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1.はじめに
生命保険契約の災害死亡保険金の支払いをめぐる裁判において、事実の確認(調査)があった場合の保険金支払時期を明確化する保険約款の変更の効力が争点となり、当該保険約款の変更を有効とする興味深い裁判例が出されていました(東京地裁平成29年10月23日・請求一部認容・控訴後和解)。

2.事案の概要
(1)保険契約・免責条項など
Aは平成6年7月にY生命保険会社(メットライフ生命保険)との間で生命保険契約を締結した。当該保険契約は、主契約として普通死亡保険金5000万円と、災害死亡給付特約による災害死亡保険金5000万円を保障するものであった。

災害死亡給付特約による災害死亡保険金は、不慮の事故による傷害を直接の原因として死亡したことを支払事由としており、免責条項として、被保険者の故意または重大な過失を免責とする条項を規定していた。

また、Y社は、本件普通保険約款において、保険金支払の際の事実の確認(調査)があった場合の保険金支払時期について、従来は「事実の確認その他の事由のため特に日時を要する場合のほかは、必要書類が会社の日本における主たる店舗に到達してから5日以内に支払う」旨を規定していた。

ところでY社は、平成22年の保険法施行にあわせて、既契約の保険約款条項の変更特約を付加する旨の通知をAを含む保険契約者に発送していた(本件変更特約)。本件変更特約は、保険金支払の際に事実の確認があった場合で、「医療機関または医師に対する照会のうち、書面の方法に限定される照会」のときの保険金支払時期は、必要書類がY社に到達した日の翌日から60日と規定していた。

(2)事故の状況など
A(事故当時61歳)は、10階建てマンションの8階のフロアに居住していたが、平成27年11月23日の午前9時頃、同マンション8階から吹き抜け部分の中2階に転落し死亡した。本件フロアの玄関ドア前ポーチ部分の北側の専有部分には、高さ1.12メートル程度のコンクリート製の壁の上部に1メートル四方の空洞部分があり、Aは本件空洞部分にラティス(フェンス)と突っ張り棒を設置していたところ、管理人が発見した際には、このラティスが壁に立てかけられており、本件専有部分に脚立が置かれていたことから、Aは本件空洞部分において、脚立を用いてラティスを外す等の作業を行う最中に転落したものと考えられた。

本件保険契約における保険金受取人のXら(Aの子供ら)は、Y社に対して保険金請求を行ったところ、Y社は普通死亡保険金5000万円は支払ったものの、災害死亡保険金については、本件転落事故はAの重過失によるものであるとして免責を主張し、災害死亡保険金の支払を拒む等したためXらが提訴したのが本件訴訟である。

3.判旨
(1)本件転落事故はAの重過失であるといえるか
本判決は、『当時のAの年齢や身体能力等を考慮しても、危険性が著しく高いとまではいえ(ない)』などと判示して、Aの重過失を否定し、Y社の免責の主張を退けています。

(2)本件変更特約による普通保険約款の変更は有効といえるか
『Yは、Aに対し、本件変更特約とその内容の具体的説明及び異議を述べることができることとその連絡先を記載した文書を送付し、ホームページ上にも文書を掲載した。Aは、遅くとも、平成22年1月25日までに、それらの文書を受領したが、その後、異議を述べずに、Yに対する保険料の支払を続けた。

 前提事実(略)のとおり、本件変更特約は、本件約款では単に「事実の確認その他の事由のため特に日時を要する場合」となっていた要件について、事実確認のために必要となる調査事由及び調査先の対応ごとに具体的に災害死亡保険金の支払期限を定めたものである。保険金の支払に際し、適切な調査の上、支払事由の有無の確認が必要とされるのは当然であるところ、調査事由及び調査先の対応ごとに具体的な支払期限を定め、明確化することは、契約者であるAにとっても利益があるといえる。

 上記のとおり、Aが本件変更約款付加についての異議を述べず、保険料の支払を続けていることに加え、本件変更特約新設の目的、本件変更特約の内容からして、変更の必要性、相当性が認められること及び適切な方法により周知が図られていることからすれば、YとAとの間には、本件変更特約により災害死亡保険金の支払期限を変更することについて、黙示の合意があったものと認めるのが相当である。』


このように本判決は判示し、災害死亡保険金の支払時期は、必要書類がY社に到達した翌日から起算して60日を経過する日と認定しています。

4.検討
(1)保険金支払の期限
保険金の支払期限について、平成22年に施行された保険法は第52条で、「保険給付を行う期限を定めた場合であっても、当該期限が、保険事故、保険者が免責される事由その他の保険給付を行うために確認をすることが生命保険契約上必要とされる事項の確認をするための相当の期間を経過する日後の日であるときは、当該期間を経過する日をもって保険給付を行う期限とする。」と規定しています。

この規定を受けて、生命保険各社は、本判決が述べるように、「約款の明確化」のために、「事実確認のために必要となる調査事由及び調査先の対応ごとに具体的に災害死亡保険金の支払期限を定め」ています。

(2)約款の変更
2020年4月から施行予定の改正民法(債権法)は定型約款の条文を新設しました(第548条の2~第548条の4)。そして同548条の4は、事業者は①定型約款の変更が相手方の一般の利益に適合するとき、②定型約款の変更が、契約をした目的に反せず、かつ変更の必要性、相当性、合理性があるとき、のいずれかに該当する場合は、相手方との個別の合意なしに、変更後の定型約款の条項について合意があったものとみなすことができると規定しています。

(定型約款の変更)
第548条の4
定型約款準備者は、次に掲げる場合には、定型約款の変更をすることにより、変更後の定型約款の条項について合意があったものとみなし、個別に相手方と合意をすることなく契約の内容を変更することができる。
一 定型約款の変更が、相手方の一般の利益に適合するとき。
二 定型約款の変更が、契約をした目的に反せず、かつ、変更の必要性、変更後の内容の相当性、この条の規定により定型約款の変更をすることがある旨の定めの有無及びその内容その他の変更に係る事情に照らして合理的なものであるとき。

本判決は改正民法施行前のものですが、「保険金の支払に際し、適切な調査の上、支払事由の有無の確認が必要とされるのは当然であるところ、調査事由及び調査先の対応ごとに具体的な支払期限を定め、明確化することは、契約者であるAにとっても利益があるといえる。」と判示し、本件保険約款変更は①の類型に該当するとし、保険会社側があらかじめ約款変更の内容を通知する書面を保険契約者に送付していたこと、当該書面によれば保険契約者側は異議を述べることができたこと、一方、Aは異議を述べず保険料を支払い続けたこと、などの各事項を認定し、本件保険約款の変更は有効であると認定しています。

このように、本判決は保険会社にとって実務上参考になるだけでなく、商取引において普通約款を用いて事業を行っている民間企業の今後の約款変更に参考になるものと思われます。

■関連するブログ記事
・改正民法(債権法)における「定型約款」条項と生命保険の普通保険約款(追記有り)

■参考文献
・『判例タイムズ』1454号227頁
・山下友信『保険法(上)』184頁
・筒井健夫・村松秀樹『一問一答 民法(債権法)改正』241頁
・法曹信和会『改正民法(債権法)の要点解説』108頁
・嶋寺基『最新保険事情』57頁

保険法(上)

一問一答 民法(債権関係)改正 (一問一答シリーズ)

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金融庁プレート

1.民法に「定型約款」の条項が新設される
民法(債権法)改正により、「定型約款」が条文化されました(改正法548条の2~548条の4)。改正民法(改正債権法)(以下「改正法」とする)の生命保険実務に与える影響は多岐にわたりますが、ここでは、定型約款について取り上げたいと思います。

2.定型約款とは
定型約款について定める改正法548条の2第1項は、①「定型取引」とは、特定の者が「不特定多数の者」を相手方として行う取引であって、取引の内容の全部または一部が「画一的」であることが契約当事者双方にとって合理的な取引であると定義します。

そして、同条同項は、②「定型約款」とは、「定型取引」に用いられるものであって、契約内容となることを目的として、当該定型取引の当事者の一方により作成された条項の総体であると定義しています。(筒井健夫・村松秀樹『一問一答 民法(債権法)改正』241頁)。

3.生命保険の普通保険約款は「定型約款」に該当するか
生命保険の保険取引は、契約加入段階で引受審査があるとしても保険契約者の個性に着目せずに行われる「不特定多数の者」との取引であり、また、大数の法則や収支相当原則などの保険数理上の要請から、「画一的」な契約内容の策定が行われ、さらに保険取引の当事者の一方である保険会社(保険者)により普通保険約款が作成されているので、生命保険の普通保険約款は改正法の「定型約款」に該当するといえます(吉田哲郎「生命保険会社における改正債権法への実務対応」『金融法務事情』2088号6頁)。

ただし、生命保険の実務においては、企業などを保険契約者とする団体保険(総合福祉団体定期保険、従業員が任意加入の団体定期保険Bグループ、従業員が任意加入の団体年金など)は、保険契約者となる企業と個別に折衝を行い、保険約款に加え協定書を締結して保険契約を締結しています。この協定書はいわゆる個別合意条項(個別交渉条項)であるため、定型約款には該当しないとされています(吉田・前掲7頁)。

4.普通保険約款は合意擬制(組み入れ)要件を満たしているか
つぎに、保険約款が定型約款に該当するとして、現行の保険実務において、保険約款が当該保険契約の内容となっているか、つまり定型約款の合意擬制(組み入れ)の要件を満たしているかが問題となります(改正法548条の2第1項1号・2号)。

この点、生命保険業界においては、旧大蔵省の保険審議会の昭和52年の答申を受け、普通保険約款と契約内容の概要と注意事項を説明した「しおり」を合本とした「ご契約のしおり-定款・約款」を契約締結までに(遅くとも申込書をいただくまでに)保険契約者に交付することと生命保険各社の社内規則(基準、マニュアル等)で定めています(保険業法300条1項1号、294条1項、100条の2、保険業法施行規則53条の7)。

また、近年の生命保険各社は、自社ウェブサイトに保険約款等を掲載し、保険契約者などがいつでも保険約款をみることができるように対応を行っています。

このような実務をみると、保険契約に加入する保険契約者は、保険約款が契約内容になることに合意したものと考えられ、改正法548条の2第1項1号による合意擬制があると考えられます。この点は、契約締結までに「ご契約のしおり-定款・約款」を手交することなど、現行の実務がルールどおり励行されている限りは、改正法との関係では問題は少ないように思われます(長谷川仁彦・竹山拓・岡田洋介『生命・傷害疾病保険法の基礎知識』13頁)。

5.信義則に反する約款条項の問題(改正法548条の2第2項)
改正法548条の2第2項は、定型約款の条項が「相手方の権利を制限し、又は相手方の義務を加重する条項であって、その定型取引の態様及びその実情並びに取引上の社会通念に照らして第1条第2項(=信義則)に規定する基本原則に反して相手方の利益を一方的に害すると認められるものについては、合意をしなかったものとみなす」と規定しています。つまり、信義則に反して相手方の利益を一方的に侵害する条項は無効と規定しています。

この改正法548条の2第2項に趣旨が似た法律として、消費者契約法8条から10条までの、消費者側の権利を不当に制限する約款条項は無効とするものがあります。この消費者契約法10条との関係で、生命保険の保険約款のいわゆる無催告失効条項が無効か否かが争われた著名な事件の最高裁平成24年3月16日判決は、保険会社側は保険契約者の権利保護を図るための運用を行っている等の理由により、当該無催告失効条項は有効であると判示しました。

このような判例に照らすと、一般論としては、生命保険の普通保険約款は、改正法548条の2第2項により無効とされる危険性は低いと思われますが、各保険会社は自社の保険約款の総チェックが必要であると思われます。

6.保険約款の変更は可能か
(1)改正法548条の4について
改正法548条の4は、定型約款作成者側が、一定の要件のもとで個別に相手方の同意を得ることなしに定型約款の条項を変更できると規定しています。すなわち、①定型約款の変更が相手方の一般の利益に適合するとき(改正法548条の4第1項1号)、または、②定型約款の変更が、契約をした目的に反せず、かつ、変更の必要性、変更後の内容の相当性、定型約款の変更をすることがある旨の条項の有無及びその内容その他の変更に係る事項に照らして合理的なとき(同条同項2号)、のいずれかです。つまり、改正法は、顧客側に有利な約款の条項変更を認めるだけでなく、顧客側に不利な約款変更も、必要性、相当性、合理性の要件を認めれば許されると規定しています。

(2)保険契約者等側に有利な約款変更
この点、たとえば保険約款上の、保険金の支払いのための要件をより明確化・平明化することや、保険金支払いの免責条項をより明確化・平明化、あるいは自殺免責条項の免責期間を短縮することなどは、保険契約者保護に資する、保険契約者側に有利な約款変更であるので、金融庁の認可を得たうえで、改正法の1号で認められる可能性は高いと思われます。

たとえば多くの生命保険会社の疾病関係特約や介護特約などは、保険金・給付金の支払い要件の傷病などを、厚生省大臣官房統計情報部「疾病、傷害および死因統計分類提要(昭和54年版)」(いわゆる「分類提要」、「E分類」など)に基づいており、批判が多いところです。これを官庁の統計資料に依存するのではなく、保険会社の約款のなかで支払い要件や定義を完結させることは、約款の平明化につながり、消費者保護に資するものと思われ、もしそのような方向性の保険約款変更が行われるなら、それは改正法548条の4第1項1号に適合するものであると思われます。

(3)保険契約者等側に不利な約款変更
一方、たとえば継続する「逆ざや」状態により会社の財政が悪化したと、保険会社が保険料・保険金の基礎率の変更のために約款変更を行うことの是非が問題になります。

この点、そもそも損害保険契約と異なり、生命保険契約は30年、40年と長期にわたり継続することを前提とする保険契約であること、そのために保険会社は保険数理の専門部門による保険の設計を行い、保険新商品の金融庁への認可申請の際に提出しなければならない基礎書類の一つには、保険数理に関する「保険料及び責任準備金の算出方法書」(保険業法4条2項4号)が含まれています。また、さらに生命保険業においては、保険金の支払いをより確実ならしめるために、ソルベンシー・マージン制度が用意され、万一、生命保険会社が倒産した場合にも、セーフティーネットとして、生命保険契約者保護機構が準備されています。

(くわえて、生命保険各社の災害割増特約など災害関係特約には、「地震、噴火または津波」・「戦争その他の変乱」が発生し「保険会社の計算の基礎に大きな影響をおよぼす場合」には、災害保険金を削減して支払うことができる旨の約款条項がありますが、この約款条項は阪神淡路大震災や東日本大震災などでも発動されていないことにも注意が必要です。)

このように、財政上の理由による既存の保険契約の保険料率変更は、まず金融庁の約款変更の認可がおりないように思われますし、また、改正民法548条の4第1項2号の要件に照らしても、少なくとも相当性、合理性に欠けていると思われます。(保険業法は金融庁が基礎書類を審査するにあたっては、公平性、差別的対応がないこと等の基準を明示しています。)

したがって、改正法548条の4に基づく保険料の基礎率の変更に関しては、各保険会社が慎重に考えるべきであると思われます(北澤哲郎「当社の対応 日本生命保険相互会社-商品の特性をふまえた検討・対応を」『ビジネス法務』2018年7月号38頁)。

■関連するブログ記事
・民法改正案 約款/約款の拘束力‐普通保険約款に関連して

■参考文献
・長谷川仁彦・竹山拓・岡田洋介『生命・傷害疾病保険法の基礎知識』13頁
・筒井健夫・村松秀樹『一問一答 民法(債権法)改正』241頁
・吉田哲郎「生命保険会社における改正債権法への実務対応」『金融法務事情』2088号6頁
・北澤哲郎「当社の対応 日本生命保険相互会社-商品の特性をふまえた検討・対応を」『ビジネス法務』2018年7月号38頁
・生命保険文化センター『生命保険・相談マニュアル』55頁


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