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とある会社の社員が、法律などをできるだけわかりやすく書いたブログです

タグ:憲法

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1.はじめに
生活保護訴訟について本年6月に最高裁判決が出されました(最高裁令和7年6月27日判決)。ところが本日のニュースによると、政府・厚労省は最高裁判決にしたがわず生活保護費の全額支払いをしない方針のようです。このような政府・厚労省の振る舞いは以下のように憲法・行政法の観点からおかしいと思われます。
・生活保護の全額補塡見送り 厚労省、引き下げ訴訟巡り調整|日経新聞

2.憲法から考える
(1)憲法25条、81条、76条2項
今回の最高裁判決では、2013~2015年の生活保護費引き下げが「合理的根拠を欠き、生活保護法に違反する」と判断されました。ところが厚労省は全額補償ではなく「一部支給」で調整する方針を固めたようです。この対応に対して、憲法・行政法の観点からは以下のようなことが考えられます。

(2)憲法25条(生存権)
憲法25条1項は、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と規定しています(生存権)。最高裁が違法と認定した生活保護費の減額は、この生存権の保障を侵害したと解釈できます。にもかかわらず、政府・厚労省が判決に従わず一部補償にとどめるのは、憲法25条との関係で違憲状態の継続とも受け取られかねません。

(3)憲法81条(違憲審査権)
憲法81条は、「最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。」と規定しています(違憲審査権)。

第八十一条 最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。

すなわち、この規定は、違憲審査権の最終的な担い手は最高裁であることを明言しています。つまり、最高裁の判断は法的拘束力を持つ最終判断であり、行政も立法もこれに従わなければならないのです。最高裁が生活保護訴訟について判決という形で判断を下したのに、政府・厚労省(行政)が判決に反する方針を取ることは、司法権の軽視であり、三権分立の原則に反する可能性があります(憲法41条、65条、第76条)。

(4)憲法76条2項(行政裁判所の禁止)
憲法76条2項は、「特別裁判所は、これを設置することができない。行政機関は、終審として裁判を行うことができない。」と規定しています。
第七十六条 すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。
 特別裁判所は、これを設置することができない。行政機関は、終審として裁判を行ふことができない。

すなわちこの規定は、行政(政府・厚労省など)は、裁判の最終判断者になってはいけないということを規定しています。つまり最高裁が違法と判断した生活保護費に関する行政処分について、行政が「自分で判断して一部しか支払わない」というのは、まるで自ら裁判しているようなものであり、憲法76条2項に抵触しているといえます。

3.行政法から考える
(1)行政行為の違法性と取消
最高裁が「生活保護基準の引下げは違法」と判断した以上、当該行政処分は取消されるべきです。その結果として、原状回復、すなわち全額支給が原則となるはずです。今回の最高裁判決では国賠法に基づく損害賠償請求は否定されましたが、行政の違法性は認定されており、補償の在り方は依然として問われています。すなわち、最高裁が生活保護費の引き下げの処分は違法と判断した以上、政府・厚労省は原状回復として生活保護費の全額支給を実施すべきです。

4.まとめ
このように、生活保護費の引き下げは違法との最高裁判決が出たにもかかわらず、それに従わず全額支給ではなく一部支給をしようとしている政府・厚労省の方針は、憲法25条、81条、76条2項に抵触しており、また行政法の行政行為の違法性と取消の考え方からも違法です。政府・厚労省は、生活保護費の一部支給の方針を撤回すべきです。

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小泉氏
(小泉進次郎氏のXアカウントより)

1.はじめに
週刊文春、朝日新聞などによると、自民党総裁選(10月4日投開票)に立候補している小泉進次郎農林水産相(44)の陣営が、インターネット上の動画(ニコニコ動画等)に小泉氏に好意的なコメントを書き込むよう陣営関係者らに依頼したとする報道について、小泉氏は26日の閣議後の記者会見で事実関係を認めた。他候補への批判とも取れる内容もあったとのことです。
【小泉陣営も事実認める】小泉進次郎陣営が「ニコニコ動画」で“ステマ指示” 「石破さんを説得できたのスゴい」など24のコメント例、高市氏への中傷も…|文春オンライン
小泉氏陣営、他候補中傷含む書き込み依頼 週刊誌報道、事実関係認める|朝日新聞

2.ケンブリッジ・アナリティカ事件
この小泉氏の事件で連想するのは、2016年のケンブリッジ・アナリティカ事件です。Facebook上の8700万件の個人情報を収集した選挙コンサルタント会社のケンブリッジ・アナリティカ社が、それらの個人情報を分析し、例えば「〇〇支持者でネット上の情報に流されやすい性格の人」等と予測された者に集中的にフェイクニュースを投入し、個人の投票行動を操作した事件です。同社の投票行動操作は、2016年のアメリカ大統領選、イギリスのブレグジットの国民投票に利用されました。

このような個人の投票行動のコントロールは、「選挙の公正」という民主主義の基本原則を危険にさらすものであり、非常に不適切です(山本龍彦「AIと憲法問題」『AIと憲法』26頁)。

3.小泉氏の事件を考える
ネット上の意見をみていると、「「誰々を応援する投稿を動画サイトのコメント欄に書き込もう」等の呼びかけは最近の社会一般では広く行われているのであるから、一体何が問題なのか?」という意見もあるようです。

しかし、小泉氏は大臣であり国会議員という強い権力を持つ社会的に地位にあります。また、自民党総裁選挙は政党内の選挙ではありますが、自民党の総裁は内閣総理大臣としてわが国の行政の長となるのが通例なのですから、自民党総裁選における候補者の振る舞いは、国政選挙に準じて考えられるべきなのでしょうか。

すなわち、自民党総裁選挙は、民主主義の基本原則である「選挙の公正」が強く要請されるものであり、今回の小泉氏陣営の行為は民主主義の基本原則である「選挙の公正」の観点から非常に不適切といえるのではないでしょうか。

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1.はじめに
米OpenAIは8月7日、生成AIのChatGPTについて、これまでのGPT-4oに代えて、次世代AIモデル「GPT-5」をリリースしました。同社によると、GPT-5は “博士並みの知能持つ友人”であるそうです。ところが興味深いことに、ネット上では多くのユーザーから「私の家族・友人の4oを返してほしい」という趣旨の意見が多く見られています( #keep4o )。
・ChatGPTに「4o」を返して--「keep4o」運動が話題 新モデル不評? アルトマン氏も対応表明|CNET Japan

2.生成AIは「個人の自律」や「自己決定」を阻害するのではないか?
この、#keep4o の動きは、GPT-5に比べてGPT-4oの方が、ユーザーの問いかけに対してより親切・丁寧に人間的な対応をしてくれるのでGPT-4oを返してほしいというもののようですが、例えば憲法的に考えるなら、「AI依存は個人の自律や自己決定を阻害するのではないか」という問題があるように思えます。

ChatGPTやCopilotなどの生成AIが優秀で親切な24時間対応してくれる相談役・カウンセラーになればなるほど、私達人間は、思考や判断の一部を生成AIに委ねるようになると思われます。これは一見すると人間の能力の拡張であるようでいて、その一方で、憲法が重視する「個人の自律」や「自己決定」との関係で問題をはらんでいるように思えます。

3.松尾剛行『生成AIの法律実務』
この点、AIに詳しい弁護士の松尾剛行先生の『生成AIの法律実務』(2025年)220頁以下は、まず、例えば日々の食事のメニューなどのルーティン的自己決定を生成AIに委ねることは、人間を日々のルーティンワークから解放し、より質の高い生活を実現させる可能性がある一方で、例えばそれがスーパーマーケット等の事業者のステルスマーケティング的な宣伝活動に乗っ取られてしまう危険(第三者の誘導の危険)があることを論じています。

さらに同書は、日々のルーティンワーク的な自己決定でなく、自分がどのような職業に就くのか、どのような人生の道を選択するのか等の、重要な自己決定を生成AIに委ねることについては、「重要な自己決定をすべてAIに委ねる人間が果たして<自律的な個人>といえるのか、という点は今後重要な問題となり得るだろう」と指摘しています。

4.個人の自律・自己決定・民主主義
憲法13条は、「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と規定しており、「個人の尊重」と「幸福追求権」は非常に重要な人格的利益です。

ところが人々が、生成AIに何でもかんでも頼るようになってしまったら、個人が自己の価値判断を行う場が減少し、憲法的に保障されるべき個人の「人格的自律」が形骸化してしまうおそれがあります。また、さまざまな選択肢があるのに実質的には生成AIが回答する方向に人間が流されることは、実質的な自己決定の行使とは言えないという問題もあります。

さらに、これが私的な自己決定ではなく、選挙・投票などに関する判断や選択であった場合、これは生成AIによる民主主義・国民主権の乗っ取りや形骸化などの危険があるということになるのではないでしょうか。

5.まとめ
このように、少し想像をたくましくして考えてみると、生成AIがどんどん便利で優秀に人間的になり、人間がそれに頼るようになると、個人の自律、自己決定や、果ては民主主義との関係で問題が発生してしまうように思われます。

2019年に内閣府が公表した「人間中心のAI社会原則」は、①人間の尊厳が尊重される社会、②多様な背景を持つ人々が多様な幸せを追求できる社会、③持続性ある社会、の3つの基本理念を掲げていますが、今回のGPT-4oの問題は、そのうちの①の理念が早くも阻害されるおそれが顕在化しているのではないでしょうか。

生成AIを研究開発する企業や、各種のAIサービスを提供する企業、そして生成AIを利用する我々エンドユーザーは、これらのリスクを視野にいれて行動する必要があるのかもしれません。

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選挙
1.はじめに
最近話題となっている、学歴詐称問題の田久保真紀・伊東市長が、7月18日に市議会の百条委員会から卒業証書とされる書類の提出を拒否しただけでなく、本日(24日)は百条委員会に出頭して証言することも拒否したとのことです。しかし田久保市長のこのような対応は法的に可能なのでしょうか?

2.田久保市長の主張
NHKなどの報道によると、7月18日に田久保市長は、「刑事告発されており私自身の訴追につながる可能性がある」として、書類の提出を文書で拒否したとのことです。また、テレビ静岡の報道によると、24日には田久保市長は、「18日の文書で回答したとおり、当方には正当な理由があるので出席して証言することを拒否する」と文書で回答したとのことです。

つまり田久保市長は、「刑事訴追のおそれがあるので当方には正当な理由があり、百条委員会への書類の提出や出席、証言は拒否する」と主張していることになります。

3.地方自治法100条・憲法38条
この点、地方議会の百条委員会について定める地方自治法100条1項は、「普通地方公共団体の議会は、当該普通地方公共団体の事務(略)に関する調査を行うことができる。この場合において、当該調査を行うため特に必要があると認めるときは、選挙人その他の関係人の出頭及び証言並びに記録の提出を請求することができる。」と規定しています。

そして、同条3項は、「第一項後段の規定により出頭又は記録の提出の請求を受けた選挙人その他の関係人が、正当の理由がないのに、議会に出頭せず若しくは記録を提出しないとき又は証言を拒んだときは、六箇月以下の拘禁刑又は十万円以下の罰金に処する。」と規定しています。

つまり、出頭や記録の提出などを拒否した場合には、6か月以下の拘禁刑または10万円以下の罰金という処罰の可能性がある一方で、「正当な理由」があれば出頭や記録の提出などを拒否できるという規定ぶりとなっています。

そしてこの点、本事案では「正当な理由」に「刑事訴追のおそれ」が含まれるのかが問題となりますが、地方自治法のコンメンタールを見てみると、この「正当な理由」についてはつぎのように解説されています。

「関係人は正当の理由なくして、出頭、証言、記録の提出を拒むことができないが、自己に不利な供述は強要されない(憲法38条1項)。この場合は自己に不利となる旨を述べれば足りるものと解される。」
(松本英昭「新版 逐条地方自治法 第9次改訂版」392頁)
つまり、憲法38条1項は「何人も、自己に不利益な供述を強要されない。」と自己負罪拒否権を規定しているので、「自己に不利な供述」は強要されず、百条委員会から関係者が出頭、証言、記録の提出を求められても、当該関係者が「自己に不利となる」としてそれを拒否することは、「正当な理由」があるとして、当該拒否は認められるということになります。

すなわち、田久保市長の記録の提出拒否や出頭・証言拒否は地方自治法100条3項との関係で適法ということになります。

しかしこのような結論は、市民感覚や正義との関係で妥当なのでしょうか。百条委員会や伊東市議会側には打つ手はないのでしょうか?

4.百条委員会や伊東市議会側には打つ手はないのか?
この点、地方自治法100条9項は、百条委員会は同条3項に反する関係者を刑事告発することができると規定しています。しかし、これは上でみた「正当な理由」との関係で実現可能性は疑問ではあります。また、議会は市長に対して、不信任決議を行うことができます。しかしこれに対しては市長は議会を解散することができるので、もろ刃の剣の策ではあります。さらに住民がリコール請求を行うことも可能ですが、これは実施のための要件がかなり厳格です。このように、田久保市長がこのように開き直ってしまっている本事案は、なかなか法的な解決が難しい事案のように思われます。

本事案は本質的には法的な問題というよりは、どちらかというと政治的な問題、すなわち田久保市長の政治的責任に関する問題のように思われます。田久保市長は出直し選挙を行う方針とのことであり、これまでこの不祥事について十分な説明責任を果たしてこなかった市長の姿勢について、伊東市の住民の審判を仰ぐことになります。伊東市の民主主義、地方自治、住民自治にこの問題の解決はかかっているように思われます。

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山本龍彦先生の『アテンション・エコノミーのジレンマ <関心>を奪い合う世界に未来はあるか』(2024年8月)を購入し、さっそく山本先生と森亮二先生との対談の個人情報保護法制に関する部分を読みました。

ケンブリッジ・アナリティカ事件、リクナビ事件等のあとの、最近の生成AIの発達・普及をうけて、広告業界やプラットフォーム業界、世界や日本の個人情報はどうなってゆくのかという点が非常に興味深いと感じました。(これまでますます力を強めてきたGoogleが、chatGPT等の普及による”検索をしない世界”の到来に大いに慌てているのではないかという予測等など。)

また、日本の個人情報保護法がプロファイリングについてほとんど規制を設けていないことはやはり大問題であること、「個人を特定できるか」が重要なのではなく、事業者などが「個人の認知システムにどれだけ働きかけるか」が重要なのであることは本当にその通りだと思いました。

さらに、デジタル社会において「個人の自律性・主体性」を回復するためにはやはり自己情報コントロール権や情報自己決定権の考え方が重要だと感じました。

高木浩光氏や鈴木正朝教授などの「関係のない情報による自動処理・決定・差別の防止」の考え方ももちろん重要ですが、「関係のない情報による自動処理・決定・差別の防止」の考え方では個人の自律性・主体性の回復、もっと言えば憲法や法律学が核心の価値として掲げる、個人の尊重や個人の基本的人権の確立の価値は導き出せないように思いました。

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