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とある会社の社員が、法律などをできるだけわかりやすく書いたブログです

タグ:捜査関係事項照会

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1.医師の守秘義務
民事上、医師・医療機関と治療を受ける患者との間との関係は診療契約であるとされており、この診療契約から付随して、医師は守秘義務を負うと解されています。そのため、医師が守秘義務違反を侵した場合は、患者に対して債務不履行に基づく損害賠償責任(民法415条)または不法行為に基づく損害賠償責任(同709条)を負うことになります。また、医療機関は使用者責任を負う可能性があります(同715条)。

ただし、「正当な理由」がある場合には、医師等は守秘義務の責任を免責されます。この正当な理由は、①本人の承諾がある場合、②法令上、医師が秘密事項を告知する義務を負う場合、③第三者の利益を保護する必要がある場合、です。

2.秘密漏示罪
また、刑法などは医師の秘密漏示罪を規定しています。すなわち、刑法134条1項は、「医師、薬剤師、医薬品販売業者、助産師、(略)又はこれらの職にあった者が、正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたときは、六月以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。」と規定しています。

この条文における「秘密」とは、一般に知られていない事実であって、これを他人に知られないことが本人の利益と認められるものをいい、一般的にみて何人も他人に知られることを欲しない事項とされており、カルテなど診療情報、傷病情報はこれに該当します。また、この条文における「正当な理由」も、①本人の承諾がある場合、②法令上、医師が秘密事項を告知する義務を負う場合、③第三者の利益を保護する必要がある場合、と解されています。

加えて、刑法の特別法も医師の秘密漏示罪を定めています。例えばハンセン病やエイズ等に関する感染症予防法73条1項は、「一年以下の懲役又は百万円以下の罰金」の罰則を定め、また、精神保健福祉法53条も「一年以下の懲役又は百万円以下の罰金」の罰則を定めています。

なお、秘密漏示罪は医師に故意があった場合に成立しますが、民事上の守秘義務違反は故意だけでなく過失の場合にも成立します。

3.個人情報保護法
個人情報保護法上、患者の病歴などの診療記録は個人情報のなかでもとりわけ厳格な取り扱いが必要とされる「要配慮個人情報」に該当します(個人情報保護法2条3項)。そして、個人情報保護法は、事業者は個人情報の利用目的を定め、その利用目的の範囲内で個人情報を利用することを求め(同16条1項)、また、個人情報を第三者に提供する際は、原則として本人の同意を要すると定めています(同23条1項)。ただし、同法16条および23条は、「法令に基づく場合」などの例外規定を置いています。

4.患者の診療情報などに関する第三者からの照会への対応
(1)はじめに
病院などが患者の診療履歴などの個人情報を第三者に提供するにあたっては、上でみたとおり、民事上の守秘義務の観点、刑事上の秘密漏示罪の観点、個人情報保護法の観点という3つの観点から判断を行う必要があります。

(2)警察・検察からの照会
(a)強制捜査
警察・検察が裁判所から捜索・差押令状などの令状(刑事訴訟法218条など)を得ている強制捜査による患者の診療情報などの提供の照会の場合、個人情報保護法23条1項1号の「法令に基づく場合」に該当するので、提供を行うことは個人情報保護法上は問題ありません(個人情報保護委員会「個人情報保護ガイドライン(通則編)」29頁)。

しかし、刑事上・民事上の守秘義務との関係では、強制捜査であるからといって無制限に正当な理由があるとなるわけではないので、個別の事案において正当な理由の有無について、医師の良識に基づいて個別具体的な、適正な判断が求められます。また、後日のトラブル回避の観点からは、回答した内容と対応を記録に残すことが望まれます。

(b)任意捜査-捜査関係事項照会
警察・検察の捜査関係事項照会書(刑事訴訟法197条2項)による任意捜査の照会は、照会された側には回答する法的義務があるものの、この義務違反には罰則がなく強制力もない照会です。

この点、個人情報保護委員会の「個人情報保護ガイドライン(通則編)」29頁は個人情報保護法23条1項1号の「法令に基づく場合」に捜査関係事項照会が含まれると規定しているので、回答を行うことは個人情報保護法上は問題ないことになります。

しかし、強制捜査の場合以上に、刑事上・民事上の守秘義務との関係では、回答に正当な理由が認められるか否かが問題となります。この場合においても、医師の良識に基づく適正な判断が必要となります。照会が、たとえば○月に受診した患者すべてのカルテ情報の提供を求める、あるいはある特定の疾病にり患した患者すべてのカルテ情報など、網羅的・全面的なものでないかも注意が必要です。

また、回答するにあたっては、警察・検察による正式な捜査であることの確認をとるために、捜査関係事項照会書などの書面で照会を行うよう捜査当局に依頼すべきです。さらに、回答の内容は照会された事項に限定し、後日のトラブル防止のために回答した内容と対応を記録すべきです。

(3)犯罪が疑われる場合
医療機関が患者の尿検査を行ったところ、麻薬または覚せい剤の陽性反応が検出された場合など、診察により患者の犯罪が疑われるときに、医療機関はこれを捜査機関に通報すべきかどうか問題になります。

まず個人情報保護法について検討すると、麻薬に関しては、第三者提供の例外の「法令に基づく場合」に関する厚生労働省の「医療・介護事業者における個人情報ガイダンス」「別表3」の「法令上、医療機関等(医療従事者を含む)が行うべき義務として明記されているもの」に、「医師が麻薬中毒者と診断した場合における都道府県知事への届出(麻薬及び向精神薬取締法58条の2)」が明記されているので、個人情報保護法上は捜査機関への通報は適法となります。

また、覚せい剤に関しては、覚せい剤取締法にはこのような届出義務は明記されていませんが、覚せい剤の患者本人の健康への悪影響の重大さや、社会に覚せい剤を蔓延させる危険から、これらを防止するために捜査機関に通報を行うことは、個人情報保護法23条1項2号の「人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき」または同3号の「公衆衛生の向上又は児童の健全な育成の推進のために特に必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき」に該当し、適法であると考えられます。

しかし、刑事上・民事上の守秘義務との観点では正当な理由の有無がここでも問題となります。犯罪が疑われるとしても、捜査機関への通報が無制限に許容されるわけではないので、ここでも医師の良識に基づいた判断が必要となります。なお、覚せい剤の陽性反応があったため捜査機関への通報を行った医師の行為につき、当該医師の行為は正当行為に該当し守秘義務違反とならないとした判例が存在します(最高裁平成17年7月19日決定)。ただし、後日のトラブル防止のために回答した内容と対応を記録すべきです。

(4)裁判所からの照会-文書送付嘱託・調査嘱託
裁判所からも病院などに対して、文書送付嘱託(民事訴訟法226条)または調査嘱託(同186条)が行われる場合があります。文書送付嘱託とは、民事訴訟において当事者の一方が裁判の証拠とするために書類を提出させてほしいと裁判所に申立てを行い、裁判所が発出するものです。また、調査嘱託とは、裁判所が裁判において客観的事実につき必要と認めた場合に発出するものです。

これら文書送付嘱託または調査嘱託に関しては、民事訴訟法に根拠規定があるので、個人情報保護法23条1項1号の「法令に基づく場合」に該当するので、これらの照会に対して回答することは、個人情報保護法の観点からは適法といえます。

しかし、刑事上・民事上の守秘義務との関係では、無制限に正当な理由があるとは言えません。これらの照会が患者本人またはその相続人の同意を得ているものかどうかが問題となります。すなわち、患者本人やその相続人が訴訟の当事者となっている場合は同意ありとして回答することは適法となりますが、そうでない場合には裁判所に対して患者本人の同意書の取り付け・送付を依頼することなどが必要です。

(5)弁護士会からの照会-弁護士会照会
弁護士会から照会が行われる場合があります。弁護士会照会と呼ばれるものです(弁護士法23条の2)。これは弁護士が受任した訴訟などに関して証拠を収集する等の場合に、当該弁護士が所属する弁護士会に依頼し、当該弁護士会が団体等に照会を行うものです。

この照会も弁護士法に根拠規定があるため、個人情報保護法23条との関係では、回答を行っても違法とはなりません。

しかし刑事・民事上の守秘義務との関係では、弁護士会照会は罰則規定のない、言ってみれば“法的効力の弱い照会”であることから、無制限に回答を行うことには慎重であるべきです。

弁護士会照会に対して漫然と回答を行ったことを違法とした判例も存在します(最高裁昭和56年4月14日判決・前科照会事件)。

この点、厚生労働省の「医療・介護関係事業者における個人情報ガイダンスQ&A」のQ4-4の解説は、弁護士会照会への対応について、回答することは個人情報保護法23条に抵触しないとしつつも、回答するか否かは「個別の事例ごとに判断が必要」と明記しています。

そのため、医療機関などは、よせられた弁護士会照会が患者本人またはその家族から申し立てられたものでない限り、弁護士会に対して、本人またはその相続人の同意書の取り付け・送付を依頼し、本人またはその相続人の同意を確認したうえで回答を行うことが無難です。この場合にも、後日のトラブル防止のために回答した内容と対応を記録すべきです。

■参考文献
・田辺総合法律事務所『病院・診療所経営の法律相談』179頁、201頁
・岡村久道『個人情報保護法 第3版』183頁
・個人情報保護ガイドライン(通則編)29頁|個人情報保護委員会
・医療・介護関係事業者における個人情報ガイダンス「別表3」|厚生労働省
・医療・介護関係事業者における個人情報ガイダンスQ&A4-4|厚生労働省







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1.はじめに
1月下旬より、各メディアが、およそ6000万人の顧客の個人情報を保有するTポイント事業を管理運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社(CCC)が、2012年より警察から令状でなく任意の照会である捜査関係事項照会によりTポイントの顧客の購買履歴などの大量の個人情報の提供に応じていたことを報道しています。

Tポイントは、ツタヤ、ファミリーマート、ヤフー、ガスト、ウェルシアなど各種の約100の事業者、全国約29万店舗で利用されている共通ポイントです(2014年12月現在)。たとえば書籍の購買履歴からは本人の思想・信条(憲法19条)が推知されるおそれがあります。また、ドラッグストアにおける医薬品の購買履歴からは本人の傷病などのセンシティブな個人情報が推知されるおそれがあります。さらに、いつ、どこで、何を購入したかという蓄積されたデータから、本人がどんな社会的属性の持ち主であるかなどのさまざまなプライバシー(憲法13条)が類推されてしまいます。加えて、CCCの子会社のツタヤはいわゆる「ツタヤ図書館」などを武雄市などで運営していますが、CCCのデータベースと直結された図書館サーバーから公共図書館の利用者の貸出履歴などが流出しているのではないかと常に疑問視されてきました。

2.捜査関係事項照会とは
今回の件で警察が利用しているのが捜査関係事項照会(刑事訴訟法197条2項)です。「公務所等に対する照会」とも呼ばれます。

刑事訴訟法

第197条2項
捜査については、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができる。

「公私の団体」とは、広く団体すべてを指すとされているため、CCCなどの民間企業もこの照会先に含まれます。また、この条文にあるとおり、捜査関係事項照会は、相手方に回答を強制する手段はとくに定められておらず、回答がない場合は、令状を得て捜索・差押をするしかないとされています(『新基本法コンメンタール刑事訴訟法第2版追補版』236頁)。

警察の捜査は原則として令状が必要な捜索・差押や逮捕などの強制捜査と任意捜査に分かれますが、捜査関係事項照会は任意捜査に分類されます。そして、任意捜査は任意であるから何をしても許されるわけではなく、当該捜査の①必要性、②緊急性、③手段の相当性、の3要件を満たしてはじめて適法となるとされています(最高裁昭和51年3月16日決定、田口守一『刑事訴訟法 第4版補正版』44頁)。

そこで今回のCCCの事例を考えると、新聞報道などによると、警察など捜査機関は、「とりあえず」といった感覚でCCCの本社機構に対して捜査関係事項照会を大量に網羅的に行ってきたようです。しかしそれが報道どおりであれば、上の①必要性、②緊急性の2要件を満たしていないと思われ、警察の同照会は適法ではなかったのではないかという疑問が残ります。6000万人の国民の個人情報ならびにプライバシーが不当に侵害されていたのではないかとの疑いが残ります。

3.CCCの捜査関係事項照会への対応について
CCCが1月20日に公表したプレスリリースによると、従来、CCCは警察からの要請があった場合、令状がある場合のみ「必要最小限」の回答をしてきたところ、2012年以降は、「個人情報保護法に従って対応」してきたと説明しています。

この点、個人情報保護法16条1項は、「事業者は、あらかじめ本人の同意を得ないで、(略)利用目的の達成に必要な範囲を超えて、個人情報を取り扱ってはならない。」と規定していますが、同16条3項各号はその例外を定めており、そのなかに「法令に基づく場合」が規定されています(1号)。

個人情報保護法

第16条 個人情報取扱事業者は、あらかじめ本人の同意を得ないで、前条の規定により特定された利用目的の達成に必要な範囲を超えて、個人情報を取り扱ってはならない。
2 (略)
3 前二項の規定は、次に掲げる場合については、適用しない。
一 法令に基づく場合
(後略)


そして、個人情報保護委員会の「個人情報保護ガイドライン(通則編)」20頁は、この「法令に基づく場合」に「事例 1)警察の捜査関係事項照会に対応する場合(刑事訴訟法(昭和 23 年法律第 131 号)第 197 条第 2 項)」として、捜査関係事項照会が含まれることを解説しています。そのため、CCCの捜査関係事項照会への対応は、個人情報保護法に関しては違法ではないということになります。

(なお、個人情報保護法23条1項は、事業者に対して、原則として本人の同意を得ないで個人情報を第三者に提供することを禁止していますが、同条同項各号はその例外規定を置いており、ここでも「法令に基づく場合」が規定されています(1号)。そして個人情報保護委員会の個人情報ガイドライン(通則編)45頁は、その具体例は同法16条と同様であるとしています。)

しかし、多くの民間企業は、顧客の個人情報について警察から捜査関係事項照会などを受けた場合、それがあくまでも司法判断を経ていない任意捜査であること、顧客のプライバシー権への考慮、場合によっては顧客から提訴される訴訟リスクなどを総合考慮して、外部からの照会に対し、重大な犯罪なのか否か、網羅的・全面的な開示要求でないか、回答するとしてどの部分まで回答するか、等などを個別に判断して慎重に回答を行うことが通常です。

ところが新聞報道やCCCのプレスリリースなどによると、CCCは個人情報保護法が「ザル法」であることをいいことに、警察の言うがままに顧客の個人情報を提供し続けていたように思われます。このようなCCCの雑な実務は、顧客に対して民事上の損害賠償責任を構成する余地はないのでしょうか。

この点、CCCは6000万件という大規模な個人情報データベースを管理している運営主体として、個人情報の適切管理義務をつくしていたかどうかが問題となります。

大規模な個人情報データベースの運営主体が個人情報を漏えいした事件(Yahoo!BB事件)について、裁判所は個人情報の適切管理義務違反を認定し、損害賠償責任(民法709条)を認めています(大阪地裁平成18年5月19日)。

また、Yahoo!BB事件における事業者は電気通信事業者ですが、一般の事業者のベネッセ個人情報漏洩事件においても最高裁は、顧客個人情報の漏洩によるプライバシー侵害を認めています(最高裁平成29年10月23日)。

『本件個人情報は、上告人らのプライバシーに係る情報として法的保護の対象となるというべきであるところ(最高裁平成14年(受)第1656号同15年9月12日第二小法廷判決・民集57巻8号973頁参照)、上記事実関係によれば、本件漏えいによって、上告人は、そのプライバシーを侵害されたといえる。
 しかるに、原審は上記のプライバシーの侵害による上告人の精神的損害の有無およびその程度について十分に審理(していない。)』

さらに、事業者が外部からの照会(弁護士会照会)に対して、形式的には法令を遵守していたとしても実質的には漫然と照会に応じていた場合にプライバシー侵害を認め不法行為責任を認めた判例も存在します(前科照会事件・最高裁昭和56年4月14日)。

個人情報保護法の解説書も、
『(「法令に基づく場合」)に該当する場合でも、(略)他の法令等によって目的外の取扱いが違法となるか争いがある場合がある。そのような場合は、ある取扱いが特定の法令に基づき形式的には是認されているように見えても、当該法令よりも優先適用されるべき他の法令等が存在していることにより、結局のところ全体としての法秩序全体系の中では違法であると評価される』(岡村久道『個人情報保護法 第3版』184頁)

と解説しています。

そこで今回の事例を考えると、CCCは警察からの大量の網羅的な照会に対して、それを必要最小限となるよう配慮することなく、漫然と機械的に全面的に回答していたように思われます。それは個人情報保護法は形式的にクリアするとしても、大規模な個人情報データベースの運営主体としての、個人情報の適切管理義務をつくしておらず、顧客のプライバシー権を侵害しており、これは6000万人の顧客に対して違法なものであって、不法行為を構成するのではないかと思われます。

なお、個人情報保護法40条は、個人情報保護委員会は事業者に対して、個人情報の取扱に関して報告の徴求や立入検査を行うことができると規定しています。また、同41条、42条は、個人情報保護委員会は事業者に対して助言・指導や勧告などを行うことができると規定しています。

事業者の「個人情報の利活用」しか頭にないような個人情報保護委員会ですが、少しは国民の「個人の人格尊重の理念」のためにも働いてもらいたいものだと思われます。

■関連するブログ記事
・ツタヤ図書館から個人情報は洩れていないのか?
・CCCがT会員6千万人の購買履歴等を利用してDDDを行うことを個人情報保護法的に考える
・ジュンク堂書店が防犯カメラで来店者の顔認証データを撮っていることについて

■追記
本事例のように店舗等で取得された顧客情報と顧客のプライバシー、そして小売業者など私人からの警察など公権力への情報提供と顧客のプライバシー権などの問題に関しては、憲法学者の石村修・専修大学名誉教授のつぎの論文が大変参考になります。
・石村修「コンビニ店舗内で撮影されたビデオ記録の警察への提供とプライバシー : 損害賠償請求控訴事件」『専修ロージャーナル』3号19頁|専修大学


■参考文献
・三井誠他『新基本法コンメンタール刑事訴訟法 第2版追補版』236頁
・田口守一『刑事訴訟法 第4版補正版』44頁
・宇賀克也『個人情報保護法の逐条解説 第6版』138頁
・岡村久道『個人情報保護法 第3版』184頁
・宍戸常寿『新・判例ハンドブック 情報法』95頁、196頁
・日経コンピュータ『あなたのデータ、「お金」に換えてもいいですか?』78頁
・鈴木正朝・高木浩光・山本一郎『ニッポンの個人情報』48頁


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1.はじめに
苫小牧民報サイトにつぎのような興味深い記事が掲載されていました。

『苫小牧市立中央図書館が昨年4月、警察の照会を受けて特定利用者の図書の貸し出し履歴や予約記録を提供していたことが分かった。全国の図書館や図書館員などでつくる公益社団法人日本図書館協会(東京)は、国民の知る自由や思想信条を保障するため、捜査機関への個人情報の提供に慎重さを求めている。しかし、中央図書館を所管する市教育委員会は、強制捜査の捜索差し押さえ令状のない任意協力の要請段階で情報提供した。市教委は「文部科学省から違法性はないとの回答を得ている」とするが、利用者から対応を疑問視する声も上がる。』


・警察へ利用者情報 任意協力の提供に疑問視も-苫小牧市立中央図書館|苫小牧民報2018年11月13日付

2.図書館の貸出履歴・予約記録について
図書館の図書の貸出履歴や予約記録などは、「生存する個人に関する情報であって…当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等…により特定の個人を識別することができるもの(他の情報と容易に照合することができ、それにより特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)」に該当するので個人情報です(個人情報保護法2条1項1号)。

貸出履歴や予約記録などは、要配慮個人情報(センシティブ情報・同2条3項)そのものには当てはまらないとされていますが(個人情報保護委員会「個人情報保護ガイドライン(通則編)」12頁)、国民の思想・信条(憲法19条)を推知させ、また国民のプライバシー権(同13条)に関わる情報であるため、とりわけ厳格な取扱いが要請される個人情報であることは間違いありません。

3.日本図書館協会の「図書館の自由に関する宣言」
本記事にもあるとおり、全国の図書館の業界団体である日本図書館協会の「図書館の自由に関する宣言」3条は、「図書館は利用者の秘密を守る」としたうえで、同3条1項から3項まででつぎのように規定しています。

『第3 図書館は利用者の秘密を守る
1. 読者が何を読むかはその人のプライバシーに属することであり、図書館は、利用者の読書事実を外部に漏らさない。ただし、憲法第35条にもとづく令状を確認した場合は例外とする。
2. 図書館は、読書記録以外の図書館の利用事実に関しても、利用者のプライバシーを侵さない。
3. 利用者の読書事実、利用事実は、図書館が業務上知り得た秘密であって、図書館活動に従事するすべての人びとは、この秘密を守らなければならない。』


つまり、図書館は図書の貸出記録(読書記録)のみならず、予約記録など図書館の利用事実すなわち利用者のプライバシーを守ること、そして図書館の役職員はこれらの情報・利用者のプライバシーについて守秘義務を負うことが規定されています。

一方、この例外として図書館が外部にこれらの情報の提供が許されるのは、「憲法35条に基づく令状を確認した場合」と規定しています。

すなわち、「図書館の自由に関する宣言」においては、警察など外部に利用者の貸出履歴等の情報を提供するためには、警察の任意の要請や捜査関係事項照会(刑事訴訟法179条)では十分ではなく、図書館は警察に強制捜査として裁判所の令状を取り付けるよう要請すべきであることになります。これは、貸出履歴等の情報が、個人の内心の思想信条やプライバシーなど、とりわけ保護されるべきものに直結する情報であるからです。

4.地方公務員法上の守秘義務・自治体の個人情報保護条例
「図書館の自由に関する宣言」はいわゆる職業規範・行動規範であり、法的拘束力を持つものではありません。しかし、苫小牧市立図書館は地方自治体の図書館である以上は、その役職員(および市教育委員会の役職員)は地方公務員法34条に基づく守秘義務を負っています。

地方公務員法

(秘密を守る義務)
第34条 職員は、職務上知り得た秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後も、また、同様とする。

ところで、苫小牧市個人情報保護条例は、個人情報の第三者提供などについて、つぎのように定めています。

苫小牧市個人情報保護条例

(目的外利用等の規制)
第9条 実施機関は、当該実施機関内部若しくは実施機関相互における個人情報取扱事務の目的を超えた個人情報の利用(以下「目的外利用」という。)又は実施機関以外の者に対する当該目的を超えた個人情報の提供(以下「外部提供」という。)をしてはならない。ただし、次の各号のいずれかに該当するときは、この限りでない。
(1) (略)
(2) 法令等に基づくとき。
(3) 個人の生命、身体又は財産を保護するため緊急かつやむを得ないと認められるとき。
(4) 事務の遂行に必要な限度で目的外利用する場合又は国等に外部提供する場合において、利用することに相当な理由があると認められるとき
(後略)

5.まとめ
このように、図書館の自由に関する宣言および地方公務員法が利用者の秘密を守ることを規定する一方で、自治体の個人情報保護条例は一定の場合に個人情報の第三者提供を許容する規定を置いていますが、その調整が問題となります。

捜査関係事項照会は刑事訴訟法に基づく照会である以上、上の個人情報保護条例の2号は満たしていると思われますが、しかし3号、4号の趣旨に照らし、また捜査関係事項照会が任意捜査であることを考えると、図書館側は、①当該捜査には図書館から貸出履歴などの情報の提供を受ける必要性があるのか(必要性)、②個人の生命・身体などを保護するための緊急性があるのか(緊急性)、③任意捜査である捜査関係事項照会が提供を求める手段として相当なのか(相当性)、の3点をクリアする必要があるように思われます(任意捜査が適法とされるための刑事訴訟法上の3要件)。

この点、図書館に関する実務書は、警察からの捜査関係事項照会に対する対応において、つぎのような事実を総合考量して照会に応じるか否かを判断すべきとしています。

①プライバシーが損なわれない他に選びうる手段がないか。
②提供されることによって損なわれるプライバシーの内容は何か(例えば、読書の内容そのものか、図書館を利用したという事実か。)
③捜査事項の内容がどのような犯罪事実に係るものなのか(捜査対象が誘拐や殺人といった重大な犯罪で当該照会が重大な意味を持つものか。)
(鑓水三千男『図書館と法』176頁)

また、本記事では情報法の鈴木正朝・新潟大学教授が「図書館の貸し出し履歴を緊急性など特別な事情の有無を確認することなく、漫然と第三者提供するのは問題だ。情報提供の基本は令状に基づくことが図書館の常識ではないか」とのコメントをよせておられます。

■追記(2020年12月27日)
公立図書館・大学図書館などへの警察からの照会に関して、札幌弁護士会は2020年12月23日付で、つぎのような「捜査関係事項照会に対する公立図書館等の対応に関する意見」を公表しています。

意見の趣旨
『当会は、捜査機関に対し、図書館利用者がいかなる図書に関心を持ち、いかなる図書の貸し出しや閲覧をしたかという情報を取得する場合は、刑事訴訟法218条に基づく捜索差押等の手続を取ることを求めるとともに、各公立図書館、各大学図書館に対し、令状を伴わない捜査関係事項照会に応じて、利用者に関する上記情報を提供することのないよう求める。』(札幌弁護士会「捜査関係事項照会に対する公立図書館等の対応に関する意見」2020年12月23日付)

・「捜査関係事項照会に対する公立図書館等の対応に関する意見」札幌弁護士会

■参考文献
・鑓田三千男『図書館と法』176頁
・田宮裕『刑事訴訟法 新版』63頁







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