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タグ:個人情報漏えい

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1.損保4社で合計250万件の顧客の個人情報の漏えい
損害保険大手4社の保険契約者の個人情報が代理店を通じて他社に漏れていた問題で、漏洩した個人情報が4社で計約250万件に上ることを損保4社が金融庁に報告し公表しました。損害保険ジャパンが約99万1千件、東京海上日動火災保険が約96万件、三井住友海上火災保険が約33万6千件、あいおいニッセイ同和損害保険が約21万7千件だった。保険契約者の氏名、住所や電話番号、証券番号などが漏えいしていたとのことです。

情報漏れの経路は、主に二つであり、一つは、自動車ディーラーなどの保険代理店から他社に契約者情報がメールで共有されたケースで、全体の9割超にあたる約226万5千件に上った。関わったディーラーなどは延べ約1200社。

もう一つは、保険代理店に出向した損保社員が、他社の契約者情報を、出向元の損保に持ち出すケース。全体の1割弱に当たる約23万8千件で、情報を取られた代理店は延べ119店だったとのことです。損保各社は「個人情報の漏えいにあたるとの認識をしていなかった」等と釈明しているそうです(「損保4社、250万件漏洩 他社に氏名や電話番号 代理店通じ「共有」黙認」朝日新聞2024年8月31日付記事より)。

■損保各社のプレスリリース
・保険代理店との間で発生した保険契約情報の不適切な管理に関する対応状況|損保ジャパン
・情報漏えい事案にかかる金融庁への報告について|東京海上日動
・保険代理店ならびに当社出向者による情報漏えい事案の調査結果について|三井住友海上
・保険契約情報の不適切な管理に伴うお客さまへの通知文書の発送開始について|あいおいニッセイ同和損保

2.個人情報保護法から考える
上の一つ目のケースを考えると、保険代理店が他社保険代理店に保険契約者の個人情報をメールで「共有」することは、他者保険代理店がグループ会社などでない限りは個情法の「共有」(個情法27条5項3号)には該当せず、本人の同意のない違法な目的外利用(18条1項)、違法な第三者提供(27条1項)であると考えられます。また個人情報の提供を受けて受け取った側の保険代理店は、個人情報の適正取得の義務違反です(20条1項)。

また二つ目のケースは、保険代理店に出向した損保社員が、他社の契約者情報を、出向元の損保に持ち出すことは、当該保険代理店については安全管理措置違反(23条、24条)が成立し、また当該保険代理店に委託を行っている損保会社は委託先の監督違反(25条)が成立すると考えられます。さらにその個人情報を受け取った損保会社は個人情報の適正取得の義務違反となると考えられます(20条1項)。加えて、保険代理店から個人情報の持ち出しを行った損保社員は、個人情報等データベース不正提供罪が成立する余地があるのではないでしょうか(179条)。

3.保険業法・ガイドライン・監督指針から考える
(1)保険業法・保険業法施行規則
保険業法100条の2は、「保険会社は…顧客に関する情報の適正な取扱い…その他の健全かつ適切な運営を確保するための措置を講じなければならない」と規定しています。そしてこれを受けて保険業法施行規則53条の8は、「保険会社は、その取り扱う個人である顧客に関する情報の安全管理、従業者の監督及び当該情報の取扱いを委託する場合にはその委託先の監督について、当該情報の漏えい、滅失又は毀損の防止を図るために必要かつ適切な措置を講じなければならない。」と規定しています。そのため、損保各社は保険業法100条の2および施行規則53条の8に抵触していることになります。

保険業法
(業務運営に関する措置)
第100条の2
保険会社は、その業務に関し、この法律又は他の法律に別段の定めがあるものを除くほか、内閣府令で定めるところにより、その業務に係る重要な事項の顧客への説明、その業務に関して取得した顧客に関する情報の適正な取扱い、その業務を第三者に委託する場合における当該業務の的確な遂行その他の健全かつ適切な運営を確保するための措置を講じなければならない。

保険業法施行規則
第53条の8
保険会社は、その取り扱う個人である顧客に関する情報の安全管理、従業者の監督及び当該情報の取扱いを委託する場合にはその委託先の監督について、当該情報の漏えい、滅失又は毀損の防止を図るために必要かつ適切な措置を講じなければならない。
(2)金融分野個人情報保護ガイドライン
また、金融庁の「金融分野における個人情報保護に関するガイドライン」の第10条は、損保会社を含む金融機関は、「その取扱いを委託された個人データの安全管理が図られるよう、法第25条に従い、委託を受けた者に対する必要かつ適切な監督を行わなければならない。」(1項)と規定し、委託先を「定期的に監査を行う等により、定期的又は随時に当該委託契約に定める安全管理措置等の遵守状況を確認し、当該安全管理措置を見直さなければならない」(3項2号)等と規定しています。損保各社はこのガイドラインに抵触していることになります。

(3)保険監督指針
さらに、金融庁の「保険会社向けの総合的な監督指針」の「II -4-5 顧客等に関する情報管理態勢」は顧客の個人情報保護について規定しています。監督指針は、「顧客に関する情報は、保険契約取引の基礎をなすものであり、その適切な管理が確保されることが極めて重要である。」(II -4-5-1)とした上で、「経営陣は、顧客等に関する情報管理の適切性を確保する必要性及び重要性を認識し、適切性を確保するための組織体制の確立(部門間における適切な牽制の確保を含む。)、社内規程の策定等、内部管理態勢の整備を図っているか。」(II -4-5-2(1)①)、「顧客等に関する情報の取扱いについて、具体的な取扱基準を定めた上で、研修等により役職員に周知徹底しているか。特に、当該情報の他者への伝達については、コンプライアンス(顧客に対する守秘義務、説明責任)及びレピュテーションの観点から検討を行った上で取扱基準を定めているか。」(II -4-5-2(1)②)などの規定を置いています。損保各社は監督指針のこれらの規定にも抵触していることになります。

4.まとめ
このようにざっと見ただけでも、今回の個人情報漏えい事故においては損保各社および保険代理店は、個人情報保護法、保険業法、ガイドライン、監督指針などの各規定に違反・抵触していることになります。

損保各社は「個人情報の漏えいにあたるとの認識をしていなかった」等と釈明しているそうですが、「顧客に関する情報は、保険契約取引の基礎をなすものであり、その適切な管理が確保されることが極めて重要である。」(監督指針II -4-5-1)との精神はどこに行ってしまったのでしょうか。"損保各社や保険代理店の利益だけが重要である、保険契約者等の顧客のことはどうでもよい"とのコンプライアンスのかけらもない意識が透けて見えます。

先般の損保のビッグモーター事件を受けて、金融庁は保険代理店への規制を強化する方向で保険業法の見直しを検討している最中です。この点、金融庁は今回の事件を受けて、個人情報保護を強化する方向で保険業法等を見直していただきたいと考えます。また、個人情報保護委員会は2025年に向けて個人情報保護法の改正を検討中ですが、事業者への課徴金制度や団体訴訟制度の導入などは待ったなしの状況であると思われます。

■追記
生命保険業界でも同様の問題が報道されています。
・日本生命、契約者情報漏洩18万件 生命保険にも拡大|日経新聞

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個人情報保護委員会

1.森永乳業で12万件の個人情報流出事故が発覚
毎日新聞などによると、森永乳業は5月9日、同社の健康食品通販サイトで、クレジットカードや銀行振り込みなどで商品を購入した、最大約12万人分のカード情報や個人情報が流出した恐れがあると発表しました。カード会社からサイトの複数の利用者に不正使用の被害が生じていると連絡を受けてこの個人情報流出事故が発覚したそうです。

・健康食品通販サイトにおけるお客さま情報の流出懸念に関するお知らせ|森永乳業

・森永乳業 顧客情報流出の恐れ 通販サイト 最大12万人|毎日新聞

2.個人情報保護委員会の個人データ漏えい事案発生時の対応に関する告示
個人情報保護委員会が平成28年に制定した、「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)」(以下「ガイドライン(通則編)」という)の「4 漏えい等の事案が発生した場合等の対応」は、「漏えい等の事案が発生した場合等において、二次被害の防止、類似事案の発生防止等の観点から、個人情報取扱事業者が実施することが望まれる対応については、別に定める」と規定しており、それを受けて、同委員会は平成29年に告示「個人データの漏えい等の事案が発生した場合等の対応について」を策定しました(以下「個人データ漏えい事案発生時の対応に関する告示」とする)。

・個人データの漏えい等の事案が発生した場合等の対応について(平成 29 年個人情報保護委員会告示第1号)|個人情報保護委員会

この「個人データ漏えい事案発生時の対応に関する告示」は、個人情報流出事故が発覚した場合の民間企業等がとるべき対応をつぎのように規定しています。

①事業者内部における報告及び被害の拡大防止のための措置の実施
②事実関係の調査及び原因の究明
③影響範囲の特定
④再発防止策の検討及び速やかな実施
⑤影響を受ける可能性のある本人への連絡
⑥事実関係及び再発防止策等の公表
⑦個人情報保護委員会や監督官庁への速やかな報告

3.個人情報保護委員会や監督官庁への速やかな報告
⑦の、「個人情報保護委員会や監督官庁への速やかな報告」については、個人情報保護法改正前の金融庁や総務省の個人情報ガイドラインが監督官庁に「直ちに」報告することを規定していたため、個人情報漏洩事故が発生した企業は、迅速な報告が求められます。そのため金融業界などは、②の事実関係の調査及び原因究明である程度の事実が判明した段階で、監督官庁には第一報を報告すべきです。

なお、EU一般データ保護規則(GDPR)33条は、個人情報流出事故が発生してから72時間以内に監督官庁に報告することを要求しています。例えば欧州のユーザーにスマホアプリなどを提供している事業者などは、迅速な対応が要求されます。

また、不正アクセスなどが原因の場合は、警察への報告も必要です。

4.事実関係及び再発防止策等の公表
⑥の「事実関係及び再発防止策等の公表」については、できれば経営陣が公表したくないと悩むところでしょう。しかし、「ガイドライン(通則)」が、「二次被害の防止、類似事案の発生防止等」の観点から上の①から⑦までの対応を求めていることを考えると、やはり個人情報流出事故により、顧客に二次被害の発生するおそれがあったり、類似の個人情報流出事故の発生のおそれがあるような場合は、事業者は速やかに記者会見やウェブサイトへのプレスリリースの掲載などの公表を実施すべきです。

今回の雪印乳業の事案のように、すでにクレジットカード情報が流出し、その不正利用が発生している状況では、さらなる二次被害を防止するため、公表はやむを得ないでしょう。

5.報告を要しない場合
なお、「個人データ漏えい事案発生時の対応に関する告示」は後半で、例外として「報告を要しない場合」をいくつか列挙しています。

ただし、たとえば「漏えい等事案に係る個人データについて高度な暗号化等の秘匿化がされている場合」という規定について、個人情報保護法ガイドラインQ&Aをみると、「適切な評価機関等により安全性が確認されている電子政府推奨暗号リストや ISO/IEC18033 等に掲載されている暗号技術が用いられ、それが適切に実装されていること」(Q&A12-10)と解説されており、必ずしも公表しなくてよいハードルが下がったとはいえないように思われます。

・「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン」及び「個人データの漏えい等の事案が発生した場合等の対応について」に関するQ&A|個人情報保護委員会

■参考文献
・岡村久道『個人情報保護法 第3版』235頁
・竹内朗・鶴巻暁など『個人情報流出対応における実践的リスクマネジメント』17頁、19頁

個人情報保護法〔第3版〕

個人情報流出対応にみる実践的リスクマネジメント (別冊NBL (No.107))

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