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1.はじめに
片側二車線道路の中央分離帯付近を歩いていた被保険者の交通事故が、生命保険会社の災害入院給付金等の約款条項の重過失免責に該当しないとした興味深い裁判例(福岡高裁令和2年8月27日判決(確定))が判例時報2505号(2022年3月1日号)56頁に掲載されていました。

2.事案の概要
(1)保険契約
A(本件交通事故当時33歳)はY生命保険会社(住友生命保険)との間で、平成27年4月1日付でAを保険契約者兼被保険者、Yを保険者とする最低保証利率付3年ごと利差変動積立保険契約(本件保険契約)を締結した。本件保険契約には、総合医療特約(180日型・災害入院給付金日額6000円)、入院保障充実特約および障害損傷特約が付加されていた。Aの指定代理請求人はAの母Xが指定されていた(本件訴訟の原告・控訴人)。

(2)交通事故の概要
福岡県に在住するAは、平成28年12月13日午後7時から午後11時まで職場の忘年会に出席して飲酒し、その後同僚とカラオケ店で翌14日午前3時半頃まで滞在して飲酒した。さらにAは同僚とラーメン店でラーメンを食べ、同日午前4時半頃、自宅まで徒歩で帰宅をはじめた。Aは紺のスーツに黒いコートを着て12月14日午前5時頃、まだ冬の夜の暗い時間帯、福岡県春日市の方々二車線の県道の第二車線(制限速度50キロメートル)の中央付近(中央分離帯寄り)を東側の歩道から西側の歩道に向けて県道に沿って歩行していたところ、同県道の第二車線を約50キロメートルで運転していたBの自動車に追突され、頭蓋骨骨折、硬膜下血腫などの傷害を負ったものである。事故当時、Aの血中アルコール濃度は1.25ミリグラム/1ミリリットルであり、これは酩酊度としては第一度(発揚期・微酔)に分類される濃度であり、「へべれけ」に酔っている状態ではなかった。

20220315現場見取り図
(本件訴訟の交通事故現場見取図。判例時報2505号67頁より)

(3)保険金・給付金の請求と保険会社の対応
Aの指定代理人XはY生命保険に対して本件保険契約に基づき、災害入院給付金、手術給付金、入院保障充実特約給付金および障害損傷特約給付金の合計160万円の保険金等を請求したところ、Yは本件交通事故はAの重過失に該当するとして約款所定の重過失免責条項に基づいて保険金の支払いを拒んだ。この点、住友生命保険の最低保証利率付3年ごと利率変動型積立保険普通保険約款の総合医療特約12条1号は「被保険者または保険契約者の故意または重大な過失」の場合には給付金を支払わないと免責条項を置いており、入院保障充実特約、障害損傷特約にも同様の免責規定が置かれている。

住友生命約款
(住友生命保険・総合医療特約12条。住友生命保険サイトより)

これに対してXが保険金・給付金の支払いを求めて訴訟を提起。第一審(福岡地裁令和2年1月16日判決)はYに対して重過失免責を認めたのでXが控訴したところ、第二審(福岡高裁令和2年8月27日判決(確定))はAの重過失を認めず、Yに対して保険金の支払いを命じたのが本件訴訟である。本件訴訟の争点は、Aが二車線道路の中央分離帯寄りを歩行していたことが保険約款の定める重過失に該当するか否かである。

3.判旨
(1)第二審・福岡高裁令和2年8月27日判決(確定)の判旨 (ア)「重大な過失」の意義
『本件免責条項にいう「重大な過失」とは、通常人に要求される程度の相当な注意をしないでも、わずかの注意さえすれば、たやすく違法有害な結果を予見することができた場合であるのに、漫然これを見過ごしたような、ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態を指すものと解すべきである(最高裁昭和27年(オ)第884号同32年7月9日第三小法廷判決・民集11巻7号1203頁、同昭和56年(オ)第111号同57年7月15日第一小法廷・民集36巻6号1188頁参照)。そうであるならば、「重大な過失」を基礎づけるに足りる被保険者等の行為(作為又は不作為)は、故意に保険事故を招致した疑いのあるものである必要はないが、保険事故発生の認識又は認容があれば故意に保険事故を招致したともいえるようなものである必要があるというべきであり、被保険者等の行為がそのようなものであることの立証責任は、保険者にあるというべきである。』

(イ)本件へのあてはめ
『確かに、車道は、車両の通行の用に供するためのものであり(道路交通法2条1項3号)、本件事故現場付近のように両側に歩道がある道路においては、歩行者は、横断等をする場合を除き、歩道を通行することを求められており(道路交通法10条2項)、車道を歩行することは予定されていない上、本件事故が発生したのは、本件事故現場周辺がまだ暗い時間帯であり、そのような中、暗い着衣で本件車道を歩行したAに過失があったこと自体は、否定することができない。

しかし、前記認定事実によれば、本件事故現場は、見通しの良い片側2車線の一般道路上の地点であり、本件事故発生当時の交通は、その直後に行われた実況見分と同様に、閑散としていた可能性が高いと考えられる。

そして、本件防護柵は全長130mほどであって、仮にAが本件防護柵のc3丁目側の端に近い地点で本件車道を横断したとしても、中央分離帯に沿って2分程度も歩けば、本件防護柵のd1丁目の端に到達することが可能であったことになる。

これに加えて、前記認定のとおり、Aが本件車道の第2車線の中央分離帯寄りを歩行していた可能性が高いと推認されることをも併せて考えると、Aにおいて、前記のような道路状況の下でAの後方から接近して来る車両の運転者が、前方を注視して走行することにより、Aの存在を認識し、僅かのハンドル操作により容易にAを回避して、その側方を通過するものときたいすることにも、一定の客観的合理性があったものということができる。

(略)

そうすると、Aには、本件事故の発生について、重大な過失があったということはでき(ない)。

4.検討
(1)旧商法下における被保険者の重過失
保険に関しては従来、商法第2編第10章に保険に関する規定が置かれていたところ、それを元に平成20年(2008年)に独立の法律として保険法が制定され、平成22年(2010年)4月から施行されています。なお、海上保険については現在も商法の第3編第6章に条文が置かれています。

旧商法下においては、損害保険について、旧商法641条に「保険契約者若クハ被保険者ノ悪意若クハ重大ナル過失ニ因リテ生シタル損害ハ保険者之ヲ塡補スル責ニ任セス」と保険契約者または被保険者の故意・重過失を免責とする規定が置かれており、同様に海上保険に関する旧商法829条(現商法826条2号)も同様の規定を置いています。

それに対して生命保険の保険者(=保険会社)の免責事由について定める旧商法680条は被保険者の自殺、犯罪行為など(同1号)や保険契約者の被保険者の故意による殺人(同3号)などを規定していましたが、保険契約者または被保険者の重過失については規定していないものの、生命保険会社の傷害保険特約や災害割増保険特約などの約款条項には保険契約者または被保険者の重過失を免責とする条項が置かれているのが一般的でした。

そのようななか、生命共済に加入していた被保険者が5、6合の酒を飲酒したあとに制限速度40キロメートルの屈曲した道路を時速70キロメートル以上の速度で自動車を運転し、レッカー車と衝突して死亡した事案について、最高裁昭和57年7月15日判決は「本件共済約款における災害給付金…の免責事由である「重大な過失」とは、…商法641条及び829条にいう「重大な過失」と同趣旨のものと解すべき」と判示し、生命共済、生命保険についても重過失免責を認める判断をしています。

この旧商法641条等の保険契約者・被保険者の故意・重過失を免責とする規定の趣旨は信義則または公序良俗を守るためであるとするのが判例・多数説です(大森忠夫『保険法 増補版』148頁)。

(2)保険法17条、80条の制定
2008年に成立した保険法の第17条は、損害保険について旧商法641条を原則として引き継ぐ内容となっています。また、傷害疾病定額保険について同80条1号は「被保険者が故意又は重大な過失により給付事由を発生させたとき」を免責事由としており、災害関係特約の被保険者の重過失の解釈問題は立法的に解決されています。この点、保険法制定のための平成19年8月8日法制審保険法部会「保険法の見直しに関する中間試案」第2-3(9)注3、別冊商事法務321号「保険法立案関係資料」)155頁において、保険法の立案担当者は、上の最高裁昭和57年7月15日判決を引用し、旧商法641条と同趣旨で傷害疾病定額保険についても被保険者の重過失を法定したと説明しています。

(3)保険法17条、80条の重過失免責の判断基準
保険法17条、80条の重過失免責の判断基準は解釈にゆだねられていますが、大審院大正2年12月20日判決は、積荷保険契約に関して、重過失を「容易ニ違法有害ノ結果ヲ予見シ回避スルコトヲ得ヘカリシ場合ニ於テ漫然意ハス之ヲ看過シテ回避防止セサリシガ如キ殆ト故意ニ近似スル注意欠如ノ状態」と判示しています。

つぎに、明治32年に制定された失火責任法は失火の場合は民法709条は適用しないと規定しつつ、但し書で「重大ナル過失」の場合はそれを否定しています。そして失火責任法但し書の「重大な過失」が争われた最高裁昭和32年7月9日判決は「重大な過失」について上の大審院大正2年12月20日判決を承継することを明らかにしています。また、上の最高裁昭和57年7月15日判決の調査官解説は、同判決はこの最高裁昭和32年7月9日判決を承継しているとしています(伊藤瑩子「最高裁判例解説民事編昭和57年度」639頁)。

(4)被保険者の重過失に関する裁判例
しかし被保険者の重過失について判例・学説の争いは決着したとは言い難い状況のようです。裁判例においては、①「ほとんど故意と同視すべき著しい注意欠如」(大阪高裁平成18年11月29日判決など)や、①-2「わずかに注意さえ払えば、違法有害な結果を予見することができたのにそうしなったもの」(東京地裁平成17年10月17日判決など)等、昭和32年の最高裁判決、昭和57年の最高裁判決の立場に立つものがある一方で、②注意義務の程度のみならず、信義則・公序良俗の趣旨、行為の社会的非難可能性等についても総合考慮するものが存在します(秋田地裁昭和31年5月22日判決、仙台地裁平成5年5月11日判決など)。

なお保険法の立案担当者は被保険者の重過失について、旧商法641条と同趣旨であり、重過失の判断基準は大審院大正2年12月20日判決のものであると考えています(萩本修『別冊商事法務321号 保険法立案関係資料』155頁、115頁、斉藤真紀「傷害保険契約における免責事由としての「被保険者の重大な過失」の意義」『保険法判例百選』210頁)。

まとめ3

(5)被保険者の重過失に関する学説
学説においては、重過失の解釈基準について、最高裁の昭和32年判決、昭和57年判決などのように「ほとんど故意に近い注意義務違反」と厳格に解釈する多数説と「著しい注意義務違反」とする少数説に分かれています。

厳格に解釈する多数説は、訴訟の攻撃防御において、保険会社側が故意を立証するのが困難であるため、故意の立証の困難を救済するために故意と重過失を並べて主張することに注目して、重過失を故意の代替概念ととらえているとされています(石田満『商法Ⅳ保険法 改訂版』194頁、江頭憲治郎『商取引法 第5版』450頁、竹濱修「生命保険契約および傷害疾病保険契約特有の事項」『ジュリスト』1364号48頁、潘阿憲『保険法解説』(山下友信・米山高生編)438頁)。

これに対して、訴訟上の実務を認めつつも、「一般人を基準とすれば甚だしい不注意で足り、故意が高度に疑われる場合に限るべきではない」とする有力説も存在します(山下友信『保険法』(2005年)368頁)。

山下教授のこの学説は、保険約款による保険契約などの符合契約においては、多数の契約を画一的に規律するために、個々の顧客の理解を基準に解釈するのではなく、画一的な解釈つまり客観的解釈をすべきであり、それはつまり平均的あるいは合理的な保険契約者の理解、あるいは保険契約者の合理的な利益を考慮した合理的な意思により約款は解釈されるべきであるとの符合契約における原則的な考え方に基づくものであると思われます(山下・前掲117頁)。

まとめ4

(6)本件高裁判決について
本件高裁判決は保険法80条および保険約款の「被保険者の重過失」の解釈について、最高裁昭和32年7月9日判決、最高裁昭和57年7月15日判決などと同様に「ほとんど故意と同視すべき著しい注意欠如」であるとして、被保険者の保険事故時の状況を検討し、「ほとんど故意と同視すべき著しい注意欠如」の状態ではなかったとして保険会社側の免責を認めず、給付金の支払いを命じています。

しかし、本件訴訟の第一審判決(福岡地裁令和2年1月16日判決・判例時報2505号62頁以下)は、重過失の解釈基準を「ほとんど故意と同視すべき著しい注意欠如」であるとしつつも、Aが相応の飲酒をした上で午前5時という周囲がまだ暗い時間帯に、片道2車線の県道の第2車線の中央付近を歩行または佇立していたこと、そのときの服装は紺のスーツに黒のコートであり自動車の運転者から発見が困難なものであったこと等から、被保険者には「ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態」であったと認定し、保険会社側の免責を認めています。

生命保険の元支払査定担当者として考えると、少なくとも本件訴訟のような事案は支払いあるいは不払いがあっさりと決まるものではなく、事実の確認(事項の確認、調査)を実施し、報告書などを基に慎重な判断を行うものであると思われます。

保険契約の締結時期から保険事故発生まで約1年しか経過していない早期の保険事故であることを考えると、自殺免責の可能性、あるいはいわゆる「当たり屋」などのモラルリスク(不正な保険金詐取)の危険を念頭に、管理職あるいはさらにその上が慎重な判断や決済を行うべき事案であると思われます。

一般論としては、冬のまだ夜の明けていない午前5時頃に片側2車線の県道において、飲酒をした上で黒色系の服装で第2車線の中央部分を歩行する行為は、一般人の合理的な理解としても非常に危険な行為であり、「ほとんど故意と同視すべき著しい注意欠如」との判例の重過失の判断基準に立つとしても被保険者の重過失に該当すると考える余地があるように思われます。個人的には、保険会社は給付金支払いを免責されるとの第一審判決のほうが妥当であったように思われます。

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■参考文献
・判例時報2505号(2022年3月1日号)56頁
・山下友信・米山高生編『保険法解説』(潘阿憲執筆)427頁、437頁
・山下友信『保険法』(2005年)117頁、367頁
・斉藤真紀「傷害保険契約における免責事由としての「被保険者の重大な過失」の意義」『保険法判例百選』210頁
・萩本修『別冊商事法務321号 保険法立案関係資料』155頁、115頁
・長谷川仁彦・竹内拓・岡田洋介『生命・傷害疾病保険法の基礎知識』269頁
・塩崎勤・山下丈・山野嘉朗『専門訴訟講座3 保険関係訴訟』432頁
・塩崎勤・山下丈編『新・裁判実務体系19 保険関係訴訟法』(福田弥夫執筆)394頁