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1.はじめに
朝日新聞の9月7日付記事によると、個人名義によるツイッターの投稿で、ある訴訟の当事者の感情を傷つけたとして、東京高裁民事部の岡口基一裁判官を懲戒処分とすべきかを判断する分限裁判の審問手続きが9月11日に最高裁の大法廷で行われるとのことです。

■追記(10月17日)
・ツイッター上の投稿に関して東京高裁民事部の岡口基一裁判官に戒告処分が出される

現職の裁判官でツイッターをしているのはおそらく岡口裁判官のみと思われ、裁判例や法令などに関するフランクな語り口のツイートが興味深いので私も岡口裁判官のツイッターアカウントをフォローしていました。

それを置いても、民間企業あるいは官庁などの職場は従業員等の個人のツイッターやFacebook等のSNSをどこまで管理・監督することが許容されるのかという問題は比較的最近の問題です。今回の最高裁のしかも大法廷の判断は、これらの問題の貴重なリーディングケースとなることは間違いありません。全国の官民の職場の人事・労務部門や法務部門等の担当者がこの大法廷の判断を注目していると思われます。

2.職場の情報管理の観点から
ツイッターなどのSNSでの炎上などの不祥事を受けて、近年、民間企業の情報管理・情報セキュリティ部門は従業員のSNSの利用について対応をはじめています。

つまり、民間各社は、SNSポリシー・SNSガイドラインなどを策定し、社員研修を行っています。このSNSポリシー等は、職場の業務用パソコン・業務用携帯などの私的利用・私的なSNS利用を禁止することはできますが、勤務時間外の従業員の私物PCなどによるプライベートなSNS利用を規制することは原則としてできません。そのようなSNS利用は従業員個人の表現の自由に属する事柄であり、またプライバシーに関する事柄であるからです(憲法21条1項、13条)。

しかし従業員の私的なSNSの投稿であっても、それが炎上するなどして、職場に具体的な損害が発生したり、あるいは営業秘密等が漏洩した場合には、当該従業員は使用者からSNSポリシーなどの違反あるいは就業規則等(とくに「体面汚損」条項)により懲戒処分を受ける可能性があります(藤田晶子・東京弁護士会インターネット法律研究部『Q&Aインターネットの法的論点と実務対応 第2版』198頁、217頁)。

このように、本事案はツイッターの投稿という現代的な問題でありつつ、従業員の私的行為への懲戒処分の是非という古くからある論点に帰着するように思われます。

3.従業員の私的行為を理由とする懲戒処分
使用者側にとっては懲戒処分は組織内の秩序を保つために必須の手段ですが、従業員にとっては懲戒処分は重大な不利益処分です。このバランスをとるため、判例は懲戒処分が就業規則に則っていることを要求し、就業規則の合理的解釈と、懲戒権濫用法理の適用を行うことにより事案の判断を行っています。

そしてとくに従業員の私生活上の行為については、一般的に判例は就業規則を限定解釈し、私生活上の行為に対する懲戒権発動を厳しくチェックしているとされています(菅野和夫『労働法 第11補訂版』670頁)。

ところで、従業員の私生活上の行為に対する懲戒処分が問題となった著名な判例は、ある会社の従業員が深夜に他人の居宅に忍び込もうとしたところ住居侵入罪で逮捕され、罰金2500円の罰金に処されたところ、会社が就業規則の体面汚損条項違反であるとして懲戒解雇をしたことが訴訟となったものです。

この事案に対して判例は、

「右賞罰規則の規定の趣旨とするところに照らして考えるに、問題となるXの右行為は、会社の組織、業務等に関係のないいわば私生活の範囲内で行われたものであること(略)を勘案すれば、Xの右行為がY会社の体面を著しく汚したとまで評価するのは、当たらないというのほかはない。」

と判示し、Y会社の懲戒処分を無効としています(横浜ゴム事件・最高裁昭和45年7月28日判決)。

4.岡口裁判官の事案を考える
ここで本事案を考えるに、まず最高裁判所が策定した裁判官の就業規則は少なくともネット上では公開されていないようでした。しかし裁判所法49条はつぎのように、民間企業の就業規則の体面汚損条項のような規定を設けています。

裁判所法
第49条(懲戒) 裁判官は、職務上の義務に違反し、若しくは職務を怠り、又は品位を辱める行状があつたときは、別に法律で定めるところにより裁判によつて懲戒される。

つまり本事案に対する懲戒処分の根拠規定は一応存在することになります。

ところで、岡口裁判官の本事案は、今回問題となっているのは、

「岡口氏は拾われた犬の所有権が、元の飼い主と拾った人のどちらにあるかが争われた裁判を取り上げたネット上の記事のリンクとあわせて「公園に放置された犬を保護したら、元の飼い主が名乗り出て『返して下さい』 え?あなた?この犬を捨てたんでしょ?3か月も放置しながら…… 裁判の結果は……」と投稿した。」(朝日新聞9月7日付記事より)

というツイートのようです。

このツイートに対して、元原告側の方が裁判所に抗議を行ったそうですが、当該原告側の方はちょっとナイーブすぎるのではないでしょうか。あるいは「クレーマー」とすら評価しうるのではないでしょうか。(後述する司法権の独立の観点からは、東京高裁は岡口裁判官を懲戒する方向を考えるのではなく、むしろ司法権の独立のためにクレーマーと断固戦うべきだったのではないでしょうか。)

岡口裁判官はこの訴訟の担当者などではなく、業務に関連したツイートではないのですから、これは私人としての私生活上の行為です。また、このツイートの内容も、原告の人物を名誉棄損するレベルとは思えません。単に社会問題・時事問題への意見・評論をツイートしているようにしか思えません。

そして、名誉棄損が違法性を阻却されるためには表現行為の公共性・真実性の証明が必要なのに対して、意見評論が違法性を阻却されるためには、表現者において右事実を事実と認めるに相当の理由があれば足りるとされています(最高裁平成9年9月9日判決、プロバイダ責任制限法実務研究会『最新プロバイダ責任制限法判例集』80頁)。

岡口裁判官は新聞記事のリンクを貼ったうえでツイートを行っているのですから、岡口裁判官には事実を事実と認めるに相当の理由があるといえるので、当該ツイートには違法性がないことになります。

そして上でみた横浜ゴム事件のように、判例は従業員の私生活上の行為への懲戒処分について、就業規則などを限定解釈し、私生活上の行為に対する懲戒権発動を厳しくチェックしているのです。

住居侵入罪で罰金刑を科された従業員ですら懲戒処分を無効とする判例があるのに、ツイッターで違法でも何でもない意見評論を投稿しただけで裁判官が懲戒処分に科されるとは、著しく法的バランスを欠くのではないでしょうか。

今回の岡口裁判官の事例だけ、これらの判例の対象外として懲戒処分を科すのは法的に、あるいは判例との関係で無理があります。

5.司法権の独立
岡口裁判官は取材に対して「これはパワハラである」と述べているそうです。心痛は察して余りありますが、パワハラの問題と同時に、この岡口裁判官への処分騒動が司法権の独立(憲法76条3項)を侵害しているのではないかと庶民としては気になります。

裁判が公正に行われ、少数者の人権が保障されるために司法権の独立は必要不可欠です。

憲法
第76条
3項 すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。

そして司法権の独立の核心部分は、個々の裁判官の職権の独立であるとされています。つまり、他者や他の組織から指示・命令を受けたり、事実上の影響を受けては、裁判官は公平な裁判を行えないからです。

ここでいう他の機関や他者とは、国会や行政府に限られません。教科書に載っている著名な事例は大津事件です。ロシアの皇太子を受傷させた警官についてときの政府は司法府に死刑判決をだすよう圧力をかけ、ときの大審院長児島椎謙は政府の圧力と戦い、この点は評価されています。しかし同時に児島大審院長が担当の裁判官に圧力をかけて無期刑の判決を書かせたことは、司法権の独立に反すると批判されています。

今回の岡口裁判官の事案は、司法権の独立の観点から、東京高裁が自分で自分の首をしめているように思われます。最高裁大法廷の理性のある判断が望まれます。

■追記(寺西判事補懲戒事件)
この事件に関連するものとして、ある判事補が通信傍受法案に反対する集会に一般の聴衆として参加し聴衆の席から、壇上のパネリストからの発言に対して「仮に反対の立場で発言しても積極的政治運動に当たるとは考えないが、パネリストとしての発言は辞退する」と発言したことが政治的な活動を行う行為であるとして戒告処分とされたことを争った事件について、最高裁は積極的な政治活動であり本発言は個人の意見の表明の域を超えているとして戒告処分を違法でないとした事件があります(寺西判事補懲戒事件・最高裁大法廷平成10年12月1日決定、芦部信喜・高橋和之補訂『憲法 第7版』293頁)。

しかしこの最高裁判決に対しては5人の裁判官が反対意見を書いており、また憲法の学説からも表現の自由を不当に軽んじるものとの批判が多い事件です。

また、公務員と表現の自由に関する問題については、1974年に”公務員は24時間365日公務員である”とするような猿払事件判決(最高裁昭和49年11月6日判決)が出されていますが、その後の2012年の厚生労働省職員国家公務員法違反事件(最高裁平成24年12月07日判決)などは公務員の表現の自由にも配慮した判断を示しており、公務員と表現の自由の問題について、判例も変化を見せています。

■参考文献
・藤田晶子・東京弁護士会インターネット法律研究部『Q&Aインターネットの法的論点と実務対応 第2版』198頁、217頁
・菅野和夫『労働法 第11補訂版』670頁
・プロバイダ責任制限法実務研究会『最新プロバイダ責任制限法判例集』80頁
・芦部信喜『憲法 第6版』358頁