1. はじめに
労働契約法20条は、“職務内容や責任などが同一であれば、有期雇用契約の労働者が無期雇用契約の労働者に比べ、不合理な取り扱いを受けることは許されない”旨の条文ですが、この20条に関して、平成30年6月1日に二つの最高裁判決が出されました(ハマキョウレックス事件・長澤運輸事件)。

この二つの最高裁判決のうち、とくに労働者が定年後再雇用されたことは労働契約法20条の「不合理」な格差の判断要素となるか否かが争われ、判断要素に該当するとして原告・労働者側の主張を退けた判決(長澤運輸事件)は人事・労務の実務に対する影響が大きいものと思われます。

2.最高裁平成30年6月1日判決(平成29(受)442地位確認等請求事件・長澤運輸事件)
(1)事案の概要
運送会社「長澤運輸」でセメントタンク車の運転手として定年まで正社員として勤務してきた原告3名(以下「X」という)は、退職後、嘱託社員として再雇用された。業務内容や責任などはそれまでと同一であったが、賃金は退職前に比べて約2割から3割程度減額された。そこでXらが長澤運輸(以下「Y」とする)に対して、職務内容が同一なのに賃金格差を設けることは労働契約法20条に照らして不合理として出訴したのが本件訴訟であった。 

第一審(東京地裁平成 28 年5月 13 日判決)は、労働契約法20条に照らして「職務内容や責任が同じなのに賃金の格差を設けることは特段の事情がない限り不合理」としてXらの主張を認めた。

これに対して、第二審(東京高判平成 28 年 11 月2日判決)は、減額幅は2割程度で同規模企業の平均より小さいとして、「職務内容が変わらないまま一定程度減額されることは広く行われており社会的に容認されている」としてXらの主張を退けた。

(2)本件最高裁の判旨
労働者の賃金に関する労働条件は,労働者の職務内容及び変更範囲により一義的に定まるものではなく,使用者は,雇用及び人事に関する経営判断の観点から,労働者の職務内容及び変更範囲にとどまらない様々な事情を考慮して,労働者の賃金に関する労働条件を検討するものということができる。

また,労働者の賃金に関する労働条件の在り方については,基本的には,団体交渉等による労使自治に委ねられるべき部分が大きいということもできる。そして,労働契約法20条は,有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断する際に考慮する事情として,「その他の事情」を挙げているところ,その内容を職務内容及び変更範囲に関連する事情に限定すべき理由は見当たらない。』

『使用者が定年退職者を有期労働契約により再雇用する場合,当該者を長期間雇用することは通常予定されていない。また,定年退職後に再雇用される有期契約労働者は,定年退職するまでの間,無期契約労働者として賃金の支給を受けてきた者であり,一定の要件を満たせば老齢厚生年金の支給を受けることも予定されている。そして,このような事情は,定年退職後に再雇用される有期契約労働者の賃金体系の在り方を検討するに当たって,その基礎になるものであるということができる。

そうすると,有期契約労働者が定年退職後に再雇用された者であることは,当該有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かの判断において,労働契約法20条にいう「その他の事情」として考慮されることとなる事情に当たると解するのが相当である。

そうすると,有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては,両者の-賃金の総額を比較することのみによるのではなく,当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきものと解するのが相当である。

『さらに,嘱託乗務員は定年退職後に再雇用された者であり,一定の要件を満たせば老齢厚生年金の支給を受けることができる上,被上告人は,本件組合との団体交渉を経て,老齢厚生年金の報酬比例部分の支給が開始されるまでの間,嘱託乗務員に対して2万円の調整給を支給することとしている。』

これらの事情を総合考慮すると,嘱託乗務員と正社員との職務内容及び変更範囲が同一であるといった事情を踏まえても,正社員に対して能率給及び職務給を支給する一方で,嘱託乗務員に対して能率給及び職務給を支給せずに歩合給を支給するという労働条件の相違は,不合理であると評価することができるものとはいえないから,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないと解するのが相当である。

このように判示して、最高裁はXらの主張について精勤手当以外の部分を退けました。

3.検討・解説
(1)労働契約法20条の趣旨
正社員つまり無期雇用契約の労働者に対する、有期雇用契約の労働者の賃金その他の労働条件の格差の問題は、従来より雇用上の差別として多くの議論を集めてきました。この問題に関しては、近時、いわゆるパートタイム労働法において、賃金・福利厚生施設の利用などにおいて差別的取り扱いを禁止する立法がなされました(いわゆる「均等取扱い」(同一労働同一賃金))。(ただしこの規定は、対象となるパートタイム労働者の要件が厳しいなどの問題点があります。)

労働契約法20条は、この考え方に沿う条文ですが、第一に一般法としての労働契約法に規定が設けられた点、第二に「均等取扱い」ではなく「不合理な労働条件の禁止」という新たな類型を設置したことに特色があります。すなわち、使用者側からみて、「均等取扱い」にくらべて「不合理な労働条件の禁止」はややゆるやかな禁止規定といえます。

労働契約法

(期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止)
第20条 有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。

(2)労働条件の不合理な相違(格差)の禁止
労働契約法20条は、労働条件の相違(格差)が、職務の内容および配置の変更の範囲、職務上の責任などを総合考慮して、不合理であることを禁止しています。このように、有期契約労働者の職務内容を「考慮」しながら、不合理な労働条件を禁止するということは、そこに多用な労働条件のなかでそれらとのバランスを考慮しながら不合理な労働条件の禁止をおこなうものです。

20条は、労働条件の相違が不合理であるかの判断において考慮すべき要素として、①労働者の業務の内容および当該業務に伴う責任の程度、②当該職務の内容および配置の変更の範囲、③その他の事情、の3点をあげています。

そして、本最高裁判決においては、「③その他の事情」がとくに重視されています。

本最高裁判決は、ごくおおざっぱに要約すると、「たしかにXらは再就職前と同じ職務内容、職務の責任、配置転換の範囲なども同じであるが、定年まで正社員として勤務してきたのだから厚生年金など公的年金を受給することができるので、定年後の再就職は「その他の事情」に該当し、総合考慮の結果、Xらの年収の低下は「不合理」な格差ではなく、労働契約法20条違反とならない。」となると思われます。

(3)厚労省の平成24年の通達
ところで、厚労省の平成24年の労働契約法の一部改正の施行に伴う通達(平成24年8月10日基発0810第2号「労働契約法の施行について」第5の6(2)オ)は、20条の「その他の事情」についてつぎのように説明しています。

『「その他の事情」は、合理的な労使の慣行などの諸事情が想定されるものであること。 例えば、定年後に有期労働契約で継続雇用された労働者の労働条件が定年前の他の無期契約労働者の労働条件と相違することについては、定年の前後で職務の内容、当該職務の内容及び配置の変更の範囲等が変更されることが一般的であることを考慮すれば、特段の事情がない限り不合理と認められないと解されるものであること。』

・平成24年8月10日基発0810第2号「労働契約法の施行について」|厚労省

この厚労省の通達を読むと、本最高裁判決の、「公的年金が受給できるから、退職後の再就職は「その他の事情」に該当し、年収など労働条件を下げることは「不合理」な格差ではない」との主張はやや苦しいと思われます。

4.まとめ
厚労省の通達は、一般論として、定年後再就職をすると職務の内容や責任などが低下するので、賃金などの労働条件が下がってもしかたないと言っているにすぎません。(この点は私も納得できます。「ノーワーク・ノーペイの原則」。)

一方、本件最高裁判決は、ざっくりと一言でいうと、「公的年金があるから文句いうな」となるわけですが、公的年金は国民が支払った保険料の対価であって、労働関係上の、たとえば退職金が「賃金の後払い的性質」を有することとはまったく別の、労働関係の外部の制度であるはずです。そのようなものを「その他の事情」の総合考慮の要素に含めてしまったよいのでしょうか。

また、現在政府において、公的年金の支給開始年齢を原則65歳から70歳に後ろ倒しにすることが検討されています。この動きは今後も続くでしょう。このような公的年金の「崩壊」を最高裁はどのように考えているのでしょうか。

このように本件最高裁判決をみてみると、本件YがXら定年後再雇用の労働者に対しておおむね8割の賃金を準備していること、定年後再雇用の労働者に対しては賃金が定年前より下がるという社会的慣行がわが国にあることから、結論にはおおむね賛同できます。しかし、その理由付けとして、「公的年金があるからいいでしょ」は、最高裁判決にしてはちょっと乱暴すぎるのではと思われます。

■参考文献
・西谷敏・野田進・和田肇『新基本法コンメンタール労働基準法・労働契約法』429頁
・荒木尚志・菅野和夫・山川隆一『詳説 労働契約法 第2版』227頁

詳説 労働契約法 第2版

新基本法コンメンタール労働基準法・労働契約法 別冊法学セミナー (別冊法学セミナー no. 220)