
1.はじめに
2026年9月25日、パーク24グループが運営するカーシェアリング「タイムズカー」のWebシステムへの不正アクセスが発覚しました。同社の発表(第2報)によると、約660万件の個人情報が漏えいしたとされています。同社の第3報では、運転免許証画像などの本人確認書類が漏えいしたアカウントは約160万件とされています。
大規模な事案で報道も多いため、事実関係の詳細は報道や公式発表に譲り、本ブログ記事では、「退会した人も含め、被害者は運転免許証画像の消去をタイムズカーに求められるのか?」という点を、現行の個人情報保護法に沿って検討したいと思います。
2.漏えいした情報と対象者
本個人情報漏えい事故の対象は、タイムズカー会員とタイムズビジネスサービス会員の現会員と退会済みの人であり、入会を申し込んだものの完了しなかった人も含まれるとされています。
漏えいした情報は、「氏名 ・法人会員様の所属部署名 ・住所 ・生年月日 ・電話番号 ・メールアドレス ・運転免許情報 ・本人確認書類情報 ・パスワード ・連携サービスID」となっています。なお、パスワードは復元できない形式で保管されていたとされ、クレジットカード情報は同社が保有していないため対象外とされています。
3.なぜ退会後も運転免許証の画像データ等を7年間も保管しているのか?
運転免許証画像には、氏名、住所、生年月日、顔写真が一枚に載っています。これらの情報については、悪意の第三者によって、本人になりすまして、例えば銀行口座の開設、クレジットカードの作成、消費者金融の借入などがなされてしまう「なりすまし」のリスクがあるため、タイムズカーが、なぜいつまで保管していたのかが問題となっています。
この点、タイムズカーの公式FAQ(「タイムズカーWebサイトへの不正アクセスに関し よくあるご質問」10月1日付)のQ8は、退会後も情報を保管している理由を次のように説明しています。
・氏名・住所・生年月日:税法に基づき7年間つまり、タイムズカー自身が、運転免許証画像の保管理由を税法とは説明していません。税法上の保存義務は一般に取引に関する帳簿や書類が対象であり(法人税法施行規則59条・所得税法施行規則63条等)、免許証画像そのものの保存を義務づけているとは考えにくいところです。
・運転免許情報および画像:なりすまし対策やお問い合わせ対応のため7年間
Twitter(X)上では、タイムズカーを退会したユーザーの方が同社に運転免許証の画像データ等の消去を求めたところ「税法で7年間保持が必要」と案内されたという投稿もみられますが、同社の一般的な対応かどうかは確認できません。
この点、個人情報保護法22条は、事業者は「個人データを…利用する必要がなくなったときは、当該個人データを遅滞なく消去するよう努めなければならない。」と規定しています。
しかしこれはあくまでも努力義務なので、これだけでタイムズカーの取扱いが直ちに違法とはいえません。論点となるのは、同社における運転免許証等の画像データの保存期間が7年とやや長いことが、「利用する必要」がある期間として合理的といえるかどうかといえます。この点、例えば民法166条1項1号は債権の消滅時効を5年としていること等から、7年という保存期間はやや長すぎるように思われます。
4.被害者は利用停止・消去は請求できるか?
個人情報保護法35条5項・6項は、次のように定めています。
5 本人は、個人情報取扱事業者に対し、当該本人が識別される保有個人データを当該個人情報取扱事業者が利用する必要がなくなった場合、当該本人が識別される保有個人データに係る第二十六条第一項本文に規定する事態が生じた場合その他当該本人が識別される保有個人データの取扱いにより当該本人の権利又は正当な利益が害されるおそれがある場合には、当該保有個人データの利用停止等又は第三者への提供の停止を請求することができる。(1) 請求できる3つの場合 35条5項が定める請求の入口は3つです。それぞれについて、「法令・ガイドライン(通則編3-8-5-1)はどう定めているか」→「タイムズカーのユーザーはどうなるか」の順に整理します。
6 個人情報取扱事業者は、前項の規定による請求を受けた場合であって、その請求に理由があることが判明したときは、本人の権利利益の侵害を防止するために必要な限度で、遅滞なく、当該保有個人データの利用停止等又は第三者への提供の停止を行わなければならない。ただし、当該保有個人データの利用停止等又は第三者への提供の停止に多額の費用を要する場合その他の利用停止等又は第三者への提供の停止を行うことが困難な場合であって、本人の権利利益を保護するため必要なこれに代わるべき措置をとるときは、この限りでない。
① 利用する必要がなくなった場合
【法令・ガイドライン】
22条と同様、利用目的が達成され、保有する合理的な理由が存在しなくなった場合などをいいます。ガイドラインは、不採用になった応募者の情報について、再応募への対応等のための合理的な期間が経過した後に請求した場合を例に挙げています。複数の利用目的があるときは、全ての目的について判断されます。
【タイムズカーでは】
主に退会者が対象です。同社は、免許証画像を「なりすまし対策やお問い合わせ対応のため」退会後も7年間保管するとしています(FAQ Q8)。この7年が「利用する必要がある」期間として合理的かどうかが争点です。この入口は、漏えい対象かどうかにかかわらず使えます。
② 26条1項本文の事態が生じた場合(大規模な個人情報漏えい事故の場合)
【法令・ガイドライン】
本人のデータについて、漏えい等の報告対象事態(=大規模な個人情報漏えい事故)が生じたことをいいます。
【タイムズカーでは】
不正アクセスによる約660万件の漏えいは、報告対象事態に当たり得ます(同社も個人情報保護委員会に報告したとしています)。したがって、漏えい対象に含まれるユーザーは、現会員・退会者を問わず、この入口から請求できる可能性があります。対象に含まれない人は使えません。対象かどうかは、個別通知や、退会者向けの問い合わせフォームで確認します。
③ 権利又は正当な利益が害されるおそれがある場合
【法令・ガイドライン】
「権利又は正当な利益が害されるおそれ」の「おそれ」は、一般人の認識を基準に客観的に判断されます。ガイドラインは、安全管理措置を十分に講じておらず、本人のデータが漏えい等するおそれがある場合を例に挙げています(安全管理措置義務[23条]違反そのものは請求原因ではなく、この③を通じて問題になります)。
「正当」かどうかは、事業者に本人の保護の必要性を上回る特別な事情がない限り、請求に応じる必要があるとされ、事業者側の事情として、違法・不当な行為を防止するために取り扱う事情などが考慮されます。
【タイムズカーでは】
免許証画像の漏えいは、なりすましに悪用されるおそれがあり、この入口の根拠になり得ます。一方、同社は保管理由を「なりすまし対策」としており、上記の事情として主張する可能性があります。ただし、原因が未公表で、安全管理措置が不十分だったかどうかは現時点では判断できません。
(2) どこまで応じてもらえるか(「必要な限度」と代替措置)
【法令・ガイドライン】
請求に理由があっても、事業者が応じるのは「本人の権利利益の侵害を防止するために必要な限度」です。全てのデータを求められても、一部の対応でおそれを防止できるなら、一部に限定できます(3-8-5-2)。また、利用停止等が困難な場合は代替措置が認められ(6項ただし書)、ガイドライン(3-8-5-3)は、①法令で保存が義務づけられているデータを、保存期間の終了後に消去すると約束する場合、②重大な漏えいで契約が存続しているため困難として、再発防止策を講じる場合、を例に挙げています。「困難な場合」には、事業者が正当な事業活動でそのデータを必要とする場合も含まれ得ます。
【タイムズカーでは】
次のように整理できます。
•免許証画像だけを消去し、税法上の保存が必要な氏名・住所・生年月日は残す、という切り分けが考えられます。
•氏名・住所等は、保存期間(7年)の終了後に消去するという代替措置(①)で足りる可能性があります。
•現会員は契約が続くため、再発防止策(②)で足りるとされる可能性があります。退会者は契約が存続しないため、この例は当てはまりにくいです。
•ただし、同社が画像の保管の必要性を主張する余地は残ります。
(3) ユーザー別の見通し 以上をまとめると、請求の見通しは、ユーザーのタイプによって次のように分かれます。
•漏えい対象の退会者:①②③の全てを主張できます。免許証画像の消去を求める余地が最も大きく、氏名・住所等は税法上の保存が残る可能性があります。
•漏えい対象の現会員:②③から請求できます。ただし、契約が続いているため、消去ではなく、再発防止策などの代替措置で対応される可能性があります。
•漏えい対象外の退会者:②は使えず、①(保管期間の合理性)で請求することになります。
•共通:いずれも、同社が「なりすまし対策」などを理由に保管の必要性を主張する余地があり、実際の対応は現時点では分かっていません。
5.タイムズカーの請求手続は適法か
タイムズモビリティの手続ページによると、利用停止・消去の請求方法は次のとおりです。 •郵送のみ(簡易書留または配達記録郵便)。来社での請求は不可
•同社所定の請求書に、全て自筆で記入
•本人確認書類(運転免許証、在留カード、個人番号カードのいずれか)のコピーを同封
•回答は請求書の受領後1か月以内。利用停止・消去は手数料なし
37条1項は、事業者が請求の受付方法を定めることができ、本人はその方法に従う必要があるとしています。一方、同条4項は、手続を定めるに当たっては、本人に過重な負担を課すものとならないよう配慮しなければならないとしています。
本人確認は必要であり、書留郵送にも、紛失防止や到達確認という合理性はあります。ただ、免許証画像が漏えいした人に、免許証のコピーを改めて郵送させる構造には疑問が残ります。また、請求書の住所、確認書類の住所、同社の登録住所が一致しないときは本人確認ができない場合として対応しないとされています。免許証は住所変更があれば裏面のコピーも求められていますが、退会後に転居した人の扱いなど、基準は十分明らかではありません。
このタイムズカーの取扱いは、37条4項の配慮義務に違反するとまでは言い切れません。ただ、漏えい事故の被害者が請求する場面であることを考えると、確認方法の選択肢を広げるなどの運用の工夫が望まれます。
6.請求が拒否された場合
事業者は、利用停止等を行ったとき、または行わない旨を決定したときは、遅滞なく本人に通知しなければなりません(35条7項)。措置をとらない旨を通知する場合には、理由を説明するよう努めなければなりません(36条。努力義務)。同社の手続ページも、対応できない場合は理由を付記して通知するとしています。
それでも応じてもらえず、被害者が裁判上の請求(民事訴訟)をする場合は、まず事業者に請求し、その到達から2週間を経過した後でなければ訴えを提起できません。ただし、事業者が請求を拒んだときは、この限りではありません(39条)。
7.令和8年の個人情報保護法改正との関係
2026年7月に成立した令和8年の改正個人情報保護法(7月17日公布)は、2028年7月までに段階的に施行される予定で、現時点では未施行です。そのため今回の事案に適用されるのは現行法です。
改正法では、特定生体個人情報について、違反がなくても利用停止等を請求できる規定が新設されますが、免許証画像が対象に含まれるかどうかは、今後の政省令やガイドラインを確認する必要があります。
8.まとめと今後の注目点
公式FAQによれば、免許証画像は退会後も「なりすまし対策・問い合わせ対応」を理由に7年間保管されています。税法で説明されている氏名・住所等とは、保管理由が異なります。運転免許証の画像データの保存期間が7年というのはやや長すぎると思われます。また、現行法では、法違反がなくても、35条5項により利用停止・消去を請求できます。画像だけの消去は、35条6項の「必要な限度」とも整合的です。
一方、事業者側は「なりすまし対策」などを理由に、保管の必要性を主張する余地があります。実際に請求した場合にどう対応されるかは、まだ分かっていません。手続は書留郵送が中心で、免許証のコピーの再送が必要です。37条4項の観点から、運用の改善が望まれます。
今後は、原因と再発防止策、請求への実際の対応、補償方針(FAQ Q6では、調査結果を踏まえて決定予定とされています)に注目したいと思われます。
(注)本ブログ記事は2026年10月3日時点の公表情報に基づきます。
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■参考資料(いずれも2026年10月3日閲覧)
•タイムズカー「不正アクセスに関する調査結果および今後の対応について(第2報)」
•同(第3報)
•タイムズカー「よくあるご質問」(2026年10月1日)
•タイムズモビリティ「保有個人データ開示等の請求等に関する手続きについて」







