断について、とくに保険金の額とその額の遺産相続に対する比率を重視しているように思われます。

しかし本判決は、その比率が約2.7倍ないし約4.6倍と非常に高いものであるものの、XとYの同居の有無、Xがまだ50代であること、専業主婦であり借家住まいであること等、各相続人の生活実態を詳しく検討し、「共同相続人に不公平が著しい特段の事情がある場合」には該当しないとして、特別受益の持戻しを否定しています。生命保険契約とくに定期保険特約付き終身保険の趣旨・目的が家庭の生計を支える者に万一があった場合の残された遺族の生活保障であることを考えると本判決は妥当であると思われます。死亡保険金は保険金受取人の固有の財産であるとの判例・通説の考え方にも合致するものといえます。

■参考文献
・『判例時報』2536号59頁
・山下友信『保険法(下)』341頁
・山下友信・竹濱修・洲崎博史・山本哲生『有斐閣アルマ保険法 第4版』284頁
・出口正義・福田弥夫・矢作健太郎・平澤宗夫『生命保険の法律相談』290頁



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無題
1.はじめに
2023年1月号のジュリストに、自動車保険契約などのモラルリスク事案に関する遠山聡先生の判例評釈が掲載されていました。

2.事案の概要
平成26年9月18日、Y損害保険会社(被告)と訴外Aは、保険契約者を訴外B代表A、被保険者および死亡保険金以外の保険金の受取人をX(原告)とする団体保険契約(団体総合生活補償保険契約)を締結した。また、Xは平成27年7月16日にYとの間で、Xが所有する自家用軽貨物自動車(本件車両)につき、記名被保険者をX、人身傷害保険を無制限とする個人総合自動車保険契約を締結した。さらにXは同年同月22日、車両保険金額を30万円とする車両保険を追加して契約した。

Yの個人総合自動車保険普通保険約款には、①保険契約者、被保険者または保険金を受け取るべき者が、Yに保険金を支払わせる目的で損害または傷害を発生させ、または発生させようとしたこと、②被保険者または保険金を受け取るべき者が保険金の請求について詐欺を行い、または行おうとしたこと等を、Yにおいて保険契約を解除しうる重大事由としていた。また、本件団体保険契約の普通保険約款には、被保険者の故意または重大な過失により生じた損害についてはYは保険金を支払わない旨の規定があった。

平成27年7月24日、Xは、本件車両がAが所有しXが居住する建物に接触し、本件車両および本件建物が損傷したとして、Yに対して保険金請求を行った(本件先行事故)。

また平成27年8月30日、X運転の本件車両が対向車線を走行中であった普通自動車と正面衝突する交通事故により、Xは頚椎症性脊髄炎、右膝骸骨骨折などと診断され入院したとしてYに保険金請求を行った(本件事故)。

平成28年10月7日、YはXに対して、Xに重大事由があるとして本件普通保険約款に基づいて本件保険契約を解除する旨の意思表示を行い、保険金の支払いを拒んだ。これに対してXが訴訟を提起したのが本件訴訟である。

原審の広島地裁令和2年10月8日判決(金判1618号28頁)は、Yの主張を認めXの請求を退けた。これに対してXが控訴。

3.本件高裁判決の判旨
控訴棄却(確定)
(1)Xが主張する先行事故に至る経緯や様態に関するXの供述ないし陳述は信用することができず、他に先行事故が発生したことを認めるに足る証拠はないこと、本件保険契約が締結された時期と先行事故の時期が近接していること等は、不自然という他ない。「以上認定の事情を総合すると、Xは、本件先行事故が発生していないにもかかわらず、これが発生したかのように装って、Yに対し…本件先行事故に係る保険金の支払を請求したというべきであり、これは、重大事由(被保険者が保険金の請求について詐欺を行い、又は行おうとしたこと)に当たるというほかない。
 したがって、Yは本件保険契約を重大事由により有効に解除したといえる(。)」

(2)「本件事故は、Xが幹線道路に準じ、自動車の進行方向には2車線が設けられ、見通しのよい直線道路において、自車を対向車線上に進出させて対向車と衝突させたものであるところ、そのような危険な運転をした事情に関するXの弁解が不自然であること、警察官は事故様態から飲酒運転を疑ったものの、Xの呼気からのアルコールも検知されていないこと、そのほかにも、保険金目的でなければ上記のような危険な運転をする理由がうかがわれないこと、Xの経済事情等に照らし、Xの故意によって発生したものと推認するのが相当である。」

「また、…Xは、本件事故の直前、時速40~54㎞で、減速することなく、約2~3秒という長い時間、補助席足元の床に落ちていたライターを拾おうと、全く前を見ず、右手で握ったハンドルの動きについて全く意に介さないまま、身体を大きく左に傾けたというのであって、ほとんど故意に等しい注意欠如の状態であったといえ、その過失の態様及び程度に照らせば、Xには、本件事故の発生につき、重大な過失があったというべきである。」

「したがって、本件事故によるXの損害は、被保険者であるXの故意又は重大な過失によって生じたものといえるから、Yは、Xに対し、本件保険契約および本件団体保険契約に基づく保険金の支払義務を免れるものというべきである。」

4.検討
(1)本判決は、原審と同様に、本件先行事故および本件事故が不自然であること等からYの重大事由解除および重過失免責を認めています。

(2)保険法30条2号は、被保険者が当該損害保険契約に基づく保険給付について詐欺を行い、または行おうとしたことを保険者の重大事由解除の要件の一つとしています。Yの普通保険約款の規定もこれに従うものです。この規定は、保険者と保険契約者等との信頼関係破綻を理由に保険者による保険契約の解除を認めるものです(山下友信『保険法(下)』515頁、萩本修『一問一答保険法』97頁)。

また、重過失の意義については裁判例および学説において対立があるところですが、本判決は、「ほとんど故意に近い著しい注意の欠如した状態」とし、近時の下級審判決と同様の見解を採用しています(東京高裁平成19年12月26日判決・判タ1269号273頁、大阪高裁平成元年12月26日金判839号18頁など)。

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■参考文献
・遠山聡「保険契約の重大事由解除と故意・重過失免責」『ジュリスト』1579号(2023年1月号)130頁
・『金融・商事判例』1618号21頁
・山下友信『保険法(下)』515頁
・萩本修『一問一答保険法』97頁



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1.はじめに
片側二車線道路の中央分離帯付近を歩いていた被保険者の交通事故が、生命保険会社の災害入院給付金等の約款条項の重過失免責に該当しないとした興味深い裁判例(福岡高裁令和2年8月27日判決(確定))が判例時報2505号(2022年3月1日号)56頁に掲載されていました。

2.事案の概要
(1)保険契約
A(本件交通事故当時33歳)はY生命保険会社(住友生命保険)との間で、平成27年4月1日付でAを保険契約者兼被保険者、Yを保険者とする最低保証利率付3年ごと利差変動積立保険契約(本件保険契約)を締結した。本件保険契約には、総合医療特約(180日型・災害入院給付金日額6000円)、入院保障充実特約および障害損傷特約が付加されていた。Aの指定代理請求人はAの母Xが指定されていた(本件訴訟の原告・控訴人)。

(2)交通事故の概要
福岡県に在住するAは、平成28年12月13日午後7時から午後11時まで職場の忘年会に出席して飲酒し、その後同僚とカラオケ店で翌14日午前3時半頃まで滞在して飲酒した。さらにAは同僚とラーメン店でラーメンを食べ、同日午前4時半頃、自宅まで徒歩で帰宅をはじめた。Aは紺のスーツに黒いコートを着て12月14日午前5時頃、まだ冬の夜の暗い時間帯、福岡県春日市の方々二車線の県道の第二車線(制限速度50キロメートル)の中央付近(中央分離帯寄り)を東側の歩道から西側の歩道に向けて県道に沿って歩行していたところ、同県道の第二車線を約50キロメートルで運転していたBの自動車に追突され、頭蓋骨骨折、硬膜下血腫などの傷害を負ったものである。事故当時、Aの血中アルコール濃度は1.25ミリグラム/1ミリリットルであり、これは酩酊度としては第一度(発揚期・微酔)に分類される濃度であり、「へべれけ」に酔っている状態ではなかった。

20220315現場見取り図
(本件訴訟の交通事故現場見取図。判例時報2505号67頁より)

(3)保険金・給付金の請求と保険会社の対応
Aの指定代理人XはY生命保険に対して本件保険契約に基づき、災害入院給付金、手術給付金、入院保障充実特約給付金および障害損傷特約給付金の合計160万円の保険金等を請求したところ、Yは本件交通事故はAの重過失に該当するとして約款所定の重過失免責条項に基づいて保険金の支払いを拒んだ。この点、住友生命保険の最低保証利率付3年ごと利率変動型積立保険普通保険約款の総合医療特約12条1号は「被保険者または保険契約者の故意または重大な過失」の場合には給付金を支払わないと免責条項を置いており、入院保障充実特約、障害損傷特約にも同様の免責規定が置かれている。

住友生命約款
(住友生命保険・総合医療特約12条。住友生命保険サイトより)

これに対してXが保険金・給付金の支払いを求めて訴訟を提起。第一審(福岡地裁令和2年1月16日判決)はYに対して重過失免責を認めたのでXが控訴したところ、第二審(福岡高裁令和2年8月27日判決(確定))はAの重過失を認めず、Yに対して保険金の支払いを命じたのが本件訴訟である。本件訴訟の争点は、Aが二車線道路の中央分離帯寄りを歩行していたことが保険約款の定める重過失に該当するか否かである。

3.判旨
(1)第二審・福岡高裁令和2年8月27日判決(確定)の判旨 (ア)「重大な過失」の意義
『本件免責条項にいう「重大な過失」とは、通常人に要求される程度の相当な注意をしないでも、わずかの注意さえすれば、たやすく違法有害な結果を予見することができた場合であるのに、漫然これを見過ごしたような、ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態を指すものと解すべきである(最高裁昭和27年(オ)第884号同32年7月9日第三小法廷判決・民集11巻7号1203頁、同昭和56年(オ)第111号同57年7月15日第一小法廷・民集36巻6号1188頁参照)。そうであるならば、「重大な過失」を基礎づけるに足りる被保険者等の行為(作為又は不作為)は、故意に保険事故を招致した疑いのあるものである必要はないが、保険事故発生の認識又は認容があれば故意に保険事故を招致したともいえるようなものである必要があるというべきであり、被保険者等の行為がそのようなものであることの立証責任は、保険者にあるというべきである。』

(イ)本件へのあてはめ
『確かに、車道は、車両の通行の用に供するためのものであり(道路交通法2条1項3号)、本件事故現場付近のように両側に歩道がある道路においては、歩行者は、横断等をする場合を除き、歩道を通行することを求められており(道路交通法10条2項)、車道を歩行することは予定されていない上、本件事故が発生したのは、本件事故現場周辺がまだ暗い時間帯であり、そのような中、暗い着衣で本件車道を歩行したAに過失があったこと自体は、否定することができない。

しかし、前記認定事実によれば、本件事故現場は、見通しの良い片側2車線の一般道路上の地点であり、本件事故発生当時の交通は、その直後に行われた実況見分と同様に、閑散としていた可能性が高いと考えられる。

そして、本件防護柵は全長130mほどであって、仮にAが本件防護柵のc3丁目側の端に近い地点で本件車道を横断したとしても、中央分離帯に沿って2分程度も歩けば、本件防護柵のd1丁目の端に到達することが可能であったことになる。

これに加えて、前記認定のとおり、Aが本件車道の第2車線の中央分離帯寄りを歩行していた可能性が高いと推認されることをも併せて考えると、Aにおいて、前記のような道路状況の下でAの後方から接近して来る車両の運転者が、前方を注視して走行することにより、Aの存在を認識し、僅かのハンドル操作により容易にAを回避して、その側方を通過するものときたいすることにも、一定の客観的合理性があったものということができる。

(略)

そうすると、Aには、本件事故の発生について、重大な過失があったということはでき(ない)。

4.検討
(1)旧商法下における被保険者の重過失
保険に関しては従来、商法第2編第10章に保険に関する規定が置かれていたところ、それを元に平成20年(2008年)に独立の法律として保険法が制定され、平成22年(2010年)4月から施行されています。なお、海上保険については現在も商法の第3編第6章に条文が置かれています。

旧商法下においては、損害保険について、旧商法641条に「保険契約者若クハ被保険者ノ悪意若クハ重大ナル過失ニ因リテ生シタル損害ハ保険者之ヲ塡補スル責ニ任セス」と保険契約者または被保険者の故意・重過失を免責とする規定が置かれており、同様に海上保険に関する旧商法829条(現商法826条2号)も同様の規定を置いています。

それに対して生命保険の保険者(=保険会社)の免責事由について定める旧商法680条は被保険者の自殺、犯罪行為など(同1号)や保険契約者の被保険者の故意による殺人(同3号)などを規定していましたが、保険契約者または被保険者の重過失については規定していないものの、生命保険会社の傷害保険特約や災害割増保険特約などの約款条項には保険契約者または被保険者の重過失を免責とする条項が置かれているのが一般的でした。

そのようななか、生命共済に加入していた被保険者が5、6合の酒を飲酒したあとに制限速度40キロメートルの屈曲した道路を時速70キロメートル以上の速度で自動車を運転し、レッカー車と衝突して死亡した事案について、最高裁昭和57年7月15日判決は「本件共済約款における災害給付金…の免責事由である「重大な過失」とは、…商法641条及び829条にいう「重大な過失」と同趣旨のものと解すべき」と判示し、生命共済、生命保険についても重過失免責を認める判断をしています。

この旧商法641条等の保険契約者・被保険者の故意・重過失を免責とする規定の趣旨は信義則または公序良俗を守るためであるとするのが判例・多数説です(大森忠夫『保険法 増補版』148頁)。

(2)保険法17条、80条の制定
2008年に成立した保険法の第17条は、損害保険について旧商法641条を原則として引き継ぐ内容となっています。また、傷害疾病定額保険について同80条1号は「被保険者が故意又は重大な過失により給付事由を発生させたとき」を免責事由としており、災害関係特約の被保険者の重過失の解釈問題は立法的に解決されています。この点、保険法制定のための平成19年8月8日法制審保険法部会「保険法の見直しに関する中間試案」第2-3(9)注3、別冊商事法務321号「保険法立案関係資料」)155頁において、保険法の立案担当者は、上の最高裁昭和57年7月15日判決を引用し、旧商法641条と同趣旨で傷害疾病定額保険についても被保険者の重過失を法定したと説明しています。

(3)保険法17条、80条の重過失免責の判断基準
保険法17条、80条の重過失免責の判断基準は解釈にゆだねられていますが、大審院大正2年12月20日判決は、積荷保険契約に関して、重過失を「容易ニ違法有害ノ結果ヲ予見シ回避スルコトヲ得ヘカリシ場合ニ於テ漫然意ハス之ヲ看過シテ回避防止セサリシガ如キ殆ト故意ニ近似スル注意欠如ノ状態」と判示しています。

つぎに、明治32年に制定された失火責任法は失火の場合は民法709条は適用しないと規定しつつ、但し書で「重大ナル過失」の場合はそれを否定しています。そして失火責任法但し書の「重大な過失」が争われた最高裁昭和32年7月9日判決は「重大な過失」について上の大審院大正2年12月20日判決を承継することを明らかにしています。また、上の最高裁昭和57年7月15日判決の調査官解説は、同判決はこの最高裁昭和32年7月9日判決を承継しているとしています(伊藤瑩子「最高裁判例解説民事編昭和57年度」639頁)。

(4)被保険者の重過失に関する裁判例
しかし被保険者の重過失について判例・学説の争いは決着したとは言い難い状況のようです。裁判例においては、①「ほとんど故意と同視すべき著しい注意欠如」(大阪高裁平成18年11月29日判決など)や、①-2「わずかに注意さえ払えば、違法有害な結果を予見することができたのにそうしなったもの」(東京地裁平成17年10月17日判決など)等、昭和32年の最高裁判決、昭和57年の最高裁判決の立場に立つものがある一方で、②注意義務の程度のみならず、信義則・公序良俗の趣旨、行為の社会的非難可能性等についても総合考慮するものが存在します(秋田地裁昭和31年5月22日判決、仙台地裁平成5年5月11日判決など)。

なお保険法の立案担当者は被保険者の重過失について、旧商法641条と同趣旨であり、重過失の判断基準は大審院大正2年12月20日判決のものであると考えています(萩本修『別冊商事法務321号 保険法立案関係資料』155頁、115頁、斉藤真紀「傷害保険契約における免責事由としての「被保険者の重大な過失」の意義」『保険法判例百選』210頁)。

まとめ3

(5)被保険者の重過失に関する学説
学説においては、重過失の解釈基準について、最高裁の昭和32年判決、昭和57年判決などのように「ほとんど故意に近い注意義務違反」と厳格に解釈する多数説と「著しい注意義務違反」とする少数説に分かれています。

厳格に解釈する多数説は、訴訟の攻撃防御において、保険会社側が故意を立証するのが困難であるため、故意の立証の困難を救済するために故意と重過失を並べて主張することに注目して、重過失を故意の代替概念ととらえているとされています(石田満『商法Ⅳ保険法 改訂版』194頁、江頭憲治郎『商取引法 第5版』450頁、竹濱修「生命保険契約および傷害疾病保険契約特有の事項」『ジュリスト』1364号48頁、潘阿憲『保険法解説』(山下友信・米山高生編)438頁)。

これに対して、訴訟上の実務を認めつつも、「一般人を基準とすれば甚だしい不注意で足り、故意が高度に疑われる場合に限るべきではない」とする有力説も存在します(山下友信『保険法』(2005年)368頁)。

山下教授のこの学説は、保険約款による保険契約などの符合契約においては、多数の契約を画一的に規律するために、個々の顧客の理解を基準に解釈するのではなく、画一的な解釈つまり客観的解釈をすべきであり、それはつまり平均的あるいは合理的な保険契約者の理解、あるいは保険契約者の合理的な利益を考慮した合理的な意思により約款は解釈されるべきであるとの符合契約における原則的な考え方に基づくものであると思われます(山下・前掲117頁)。

まとめ4

(6)本件高裁判決について
本件高裁判決は保険法80条および保険約款の「被保険者の重過失」の解釈について、最高裁昭和32年7月9日判決、最高裁昭和57年7月15日判決などと同様に「ほとんど故意と同視すべき著しい注意欠如」であるとして、被保険者の保険事故時の状況を検討し、「ほとんど故意と同視すべき著しい注意欠如」の状態ではなかったとして保険会社側の免責を認めず、給付金の支払いを命じています。

しかし、本件訴訟の第一審判決(福岡地裁令和2年1月16日判決・判例時報2505号62頁以下)は、重過失の解釈基準を「ほとんど故意と同視すべき著しい注意欠如」であるとしつつも、Aが相応の飲酒をした上で午前5時という周囲がまだ暗い時間帯に、片道2車線の県道の第2車線の中央付近を歩行または佇立していたこと、そのときの服装は紺のスーツに黒のコートであり自動車の運転者から発見が困難なものであったこと等から、被保険者には「ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態」であったと認定し、保険会社側の免責を認めています。

生命保険の元支払査定担当者として考えると、少なくとも本件訴訟のような事案は支払いあるいは不払いがあっさりと決まるものではなく、事実の確認(事項の確認、調査)を実施し、報告書などを基に慎重な判断を行うものであると思われます。

保険契約の締結時期から保険事故発生まで約1年しか経過していない早期の保険事故であることを考えると、自殺免責の可能性、あるいはいわゆる「当たり屋」などのモラルリスク(不正な保険金詐取)の危険を念頭に、管理職あるいはさらにその上が慎重な判断や決済を行うべき事案であると思われます。

一般論としては、冬のまだ夜の明けていない午前5時頃に片側2車線の県道において、飲酒をした上で黒色系の服装で第2車線の中央部分を歩行する行為は、一般人の合理的な理解としても非常に危険な行為であり、「ほとんど故意と同視すべき著しい注意欠如」との判例の重過失の判断基準に立つとしても被保険者の重過失に該当すると考える余地があるように思われます。個人的には、保険会社は給付金支払いを免責されるとの第一審判決のほうが妥当であったように思われます。

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■参考文献
・判例時報2505号(2022年3月1日号)56頁
・山下友信・米山高生編『保険法解説』(潘阿憲執筆)427頁、437頁
・山下友信『保険法』(2005年)117頁、367頁
・斉藤真紀「傷害保険契約における免責事由としての「被保険者の重大な過失」の意義」『保険法判例百選』210頁
・萩本修『別冊商事法務321号 保険法立案関係資料』155頁、115頁
・長谷川仁彦・竹内拓・岡田洋介『生命・傷害疾病保険法の基礎知識』269頁
・塩崎勤・山下丈・山野嘉朗『専門訴訟講座3 保険関係訴訟』432頁
・塩崎勤・山下丈編『新・裁判実務体系19 保険関係訴訟法』(福田弥夫執筆)394頁















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1.はじめに
生損保の保険会社各社は保険約款に暴力団排除条項(暴排条項)を設けていますが、この暴排条項を根拠として法人契約を解除した保険会社の対応は正当とする興味深い判決が出されていました(広島高裁岡山支部平成30年3月22日判決)。

本判決は下級審判決ではあるものの、保険約款上の暴排条項の適用を有効と認定した初の公開事例です。また、暴排条項の一つの「その他反社会的勢力と社会的に非難されるべき関係を有していると認められること」について具体的な例示を行っている点で、保険訴訟以外の分野においても参考になる事例であると思われます。

2.広島高裁岡山支部平成30年3月22日判決(控訴棄却・確定)
(1)事案の概要
(a)保険契約など
平成26年8月、塗装工事・土木工事等を業とするX株式会社は、Y1生命保険およびY2損害保険との間で、保険契約者をX、被保険者をXの代表取締役Qとする生命保険と損害保険のセット商品である経営者大型総合保障制度保険契約を締結した。

Y1らの普通保険約款の「重大事由による解除」の条項にはつぎのような暴排条項が規定されていた。

第 18 条(重大事由による保険契約の解除および保険金の不支払等)
当会社は、次の(1)から(6)のどれかに該当する事由が発生した場合には、この保険契約を将来に向って解除することができます。
(1)~(4) (略)
(5) 保険契約者、被保険者または保険金の受取人が、次の(ア)から(オ)のどれかに該当する場合
 (ア) 反社会的勢力に該当すると認められること
 (イ) 反社会的勢力に対して資金等を提供し、または便宜を供与するなどの関与をしていると認められること
 (ウ) 反社会的勢力を不当に利用していると認められること
 (エ) (略)
 (オ) その他反社会的勢力と社会的に非難されるべき関係を有していると認められること
  (後略)
(大同生命保険「無配当年満期定期保険(無解約払戻金型)」より)

(b)経緯
Qは暴力団組長Rの犯した傷害事件の被害者であるSに被害申告をしないよう約束させRに対して便宜を供与したり、その後、被害申告をしたSに対してRが逮捕されたことに因縁をつけ、X社の工事代金支払い債務を免れようとする等した。

そこで、県は平成26年9月1日付で、同日から平成28年8月31日までの間、X社を入札指名業者から排除する旨の措置を行った。

これを受け、Y1およびY2は、平成27年11月13日付の各通知により、各普通保険約款の暴排条項に基づき、本件各保険契約を解除する旨の意思表示を行った。

これに対して、Xが本件各保険契約の保険契約者の地位を確認する訴訟を提起したのが本件訴訟である。

原審(岡山地裁平成29年8月31日判決)では、X側は、本件暴排条項は、保険金不正請求を招来する高い蓋然性がある場合に限り適用されるように限定解釈すべき規定であると主張したが、裁判所は限定解釈すべきではなく、また、あいまいかつ広範ということもできないとしてY1らの保険契約解除は正当としてX側の主張を退けた。Xが控訴。

(2)判旨
『Xは、本件排除条項が、暴力団していると単に噂されたり、暴力団員と幼な間柄という関係のみで交際したりしているだけでは適用されないと解釈できるというだけでは、どのような場合に「社会的に非難されるべき関係」と評価されるのか明らかではないと主張する。

 しかし、本件排除条項の趣旨が、反社会的勢力を社会から排除していくことが社会の秩序や安全性を確保する上で極めて重要な課題であることに鑑み、保険会社として公共の信頼を維持し、 業務及び健全性を確保することにあると解されることは、 前記1で引用した原判決が説示するとおりである。

 また、本件排除条項は、被保険者等が、①反社会的勢力に該当すると認められること、②反社会的勢力に対して資金等を提供し、または便宜を供するなどの関与をしていると認められること、③反社会的勢力を不当に利用していると認められること等に加えて、「その他反社会的勢力と社会的に非難されるべき関係を有していると認められること」と規定するものである(甲7、8 )。

 そうすると、本件排除条項の「社会的に非難されるべき関係」とは、前記①ないし③に準じるものであって、反社会的勢力を社会から排除していくことの妨げになる、反社会的勢力の不当な活動に積極的に協力するものや、反社会的勢力の不当な活動を積極的に支援するものや、反社会的勢力との関係を積極的に誇示するもの等をいうことは容易に認められる。

 よって、本件排除条項が、控訴人が主張するような意味において不明確ということはできず、上記の観点からその適用すべき場合の限界を画されているといえるから、控訴人の前記主張は採用できない。』

このように本高裁判決は判示し、QのSに対する行為は「反社会的勢力の不当な活動を積極的に支援するものや、反社会的勢力との関係を積極的に誇示するもの」に該当するとし、Y1・Y2の保険契約解除は正当であるとしてXの主張を退けました。

3.検討・解説
(1)暴排条項導入の経緯
政府の平成19年の「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」の策定と、金融庁の平成20年3月の「保険会社向けの総合的な監督指針」の一部改訂等(監督指針II -4-9「反社会的勢力による被害の防止」)により、保険会社は反社会的勢力との一切の関係遮断が求められることになりました。それを受けて、平成23年、生命保険協会および日本損害保険協会はそれぞれ暴排条項の約款例を策定・公表し、平成24年4月以降、生損保の各保険会社の保険約款に暴排条項が順次導入されてゆきました(長谷川仁彦・竹山拓・岡田洋介『生命・傷害疾病保険法の基礎知識』200頁)。

(2)重大事由による解除条項と暴排条項の構造
平成20年に成立した保険法は、「保険者の保険契約者、被保険者又は保険金受取人に対する信頼を損ない、当該生命保険契約の存続を困難とする重大な事由」があるときは、保険会社(保険者)は、「生命保険契約を解除することができる」とする、いわゆる「重大事由による解除」の規定を新設しました(保険法30条3号、57条3号、86条3号)。これは故意による事故招致による不正な保険金請求などのモラルリスクを排除するためです(萩本修『一問一答保険法』97頁)。

保険法

(重大事由による解除)
第五十七条 保険者は、次に掲げる事由がある場合には、生命保険契約(第一号の場合にあっては、死亡保険契約に限る。)を解除することができる。
 一 保険契約者又は保険金受取人が、保険者に保険給付を行わせることを目的として故意に被保険者を死亡させ、又は死亡させようとしたこと。
 二 保険金受取人が、当該生命保険契約に基づく保険給付の請求について詐欺を行い、又は行おうとしたこと。
 三 前二号に掲げるもののほか、保険者の保険契約者、被保険者又は保険金受取人に対する信頼を損ない、当該生命保険契約の存続を困難とする重大な事由

そして、冒頭の2.(1)(a)でみたように、この重大事由による解除の規定をより具体化するために、生命保険各社の保険約款には重大事由による解除の条項が規定されています。この保険約款における重大事由による解除の条項の一つに暴排条項は規定されています。

この点、暴排条項に該当することが、保険法57条3項などの要件である「保険契約者等に対する信頼を損ない、当該保険契約の存続を困難とするものである」といえるか否かが問題となりますが、反社会的勢力等が保険金詐取等の犯罪行為に関与する蓋然性は通常人に比べて相当に高いと考えられ、また、反社会的勢力等に属すること自体から保険金不正請求を招来する高い蓋然性があることから、「信頼関係が破壊され、契約継続が困難」であると考えられるので、保険約款の暴排条項は保険法57条3項等の重大事由による解除の規定の趣旨に沿い、その一つの条項であるといえるとするのが学説・保険実務のおおむねの理解です(日本生命保険『生命保険の法務と実務 第3版』316頁、山下友信・永沢徹『論点体系 保険法2』214頁)。

なお、 保険法の重大事由による解除は、片面的強行規定 (保険法33条2項、65条2号、 94条2号)であることから、保険法に比して保険契約関係者にとって不利な約款規定は無効となる点も問題となります。しかし、モラルリスク事案等の保険制度の健全性を害する行為の排除を目的とした重大事由による解除の保険法の趣旨は、暴排条項の規定目的と合致すること、暴排条項がもたらす保険契約の解除という効果も、重大事由による解除の予定する範囲であることから、片面的強行規定に反することにはならないと解されています(日本生命保険・前掲215頁、山下・永沢・前掲215頁)。

(3)本高裁判決における暴排条項
本高裁判決は、本件の保険約款の暴排条項が保険法上の重大事由による解除として位置づけられるのか否か、そして、本件暴排条項が保険法上の片面的強行規定に抵触しないのか否かについては明確には述べていません。

しかし、2.(2)でみたように、本高裁判決は、Xの本件暴排条項が不明確であるとの主張に対して、「本件暴排条項の趣旨が…保険会社として公共の信頼を維持し、業務の適切性及び健全性を確保することにある」ことは「原判決が説示するとおりである」と述べ、本件暴排条項の効力とその行使を否定していません。そのため、本高裁判決は、学説・保険実務の立場に近い考え方をしているように思われます。

加えて、本高裁判決は、本件暴排条項の「反社会的勢力と社会的に非難されるべき関係」の意味と、当該条項の具体的事案へのあてはめを行っている点も注目されます。

つまり、本高裁判決は、「反社会的勢力と社会的に非難されるべき関係」とは、「(被保険者等が、①反社会的勢力に該当すると認められること、②反社会的勢力に対して資金等を提供し、または便宜を供するなどの関与をしていると認められること、③反社会的勢力を不当に利用していると認められること)に準じるものであって、反社会的勢力を社会から排除していくことの妨げになる、(a)反社会的勢力の不当な活動に積極的に協力するものや、(b)反社会的勢力の不当な活動を積極的に支援するものや、(c)反社会的勢力との関係を積極的に誇示するもの、と(a)~(c)の3類型を具体的に例示して判示しています。

そのうえで本高裁判決は、本件のQがSに対して行った一連の行為は、(b)(c)に該当するとして、「反社会的勢力と社会的に非難されるべき関係を有していると認められる」とあてはめを行い、結論としてY1らの本件各保険契約の解除を肯定しています。

このように本判決は、下級審判決ではあるものの、保険訴訟における保険約款上の暴排条項の適用を肯定した初の公表事例として、また、暴排条項中の「反社会的勢力と社会的に非難されるべき関係」の意味や具体的例示を行った判決として保険実務および企業法務全般において意義のあるものといえます。

■参考文献
・『金融法務事情』2090号70頁
・『銀行法務21』830号65頁
・山下友信・永沢徹『論点体系 保険法2』214頁
・日本生命保険『生命保険の法務と実務 第3版』316頁
・長谷川仁彦・竹山拓・岡田洋介『生命・傷害疾病保険法の基礎知識』200頁
・萩本修『一問一答保険法』97頁
・潘阿憲『保険法概説 第2版』275頁、280頁

論点体系 保険法2

生命保険の法務と実務 【第3版】

生命・傷害疾病保険法の基礎知識

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