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このブログ記事の概要
東北大学大学院工学研究科が教授職について「女性限定」で募集・採用を行うことは、それがポジティブ・アクションのための取組であるとしても、憲法および男女雇用機会均等法との関係で違法・不当と評価されるおそれがある。東北大学当局は再検討を行うべきではないか。

1.東北大学が女性限定の教授公募を開始
4月23日の朝日新聞の記事によると、東北大学大学院工学研究科が女性限定の教授職(任期無し)の公募を開始したとのことです。記事によると、東北大学は多様性、公正性、包摂性を理念に掲げた「ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DEI)推進宣言」を4月5日に発表したとのことで、この教授職の女性限定公募はその目玉策であるそうです。また東北大学は、「東北大学工学系女性研究者育成支援推進室(ALicE)」を設置し、同推進室は、「工学系分野において女性が安心してキャリアを継続できる真に豊かな社会の実現を目指し活動」しているとのことです。

もちろん職場や学問の場におけるダイバーシティ(多様性)の重要性は当然です。しかし、雇用・採用・募集を女性に限定することは、労働法や憲法との関係で違法のおそれがあるように思われます。
・東北大が女性限定の教授公募を開始 SNSでは否定的な声も|朝日新聞
・「東北大学ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DEI)推進宣言」について|東北大学
・女性が工学分野で、生き生きと活躍できる社会を目指して。|東北大学工学系女性研究者育成支援推進室(ALicE)

2.労働法から考える
(1)男女雇用機会均等法
1985年に制定された男女雇用機会均等法(雇用機会均等法)は当初は、「女性への差別」を努力義務として禁止する法律でした。その後、1997年に、雇用機会均等法は採用・募集・配置・昇進において「女性への差別的取扱」を法的義務として禁止する方向で法改正が行われました。しかしこれは「女性への差別的取扱の禁止」であり(片面的差別禁止)、「あらゆる性的な差別禁止」(両面的差別禁止)ではなかったため、「男性のみ募集」との趣旨の求人は違法でしたが「女性のみ募集」との求人は当時の雇用機会均等法との関係では違法ではありませんでした。

しかし2006年以降の法改正で雇用機会均等法は男女両方のあらゆる性的な差別を禁止するもの(両面的差別禁止)となりました(雇均法2条1項、5条、6条など)。

男女雇用機会均等法

(基本的理念)
第二条 この法律においては、労働者が性別により差別されることなく、また、女性労働者にあつては母性を尊重されつつ、充実した職業生活を営むことができるようにすることをその基本的理念とする。

(性別を理由とする差別の禁止)
第五条 事業主は、労働者の募集及び採用について、その性別にかかわりなく均等な機会を与えなければならない。

第六条 事業主は、次に掲げる事項について、労働者の性別を理由として、差別的取扱いをしてはならない。
 労働者の配置(業務の配分及び権限の付与を含む。)、昇進、降格及び教育訓練
 住宅資金の貸付けその他これに準ずる福利厚生の措置であつて厚生労働省令で定めるもの
 労働者の職種及び雇用形態の変更
 退職の勧奨、定年及び解雇並びに労働契約の更新

(2)ポジティブ・アクション
ここで、企業などの行う男女の格差是正のためのポジティブ・アクション(アファーマティブ・アクション、積極的格差是正措置)と「あらゆる性的差別禁止」との関係が問題となりますが、雇用機会均等法8条は「前三条の規定は、事業主が、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保の支障となつている事情を改善することを目的として女性労働者に関して行う措置を講ずることを妨げるものではない。」と規定しています。

この点、厚労省は平成18年に「労働者に対する性別を理由とした差別の禁止等に関する規定に定める事項に関し、事業主が適切に対処するための指針」(「性差別禁止等に関する指針」平18.10.11厚労告614号)を定めています。

この指針の「14 違反とならない場合」は、例えば、つぎのような場合はポジティブ・アクションに該当し、性的差別に該当しないとしています。

女性労働者が男性労働者と比較して相当程度少ない雇用管理区分における募集若しくは採用又は役職についての募集又は採用に当たって、当該募集又は採用に係る情報の提供について女性に有利な取扱いをすること、採用の基準を満たす者の中から男性より女性を優先して採用することその他男性と比較して女性に有利な取扱いをすること。

しかし同指針は、「2 募集及び採用」で、つぎのような行為は違法であるとしています。

イ 募集又は採用に当たって、その対象から男女のいずれかを排除すること。
(排除していると認められる例)
①一定の職種(いわゆる「総合職」、「一般職」等を含む。)や一定の雇用形態(いわゆる「正社員」、「パートタイム労働者」等を含む。)について、募集又は採用の対象を男女のいずれかのみとすること。

・労働者に対する性別を理由とする差別の禁止等に関する規定に定める事項に関し、事業主が適切に対処するための指針(平成18年10月11日厚生労働省告示第614号)|厚生労働省

(3)まとめ
そのため、雇用機会均等法および厚労省「性差別禁止等に関する指針」(平18.10.11厚労告614号)からは、「女性労働者が男性労働者に比べて相当程度少ない職場などにおいて、採用の基準を満たす者の中から男性より女性を優先して採用すること等」は、ポジティブ・アクションとして違法ではないことになりますが、「一定の職種について、募集又は採用の対象を男女のいずれかのみとすること」は違法のおそれがあるということになります(菅野和夫『労働法 第12版』275頁、278頁)。

この点、朝日新聞の記事を読むと、東北大学の事例は大学院工学研究科の教授職(任期無し)の公募を「女性限定」で行うとなっており、これはポジティブ・アクションであるとしても雇用機会均等法5条や厚労省「性差別禁止等に関する指針」(平18.10.11厚労告614号)「2 募集及び採用」との関係で違法である可能性があるのではないでしょうか。

3.憲法から考える
また、日本は西側世界の近代立憲主義憲法を持つ国の一つとして、自由主義をとりますが、自由主義においては、結果の平等(実質的平等)よりも機会の平等(形式的平等)がまずは重視されます。そのため、「例えば国立大学への入学につき、一定の社会的弱者に優先枠を設けることは、仮に実質的平等の要請にかなうものであるとしても、受験機会の平等という形式的平等の要請に明らかに反する」ことになり、違法・不当ということになります(野中俊彦・中村睦男・高橋和之・高見勝利『憲法1 第5版』283頁)。

そのため、東北大学の教授の「女性限定」の募集は、憲法14条1項との関係でも違法・不当と評価されるおそれがあります。

(なお、東北大学は現在、国立大学法人の一つであり、憲法が直接適用される行政機関ではありませんが、行政機関でない法人・団体に対しても、憲法は法令の一般条項(民法1条2項、同90条など)を通じて間接的に適用されると判例・通説上解されています(間接適用説・最高裁昭和48年12月12日判決・三菱樹脂事件など)。)

4.結論
このように、東北大学大学院工学研究科が教授職について「女性限定」で募集を行うことは、それがポジティブ・アクションのための取組であるとしても、憲法および男女雇用機会均等法との関係で違法・不当と評価されるおそれがあります。東北大学当局は今一度再検討を行うべきではないでしょうか。

■追記(4月28日)
この東北大学の事例について、専修大学名誉教授の石村修先生(憲法学)から次のようなコメントをいただくことができました。石村先生どうもありがとうございます。

『国の総合科学技術会議では、自然科学系の研究者の25%以上を女性にしたいとの目標を作成している。第三者機関による大学評価では、教員の年齢構成、出身大学、男女比などを判断し、これが偏らないようにあることを厳しく評価される。そのため、例えば仮に工学研究科の求人が6名であれば、2名を女性とする求人をすることが望ましいのではないか。』


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■参考文献
・菅野和夫『労働法 第12版』275頁、278頁
・野中俊彦・中村睦男・高橋和之・高見勝利『憲法1 第5版』283頁

■関連するブログ記事
・コロナ禍の就活のウェブ面接での「部屋着を見せて」などの要求や、SNSの「裏アカ」の調査などを労働法・個人情報保護法から考えた(追記あり)
・コロナ下のテレワーク等におけるPCなどを利用した従業員のモニタリング・監視を考えた(追記あり)-個人情報・プライバシー・労働法・GDPR・プロファイリング
・「月曜日のたわわ」の日経新聞の広告と「見たくないものを見ない自由」を法的に考えた-「とらわれの聴衆」事件判決
・東京医科大学の一般入試で不正な女性差別が発覚-憲法14条、26条、日産自動車事件



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東急不動産脳波センサー
(東急不動産本社の脳波センサーを着けた従業員達。日経新聞より)

1.コロナ禍によるテレワークの進展で、PCなどによる従業員のモニタリング・監視が進んでいる
コロナ禍によるテレワークの進展にともない、自宅等で業務を行っている従業員をPCやスマートデバイスなどでモニタリング・監視しようという研究開発が進んでいるようです。

例えば最近、NHKは4月24日に、「テレワーク 働きぶりの“見える化” 導入広がる 新型コロナ」というニュースを報道しました。

このニュースで取り上げられたIT企業アイエンターのシステムは、自宅等で働いている従業員がソフトウェア上の「着席」のボタンを押して仕事をしている間の、パソコンの画面がランダムに撮影され、上司に送信される仕組みがあるとのことです。いつ画面が撮影されるか社員には分からない仕様とのことです。

また、2019年10月に、東急不動産が職場の従業員に脳波センサーのヘッドギアを着けさせて従業員のモニタリング・監視を行っているという報道は、ディストピアSFのようだと、ネット上で大きな話題となりました。東急不動産は、脳波センサーだけでなく、音圧センサーなどのスマートデバイスを従業員につけさせることにより、従業員の感情、ストレスの度合い、会話や位置情報も収集し分析しているそうです。

・東急不動産の新本社、従業員は脳波センサー装着|日経新聞
・「働き方改革」の見える化を実現し、選ばれるオフィスへ|東急不動産


日立も、スマホ等で従業員をモニタリング・監視するアプリなどを開発する「ハピネス事業」を展開しています。また、NECやパナソニック、凸版印刷なども、「働き方改革」やテレワーク対策のために、従業員をPCやスマートデバイスなどでモニタリング・監視する商品・サービスの展開を進めているようです。

・幸せの見える化技術で新たな産業創生をめざす「出島」としての新会社を設立|日立
・残業時間が丸見え NECが働き方監視サービスを強化|日経新聞
・ニューノーマル時代のオフィスとは? パナソニックの「worXlab」を訪ねる|マイナビニュース


2.日本の個人情報保護法制・労働法
このような事業者・使用者による従業員のPCやスマートデバイス、監視カメラなどによるモニタリング・監視は、法的に問題はないのでしょうか。

この点、2000年に制定された労働省「労働者の個人情報保護の行動指針」の「第2 個人情報の処理に関する原則」の6(5)(6)は、つぎのように規定しています。
「(5)職場において、労働者に対して常時ビデオ等によるモニタリングを行うことは、労働者の健康及び安全の確保又は業務上の財産の保全に必要な場合に限り認められるものとする。」

「(6)使用者は、原則として、個人情報コンピュータ等による自動処理又はビデオ等によるモニタリングの結果のみに基づいて労働者に対する評価又は雇用上の決定を行ってはならない。

・労働者の個人情報保護に関する行動指針|厚労省

また、厚労省2019年6月27日付『労政審基本部会報告書~働く人がAI等の新技術を主体的に活かし、豊かな将来を実現するために~』の9頁、10頁は、HRtechや人事労務分野でAIを利用することについて、つぎのように問題点を指摘しています。

プライバシーについては、AI 等の活用により、個人データから政治的立場、経済状況、趣味・嗜好等が高精度で推定できるため、企業は、労働者の権利が侵害されないよう、サイバーセキュリティの確保を含むリスク管理のための取組を進めるなど適切に情報セキュリティを確保しつつ、個人データを扱うことが求められる。

『このため、AI の活用について、企業が倫理面で適切に対応できるような環境整備を行うことが求められる。特に働く人との関連では、人事労務分野等において AI をどのように活用すべきかを労使始め関係者間で協議すること、HRTech を活用した結果にバイアスや倫理的な問題点が含まれているかを判断できる能力を高めること、AI によって行われた業務の処理過程や判断理由等が倫理的に妥当であり、説明可能かどうか等を検証すること等が必要である。

このように、テレワーク等の環境下において、PCやスマートデバイス等により歯止めなく無制限に従業員をモニタリング・監視することや、収集された個人データのみにより従業員の人事考課を行うことは、「労働者の個人情報保護に関する行動指針」第2.6(5)(6)に違反しており、また、厚労省の2019年6月27日付の労政審基本部会報告書「~働く人がAI等の新技術を主体的に活かし、豊かな将来を実現するために~」9頁、10頁の趣旨にも抵触していることになります。

3.裁判例から考える
企業・使用者には、労働契約に基づいて従業員に対して指揮命令権(労務指揮権)があり、また職場の施設管理権も有しています。

しかし職場内においても、労働者にとって私的な領域が存在し、労働者のプライバシー権や人格権が問題となります。そのため、企業が会社の備品の保全や製品・サービスの品質管理などのために、労働者のロッカーなどの所持品検査や職場の電子メールの監視・モニタリングなどをどの程度行うことができるのかついて、裁判で争われてきました。

この点のリーディングケースである、西日本鉄道事件の最高裁判決は、使用者が行う所持品検査について、①検査を必要とする合理的な理由の存在、②検査方法と程度の妥当性、③制度として職場の従業員に画一的に実施されていること、④就業規則その他に明示の根拠があること、という所持品検査が適法となる4要件を示しました(最高裁昭和43年8月2日判決・西日本鉄道事件)。

そして、職場の電子メールの監視・モニタリングが争点となった、F社Z事業部電子メール事件(東京地裁平成13年12月3日判決)の判決は、「監視の目的、手段およびその態様等を総合考量し、監視される側に生じた不利益とを比較考量の上、社会通念上相当な範囲を逸脱した監視がなされた場合、プライバシー権の侵害となる」と判示しています。

すなわち、「監視の目的、手段、その態様などを総合考量し、監視される側に生じた不利益とを総合考量して、社会通念上相当な範囲を逸脱した監視がなされた場合」には、労働者のプライバシー権が侵害され不法行為が成立することになります(山本龍彦「職場における電子メールの監視と不法行為責任」『新・判例ハンドブック情報法』98頁)。

この裁判例をもとに冒頭の東急不動産や日立の「ハピネス事業」の取組や、NHKの報道しているテレワークにおける従業員のモニタリング・監視を検討すると、「よりよい職場環境のための研究」「テレワーク中の従業員が職務に専念しているか監視すること」などの「監視の目的」は、一応、妥当なものといえるかもしれません。

しかし、業務時間中ずっとPCや脳波センサーなどのデバイスで従業員を監視し続けることは、「監視の手段、その態様」において、社会通念上相当な範囲を超えていると思われます。とくに東急不動産の脳波センサーなどの事例は、従業員の脳波というセンシティブな生体データを業務時間中ずっとモニタリングしており、「監視の手段、様態」の面で大きく社会通念上相当な範囲を逸脱しています。

したがって、テレワークにおけるPCによる従業員のモニタリング・監視や、東急不動産や日立の脳波センサーやスマホによる従業員のモニタリング・監視は、かりに従業員側から民事訴訟が提訴された場合、「監視の手段、様態」などが限度を超えており、従業員のプライバシー権(憲法13条)が侵害され不法行為に基づく損害賠償責任(民法709条)が成立するという判決が出される可能性があります。

■追記(2021年5月)
なお、個人情報保護委員会の個人情報保護法ガイドラインQA5-7は使用者による従業員のモニタリングについてつぎのように規定しています。

①モニタリングの目的をあらかじめ特定し、社内規程等に定め、従業員に明示すること。
②モニタリングの実施に関する責任者及びその権限を定めること。
③あらかじめモニタリングの実施に関するルールを策定し、その内容を運用者に徹底すること。
④モニタリングがあらかじめ定めたルールに従って適正に行われているか、確認を行うこと。

そして使用者はあらかじめモニタリングの重要事項等について労働組合等と協議し、従業員に周知する努力義務を負うとしています。

個人情報保護法ガイドラインQA5-7
(個人情報保護法ガイドラインQA5-7。PPCサイトより)

4.EUのGDPRから考える
2018年から施行された、EUのGDPR(一般データ保護規則)は、同22条1項において、「コンピュータによる自動処理(プロファイリング)のみによる法的決定・重要な決定を拒否する権利」を規定しています。

管理者(事業者)とデータ主体(本人)との契約に必要な場合等はその例外となるとされていますが(同22条2項)、生体データ・健康データ等のセンシティブ情報(特別カテゴリーの個人データ)はそのさらに例外で「本人の明示的同意」が必要(9条)とされています。しかも管理者は、本人から同意を取得する前提として、本人にどのようなデメリットがあるか等の情報提供義務(13条、14条)を負います。

またさらに、GDPRにおいては、本人の同意の任意性が重視されます。管理者とデータ主体との間に力関係の明らかな不均衡がある場合は、同意は有効な適法要件とすべきではないと規定されています(前文43条)。

そして、GDPRの解釈・運用指針の一つの、29条作業部会「同意に関するガイドライン(WP259 ver.01)」5頁以下は、「管理者が本人に対して強い立場にある場合は、同意を根拠に個人データを取扱うことはできない。雇用主に対して、個人データを取扱わないでほしいと本人が要請することは通常難しい。雇用主が職場の監視カメラ設置や、人事関連書類の提出について従業員に同意を求めれば、従業員はこれを拒否することに躊躇するはずである。そのため、雇用主は、基本的に同意を根拠として個人データの処理はできない。」と規定しています(小向太郎・石井夏生利『概説GDPR』60頁)。

したがって、日本では、さまざまな企業がわれ先にと、PCや監視カメラなどを利用した従業員のモニタリング・監視の商品・サービスの研究開発を行い、これらの商品・サービスの販売が行われていますが、このような日本の従業員の監視・モニタリングの商品・サービスは、EUのGDPRにおいては違法と判断される可能性が高いと思われます。

とくに日立は欧州に事業所を設置して業務を行っておりますが、自社の「ハピネス事業」についてEUのデータ保護当局から説明を求められた場合に、どのように説明しようとしているのか気になるところです。

なお、EUは4月21日に、AI規制法案を公表しました。これは、GDPR22条のAI版とも呼べるものであり、防犯カメラによる顔認証の原則禁止や、信用スコア、運輸・ガス・水道関連の社会インフラ、教育分野、採用・人事考課、ローンなどに絡む信用調査、移民・難民に関わる事務などへのAIの利用が規制の対象となります。

・EUのAI規制案、リスク4段階に分類 産業界は負担増警戒|日経新聞
・Europe fit for the Digital Age: Commission proposes new rules and actions for excellence and trust in Artificial Intelligence|European Union

5.西側自由主義諸国の個人データ保護法制の歴史(?)とまとめ
1960年代からのコンピュータの発展による人権侵害のおそれを受けて作成された、1974年の国連事務総長報告書「科学の発展と人権」以来、「コンピュータによる人間の選別を拒否する権利」(プロファイリング拒否権)プライバシー権・自己情報コントロール権などと並んで世界の個人情報保護法(個人データ保護法)の重要な法目的のひとつでした。この考え方は、1980年のOECD8原則や、1996年のILO「労働者の労働者の個人情報保護に関する行動準則」などに受け継がれ、EUにおいては1995年のEUデータ保護指令15条から2018年のGDPR22条となり、さらに本年4月に公表されたAI規制法案に受け継がれています。(2009年発効のリスボン条約により法的拘束力を持つEU基本権憲章Ⅱ-8は「あらゆる人は、自らに関する個人情報を保護される権利を持つ」と個人情報保護を規定しています。)

そして日本においても、2000年の労働省「労働者の個人情報保護に関する行動指針」第2「個人情報の処理に関する原則」6(6)「使用者は、原則として、個人情報のコンピュータ等による自動処理又はビデオ等によるモニタリングの結果のみに基づいて労働者に対する評価又は雇用上の決定を行ってはならない」と規定され、2019年の厚労省の「労働政策審議会労働政策基本部会報告書~働く人がAI等の新技術を主体的に活かし、豊かな将来を実現するために~」9頁、10頁においてもこの考え方は踏襲されています。つまり日本においても、プロファイリング拒否権の考え方は無縁ではないのです(宮里邦雄・徳住堅治『労働法実務改正8 高齢者雇用・競業避止義務・企業年金』144頁)。

コンピュータ自動処理拒否権の歴史の図1
コンピュータ自動処理拒否権の歴史の図2

日本の個人情報保護法制においては、この「コンピュータによる人間の選別を拒否する権利(プロファイリング拒否権)」がなぜか立法目的においてぼかされたまま立法や運用が行われてきました(個人情報保護法1条、3条)。

しかし、国民の個人の尊重や基本的人権の確立を国家の目的(憲法11条、97条)とする、18世紀以降の西側自由主義諸国の近代憲法による民主主義国家という国家体制を、日本が今後も採ろうとするのであれば、日本は個人情報保護法制において、「コンピュータによる人間の選別を拒否する権利」やプライバシー権、自己情報コントロール権などを立法目的に明記し、それを守るための立法や運用を行うべきです。

このままでは、日本の個人データ保護法制はガラパゴス化の道を進み、西側自由主義諸国の個人データ保護法制からますます離れて、中国などのような国家主義・全体主義国家の個人データ保護法制にますます接近してしまうと思われます。

■追記(2021年8月)
『ビジネス法務』2021年9月号78頁の弁護士の川端小織先生の論文「在宅勤務における「従業員監視」はどこまで許されるか?」は、ウェアラブル端末による従業員のモニタリングについて、「ウェアラブル端末を用いれば在宅勤務中の従業員の脳波を計測し、そこから従業員の集中力を導き出して人事評価に利用するとの発想もあり得る。しかしこのようなモニタリングはプライバシー侵害の危険という法的問題があるうえ、従業員にとって納得感のある客観的な人事評価指標とはいえないであろう」としておられます。

■関連するブログ記事
・従業員をスマホでモニタリングし「幸福度」「ハピネス度」を判定する日立の新事業を労働法・個人情報保護法的に考えた
日銀『プライバシーの経済学入門』の「プロファイリングによって取得した情報は「個人情報」には該当しない」を個人情報保護法的に考えた(追記あり)
・AI人材紹介会社LAPRAS(ラプラス)の個人情報の収集等について法的に考える
人事労務分野のAIと従業員に関する厚労省の労働政策審議会の報告書を読んでみた
・【デジタル関連法案】自治体の個人情報保護条例の国の個人情報保護法への統一化・看護師など国家資格保有者の個人情報の国の管理について考えた
・2021年の個人情報保護法の改正法案の学術研究機関の部分がいろいろとひどい件-デジタル関連法案
・トヨタのコネクテッドカーの車外画像データの自動運転システム開発等のための利用について個人情報保護法・独禁法・プライバシー権から考えた
・LINEの個人情報・通信の秘密の中国・韓国への漏洩事故を個人情報保護法・電気通信事業法から考えた
・リクルートなどの就活生の内定辞退予測データの販売を個人情報保護法・職安法的に考える
・デジタル庁のプライバシーポリシーが個人情報保護法的にいろいろとひどい件-個人情報・公務の民間化
・令和2年改正個人情報保護法ガイドラインのパブコメ結果を読んでみた(追記あり)-貸出履歴・閲覧履歴・プロファイリング・内閣府の意見
ドイツの国勢調査事件判決と情報自己決定権についてーBVerfGE 65,1, Urteil v.15.12.1983
・ドイツ・欧州の情報自己決定権・コンピュータ基本権と日米の自己情報コントロール権について
・デジタル庁「教育データ利活用ロードマップ」は個人情報保護法・憲法的に大丈夫なのか?
・スーパーシティ構想・デジタル田園都市構想はマイナンバー法・個人情報保護法や憲法から大丈夫なのか?-デジタル・ファシズム

■参考文献
・菅野和夫『労働法 第12版』262頁、695頁
・岡村久道『個人情報保護法 第3版』225頁
・小向太郎・石井夏生利『概説DGPR』60頁、64頁、93頁
・山本龍彦「職場における電子メールの監視と不法行為責任」『新・判例ハンドブック情報法』98頁
・労務行政研究所『新・労働法実務相談 第2版』551頁
・田島正広『インターネット新時代の法律実務Q&A 第3版』110頁
・川端小織「在宅勤務における「従業員監視」はどこまで許されるか?」『ビジネス法務』2021年9月号78頁
・宮里邦雄・徳住堅治『労働法実務改正8 高齢者雇用・競業避止義務・企業年金』144頁
・高木浩光「個人情報保護から個人データ保護へ―民間部門と公的部門の規定統合に向けた検討」『情報法制研究』2巻75頁
・衆憲資第56号 欧州憲法条約-解説及び翻訳-|衆議院
・労働政策審議会労働政策基本部会報告書~働く人が AI 等の新技術を主体的に活かし、豊かな将来を実現するために~(2019年)|厚労省 


■追記(2022年3月18日)
2022年3月18日に、情報法制研究所の高木浩光先生のつぎのインタビュー記事に接しました。
・高木浩光さんに訊く、個人データ保護の真髄 ——いま解き明かされる半世紀の経緯と混乱|Cafe JILIS



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1.はじめに
最近の日経新聞によると、日立の子会社「ハピネスプラネット」は、新しい「ハピネス事業」において、従業員の「幸福」度を向上させ、職場・会社の業務の改善を行うという目的のために、日立は従業員にスマホの各種センサー類を活用するスマホアプリを導入させて、常時、広範な個人データを網羅的に取得し、それらの個人データをコンピュータ等で分析し、従業員の幸福度のモニタリングを実施しているようです。

・日立、幸福度を測るアプリ提供で新会社|日経新聞
・幸せの見える化技術で新たな産業創生をめざす「出島」としての新会社を設立|日立製作所

この日立の取り組みに対しては、そもそもの「幸福度」、「ハピネス度」などの概念への疑問や、そもそも会社が従業員に会社が考える「ハピネス」「幸福」を押し付けてよいのかという問題や、会社が従業員をスマホアプリにより常時網羅的にモニタリングするというやり方に手段に相当性があるのかなど多くの疑問がSNSなどのネット上に投稿されています。

2.プライバシー権・自己決定権・人格権と指揮命令権
何が自分にとって「幸福」かについては、従業員(国民)個人個人の内心の自由の問題(憲法19条)であり、第三者や使用者たる企業等や国が安易に介入を許されない、従業員・国民の私的領域のプライバシーや自己決定権・人格権の問題です(憲法13条)。

しかしその一方で、会社等で働く従業員は使用者たる会社と労働契約を締結している関係にあり、この労働契約に付随して使用者たる会社は条業員に対する指揮命令権をもっています。そのため、一般的に会社の上司などが、従業員に対して指示・監督などを行うために観察などを行うことは、原則としては許容されるとされています。

3.日立・ハピネスプラネットの業務は法的に問題はないのか
とはいえ、日立の新しい「ハピネス事業」においては、従業員の「幸福」度を向上させ、職場・会社の業務の改善を行うという目的のために、日立は従業員に本件スマホアプリにより、スマホのセンサーを使って常時、広範な個人データを取得を網羅的に取得し、それらの個人データをコンピュータ等で分析し、従業員の幸福度のモニタリングを実施しているようです。このような日立の従業員に対する新しいモニタリング手法は法令上問題がないのでしょうか。

4.使用者は従業員の私的領域にどこまで侵入できるか
(1)西日本鉄道事件
この点に関しては、従業員が退社する際に会社が所持品検査を行うことが許されるかどうかが争われた事件において、最高裁(西日本鉄道事件・最高裁昭和43年8月2日判決)は、「使用者が従業員に対して行う所持品検査は、これは被検査者の基本的人権に関する問題であって、その性質上、常に人権侵害のおそれを伴うものであるから、たとえそれが企業の経営・維持にとって必要かつ効果的な措置(略)であったとしても、そのことをもって当然に適法視されるものではない」とのスタンスを示した上で、所持品検査が適法となるための要件として、

①検査を必要とする合理的な理由のあること
②一般的に妥当な方法と程度であること
③職場従業員に画一的に実施されていること
④就業規則その他の規定に明示の根拠があること
の4要件をあげています。

(2)検討
ここで日立とハピネスプラネットの新事業をみると、①冒頭でもみたように、「なにが自分にとっての幸福か」とは、国民個人個人が自己の内面(私的領域)において考えるべき事柄であり、企業(あるいは国)が安易に介入すべきものではありません。そのため、合理的理由があるとはいえません。また、②本記事などを読む限り、本アプリは従業員のごく微細な動きなどのデータから本人の内心を読み取るなど、性格検査あるいはうそ発見器など装置・アプリであり、そのような機微な個人データを大量に常時モニタリングを行うことは、社会一般から見て妥当な方法と程度であるとはとてもいえません。

(3)結論
このように上の最高裁判決が示した4要件のうち、少なくとも2つを満たしていないので、日立とハピネスプラネットのこの新ビジネスは違法のおそれがあると思われます。したがって、日立のハピネスプラネットは、被験者・従業員などからプライバシーや自己決定権などの侵害であるとして、損害賠償請求の訴訟を提起されて敗訴する法的リスクがあるといえます(民法709条、憲法13条)。

(また、企業による従業員のメールのモニタリング・監視に関するF社Z事業部事件(東京地裁平成13年12月3日判決)などの判旨に照らしても同様の結論になると思われます。)

5.個人情報保護法の観点から
なおNHKの記事によると、日立は従業員のプライバシー・個人情報について、「計測されるのはあくまで本人も気付かないような体の細かな動きで、プライバシーに関わるようなものが取得されるわけではありません。」と主張しているようです。

・幸せって測れるの?サクサク経済Q&A|NHK

しかし、本人も気づかないような細かな体の動きも「動作」であり、個人情報保護法2条1項1号は「動作」も個人情報の一類型と例示しているので、日立がこれをデータとして収集したものは個人データです。



したがって、日立などは「動作」の個人データを収集・利用などしてこの新事業を行うためには、本人たる従業員に、個人情報の利用目的などを定めて(15条)、通知し(18条)、利用目的の範囲内でしか原則として利用できません。当然、それらの個人データには安全管理措置を講じなければなりません(20条)し、第三者提供も原則として従業員本人の同意が必要となります(23条)。日立がこのような各法的義務を履行しているのか気になるところです。

*注
はてなブックマークのコメント欄で、ごくわずかな「動作」は個人情報ではないとのご意見をいただいたようです。この点、個人情報保護法2条1項1号は、

個人情報を「個人に関する情報であって」、「氏名、生年月日その他の記述等(文書、図画もしくは電磁的記録(略))に記載され、若しくは記録され、又は音声、動作その他の方法を用いて表された一切の事項(他の情報と容易に照合することができ、それにより特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)

と定義しています。つまり、「個人に関する情報であって」、氏名、住所、生年月日などだけにとどまらず、「特定の個人を識別」できる一切の事項が個人情報です。日立の新事業においても、ある従業員・被験者の個人個人の「幸福度」「ハピネス度」を測定するためにスマホやウェアラブル端末を利用して当該従業員・被験者個人個人の「ごくわずかな動作」などを測定しているので、この「ごくわずかな動作」も「個人に関する情報であって」かつ「特定の個人を識別できる情報」であるため、やはり個人情報となります。


6.GDPRと旧労働省の個人情報保護に関する行動指針
EU憲法(EU基本権憲章)8条は、「すべての者は、それぞれ自らに関する個人データの保護の権利を有する」と個人データ保護が基本的人権(基本権)であることを明示しています。これを受け、2018年5月に欧州では、GDPR(一般データ保護規則)が施行されています。そしてGDPR22条は、「コンピュータ等による個人データの自動処理の結果のみによる評価に服さない権利」を定めています。

スマホとスマホアプリで個人データを収集して自動処理を行う日立の「ハピネス」事業は、もろにDGPR22条の適用範囲に入っているように思われます。日本に対して十分性認定を行ったEUの個人データ保護当局がこの日立の取り組みをどう考えているのかは非常に興味があるところです。日立は欧州にも事業所を設置してビジネスを行っているようですが、もし、欧州の個人データ保護当局からこのハピネス事業に関して質問された場合、日立はどのように回答しているのか大いに気になるところです。

なお、日本も1970年代からの欧米の個人情報保護法制の動きを参考にしつつ立法等を行ってきた経緯から、例えば2000年の旧・労働省「労働者に関する個人情報の保護に関する行動指針」6(6)は、「使用者は、原則として、個人情報のコンピュータ等による自動処理又はビデオ等によるモニタリングの結果のみに基づいて労働者に対する評価又は雇用上の決定を行ってはならない。」と、GDPR22条を先取りしたような規定が置かれています(宮里邦夫・徳住堅治『労働法実務解説8 高齢者雇用・競業避止義務・企業年金』144頁)。

このような個人データ・プライバシーの保護により国民の個人の尊重や基本的人権や「幸せ」を守ろうとする世界的な流れに対して、日立の新事業は真っ向から逆行しているように思われます。

■追記(2021年8月)
『ビジネス法務』2021年9月号78頁の弁護士の川端小織先生の論文「在宅勤務における「従業員監視」はどこまで許されるか?」は、ウェアラブル端末による従業員モニタリング・監視について、「ウェアラブル端末を用いれば在宅勤務中の従業員の脳波を計測し、そこから従業員の集中力を導き出して人事評価に利用するとの発想もあり得る。しかしこのようなモニタリングはプライバシー侵害の危険という法的問題があるうえ、従業員にとって納得感のある客観的な人事評価指標とはいえないであろう」としておられます。

スマホの加速度センサーや位置情報センサーなど各種センサーで被験者・従業員の精神状態をモニタリング・監視する日立のハピネス事業は、ウェアラブル端末による従業員のモニタリングと同じといえます。つまり、日立のハピネス事業は弁護士の方からみても法的にアウトであると思われます。

■関連するブログ記事
・コロナ下のテレワーク等におけるPCなどを利用した従業員のモニタリング・監視を考えた-個人情報・プライバシー・労働法・GDPR
・人事労務分野のAIと従業員に関する厚労省の労働政策審議会の報告書を読んでみた
・リクルートなどの就活生の内定辞退予測データの販売を個人情報保護法・職安法的に考える

■参考文献
・菅野和夫「労働法 第12版」262頁
・宮里邦夫・徳住堅治『労働法実務解説8 高齢者雇用・競業避止義務・企業年金』144頁
・労務行政研究所「新・労働法実務相談 第2版」549頁
・高野一彦「従業者の監視とプライバシー保護」『プライバシー・個人情報保護の新課題』163頁(堀部政男)
・川端小織「在宅勤務における「従業員監視」はどこまで許されるか?」『ビジネス法務』2021年9月号78頁





















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1.はじめに
少し前、くら寿司のあるアルバイトが店舗で悪ふざけを行い、その様子をSNSに投稿したところ、その投稿が「炎上」したことが大きく社会の耳目を集めました。くら寿司本社は、当該アルバイトを懲戒解雇するだけでなく、当該社員に対して民事上・刑事上の責任も追及する厳しい方針で臨むとのことです。同時期に、ファミリーマートなどでも同様の事件が発生しました。

ところでこのような事件の契機はSNSへの投稿という従業員の私的な行為であるところ、当該従業員に対して懲戒解雇の処分を課してよいのか、そして刑事上・民事上の責任を追及することが許されるのかどうかが問題となります。

2.就業規則の規定はあるか
使用者が懲戒処分を行い、それが有効となるためには、まずは労働契約法15条の「使用者が労働者を懲戒することができる場合」に該当しなくてはなりません。つまり、就業規則に懲戒事由、懲戒の種類・程度が明記されている必要があります。

この点、懲戒事由については、多くの会社の就業規則には、「不名誉な行為をして会社の体面を汚したとき」等という条項(体面汚損条項)があるのが普通であり、この条項を根拠に懲戒処分が行われることになります。

3.従業員の私生活上の行為
しかし、労働契約に基づく服務規律は、労働者の私生活に対して一般的な支配をおよぼすものではなく、会社の業務活動を円滑に遂行するのに必要かつ合理性がある範囲でのみおよぶとするのが判例の考え方です(国鉄中国支社事件・最高裁昭和49年2月28日判決)。そのため、懲戒処分が裁判で争われた場合、就業規則の規定などは限定的に解釈されることになります。

4.客観的・合理的な理由はあるか
つぎに、懲戒処分が有効となるためには、労働契約法15条の「客観的に合理的な理由」があることが必要です。つまり、客観的・合理的な理由として、労働者に非行があることが必要です。

5.あてはめ
そこで今回の事案を検討する前に、かりに炎上したのが、従業員の個人的なSNSやブログなどであり、その内容も職場とは無関係なものであった場合は、その炎上により職場の業務運営に支障がでたとしても、それをもって安易に非行にあたるとして懲戒処分を行うべきではないと考えられています。なぜなら労働者が業務時間外に私的な表現行為を行うことは、労働者の私生活上の自由(憲法13条)、とりわけ表現の自由(憲法21条)に属する事柄であり、会社が安易に懲戒処分をもって介入すべきではないからです(労働行政研究所『新・労働法実務相談 第2版』194頁)。

その一方、職場の業務内容に関することであったり、その表現内容が非常に悪質な場合、あるいは勤務先などを明らかにして表現行為を行うことにより、会社の社会的信用が棄損されるような場合には、体面汚損条項により懲戒処分を課す場合もあると考えられます(労働行政研究所・前掲)。

この点、今回のくら寿司のアルバイトの投稿は、私的な投稿ではありますが、当該アルバイトが職場の制服を着て、職場内で撮影したものであり、その表現内容も顧客に食の安全性に不安を持たせるかなり悪質なものです。この投稿により、くら寿司の社会的信用は大きく棄損されたものと思われ、したがって、体面汚損条項により懲戒処分を課すことも許容されると思われます。

6.民事上・刑事上の責任追及
会社が非行により民事上の損害賠償を労働者に請求することはできるのでしょうか(民法709条)。この点、原則として、私的なSNS等の投稿の炎上が、勤務先の職場におよび、苦情などが職場の業務運営に影響を与えるということは、通常は予見できないため、損害賠償請求は認められないことが一般的ではないかと思われます。

損害賠償請求が認められるのは、投稿した表現内容が著しく不適切で、職場の業務運営を困難にさせることが容易に予見できる場合に限られるものと考えられます(労働行政研究所・前掲)。

しかし、今回のくら寿司の事件は、アルバイトの投稿した表現内容が著しく不適切で、会社の業務運営を著しく困難にすることが容易に予見できる場合にあたるといえるので、民事上の損害賠償請求を行うことは可能であると考えられます。

また、くら寿司は刑事告訴も行う方針とのことですが、この場合、くら寿司は信用棄損罪(刑法233条)または業務妨害罪(同234条)を検討することになると思われます。

7.会社側が取り組むべきこと
なお、このような不祥事を未然に防止するために、会社はSNS規定、SNSガイドラインなどの制定を行い、就業規則にもSNSに関する事項を条文化し、さらに社内において定期的に社員教育を行うことなどが必要です(東京弁護士会インターネット法律研究部『Q&Aインターネットの法的論点と実務対応 第2版』198頁)。

■参考文献
・労働行政研究所『新・労働法実務相談 第2版』193頁
・東京弁護士会インターネット法律研究部『Q&Aインターネットの法的論点と実務対応 第2版』198頁、217頁
・高井・岡芹法律事務所『SNSをめぐるトラブルと労務管理』43頁

新版 新・労働法実務相談(第2版) (労政時報選書)

Q&A インターネットの法的論点と実務対応 第2版

SNSをめぐるトラブルと労務管理―事前予防と事後対策・書式付き

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1.はじめに
1月26日付の毎日新聞に、子どもがインフルエンザに罹患した場合に、その親である労働者に対して会社が休業を命じることがあるが、ある社会保険労務士によると、この場合「ノーワーク・ノーペイの原則」に基づき賃金はゼロとなるとの記事が掲載されていました。
・「子供がインフル」ママパートに“休業命令”はあり?|毎日新聞

ネット上では「これはひどい」との声が大きくあがっていましたが、この場合、賃金はどうなるのでしょうか?

2.会社は労働者に休務を命じることができるのか
そもそも、会社(使用者)は労働者に休務を命じることができるのでしょうか。この点、会社は労働契約の範囲内であれば、どのような指示をするのかは、公序良俗に反しない限り自由にできると解されています。そのため、仕事にかえて自宅で待機するよう指示することも有効です(東京南部法律事務所『新・労働契約Q&A』352頁)。

会社(使用者)は労働者・職場に対して安全配慮義務や職場環境調整義務を負っているので、インフルエンザにかかった子どもの家庭の親などの労働者に休務を命じることは、合理性があるといえるので、その指示は有効であると考えられます。

3.休業手当
つぎに労働者が会社から休務(休業)を命じられた場合、その賃金はどのようになるのでしょうか。雇用契約は契約の一種ですが、契約・債権の総則規定を置いている民法のなかの、第536条2項はつぎのように規定しています。

民法

第536条 (略)
2 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を失わない。(後略)


つまり、債権者=会社の責めに帰すべき事由によって、債務者=労働者が債務(労働を提供する債務)をすることができなくなったときは、債務者=労働者は反対給付を受ける権利(賃金を受ける権利=休業手当)を失わないのです。

すなわち、民法536条2項によれば、会社の責めに帰すべき事由により労働者が休業を命じられた場合は、労働者は賃金を受ける権利を失わないので、労働者は100%の賃金を受け取ることができることになります。

ところで、雇用分野に関しては、民法に規定があるだけでなく、労働基準法や労働契約法などが制定されています。本事例のような休業手当に関して労働基準法はつぎのように規定しています。

労働基準法

(休業手当)
第26条 使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。

(罰則)
第120条 次の各号の一に該当する者は、三十万円以下の罰金に処する。
一 (略)第二十三条から第二十七条まで、(略)の規定に違反した者
(後略)


つまり、労働基準法は、会社がその責に帰すべき事由により労働者に休業を命じた場合、60%の賃金を支払えと規定しています。しかも、これに違反した場合は会社に罰則が科せられます。

民法536条2項が規定する「責に帰すべき事由」が原則として「故意・過失」であるのに対して、労働基準法26条の「責に帰すべき事由」はより広く、「経営上の障害」も含まれると解されています(菅野和夫『労働法 第11版補正版』439頁、ノース・ウエスト航空事件・最高裁昭和62年7月17日)。

4.いすゞ事件
このように、休業手当が支払われる場合には民法は賃金の100%、労働基準法は60%と規定しているわけですが、会社はどちらの規定に基づくべきなのでしょうか。

この点が争点となった、いすゞ事件(東京地裁平成24年4月16日)は、休業に対して60%の休業手当が支払われた有期雇用契約の従業員が100%が正当であるとして残りの40%の支払いを求めた訴訟ですが、裁判所は従業員側の主張を認め、残りの40%の支払いを命じる判決を出しています。これは、原告が有期雇用であったため、期間内の賃金支払いの期待が高いことが考慮されたものと解説されています(東京南部法律事務所・前掲149頁)。

5.まとめ
このように見てみると、会社がインフルエンザのおそれから職場を守るためという経営目的上の理由、すなわち会社の責めに帰すべき事由を理由として、従業員に休務を命じる場合には会社は休業手当を支払わなければなりません。そしてその金額は、有期雇用契約の従業員の場合は100%とする裁判例が存在します。少なくとも、60%の休業手当を支払わない場合、罰則規定がありますので、会社は労基署や労働局などから行政処分を受けるリスクがあります。

あるいは、毎日新聞の本事例の記事のような、「ノーワーク・ノーペイの原則に基づいて給料はゼロ円」という結論はあり得ないことになります。

■参考文献
・東京南部法律事務所『新・労働契約Q&A』149頁、352頁
・菅野和夫『労働法 第11版補正版』439頁

労働法 第11版補正版 (法律学講座双書)

新・労働契約Q&A 会社であなたをまもる10章

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