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タグ:曽我部真裕

1.はじめに
2026年7月10日、このブログでも取り上げていた改正個人情報保護法が国会で可決・成立しました。国会審議で大きな争点となったのは、「統計特例」です。すなわち、AI開発や統計作成に利用する限り、本人の同意なしに、個人データ、病歴・思想信条などの要配慮個人情報および個人関連情報を事業者や国が取得・利用・第三者提供できるようになります。

政府は、「統計情報やAI学習等は匿名化されるから問題ない」「日本のAI開発を推進するための規制緩和である」等と説明しました。しかしこの統計特例は本当に問題がないのでしょうか。「統計特例」の本当の危うさは、「自分の要配慮個人情報や個人データ等がどう利用されるか」という自分だけの自己決定の問題にとどまらないところにあります。

2.統計特例の「ねじれ」
統計特例における情報のAIによる取扱いを分解すると、つぎのようになります。
AIモデルの図

すなわち、まず、①入力段階では、本人の病歴・思想信条などの要配慮個人情報等が、統計特例により本人同意なしに事業者・国に収集されます。つぎに、②分析段階では、本人同意のない要配慮個人情報等が、AI学習やAIプロファイリング分析に利用され、「こういう病歴・属性の人は、こういう病気に罹りやすい」「こういう属性の人は、こういう思想信条を持っている」等の統計モデルが生成されます。さらに③運用段階では、上記で作成された統計モデルが、進学・就職・生命保険加入・与信・結婚・行政サービス審査などの人生の重要な各場面で、個人の選別・評価に利用されることになります。

統計特例の図

この①から③までの流れのなかに、「ねじれ」の問題があります。つまり、③の運用段階でAIに選別・評価される「本人」は、①の入力段階で情報を取得された本人と同一人物とは限らないという問題です。

例えば、Aさんの病歴データ等がAIにより統計処理され、「ある属性の集団はある病気に罹患するリスクが高い」という統計的知見(モデル)が生成されたとして、このモデルがAさんとはまったく関係のないBさんの就職活動の採用選考や、婚活のマッチング、生命保険の引受審査などに、Bさんの本人同意なしにそのまま利用されてしまうおそれがあります。

つまり、統計特例がもたらす社会は、「自分のデータをどう使われるか」という自己決定・情報自己決定の問題を超えて、「自分と似た属性を持つ他人の集団のデータから作られた「ものさし」によって、自分が同意なしに、一方的にAIに分類・選別されるディストピアのような社会となるのです。

3.プロファイリング・セグメント主義(新集団主義)
この問題は、憲法学・情報法学の山本龍彦教授のプロファイリングやセグメント主義(新集団主義)の議論とも合致するものです。

すなわちAI社会においては、自分が開示していない病歴や思想信条などの情報が、自分自身のデータではなく、他人の集団(セグメント)的なデータにより形成されるモデルにより「推知」(類推)され、それに基づいて自分本人へのさまざまな決定・処理、選別・差別が行われるおそれがあるのです(山本龍彦『AIと憲法』67頁)。

政府は国会で「「統計情報やAI学習等は匿名化されるから問題ない」と説明してきましたが、この説明はこの「ねじれ」の問題をまったく解消していません。むしろ個人が特定されないからこそ、国民本人は、いつどのモデルによって、どんな「ものさし」で選別・差別されるのかを知ることもできないまま、進学・就職・結婚・与信・生命保険加入などの人生の重要なそれぞれの場面で選別・差別され続けることになります。

(2019年には、人材紹介会社が本人同意なしに就活生のネット閲覧履歴などから「内定辞退率予測データ」を作成し企業に販売していたリクナビ事件が大きな社会問題となりました。)

4.自己情報コントロール権・情報自己決定権からの反論
この「ねじれ」の問題は、憲法学・情報法学で長年議論されてきている「自己情報コントロール権」からも問題です。

憲法13条は、「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と規定しています。

この「個人の尊重」と「幸福追求に対する国民の権利」(幸福追求権)に基づいて、個人情報が公権力や大企業等により集中的に管理されている現代社会においては、個人が個人情報を自らコントロールし、自己の情報について開示・訂正・削除請求、利用停止請求などの権利行使が認められるべきであるとする権利と自己情報コントロール権は理解されています(渡辺康行・宍戸常寿・松本和彦・工藤達朗『憲法Ⅰ基本権 第2版』125頁、芦部信喜・高橋和之『憲法 第8版』127頁)。

しかし今回の改正個人情報保護法で導入された統計特例では、個人情報の利用・第三者提供などの各場面の大原則である「本人の同意」という手続きが廃止されます。つまり、統計特例は、国民個人の自己の情報に関する決定権を丸ごと事業者や国に譲り渡すものです。

例えるならば、私たちの思想信条や病歴などのデリケートなデータ、行動履歴・購買履歴・位置情報など個人データは、この国の主権者としての国民個人の「私」のものではなく、IT事業者や国のAIモデルを太らせ成長させるための「餌」となり、私たち国民個人はAIモデルに餌を供給するための「家畜」になるのです。

(なお近年、憲法学・情報法学の曽我部真裕教授などから自己情報コントロール権説を批判する形で、「自己の情報を適切に取扱われる権利説」が有力に主張されています。すなわち同説は、情報プライバシーにおいては本人の同意や自己決定は本質的な要素ではなく、むしろ自己の情報がプラットフォーム事業者などの事業者に適切に取扱われることが重要であると主張します(曽我部真裕「自己情報コントロール権は基本権か?」憲法研究3号71頁)。しかし、本人同意は本質的な問題ではないとする同説に立つと、上記であげた統計特例の「ねじれ」の問題をうまく批判できないように思われます。)

5.統計特例賛成派からの反論への再反論
(1)AI開発の国際競争
上記のような統計特例反対論に対しては、統計賛成派からは、「AI開発の国際競争のためにはやむを得ない。EUなども同様のはずだ。」との反論があるかもしれません。

しかし、EUのGDPR(一般データ保護規則)が認めているのは、あくまでも「再識別のリスクを可能な限り低減するレベルまで匿名化した後」のデータの利用であり、匿名化・統計化された結果を使えるという仕組みです。一方日本の統計特例は、要配慮個人情報を含む「生データ」そのものを事業者が本人同意なしに取得・利用・第三者提供を認める仕組みです。

つまりEUは、匿名化した情報のやり取り等を自由にするのに対して、日本は匿名化などをする前の生データが事業者間を転々と流通することを許容してしまうのです。「AI開発の国際競争」の重要性は当然ではありますが、その運用の前提となる仕組みが日本の統計特例はあまりにも国民個人の権利利益や人格権、プライバシー権、内心の自由などの基本的人権を軽視しています(個情法1条、3条、憲法13条、19条)。

(2)事業者に対する公表義務や委託先の監督などの法的義務
また、統計特例賛成派は、改正個人情報保護法に定められた事業者に対する公表義務や、委託先の監督などの法的義務で上記のような問題は回避できると主張するかもしれません。

しかし、事業者の公表義務や委託先への監督などの安全管理措置などは現行法でもすでに存在します。しかしそのような仕組みをもってしても、名簿業者の問題や、委託先経由の情報漏えいの大規模な事故は後を絶ちません。今回の改正法で盛り込まれた公表義務や、委託先の監督なども、現行法と同様に形式的なものに留まります。課徴金制度も導入されましたが、その対象となる事象は限定的なものに留まっています。

6.まとめ
統計特例に「個人を特定しない」という建前があるとしても、要配慮個人情報等が生データの形で本人同意なしに社会を流通する以上、それらの情報による名寄せや再識別のリスクは依然として残ります。データによる差別(統計的差別)やプロファイリングの危険も存在します。「AI開発の国際競争のため」という大義名分のために、私たち国民個人は、自らの情報に対する主権・自己決定権・統治権を手放そうとしているのではないでしょうか。このような法改正は、この国の主権者のはずの国民の、「個人の尊重」や幸福追求権を大きく侵害するものなのではないでしょうか。

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■関連するブログ記事
・あなたの病歴が外国企業に渡る?-「統計特例」に関する個人情報保護法改正案の問題点
・あなたのLINEの情報が保険営業に?ー2026年個人情報保護法改正の「AI学習目的」という抜け穴
・個情委の「3年ごと見直し」における医療データの取扱いに本人同意を不要とする議論に反対する
・政府の検討会議で健康・医療データについて患者の本人同意なしに二次利用を認める方向で検討がなされていることに反対する

■参考文献
・「個人情報の保護に関する法律等の一部を改正する法律案」の閣議決定について|個人情報保護委員会
・野呂悠登「令和8年改正個人情報保護法はどうなる?改正法を弁護士が解説」businesslawyers
・「個人情報保護法いわゆる3年ごと見直しの改正法案についての意見書」|日弁連
・山本龍彦『AIと憲法』67頁
・曽我部真裕「自己情報コントロール権は基本権か?」憲法研究3号71頁
・渡辺康行・宍戸常寿・松本和彦・工藤達朗『憲法Ⅰ基本権 第2版』125頁
・芦部信喜・高橋和之『憲法 第8版』127頁

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長妻昭氏
(長妻昭氏のYouTubeより)

はじめに
2026年の通常国会に提出された個人情報保護法改正案は、AI活用の推進と個人情報保護の強化を両立させると説明されています。しかし、その目玉である「統計作成等特例」(以下「統計特例」)には、一般にはあまり知られていない重大な問題が含まれています。

本ブログ記事は、2026年6月4日の衆議院予算委員会における長妻昭議員と松本デジタル大臣との質疑応答を出発点に、統計特例のさまざまな法的問題点を検討したいと思います。

1.国会審議において長妻議員が質問したこと
(1)統計特例の仕組みと問題の所在
改正案の統計特例とは、AI開発や統計作成などの目的(「統計作成等」)であれば、本人の同意なしに、氏名・住所が紐づいた生の要配慮個人情報(病歴、思想信条、犯罪歴など)を民間企業に提供できるとする制度です。

長妻議員が最初に指摘したのは、この「統計目的だから安全」という論拠の弱さです。政府の説明する「個人の権利利益を害するおそれが少ない」という根拠は、アウトプットが純粋な集計値である場合には一定の説得力を持ちます。しかし統計処理に入る前の段階、すなわち実名・住所付きの生データが第三者企業の手に渡る瞬間においては、リスクはすでに発生しています。「処理後に安全」と「渡した時点から安全」は、まったく異なる問題だからです。

(2)松本デジタル大臣の答弁とその限界
松本デジタル大臣は、統計特例について、①提供先に安全管理措置と不要データの速やかな削除を義務付けること、②公表義務・書面合意・目的外利用禁止という歯止め措置を設けること、③違反した場合には課徴金の対象となること、を根拠に「利活用と保護のバランスは取れている」と主張しました。

しかしこれらは、いずれも「違反がまず発覚すること」を前提とする事後的制裁です。取得された要配慮個人情報の生データを受け取った企業が内部でどう使ったかを外部から検知す法的手段は存在しません。

また、本人が「自分のデータを提供しないでほしい」と申し出る権利(提供停止請求権)については、「適法な処理である限り、無条件の停止請求には応じられない」という松本大臣の答弁が示されました。これは、情報自己決定権の実質的な否定に等しいと評さざるをえません。

(3)拒否権の欠如-憲法学・情報学からの検討
憲法13条のプライバシー権については、山本龍彦先生が自己情報コントロール権説を継承しつつ、AI・ビッグデータ時代に対応させた形で精緻化しています。山本説の特徴は、権利論と審査論を接合している点にあります。権利の実体面では、プロファイリング・スコアリングなどAI固有のリスクに対応した権利内容の拡張を論じ、審査の手法面では、情報の収集・管理・利用・連携の各段階をシステムの設計・構造全体から総合的に判断する「構造審査」を採用しています。

山本説からは、統計特例はまずはダイレクトに「本人同意なし」とされたことが批判の対象になるでしょう。

他方、曽我部真裕先生は、プライバシー権を「自己の情報を適切に取り扱われる権利」として再構成すべきとする有力説を提唱しています。「コントロール」という概念が本人の同意・意思を中心に置きすぎており、情報取扱いの文脈適合性という観点が抜け落ちるという批判がその核心です。

曽我部説からは、病歴情報が医療という文脈で提供されたにもかかわらず、AI学習・プロファイリングという全く異なる文脈で利用されることが「適切な取扱い」からの逸脱として捉えられます。

この点判例は、自己情報コントロール権を明示的には採用していません。住基ネット訴訟(最大判平成20年3月6日)は、①収集情報が氏名・住所・生年月日・性別の4情報(基本4情報)に限定されていること、②アクセス主体が行政機関に限定されていること、③システムに厳格な安全管理措置が講じられていること、④第三者機関の存在など法的な歯止めの存在、などを総合考慮して合憲と判断しました。マイナンバー訴訟(最判令和5年3月9日)もこの構造審査の枠組みを踏襲しています。

この構造審査を今回の統計特例に当てはめてみると、住基ネット合憲の根拠がそのまま問題点として現れます。すなわち、①収集情報は病歴・障害・思想信条等という最高度のセンシティブな情報であり、②提供先は民間企業に無制限に開放され、内部利用の監視手段がなく目的外利用の発覚は困難です。③④についてもゆるゆるな状態です。

このように、学説・判例のいずれの枠組みによっても、統計特例が憲法13条から導き出されるプライバシー権に抵触する可能性は否定できません。

この点、EUのGDPR(一般データ保護規則)では「自動化された意思決定に服しない権利」(22条)や「処理に対する異議申し立て権」(21条)が明文で保障されています。今回の改正案にはこれらの視点が抜け落ちています。

(4)「仮名加工した上でデータを活用」との長妻議員の提案
長妻議員は、医療データの活用自体には賛成しつつ、実名・住所のまま提供する必然性はないとして、「次世代医療基盤法」方式、すなわち仮名加工した上でデータを活用することへの法案修正を求めました。

製薬業界も研究目的には実名情報は不要と述べており、日弁連・医師会・消費者団体も危険性を指摘しています。仮名化によって個人データの利用は十分可能です。この修正要求は、政策論として合理性があるのではないでしょうか。

2.各論点の深掘り-統計特例の諸問題
(1)「統計目的と言いながら別目的に使う」リスク
改正案は、「企業が統計利用目的を守る」という性善説に全面的に依存しています。しかし、実名・住所付きデータを受け取った企業が内部でプロファイリングやスコアリングに転用しても、外部からは発見することができません。

2019年に発覚したリクルートによる就活生の内定辞退予測データ販売事件(リクナビ事件)は、プロファイリングやスコアリングの問題点を如実に示しています。同事案では、企業が採用活動の文脈で収集した個人データを、本人の同意なく内定辞退率のスコアとして企業に販売していました。今回の改正は、そのような機微な個人情報の転用の入口をさらに広げてしまうおそれがあります。

(2)「逆照射的プロファイリング」という新たな脅威
また、「逆照射的プロファイリング」という問題があります。これは、集団の統計情報をAIに学習させることで、特定個人の属性を逆算・推測するという手法です。
【具体例】
病歴データから「40代・男性・喫煙者の心疾患リスクは○%高い」という統計モデルを構築する。次に採用・融資審査AIがこのモデルを参照し、「この応募者は心疾患リスクが高い」と判定して不採用にする。本人には理由が告知されない。
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統計処理した時点では、個人情報は統計情報という集合に溶け込んだように見えますが、そのモデルに個人データを当てはめることで、個人への不利益が「復活」してしまいます。

就職・人事考査・融資・保険加入・住宅賃貸等といった生活の根幹に関わる場面で差別が生じるリスクがあります。しかも、本人は被害の事実すら知る手段を持ちません。本人同意なしに統計利用目的で要配慮個人情報の取得・第三者提供を可能にすることは、このような問題を拡大させるおそれがあります。

(3)課徴金の実効性-「ばれなければよい」問題
改正案は課徴金制度を導入しましたが、①「事業者が相当の注意を怠っていない場合」または②「対象の本人が1000人を超えない場合」には課徴金の対象外となるとされています。そのため、大規模な違反などがなければ課徴金は適用されません。

また、そもそも発覚しなければ課徴金は発動しません。企業内部での目的外利用などを常時監視する法的な仕組みは存在せず、課徴金は「ばれた場合の事後的制裁」にすぎません。

そのため、課徴金制度も統計特例における不適切・違法な個人情報の取扱いの歯止めとして十分なものであるかは疑問が残ります。

(4)外国企業への情報流出のリスク
今回の改正案において特に深刻な問題の一つが、外国企業への対応です。統計特例による要配慮個人情報の提供は、現行法上の越境移転規制(法28条)の適用外となるとされており、「統計目的」と称すれば越境移転規制をすり抜けて外国企業に用配慮個人情報が渡ってしまう状況が生じうるとされています。

中国に拠点を持つ企業は中国国家情報法(2017年)上、当局への情報提供協力義務を負っています。「統計目的」として渡した日本人の病歴・障害情報などが、事実上外国政府の情報収集に転用されるリスクが否定できません。

また、日本の個人情報保護委員会が外国企業に課徴金を命じたとしても、相手国における執行手段はほぼ存在しません。これは単なるプライバシー問題を超えて、安全保障上の問題でもあります。

(2021年には、LINEの個人情報について、中国・韓国の委託先企業で不適切な取扱いが行われていることが大きな社会問題となりました。)

(5)国際標準との乖離
長妻議員は上記の国会審議で、「要配慮個人情報を生データのまま民間企業に提供している国は日本だけ」と主張しましたが、これは先進国の主要法制との比較において基本的に正しい指摘です。

EUのGDPRは、統計・研究目的で特別カテゴリデータを処理する場合でも仮名化を原則として明文で要求しています(第89条)。つまり、実名・住所付きの生データを統計目的として民間企業に渡すという発想自体が制度上存在しません。 また、米カリフォルニア州CPRAは、センシティブ情報について本人の「限定利用請求権」を保障しています。

これに対して日本の改正案は、AI学習の入口段階の規制を大幅に緩和する一方、AIの出力段階(プロファイリング・自動意思決定)における保護も著しく不十分という設計であり、国際標準から明確に後退しています。

3.まとめ
統計特例をめぐる議論の本質は、「AI利活用の推進」という政策目標が、個人のプライバシー権や人格権という基本的人権(憲法13条)を不当に犠牲にする形で実現されようとしているのではないか、という疑問に集約されます。

山本説・曽我部説いずれの学説からも、また住基ネット訴訟・マイナンバー訴訟の判例の判断枠組みからも、統計特例は違法・違憲のおそれがあり、その設計には根本的な再検討が求められます。

国会審議においても、仮名化への修正を中心とした実質的な議論が行われることを期待したいと思います。

国民一人ひとりの病歴・障害情報・思想信条などの要配慮個人情報が、本人において自らの関知しないところで取引され、プロファイリングやスコアリングに利用され、場合によっては外国企業・外国政府の手に渡る可能性のある制度設計は、立憲主義的な観点から問い直されなければならないと考えられます。また、中長期的には日本の個人情報保護法もプロファイリングを正面から規制するための検討が行われれるべきであると考えられます。

■関連するブログ記事
AIの餌にされる私たち-改正個人情報保護法の統計特例の問題点
・あなたのLINEの情報が保険営業に?ー2026年個人情報保護法改正の「AI学習目的」という抜け穴
・国家情報会議・国家情報局と2020年ドイツBND法違憲判決-日独の情報機関の統制の比較
・リクルートなどの就活生の内定辞退予測データの販売を個人情報保護法・職安法的に考える
・LINEの個人情報・通信の秘密の中国・韓国への漏洩事故を個人情報保護法・電気通信事業法から考えた

■参考文献
・【高市首相に問う!】 高市首相も知らされず? 名前住所付き病歴情報も本人同意無く統計特例で企業に渡る! 激論!(令和8年6月4日 衆議院予算委員会 ながつま昭質疑)
・野呂悠登「令和8年改正個人情報保護法はどうなる?改正案を弁護士が解説」BUSINESS LAWYEARS
・「個人情報保護法いわゆる3年ごと見直しの改正法案についての意見書」|日弁連
・山本龍彦『超個人主義の逆説-AI社会への憲法的警句』141頁
・曽我部真裕「自己情報コントロール権は基本権か?」憲法研究3号71頁
・宍戸常寿「住基ネットの合憲性」『新・判例ハンドブック情報法』200頁
・個人情報の扱い、変わる? 統計情報「同意なく提供」、差別おそれも 編集委員・若江雅子|朝日新聞

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ai_search
2025年4月11日のCNET Japanの記事によると、「ChatGPTを提供するOpenAIは4月11日、有料の「Plus」「Pro」プランでメモリ機能を強化し、過去の会話をすべて参照できるようにしたと発表した。これにより、より適切で有用なパーソナライズされた回答を提供できるようになる」とのことです。

これは「メモリ機能のオン・オフはユーザーが設定できる。「保存されたメモリを参照する」をオンにすれば、ユーザーの名前や好みなど、過去に保存した情報を参照するようになる。これは、ユーザーが明示的にChatGPTに伝えたとき、あるいはChatGPTが特に有用と判断した場合に、メモリに情報を追加する仕組みだ。チャット履歴を参照する設定をオンにすれば、ChatGPTは過去の会話にある情報を参照し、ユーザーの目標や興味、トーンなどに合わせて会話を進める。こちらはより広範囲に及ぶ設定だ。」という改正であるそうです。

この改正についてX(Twitter)では、「ChatGPTによるプロファイリングの精度があがっている」等の声があがっています。ある方のXの投稿では、ChatGPTに推測させてみたところ、「所属する業界、職業、年収、性別、年齢層、居住地、血液型、家族構成、MBTI診断結果などを当てられた」とのことで、これはなかなかゾッとするというか、恐ろしいものがあります。

この点、Xで、sabakichi(@knshtyk)氏は、「今回のアプデで気が付かされたが、個人のやり取りから学習した特徴のデータというのは要するに"究極の個人情報"であるから、将来的に法的に保護されるべき「個人情報」が指す範囲は今後拡張されていく必要があり、データの生殺与奪の権も利用先の制御もすべてユーザの手元で行える必要が出てくるのでは」と投稿していますが、この点は私も非常に同感です。

さばきち01
(sabakichi(@knshtyk)氏の投稿より)

最近、個人情報保護法については、「個情法の保護法益は何か?」という点について議論があるところです。これまで自己情報コントロール権(情報自己決定権)説が有力であったところ、最近は曽我部真裕教授などによる「自己の情報を適切に取扱われる権利説」や、高木浩光氏による「個人データによる個人の不当な選別・差別の防止説」が有力に主張されています。

しかし最近のChatGPTの猛烈な進化をみると、状況は今後変わってゆくのではないでしょうか。つまり、生成AIなどにより、どんどん個人の内心やプライバシーが緻密にプロファイリングされてしまう状況になり、その機微な情報をOpenAIなどのIT企業が収集・保管・利用するようになる、ビッグテック企業等がどんどん個人の内心やプライバシー、アイデンティティの部分に踏み込んでくると、「自己の個人情報が適切に取扱われる」ことや、「個人データによる個人の不当な選別・差別の防止」が達成されるだけでは不十分であり、sabakichi氏が上で投稿しているように、自己の個人情報・個人データの取扱いについて、個人がコントロールする必要性がより増加してくるのではないでしょうか。

すなわち、曽我部説や高木説に立つと、OpenAIなどのIT企業から「いやいや貴方の個人データはプライバシーポリシーで通知・公表した内容にしたがって適切に処理しています。もちろん不当な選別・差別は行っていません。なので、貴方の個人データをますますプロファイリングに利活用させていただきます」と言われたときに、個人の側としては何の反論もできなくなってしまうわけですが、ChatGPTなどの生成AIがどんどん進歩してゆく今日においては、そのような状況では個人の人間としての存立が危うくなってしまうのではないでしょうか。そのような状況においては、個人としては、自己の情報・データについて、収集したデータをこれ以上勝手に処理・プロファイリングするな、収集・利用・プロファイリングしたデータの利用を停止せよ・データを削除せよ等と主張することが、個人の尊厳、個人の尊重、個人の人格尊重(憲法13条、個情法3条)の保護のためにますます必要となってくるのではないでしょうか。

そのように考えると、生成AIの発展する今日においては、個情法の保護法益としては、「自己の情報を適切に取扱われる権利説」の側面や、「個人データによる個人の不当な選別・差別の防止説」の側面ももちろん重要ではありますが、それと同時に自己情報コントロール権(情報自己決定権)説の側面の重要性も増加しているように思われます。

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ジュリスト2024年12月号が日本版DBS法(こども性暴力防止法)の特集を組んでいたので読んでみました。

54頁の曽我部真裕「日本版DBS法の憲法問題-プライバシーの視点から」で、曽我部先生はつぎのように解説している点が印象に残りました。

「本法による情報提供制度は粗雑なプロファイリングであり、特定性犯罪を行った事実(や)宣告刑の種類のみが考慮され、それ以上に個々の申請従事者の再犯リスクが斟酌されていない。このことは、現在における様々な制約からするとやむを得ないとも言える側面もあろうが、こうした一律の取扱いを緩和する措置が望まれる。」
曽我部真裕「日本版DBS法の憲法問題-プライバシーの視点から」ジュリスト2024年12月号58頁
学校や民間教育期間における児童に対する性犯罪が重大な問題であることは当然ですが、日本版DBS法の情報提供制度は「粗雑なプロファイリング」であり、「個々の申請従事者の再犯リスクが斟酌されていない」との曽我部先生のご指摘はそのとおりであると思われます。個々の申請従事者の再犯リスクに対して個別に対応してゆく方策が求められるように思われます。

また、66頁の小西暁和「日本版DBS法についての検討-刑事法の視点から」では、小西先生は日本版DBS法の対象となる法定期間(原則として20年)が長すぎるのではないかという問題について、つぎのように解説していることが印象に残りました。

「法務省法務総合研究所の調査では、再犯調査対象者のうち性犯罪再犯があった者について、再犯が可能となった日から再犯までの期間を性犯罪者類型別にみると、「強制わいせつ型」…は、中央値が470日・最長が1771日、「小児わいせつ型」は、中央値が499日・最長が1330日…であった。また、いずれの性犯罪者類型も4分の3以上が1000日にも満たないで再犯に及んでいた。」「これらの研究を踏まえると(日本版DBS法の対象となる法定期間は、)十分な科学的根拠に基づいているのか疑問が残る」
小西暁和「日本版DBS法についての検討-刑事法の視点から」ジュリスト2024年12月号69頁

この小西先生のご指摘のように、日本版DBS法の対象となる法定期間については、「とにかくまずは20年」という結論ありきで、科学的根拠がないがしろなままに法律が制定されたのではないかと疑問です。このように日本版DBS法にはいくつもの問題があるように思われます。

日本版DBS法は学校や民間教育施設などの労働者の労働の自由や職業選択の自由(憲法22条、27条)やプライバシー(13条)に対して大きな制約を課す法制度であるにもかかわらず、「子ども達がかわいそう」という一部国民の感情論や与党の「お気持ち」により、十分な理性的な議論もないままに一気呵成に制定されてしまったように思われます。(今後、このような仕組みが性犯罪だけでなく、あらゆる犯罪に対して、あらゆる国民に対象を広げて、就職・進学・結婚・保険への加入などのあらゆる場面で利活用されてしまうおそれもあります。)今後の国会での慎重な検討や見直しが必要であると思われます。

■関連するブログ記事
日本版DBS(こども性暴力防止法案)について個人情報保護法124条から考える

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内閣府や厚労省等の検討会議で、健康・医療データについて本人同意なしに二次利用(目的外利用・第三者提供)を認める方向で検討がなされているようですが、この方向の検討に難治性の疾患の長年の患者の一人として反対です。

例えば、厚労省の検討会「健康・医療・介護情報利活用検討会 医療等情報の二次利用に関するワーキンググループ」の第2回資料をみると、健康・医療データを本人同意なしで二次利用する方向で議論しています。

第一回でいただいたご意見
(厚労省の検討会「健康・医療・介護情報利活用検討会 医療等情報の二次利用に関するワーキンググループ」の第2回資料より)

医療データ利活用の関する議論の全体像
(「医療データの利活用に関する議論の全体像ー目指すべき未来」『医療データ利活用について(論点整理(骨子))』内閣府より)

医療データは要配慮個人情報・センシティブ情報であり、個人情報のなかでもとりわけ取扱注意な情報です(個人情報保護法2条3項、20条2項、27条2項ただし書き)。それを患者本人の同意を取らずに勝手に二次利用とは個情法の観点からもあまりにもおかしいと考えます。

プライバシーに関しては日本の憲法学では一応、自己情報コントロール権説(情報自己決定権説)が通説なのですから、その観点からも本人同意なしは説明がつかないと考えます。

(なお、有力説としては曽我部真裕教授などの「自らの個人情報を適切に取扱われる権利」説や、高木浩光氏の「関連性のない個人データによる個人の選別・差別禁止」説などがあるが、これらの説ではこの医療データの本人同意なしの二次利用の問題などについて、政府等から「いやいや貴方の医療データは適切に取扱います。もちろん関連性のない個人データで貴方を選別・差別したりしません。」と言われたときに患者・国民は何も反論できないという問題点がある。)

医療データは風邪のような軽微なものから、がんやHIV、精神病など社会的差別の原因となる疾病が多いのに、医療データを乱雑に扱ってよいとはとても思えません。とくに精神疾患は患者の内心(憲法19条)に直結しています。政府や製薬会社・IT企業等は、患者・国民の内心・内面や思想・信条に土足で踏み込むつもりなのでしょうか。これらの社会的差別の原因となる、あるいは患者の内面に直結する医療データを患者の本人同意なしに二次利用してよいとはとても思えません。

日本経済の発展のために医療データの利活用が必要だとしても、オプトアウト制度など何らかの患者本人が関与するしくみが絶対に必要だと考えます。

日本は中国やシンガポール等のような全体主義国家ではなく、国民主権の民主主義国なのですから(憲法1条)、国民の個人の尊重や基本的人権の確立が最も重要な国家目的のはずです(憲法13条、12条、97条)。患者・国民を国や製薬会社・IT企業等のために個人データを生産する家畜のように扱うことは絶対に止めるべきです。

健康・医療データについて本人同意なしに二次利用を認めることには患者の一人として私は反対です。政府は患者・国民不在でこういう検討を勝手に進めるのは止めてほしいと思います。

■関連するブログ記事
・健康保険証のマイナンバーカードへの一体化でカルテや処方箋等の医療データがマイナンバーに連結されることを考えた

■参考文献

・山本龍彦・曽我部真裕「自己情報コントロール権のゆくえ」『<超個人主義>の逆説』165頁
・高木浩光「個人情報保護から個人データ保護へ(6)」『情報法制研究』12 巻49頁
・黒澤修一郎「プライバシー権」『憲法学の現在地』(山本龍彦・横大道聡編)139頁
・成原慧「プライバシー」『Liberty2.0』(駒村圭吾編)187頁
・「患者データ利用 同意不要へ」読売新聞2023年7月26日付記事

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