なか2656のblog

とある会社の社員が、法律などをできるだけわかりやすく書いたブログです

タグ:政教分離

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1.はじめに
天皇陛下の一連の代替わりの儀式などが行われたことを受け、ネットのニュース記事などによると、天皇制を批判する集会やデモ行進などがいくつか5日1日に行われたそうです。

朝日新聞の記事によると、「小森陽一・明治学院大学教授(日本近代文学)は、代替わりで「三種の神器」が引き継がれたことを挙げ、「近代の国家権力と結びついた万世一系の天皇神話を実体化するための儀式。憲法違反の宗教儀式だった」と批判した」とのことです(「代替わり「憲法違反の宗教儀式だ」天皇制反対の講演会」朝日新聞5月2日付)。

・代替わり「憲法違反の宗教儀式だ」天皇制反対の講演会|朝日新聞

クリスマスなどの行事が好きであるとともに、平凡な日本人として天皇陛下を敬愛している私としては、いきなり「憲法違反」というのはやや乱暴な議論に思えますが、わが国の憲法学はこの天皇の代替わりについてどう考えているのでしょうか。

2.政教分離・天皇の国事行為
憲法は20条1項後段・同3項に政教分離原則の規定を置いています。

憲法
第20条 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
2 (略)
3 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。

政教分離原則とは、戦前の日本のように、国と国家神道が一体化することにより、国および宗教に弊害が発生しないように、国(政府)と宗教とを分離する原則です。また、政教分離原則は、国と宗教とを分離することにより、国民一人一人の信教の自由も保障するものです。憲法89条は、国の財政面の観点から政教分離原則を規定しています。

ところで、天皇主権であった明治憲法とは異なり、国民主権の現行憲法においては天皇は政治的権能を持ちませんが(憲法4条1項)、内閣の助言と承認のもとに、憲法6条、7条が規定する儀礼的行為・象徴的行為を行うとされています。「内閣の助言と承認」とは、つまり、それらの天皇の行為については内閣がすべての政治的責任を負うという意味です。

憲法
第7条 天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。
(略)
十 儀式を行ふこと。

この天皇の国事行為としての「儀式」(憲法7条10号)について、憲法学の通説は、「天皇が主宰して儀式を行うこと」を指すとしています。本号により行われる儀式としては、「即位の礼」「大喪の礼」があげられています。そして、「これらは国家の儀式であるから、およそ宗教性を帯びた儀式ではあってはならない(憲法20条1項、3項)し、政治的中立性確保の観点から、天皇に特定党派や特定の政治勢力の主張に肩入れする内容の儀式を挙行させてはならない」と解説されています(芹沢斉・市川正人・阪口正二郎『新基本法コンメンタール憲法』43頁)。

また、憲法学の解説書はこの「儀式」(憲法7条10号)に関連し、昭和から平成への代替わりについてつぎのように解説しています。

「昭和天皇の逝去に伴って挙行された即位の礼と大喪の礼は宗教的性格の切断が十分ではなく、政教分離の原則から問題を残した。」(野中俊彦・中村睦男・高橋 和之・高見勝利『憲法1 第5版』132頁)


つまり、代替わりの式典が国家的行為として行われるためには、宗教色を帯びたものであってはならず、また、政治的中立性が確保されたものでなければならないことになります。

3.今回の代替わりの儀式・式典を振り返る
ここで今回の代替わりの儀式・式典を振り返ると、三種の神器の引継ぎ等を行う「剣璽等承継の儀」と、新しい天皇が首相などと初めて会見する「即位後朝見の儀」などが一体となって施行されたように思われます。

この点、首相官邸サイトの「天皇陛下の御退位及び皇太子殿下の御即位に伴う式典準備委員会」が公表している「天皇陛下の御退位及び皇太子殿下の御即位に伴う国の儀式等の挙行に係る基本方針について(平成30年4月3日閣議決定)(PDF)」をみると、「即位の礼」においては、「1 剣璽等承継の儀」、「2 即位後朝見の儀」、「3 即位礼正殿の儀」、「4 祝賀御列の儀」、「5 饗宴の儀」、「6 内閣総理大臣夫妻主催晩餐会」等を行うと明記されています。

・天皇陛下の御退位及び皇太子殿下の御即位に伴う国の儀式等の挙行に係る基本方針について|首相官邸

しかし、天皇の行う国事行為(国家行為)としての「儀式」は、宗教色を帯びたものであってはならず、政治的中立性が要請されることを考えると、「即位の礼」においては、宗教色を帯びる「剣璽等承継の儀」は天皇と皇室の方々のプライベートな儀式として行っていただき、「剣璽等承継の儀」は「即位の礼」から除外し、残りの「即位後朝見の儀」、「即位礼正殿の儀」、「祝賀御列の儀」、「饗宴の儀」、「内閣総理大臣夫妻主催晩餐会」等だけを国家行事である「即位の礼」として行うべきだったように思われます。

そういった点で、即位の礼などの運営主体である天皇陛下の御退位及び皇太子殿下の御即位に伴う式典準備委員会および首相官邸・内閣府の判断・行為は政教分離原則(憲法20条1項・3項)から問題であり、また政治的中立性からも問題をはらむものであったと考えられます。

つまり、「代替わりの儀式は憲法違反」と主張する人たちの意見は憲法学の観点から正しくありませんが、しかし、「剣璽等承継の儀」など宗教色を帯びた儀式をも「即位の礼」に含めて一体として儀式・式典を施行した内閣・国の行為は憲法上問題であったといえます。


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キリスト教的視点に基づく講座「創造への道」
(調布市役所サイトより)

1.はじめに
調布市役所から週一ペースで配信されてくる市のメールマガジンの項目のなかに、「キリスト教的視点に基づく講座「創造への道」(白百合女子大学)(2019.04.08)」という項目がありぎょっとしました。調布市役所ウェブサイトにも宣伝の掲示があります。

・キリスト教的視点に基づく講座「創造への道」(白百合女子大学)|調布市サイト

もちろん私立大学である白百合女子大学がこのような宗教講座の公開講座を行うことは自由であり、民間企業のマスメディアなどがこれを宣伝・報道することも自由です。しかし、公権力である調布市がこの宗教講座である市民公開講座を市民に告知・宣伝することは、憲法20条、89条が規定する政教分離原則の観点から許されるのでしょうか?

2.政教分離原則
憲法20条1項後段は、「いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない」と規定し、同3項は、「国及びその他の機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない」と規定し、国から特権を受ける宗教を禁止し、国家の宗教的中立性を明示しています。そして、憲法89条は、財政的な観点から政教分離を規定しています。

憲法

第20条 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
2 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
3 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。

第89条 公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。

このように国家と宗教の分離の原則を政教分離の原則と呼びますが、これは戦前の日本の国家神道のように、国家と宗教の一致による弊害を避けることや、国民個人のそれぞれの信教の自由を保障するための原則です。

3.裁判例
この憲法20条、89条の政教分離原則が争点となったリーディングケースである津地鎮祭事件において、最高裁は、国・自治体についてその「行為の目的が宗教的意義をもち、その効果が宗教に対する援助、助長、促進又は圧迫、干渉等になるような行為」は憲法20条により禁止される宗教的行為であると判示し、いわゆる「目的・効果基準」を採用しました(津地鎮祭事件・最高裁昭和52年7月13日判決)。

また、その後の愛媛玉串料訴訟なども、この目的・効果基準を厳格に運用し、自治体の行為を違憲とする判断を示しています(愛媛玉串料事件・最高裁平成9年4月2日判決、芦部信喜『憲法 第7版』164頁)。

4.調布市役所の行為を考える
ここで調布市役所の今回の行為をみると、まず、白百合女子大学の当該講座は、調布市の告知のページにリンクが貼られた同大学サイトの説明によると、

「現代の日本でいちばん必要なことは、 このイエスのもたらした新しい創造、新しいいのちの経験です。イエスが教会に委ねた使命を、 私たちの一人ひとりが自分のこととして引き受け、自分の周りから始めることが必要です。そのためには、イエスの中にあった神のいのちをしっかりといただき直して、現代の日本に証しすることが不可欠でしょう。」

・宗教講座「創造への道」|白百合女子大学サイト

などと説明されており、これは一般市民向けの一般教養講座ではなく、完全にキリスト教の宗教教育講座です。

そのため、よくある地域の大学の一般教養講座ではなく、白百合女子大学の今回の宗教教育講座を市の公式ウェブサイトを使って宣伝し、市公式メールマガジンでも配信・宣伝している調布市役所の行為は「目的として宗教的意義を持つ」と言わざるを得ません。

また、この調布市サイトの告知・宣伝を見た多くの調布市民は、「調布市においては行政からキリスト教が優遇されているのか」と感じるでしょう。つまり調布市の行為は、「効果が特定の宗教に対する援助、助長、促進」にあたるといえます。

調布市の担当者の方々や、白百合大学の担当者の方々は「そんな大げさな」と言うかもしれません。しかし今回問題になっているのが、もしミッション系の私立大学のキリスト教に関する宗教教育講座ではなく、かりに例えば布田天神や日本青年会議所などが主催する「神道を学ぶ講座」「靖国神社を学ぶ講座」などであったらどう感じるのでしょうか?

したがって、調布市が白百合女子大学の宗教教育講座「キリスト教的視点に基づく講座「創造への道」について市公式ウェブサイトやメールマガジンなどで宣伝などを行っている行為は、憲法21条、89条の定める政教分離原則に照らして違法であるといえます。

もちろん、調布市が自治体として地元の各大学と相互友好協力協定を締結している趣旨はわかります。しかし、市は自由な活動が許される民間企業等ではないのですから、各大学の公開講座を宣伝する際にも、憲法や各種の法令に抵触しない範囲で宣伝などを行うべきと思われます。

もし調布市が憲法その他の法令を無視した行政運営を行うのであれば、それは地元住民からの住民監査請求、住民訴訟の提起などの法的リスクをはらむものになるでしょう(地方自治法242条、242条の2)。


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