鬼ごっこの子ども
1.はじめに
最近、政府・与党が「子ども庁」を新設するとの報道が注目されています。 いたずらに官庁を増設することは、権限や法律などの細分化を招き、縦割り行政をさらに悪化させ、結局、子供・若者などを含む国民が困るように思われます。

また、3月に内閣府は、「子供・若者育成支援推進大綱(案)」を公表し、パブコメ手続きを行いましたが、同大綱は「子どもはネットやスマホ、ゲームでなく自然体験を」「家族助け合いの推進」「道徳教育の推進」等など、極めて保守的な思想に基づいた内容であることが大いに気になりました。(私自身も保守的な人間ですが、この大綱は限度を超えているように思われます。)

・子供・若者育成支援推進大綱(案)に対する意見募集について|内閣府

仮にもし政府・与党が、この「子供・若者育成支援推進大綱(案)」にあるような保守的思想を、子供・若者を中心とした国民に普及・教育する目的で「子ども庁」を設置するのだとしたら、それは国民一人ひとりがどのような考え方や道徳観を持つか、どのような職業につくのか、どのような家族観やライフスタイルを選択するのか等を個人の自由な自己決定に委ねている近代自由主義・民主主義のわが国の国のあり方を揺るがす深刻な問題であると思われます(憲法11条、13条、97条)。

内閣府のパブコメに対して私が提出した意見の一部は次のとおりです。

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・内閣府のゲーム依存・フィルタリング等に関する「子供・若者育成支援推進大綱(案)」パブコメに意見を書いてみた(1)

2.「子供・若者自身や家族が、互いに他の子供・若者や家族を支え合う」(19頁)について
これは2012年の自民党の憲法改正草案24条「家族はお互いに助け合わなければならない」(家族助け合い義務)と同様の考え方なのだろうか。「家族は助け合おう」という事柄は道徳的には正しいとしても、わが国は個人の尊重と基本的人権の確立を国の目的とする近代民主主義国家である(憲法13条、11条、97条)。自分がどのような家族を持つか、誰と家族を形成するか、誰と同居するか等などのライフスタイルに関する事柄は、国民の個人個人の自己決定権に委ねられるところである(憲法13条)。「家族は助け合わなければならない」という考え方・ライフスタイルを国・内閣府が国民に強制することは、憲法に反し、近代立憲民主主義の観点から許されない。

また、仮にもし国・内閣府が、この家族助け合い義務的な考え方により、国民の病人・ケガ人・高齢者等への医療・介護などに関する社会保障の国の責任を放棄したいと考えているのであれば、それは憲法25条(社会権)の規定に違反している。
したがって、本大綱(案)のこの部分は全面的な取消・削除を求める。

3.「道徳教育」(23頁など)について
わが国は個人の尊重と基本的人権の確立を国の目的とする近代民主主義国家である(憲法13条、11条、97条)。自分がどのような思想・信条を持つか、日本の伝統文化にどのように接するか、どのような政党を支持するか、地域社会や国政にどのようなスタンスで参加するか、ボランティア活動等にどのように参加するのか、オリンピック活動に参加するのか否か、どのような仕事・職業を選択するのか、どのようなライフスタイルを選択するのか等などは、国民の個人個人の自由な意思決定や自己決定権に委ねられるところである(憲法13条)。特定の思想や政党、価値観、ライフスタイル等を国・内閣府が国民に強制することは、憲法に反し、近代民主主義の観点から許されない。

したがって、この「道徳教育」の政策・考え方については憲法の理念に適合するように全面的な見直しを求める。

4.「被害防止等のための教育・啓発」(28頁)について
青少年が社会で生活するなかで各種の被害にあわないために、あるいはわが国の主権者として生活するために、憲法・民法・刑法などの法律の基礎を中学・高校の段階で教えるべきではないか。また、IT社会・デジタル社会がますます進展するなか、加害者にも被害者にもさせないために、青少年に個人情報保護法制や情報セキュリティの基礎を学校で教育すべきではないか。さらに青少年が実社会で生活してゆくための必須の知識として、健康保険・公的年金の仕組み・生命保険・損害保険・預金・投資信託・iDeCo・NISA・ライフプランニングなどお金やファイナンシャル・プランニング(FP)に関する基礎を学校で教育すべきではないか。

5.「テレワークの推進」(19頁)について
「家族で過ごす時間や子供と向き合う時間の確保」などのためにテレワーク等を推進するとあるところ、内閣府の大臣や官僚の方々は、テレワークで親が家にいさえすれば仕事と家事を同時にできるとお考えなのであろうか。子供の世話などの家事をやる時間は親は仕事はできないし、逆もまたしかりである。テレワークで親の一日24時間の時間が増えるわけではない。もう少し地に足のついた現実的な思考での政策の企画立案を求める。

6.「労働者の権利保護」(28頁)について
労働法等の法令の知識を青少年に教えるだけでなく、都道府県労働局・労働基準監督署・ハローワークなどの関係機関の労働者保護のための法的権限強化や相互連携の強化などが必要なのではないか。とくにパワハラ・セクハラなどは個別紛争解決法に基づき、使用者側と労働者側との和解的解決を図るスキームとなっているが、和解ではなく、労働局・労基署等がパワハラ・セクハラの加害者・使用者に対して行政処分・行政指導などを行い、積極的に青少年などの被害者従業員を救済し、職場のパワハラ・セクハラを撲滅できるように、立法的手当を含めた対応を行うべきではないか。

7.「困難を有する子供・若者やその家族の支援」(16頁、17頁)および「障害等のある子供・若者の支援」(32頁)について
(1)憲法26条1項は「すべて国民は、等しく教育を受ける権利を有する」と定め、教育基本法4条1項は「すべて国民は、ひとしく、その能力に応じた教育を受ける機会を与えられなければならず、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によって、教育上差別されない。」と規定されており、障害者などが差別を受けずに「自分も他の生徒達と同じベースで同じ教育を受ける権利」を憲法26条、14条、教育基本法4条上有していることは近年の裁判例で認められている(神戸地裁平成4年3月13日判決・市立尼崎高校事件、徳島地裁平成17年6月7日判決、奈良地裁平成21年6月26日判決、東京地裁平成18年1月25日判決)。

したがって、障害者等が自分も他の生徒と同じ一般の学校・学級で同じ教育を受けることを望んだにもかかわらず、国・自治体・学校などがそれを拒むことは、憲法26条、14条、教育基本法4条などに抵触する違法・違憲なものであるとの認識であるが、この認識で間違いがないことを確認したい。

(2)障害者の子ども・若者に対して、「障害者権利条約の理念に基づき、特別支援学級などの施策を推進する」とのことであるが、障害者の差別禁止、社会への完全かつ効果的な参加及び包容などの障害者権利条約の理念やインクルーシブ教育の理念に立つのなら、特別支援学級などに障害者を隔離するのではなく、障害者を一般の学校に統合して教育を行う政策を推進すべきではないか。

8.「子供・若者育成支援におけるAI 等のデジタル技術やデータの活用(Child-Youth Tech:チャイルド・ユース・テック)を推進」(20頁)について
文科省は小中学生の成績などの教育データを国が収集し、AIなどにより分析して利用するEduTechの「公正に個別最適化された学び」「教育の個別化」の方針を示しているが、成績や内申書などは生徒の個人情報・データであり、また内心の自由(憲法19条)にも関連するプライバシー権(13条)に属する情報である。思想・信条や社会的差別の原因となる情報も多く含まれると考えられ、そのような個人情報の収集や利用には、個人情報保護法制などに準拠した慎重な運営が必要になる。

また、2018年にアマゾン(Amazon)の採用選考に関するAIが女性差別を行っていたことが発覚したように、EduTechに関するAIやプログラムに社会的差別などの不具合が発生しないような取り組みが必要となる。

さらに、憲法26条1項は「すべて国民は…等しく教育を受ける権利を有する」と定め、教育基本法4条1項は「すべて国民は、ひとしく、その能力に応じた教育を受ける機会を与えられなければならず、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によって、教育上差別されない。」と規定されており、障害者などが「自分も他の生徒達と同じベースで同じ教育を受ける権利」を憲法26条、教育基本法4条上有していることは近年の裁判例で認められている(神戸地裁平成4年3月13日判決・市立尼崎高校事件、徳島地裁平成17年6月7日判決、奈良地裁平成21年6月26日判決、東京地裁平成18年1月25日判決)。

したがって、国・文科省がAI 等のデジタル技術やデータの活用による「公正に個別最適化された学び」「教育の個別化」政策において、障害者や成績がよくない生徒が自分も他の生徒と同じ一般の学校・学級で同じ教育を受けることを望んだにもかかわらず、国・文科省・自治体・学校などがそれを拒むことは、憲法26条、教育基本法4条などに抵触する違法・違憲なものであるとの認識であるが、この認識で間違いがないか確認したい。

9.「障害等のある子供・若者の支援」(32頁)、「ニート・ひきこもり・不登校の子供・若者の支援等」(31頁)について
日本の民間企業には、就職または転職の際に「履歴書・職務経歴書上のブランク」が存在する人間についてはそれだけで採用しないという人事・労務上の慣行がある。学校を卒業し企業に就職したものの、うつ病などの精神疾患に罹患した人間などが病院・就労移行支援施設などに通院・通所して病気から回復し、障害者雇用で再就職活動をする際に、この「履歴書・職務経歴書上のブランク」という壁が、障害者雇用で再就職をめざす精神障害者等の再就職を大きく阻んでいる。このことは、ニート・ひきこもり・不登校の子供・若者においても同様である。

したがって、障害等のある青少年、ニート・ひきこもり・不登校の青少年の就職・再就職を促進する観点から、「履歴書・職務経歴書上のブランクがある人間は採用しない」という慣行を止めるように、内閣府・厚労省などの国は民間企業などに助言・指導あるいは立法措置(職業安定法の改正など)を行うべきである。

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■参考文献
・堀口悟郎「AIと教育制度」『AIと憲法』(山本龍彦)255頁
・芦部信喜『憲法 第7版』283頁
・高木浩光「個人情報保護から個人データ保護へ ―民間部門と公的部門の規定統合に向けた検討(2)」『情報法制研究』2号91頁
・植木淳「障害のある生徒の教育を受ける権利」『憲法判例百選Ⅱ 第6版』304頁
・樋口陽一・小林節『「憲法改正」の真実』137頁