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本ブログ記事の概要
最高裁第一小法廷令和5年3月9日判決は住基ネット訴訟と同様に構造審査の手法をとりマイナンバー制度を合憲とした。ただし本判決はマイナンバー制度が税・社会保障・災害対策の3点に利用目的を限定していることを合憲の理由の一つとしているので、最近のデジタル庁のマイナンバー法「規制緩和」法案は違法の可能性がある。また、本判決はマイナンバーカードについては検討していないため、「マイナ保険証」等の問題や、xIDなどの民間企業によるマイナンバーカードの利用にはお墨付きを与えていない。

1.はじめに
3月9日にマイナンバー制度はプライバシー権の侵害であるとする訴訟について、マイナンバー制度は合憲とする最高裁判決が出され、同日、裁判所サイトにその判決文が掲載されたため読んでみました(最高裁第一小法廷令和5年3月9日判決)。

・最高裁第一小法廷令和5年3月9日判決・令和4(オ)39マイナンバー(個人番号)利用差止等請求事件|裁判所

2.事案の概要
本件は、マイナンバー法(令和3年の改正前のもの。以下「番号利用法」)により個人番号(マイナンバー)を付番された上告人Xらが、被上告人(国)Yが番号利用法に基づき上告人らの特定個人情報(個人番号をその内容に含む個人情報)の収集、保管、利用又は提供(以下、併せて「利用、提供等」という。)をする行為は、憲法13条の保障する上告人らのプライバシー権を違法に侵害するものであると主張して、Yに対し、プライバシー権に基づく妨害予防請求又は妨害排除請求として、Xらの個人番号の利用、提供等の差止め及び保存されているXらの個人番号の削除を求めるとともに、国家賠償法1条1項に基づき、慰謝料等の支払を求める事案である。裁判所はつぎのように判示してXらの上告を棄却した。

3.本判決の判旨
『第2 上告理由のうち憲法13条違反をいう部分について
1 憲法13条は、国民の私生活上の自由が公権力の行使に対しても保護されるべきことを規定しているものであり、個人の私生活上の自由の一つとして、何人も、個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由を有するものと解される(最高裁平成19年(オ)第403号、同年(受)第454号同20年3月6日第一小法廷判決・民集62巻3号665頁)。

2 そこで、行政機関等が番号利用法に基づき特定個人情報の利用、提供等をする行為が上告人らの上記自由を侵害するものであるか否かを検討するに、前記…のとおり、同法は、個人番号等の有する対象者識別機能を活用して、情報の管理及び利用の効率化、情報連携の迅速化を実現することにより、行政運営の効率化、給付と負担の公正性の確保、国民の利便性向上を図ること等を目的とするものであり、正当な行政目的を有するものということができる。』

『3 もっとも、特定個人情報の中には、個人の所得や社会保障の受給歴等の秘匿性の高い情報が多数含まれることになるところ、理論上は、対象者識別機能を有する個人番号を利用してこれらの情報の集約や突合を行い、個人の分析をすることが可能であるため、具体的な法制度や実際に使用されるシステムの内容次第では、これらの情報が芋づる式に外部に流出することや、不当なデータマッチング、すなわち、行政機関等が番号利用法上許される範囲を超えて他の行政機関等から特定の個人に係る複数の特定個人情報の提供を受けるなどしてこれらを突合することにより、特定個人情報が法令等の根拠に基づかずに又は正当な行政目的の範囲を逸脱して第三者に開示又は公表される具体的な危険が生じ得るものである。しかし、番号利用法は、前記第1の2イ及びのとおり、個人番号の利用や特定個人情報の提供について厳格な規制を行うことに加えて、前記第1の2のとおり、特定個人情報の管理について、及び特定個人情報の漏えい等を防止し、特定個人情報を安全かつ適正に管理するための種々の規制を行うこととしており、以上の規制の実効性を担保するため、これらに違反する行為のうち悪質なものについて刑罰の対象とし、一般法における同種の罰則規定よりも法定刑を加重するなどするとともに、独立した第三者機関である委員会に種々の権限を付与した上で、特定個人情報の取扱いに関する監視、監督等を行わせることとしている。

また、番号利用法の下でも、個人情報が共通のデータベース等により一元管理されるものではなく、各行政機関等が個人情報を分散いところ、前記第1の2管理している状況に変わりはなのとおり、各行政機関等の間で情報提供ネットワークシステムによる情報連携が行われる場合には、総務大臣による同法21条2項所定の要件の充足性の確認を経ることとされており、情報の授受等に関する記録が一定期間保存されて、本人はその開示等を求めることができる。のみならず、上記の場合、システム技術上、インターネットから切り離された行政専用の閉域ネットワーク内で、個人番号を推知し得ない機関ごとに異なる情報提供用個人識別符号を用いて特定個人情報の授受がされることとなっており、その通信が暗号化され、提供される特定個人情報自体も暗号化されるものである。以上によれば、上記システムにおいて特定個人情報の漏えいや目的外利用等がされる危険性は極めて低いものということができる。
(略)

これらの諸点を総合すると、番号利用法に基づく特定個人情報の利用、提供等に関して法制度上又はシステム技術上の不備があり、そのために特定個人情報が法令等の根拠に基づかずに又は正当な行政目的の範囲を逸脱して第三者に開示又は公表される具体的な危険が生じているということもできない。

4 そうすると、行政機関等が番号利用法に基づき特定個人情報の利用、提供等をする行為は、個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表するものということはできない。したがって、上記行為は、憲法13条の保障する個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由を侵害するものではないと解するのが相当である。

以上は、当裁判所大法廷判決(最高裁昭和40年(あ)第1187号同44年111- 12 - 2月24日大法廷判決・刑集23巻12号1625頁)の趣旨に徴して明らかである。論旨は採用することができない。』

4.検討
(1)本判決の概要
本判決は前半の「第1」の部分でマイナンバー制度を概説した上で、後半の「第2 上告理由のうち憲法13条違反をいう部分について」のおおむね上で引用したような判旨でマイナンバー制度の合憲性を検討しています。そしてその検討をみてみると、まず「1」の部分では、住基ネット訴訟最高裁判決(最高裁平成20年3月6日判決)を引いて、「憲法13条は…個人の私生活上の自由の一つとして、何人も、個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由を有するものと解される」と憲法13条に基づくいわゆる古典的プライバシー権(静的プライバシー権)が問題になっていることを明らかにしています。

つぎに本判決は「2」の部分で、マイナンバー制度がこのプライバシー権を侵害しているかを検討するためにマイナンバー制度の目的の検討が必要であるとします。そして、「同法は、個人番号等の有する対象者識別機能を活用して、情報の管理及び利用の効率化、情報連携の迅速化を実現することにより、行政運営の効率化、給付と負担の公正性の確保、国民の利便性向上を図ること等を目的とするものであり、正当な行政目的を有する」として、マイナンバー制度の目的は行政権の行使として正当であるとしています。

さらに本判決は、マイナンバー法が個人番号の利用範囲を「社会保障、税、災害対策およびこれらに類する分野の法令又は条例で定められた事務に限定」されていること、目的外利用の許容される例外事例も一般法である(旧)行政機関個人情報保護法よりも限定されていること、政令への委任も白地委任とはなっていないこと等を判示し、法的にマイナンバー制度が問題ではないとしています。

なお本判決は「3」の部分で、特定個人情報(マイナンバーを含む個人情報)は、個人の所得や社会保障の受給歴等の秘匿性の高い情報が含まれるところ、理論的には識別能力を有するマイナンバーを利用して名寄せや突合を行い、個人の分析や不当なデータマッチングなどが行われる「具体的な危険」があるとしつつも、マイナンバー法は罰則を置き、監督を行う第三者機関として個人情報保護委員会が設置されている等の理由で、そのような目的外利用や情報漏洩などがなされる危険性は「極めて低い」としてしまっています。(そのため、本判決はプライバシー権の本質論について、基本的に古典的プライバシー論と構造審査論に立っており、最近の「自己の情報を適切に取扱われる権利」論は採用していないように思われます。)

加えて本判決は、マイナンバー制度は情報連携を行う情報提供ネットワークシステムにおいてはマイナンバーそのものは利用されていないこと等を理由として情報システム上もマイナンバー制度は問題がないとしています。

その上で本判決は「これらの諸点を総合すると、番号利用法に基づく特定個人情報の利用、提供等に関して法制度上又はシステム技術上の不備があり、そのために特定個人情報が法令等の根拠に基づかずに又は正当な行政目的の範囲を逸脱して第三者に開示又は公表される具体的な危険が生じているということもできない。」とし、マイナンバー制度は法的にもシステム的にも問題はなく、上告人らのプライバシー侵害はないと結論付けています(いわゆる「構造審査」論)。構造審査論をとっていることから、本判決は基本的に構造審査論を採用した住基ネット訴訟判決を承継するものといえます。

加えて本判決は「以上は、当裁判所大法廷判決(最高裁昭和44年2月24日大法廷判決)の趣旨に徴して明らかである」として、本判決は警察官によるデモ隊の写真撮影によるプライバシー権および肖像権の侵害が争われた京都府学連事件(最高裁昭和44年2月24日大法廷判決)に連なる判例であることを明らかにしています。

(2)本判決は令和3年改正前のマイナンバー法を対象としており、またマイナンバーカードについては検討していない
このように本判決は、国民個人のプライバシー権との関係でマイナンバー制度は違法・違憲ではないと判示しましたが、その一方で、本判決は令和3年改正前のマイナンバー法を対象としており、またマイナンバーカードについては検討していない点は注意が必要です。

すなわち、令和3年(2021年)のいわゆるデジタル社会形成法案の一つとしてマイナンバー法も一部改正がなされましたが、その際に追加された、国家資格をマイナンバーに紐付け管理する等の法改正は本判決の範囲外となります。

デジタル社会形成法案の概要
(令和3年のデジタル社会形成法案の概要。個人情報保護委員会サイトより。)

同様に、現在デジタル庁が国会に法案を提出した、マイナンバー制度の目的を税・社会保障・災害対策に限定せず「規制緩和」を行うことや、その改正を法律によらず政省令で可能にすること等も本判決の対象外であり、司法府のお墨付きを得ているわけではありません。むしろ、本判決はマイナンバー制度の合憲の根拠の一つにマイナンバー制度の目的が税・社会保障・災害対策の3つに限定されていることを挙げているのですから、「規制緩和」法案は違法・違憲の可能性があるのではないでしょうか。

また、本判決はマイナンバーカードについては司法判断を行っていないため、例えば本年大きな問題となっている、保険証をマイナンバーカードに一体化して国民にマイナンバーカードを事実上強制する等の「マイナ保険証」の問題も司法のお墨付きを得ているわけではありません。同様に、児童・子どもの教育データをマイナンバーで国が一元管理するというデジタル庁の「子どもデータ利活用ロードマップ」等も司法のお墨付きを得ているわけではありません。あるいはxIDなどのようにマイナンバーカードのICチップ部分の電子証明書等の民間企業の利用についても司法は合憲と判断しているわけではない状況です。

(3)まとめ
以上見てきたように、本判決は住基ネット訴訟と同様に構造審査の手法をとりマイナンバー制度を合憲としています。ただし本判決はマイナンバー制度が税・社会保障・災害対策の3点に利用目的を限定していることを合憲の理由の一つとしているので、最近のデジタル庁のマイナンバー法「規制緩和」法案は違法の可能性があります。また、本判決はマイナンバーカードについては検討していないため、「マイナ保険証」等の問題や、xIDなどの民間企業によるマイナンバーカードの利用にはお墨付きを与えていません。

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■参考文献
・黒澤修一郎「プライバシー権」『憲法学の現在地』(山本龍彦・横大道聡編)139頁
・成原慧「プライバシー」『Liberty2.0』(駒村圭吾編)187頁
・山本龍彦「住基ネットの合憲性」『憲法判例百選Ⅰ 第7版』42頁
・高木浩光「個人情報保護から個人データ保護へ(6)」『情報法制研究』12号49頁

■関連する記事
・マイナンバー制度はプライバシー権の侵害にあたらないとされた裁判例を考えた(仙台高判令3・5・27)
・備前市が学校給食無償をマイナンバーカード取得世帯のみにすることをマイナンバー法から考えたーなぜマイナンバー法16条の2は「任意」なのか?(追記あり)
・デジタル庁のマイナンバー法9条および別表の「規制緩和」法案を考えた
・デジタル庁「教育データ利活用ロードマップ」は個人情報保護法・憲法的に大丈夫なのか?



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最高裁

2022年1月20日、Coinhive事件について、東京高裁判決で不正指令電磁的記録保管罪(刑法168条の3)10万円の罰金の有罪判決を受けていた被告人のウェブデザイナーのモロ氏に対して、最高裁は東京高裁判決を破棄自判し無罪との判決を出したとのことです。これは非常に画期的な判決です。

1.Coinhive事件の事案の概要
ウェブデザイナーの被告人(モロ氏)は自らが運営する音楽ウェブサイトAの維持運営費捻出のため、2017年9月から11月にかけてウェブサイトAの閲覧者が使用するコンピュータについて閲覧者本人の同意を得ることなく仮想通貨のマイニング(採掘作業)を実行させるコインハイブ(coinhive)というプログラムコード(スクリプト)が設置された海外のサーバーにアクセスさせ、コインハイブのプログラムコードを取得させマイニングをさせるために、ウェブサイトAを構成するファイル内にコインハイブを呼出すタグを設置したところ、2018年に神奈川県警に不正指令電磁的記録保存罪(刑法168条の3)に該当するとして起訴された。

第一審判決(横浜地裁平成31年3月27日判決)は、不正指令電磁的記録保存罪(刑法168条の3)について、その構成要件の「反意図性」は認めたものの、「不正性」(=社会的許容性)は満たしていないとして被告人を無罪とした。

これに対して検察側が控訴した第二審判決(東京高裁令和2年2月7日判決)は、「プログラムの反意図性は、当該プログラムの機能について一般的に認識すべきと考えられるところを基準とした上で、一般的なプロブラム使用者の意思から規範的に判断されるべきものである」としつつも、「本件プログラムコードで実施されるマイニングは、…閲覧者の電子計算機に一定の負荷を与えるものであるのに、このような機能の提供に関して報酬が発生した場合にも閲覧者には利益がもたらされないし、マイニングが実行されていることは閲覧中の画面等には表示されず、閲覧者に、マイニングによって電子計算機の機能が提供されていることを知る機会やマイニングの実行を拒絶する機会も保障されていない。」として、「反意図性を肯定した原判決の結論に誤りはない」としています。

そして本高裁判決は、「刑法168条の2以下の規定は、一般的なプログラム使用者の意に反する反意図性のあるプログラムのうち、不正な指令を与えるものを規制の対象としている。」とし、「本件プログラムコードは、…知らないうちに電子計算機の機能を提供させるものであって、一定の不利益を与える類型のプログラムと言える上、その生じる不利益に関する表示等もされないのであるから、このようなプログラムについて、プログラムに対する信頼保護という観点から社会的に許容すべき点は見あたらない」として「不正性」があるとして、被告人を有罪として罰金10万円としています。これに対して被告人側が上告したのが本最高裁判決です。

2.最高裁の判断
これに対して2022年1月20日の最高裁第一小法廷(山口厚裁判長)は、罰金10万円を命じた2審・東京高裁判決を破棄自判し、無罪との判決を出しました。裁判官5人全員一致の判断だったとのことです。

弁護士ドットコムニュースによると、最高裁はおおむねつぎのように述べたとのことです。

第一小法廷はマイニングによりPCの機能や情報処理に与える影響は、「サイト閲覧中に閲覧者のCPUの中央処理装置を一定程度使用するに止まり、その仕様の程度も、閲覧者がその変化に気付くほどのものではなかった」と指摘。

ウェブサイトの運営者が閲覧を通じて利益を得る仕組みは「ウェブサイトによる情報の流通にとって重要」とし、「広告表示と比較しても影響に有意な差異は認められず、社会的に許容し得る範囲内」と述べ、「プログラムコードの反意図性は認められるが不正性は認められないため、不正指令電磁的記録とは認められない」と結論づけた。
(「コインハイブ事件の有罪判決、破棄自判で「無罪」に最高裁」『弁護士ドットコムニュース』2022年1月20日付より)
・コインハイブ事件の有罪判決、破棄自判で「無罪」に 最高裁|弁護士ドットコムニュース

3.最高裁判決の評価
この最高裁判決の概要をみると、最高裁はウェブサイトの運営者が閲覧を通じて利益を得る仕組みは「ウェブサイトによる情報の流通にとって重要」とし、「広告表示と比較しても影響に有意な差異は認められず、社会的に許容し得る範囲内」と判示していることは非常に画期的であると思われます。

東京高裁判決は、マイニングソフトによるサイト閲覧者の「損得勘定」に非常に敏感で、サイト閲覧者がウェブサイトを閲覧して少しでも経済的負担を受けるであるとか、PC等が少しでも摩耗することは絶対に許されないという、サイト閲覧者は絶対的な「お客様」という価値判断をもとに判決を行っていました。

これに対しては、「東京高裁判決はサイト閲覧者の側からの視点でしか物事を考えておらず、これは不正指令電磁的記録の罪は一般的・類型的な一般人の判断を元に「反意図性」や「不正性」が判断されるべきところ、東京高裁判決はサイトを作り運用する側の人間からの視線が欠けている」などと批判されているところでした(渡邊卓也「不正指令電磁的記録に関する罪における版「意図」性の判断」『情報ネットワーク・ローレビュー』19巻16頁など)。

しかし本最高裁判決は、ウェブサイトの作成者・運営者の視線も取り入れ、「ウェブサイトの運営者が閲覧を通じて利益を得る仕組みは「ウェブサイトによる情報の流通にとって重要」とし、「広告表示と比較しても影響に有意な差異は認められず、社会的に許容し得る範囲内」としており、非常にバランスのとれた、まともな判決であると思われます。

「ネット広告はサイト閲覧者に表示されているから合法だが、閲覧者の見えないところでマイニングソフトが稼働していることは違法で許されない」としていた東京高裁の裁判官や、神奈川県警サイバー犯罪本部、「マイニングソフトが稼働していることをサイト運営者はサイト閲覧者に明示しなければ不正指令電磁的記録作成罪等に該当するおそれがある」などの注意喚起の資料を作成していた警察庁・警視庁は、ITリテラシーや情報セキュリティ、個人情報保護法などの基礎を今一度勉強しなおすべきです。

また、東京高裁は、「本マイニングソフトは50%などの負荷の設定が可能であり、サイト閲覧者のPCへの負担は重大で違法性は高い」等としていました。

さらに、第一審の横浜地裁で被告人側の証人として出頭した高木浩光先生のcoinhiveがサイト閲覧者のPCにおよぼす負荷が低いことや、PCの使いごこちは低下しないとの証言について、最高検の検事達は「証人の再現実験による証言は、証人のPCがMacbook Proであることから信用できない」等とこれも非常にITリテラシーのない主張や、被告人のモロ氏が自らのサイトにcoinhiveを設置したのに、最高検の検事達は「これはクリプトジャッキングであり、弁護人たちはサラミ法も知らないのか」などと見当はずれな主張をしていたことについても、本最高裁判決は、「マイニングによりPCの機能や情報処理に与える影響は、「サイト閲覧中に閲覧者のCPUの中央処理装置を一定程度使用するに止まり、その仕様の程度も、閲覧者がその変化に気付くほどのものではなかった」と判示していることも非常に正当であり、まともな判決であるといえます

4.高木浩光先生の見解
情報法と情報セキュリティが専門の産業技術総合研究所主任研究員の高木浩光先生は、”coinhive事件の東京高裁判決は、コンピュータ・プログラムの「機能」と「動作」を混同している(例えばマイニングは「機能」であり、「サーバーから与えられた値に乱数を加えてハッシュ計算を繰り返し、目標の結果が出たらサーバーに報告する処理」は「動作」である)と指摘しています(高木浩光「コインハイブ不正指令事件の控訴審逆転判決で残された論点」『Law&Technology』91号46頁))。

その上で高木先生は、東京高裁判決の「機能」と「動作」を整理しなおすと、①閲覧に必要なものでない点と、②無断で電子計算機の機能を提供させて利益を得ようとする、という2点を問題視するが、これは「刑法の判例・通説が「利益窃盗」は処罰できない」としていることを覆すものであるが、不正指令電磁的記録作成罪に関する法務省の法制審でも国会でも、そのような視点からの検討や議論はまったくなされておらず、東京高裁判決は違法・不当であると批判されています(高木・前掲46頁、岡部節・岡部天俊「不正指令電磁的記録概念と条約適合的解釈 : いわゆるコインハイブ事件を契機として」『北大法学論集』70巻6号155頁)。

5.まとめ
このCoinhive事件は、被告人のモロ氏に対して神奈川県警サイバー犯罪担当の警官たちが「お前のやってることは犯罪なんだよ!」などと罵倒するなど、高圧的な取り調べなどが問題となりました。

また、上でもふれたとおり、「犯罪当時、coinhiveが違法か合法か両方の意見があったのなら違法と判断すべきである」との判決や、サイト閲覧者は「お客様」であるかのような価値観に基づいて有罪判決を出した東京高裁の裁判官達や、最高検の検事達の「これはクリプトジャッキングであり、「常識」でダメだとわかるでしょ。サラミ法も知らんの?」などの発言も、ITリテラシーがなく、また「疑わしきは被告人の利益に」「刑法の謙抑制」などの刑法の大原則に反しています。

警察庁はサイバー犯罪への対応を強化するために、東京にサイバー犯罪対応の専従部門を設置し、また国民のSNSをAIで捜査するシステムの導入などを発表していますが、そのような取り組みの前に、まずは警察・検察・裁判官のITリテラシーや情報セキュリティ、個人情報保護法、刑法の「疑わしきは被告人の利益に」などの教育を、法務省や最高裁、国家公安委員会などは再検討すべきなのではないでしょうか。なお、「デジタル化」を国策として推進している政府与党も、司法試験の試験科目にいい加減そろそろ個人情報保護法などを含めるべきではないでしょうか。

さらに、このCoinhive事件においては、不正指令電磁的記録の罪(刑法168条の2、同168条の3)の「反意図性」や「不正性」などの構成要件が専門家や裁判所にすら判断がわかれるあいまい・漠然とした難解なものであることが明らかになりました。

憲法31条は適正手続きの原則を定め、法的手続きが適正であるだけでなく法律の内容も適正であることが要求され、法律の条文には「明確性の原則」が求められます。そのため法律の条文には「通常の判断能力を有する一般人の理解」で法律の内容が理解できることが要求されます(最高裁昭和50年9月10日判決・徳島市公安条例事件)。そのため、本最高裁判決を踏まえて、政府与党や国会は、不正指令電磁的記録の罪の刑法の条文の改正作業を開始すべきです。

(なおサイバー犯罪関連としては、平成29年に警察のGPS捜査についても最高裁から「警察の内規ではなく国会の立法によるべき」との判決が出されました。国会はGPS捜査についても立法を行うべきです。)

加えて、警察庁は「仮想通貨を採掘するツール(マイニングツール)に関する注意喚起」というサイトにて、マイニングツール設置者に対して「マイニングツールが設置されていることを明示しないと犯罪になるおそれがある」と注意喚起していますが、警察庁は本最高裁判決を受けてこの注意喚起や警察の捜査などに関する内規などを見直す必要があると思われます。
・仮想通貨を採掘するツール(マイニングツール)に関する注意喚起|警察庁
警察庁マイニング
(警察庁サイトより)

■追記(2022年1月21日)
裁判所ウェブサイトが早くもこのコインハイブ事件の最高裁判決を掲載しています。裁判所もこの判決が重要な判例であると考えているのだと思われます。
・最高裁判所第一小法廷令和4年1月20日判決(令和2(あ)457  不正指令電磁的記録保管被告事件)  

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■関連する記事
・コインハイブ事件高裁判決がいろいろとひどい件―東京高裁令和2・2・7 coinhive事件
・コインハイブ事件の最高裁の弁論の検察側の主張がひどいことを考えた(追記あり)
・コインハイブ事件について横浜地裁で無罪判決が出される
・警察庁のSNSをAI解析して人物相関図を作成する捜査システムを法的に考えた-プライバシー・表現の自由・GPS捜査・データによる人の選別
・【最高裁】令状なしのGPS捜査は違法で立法的措置が必要とされた判決(最大判平成29年3月15日)

■参考文献
・大塚仁『大コンメンタール刑法 第3版 第8巻』340頁
・西田典之・橋爪隆補訂『刑法各論 第7版』411頁
・高木浩光「コインハイブ不正指令事件の控訴審逆転判決で残された論点」『Law&Technology』91号46頁
・渡邊卓也『ネットワーク犯罪と刑法理論』263頁
・岡田好史「自己の運営するウェブサイトに閲覧者の電子計算機をして暗号資産のマイニングを実行させるコードを設置する行為と不正指令電磁的記録に関する罪-コインハイブ事件控訴審判決」『刑事法ジャーナル』68号159頁
・岡部天俊「不正指令電磁的記録概念と条約適合的解釈 : いわゆるコインハイブ事件を契機として」『北大法学論集』70巻6号155頁
・「コインハイブ事件の有罪判決、破棄自判で「無罪」に最高裁」『弁護士ドットコムニュース』2022年1月20日付
・不正指令電磁的記録罪の構成要件、最高裁判決を前に私はこう考える|高木浩光@自宅の日記
・懸念されていた濫用がついに始まった刑法19章の2「不正指令電磁的記録に関する罪」|高木浩光@自宅の日記
・渡邊卓也「不正指令電磁的記録に関する罪における版「意図」性の判断」『情報ネットワーク・ローレビュー』19巻16頁

















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最高裁
1.コインハイブ事件
■追記
2022年1月22日に最高裁第一小法廷(山口厚裁判長)でこのコインハイブ事件について無罪判決が出されました。詳しくはこちらをご参照ください。
・【速報】コインハイブ事件の最高裁判決で無罪判決が出される

あるウェブデザイナーの方(モロ氏、以下「被告人」)が、自身のウェブサイトに仮想通貨採掘アプリ「coinhive」を設置していたことが、不正指令電磁的記録等罪(いわゆるウイルス罪・刑法168条の2以下)に問われたいわゆるコインハイブ事件において、2018年の横浜地裁平成30年3月27日判決は、不正指令電磁的記録等罪の構成要件における、「反意図性」の該当は認めたものの、「不正性」(社会的許容性)の該当は認められるとはいえないとして、被告人を無罪としました。

ところが、控訴審の東京高裁令和2年2月7日判決(栃木力裁判長)は、「反意図性」および「不正性」の両方が成立するとして、被告人を罰金10万円の有罪とし、ネット上では高裁判決に対して、多くの批判が沸き起こりました。

(関連)
・コインハイブ事件高裁判決がいろいろとひどい件―東京高裁令和2・2・7 coinhive事件

とくに、本高裁判決は、「不正性(社会的許容性)」について、『『本件プログラムコードは、(略)、その使用によって、プログラム使用者(閲覧者)に利益を生じさせない一方で、知らないうちに電子計算機の機能を提供させるものであり、一定の不利益を与える類型のプログラムといえる上、その生じる不利益に関する表示等もされないのであるから、(略)、プログラムに対する信頼保護という観点から社会的に許容すべき点は見当たらない。』という文章を何回もコピペで使いまわしてcoinhiveの不正性を強調しています。

この東京高裁に対して、被告人のモロ氏と弁護人の平野敬弁護士が最高裁に上告を行ったところ、最高裁は弁論を行うことを決定し、本日(2021年12月9日)、その弁論が最高裁で行われました。

2.最高裁での弁論
本日の最高裁の弁論について、弁護士ドットコムニュースはつぎのように報道しています。
・コインハイブ事件で最高裁弁論、弁護側改めて無罪主張 判決期日は追って指定|弁護士ドットコムニュース

弁護側は憲法上、刑法上、刑事訴訟法上の問題があると指摘。1審と2審で判断が分かれた不正性について「コインハイブが社会的に許容されていなかったと断じることはできない」などと述べ、無罪を主張した。

検察側は「クリプトジャッキングに相当する行為で、国際的にもサイバー犯罪として取り締まられている。今回の行為の違法性を否定するならCPU等の無断使用を解禁することになり、日本を世界中からの草刈り場に置くことと等しい」などと上告棄却を求め、結審した。

また、弁護士ドットコムニュースによると、弁論後の記者会見で、平野敬弁護士とモロ氏はつぎのように述べたとのことです。

モロ氏
「これがもし有罪となってしまった場合、クリエイターの方々がやりにくい世の中になってしまうと思うので、無罪という形で正しい判決がいただけることを願っています」

平野敬弁護士
「クリプトジャッキングと言うのは他人のウェブサイトを不正に改ざんして、仮想通貨採掘ツールを埋め込む行為をいう。今回のケースのように、自分のウェブサイトにJavaScriptを設置して、仮想通貨を採掘する行為とはまるで違うものだ。たしかに、世界ではクリプトジャッキングが問題になっていて、刑事的な訴追対象になっているのは事実だが、それと今回のケースを意図的に混同しようとする検察官の主張は悪質で、誤導的な説明だったと思う

つまり、平野弁護士は、「他人のウェブサイトを不正に改ざんして、仮想通貨採掘ツールを埋め込む行為(クリプトジャッキング)と、自らのサイトにツールを設置した本件はまったく異なるのに、両者を混同させる主張をしている検察側の主張は悪質」と述べておられますが、このご見解は非常に正当であると思います。

3.サラミ法?一厘事件ではないのか?
また、本日の最高裁の弁論を傍聴した、寿司アイコン様(@mecab)のツイートによると、弁論はおおむねつぎのような感じだったようです。
mecab様のツイート
(寿司アイコン様(@mecab)のTwitterより)
https://twitter.com/mecab/status/1468823606742634496

このツイートによると、検察側はおおむねつぎのように主張したそうです。
「他人のコンピュータリソース無断でつかうのは不正なことは常識である。影響は軽微だというが、「サラミ法」を知らないのか。」
この点、「サラミ法」とは「犯罪や不正行為の手口の一つで、一回あたりの数量や影響を発覚しにくい小さな値に抑え、数多くの対象や回数に分散して繰り返す手法」です(e-words.jpより)。

しかし、本事件において、モロ氏がcoinhiveを設置したサイトは自らの一つのウェブサイトであり、しかもcoinhiveで得られた収益は数百円程度で、しまもcoinhiveの仕様で1000円未満は支払対象外だったため、モロ氏が実際に受け取った収益は0円です。

このような事実を、「一回あたりの数量や影響を発覚しにくい小さな値に抑え、数多くの対象や回数に分散して繰り返す手法」の「サラミ法」として弁論で主張を行った検察側は、事実を不当に大きく表現し、今回のcoinhive事件があたかも日本のIT業界やデジタル業界を揺るがすような凶悪な重大事件であると裁判官に訴えようとしているように思われますが、このような誇大妄想的な主張は、法曹三者の法律家の一人である検察官の主張としてどうなのでしょうか。

モロ氏が得たcoinhiveの収益が実際には0円であり、設置したサイトも自身のサイト一つであったことを考えると、最高検の検察官達は、サラミ法でなく、明治時代の大審院の一厘事件(煙草一厘事件、大審院明治43年10月11日判決)の判決に思いを致すべきだったのではないでしょうか。

つまり、ある農家がタバコに関して非常に軽微な違法行為をしたところ、当時の最高裁にあたる大審院は、形式的には法律違反で刑罰の構成要件に該当するとしても、あまりにも軽微な違法行為は可罰的違法性が欠ける、すなわち違法性が阻却されるとして無罪の判決を出しています。

本件の最高検の検察官達も、被告人が自らのサイトで一人で設置したcoinhiveで得られた収益が実際には0円だったのですから、仰々しく「サラミ法」などを持ち出すのではなく、「一厘事件」の判例の可罰的違法性の問題を検討すべきだったのではないでしょうか。

4.刑法違反とならないためにパソコンやスマホのスタンドアローンでの利用が要求される?
また、検察側は本日の弁論で、「今回の行為の違法性を否定するならCPU等の無断使用を解禁することになり、日本を世界中からの草刈り場に置くことと等しい」と主張したそうです。

しかし、エンジニアなどの専門家ではない、我われ一般人のユーザーにとって、自分のパソコンのCPU等が、とくにネットに接続して使用している状態においては、ネットワークやISP、その先のサーバー等とさまざまな情報のやり取りをした上でネットを閲覧したりメールを授受したり、クラウドのサービスを利用しているわけであり、エンジニアなどの専門家ではない一般人のユーザーにとっては、自分のパソコンのCPC等がある程度は「無断使用」されている状況は当たり前なのではないでしょうか?

本事件の東京高裁判決の裁判官達も「ウェブサイト上のバナー広告は表示されているから不正性はない」と判示していますが、東京高裁の裁判官達や本件の最高検の検察官達は、パソコンのモニター画面の裏側のCPU等で、さまざまなプログラムやソースコードなどが稼働し、ネットやISPやさまざまなサーバーとやり取りをしている、そのそれらの多くのプログラムやソースコード、各種のサーバーなどの目的等を逐一把握し、それらをすべて同意や合意のもとに利用できているのでしょうか?

近年は、スマホやパソコンにおけるcookieやFlocなどを利用したネットの行動ターゲティング広告において、DMP業者などがユーザー・国民のネットの閲覧履歴や位置情報・移動履歴や購入履歴などを収集・分析・加工・販売している個人データの取扱が、個人情報保護法の観点から違法・不当なのではないかと、例えば2019年の就活生の内定辞退予測データの販売などに関するリクルートキャリアやトヨタなどの「リクナビ事件」において大きな社会的問題となりました。リクルートキャリアやトヨタなどは、同年に個人情報保護委員会や厚労省から、個人情報保護法違反、職業安定法違反であるとして行政指導を受けています。

ネット上の広告にはこのような個人の尊重やプライバシー、人格権などの基本的人権(憲法13条)に関する大きな問題があるのに、最高検の検事達や東京高裁の裁判官達は、「ネットの広告はユーザーに表示されているから合法で、coinhiveはユーザーに表示されていないから違法で犯罪」と主張するのでしょうか。しかしそれはあまりにも個人情報保護法などの国会の制定した法律や、一般国民の感覚とかけ離れているのではないでしょうか?

(参考)
・リクルートなどの就活生の内定辞退予測データの販売を個人情報保護法・職安法的に考える

あるいは、最高検の検察官の主張のように、国民や企業などが不正指令電磁的記録作成罪などの刑法に違反しないためには「CPU等の無断使用を禁止すべき」などと言い出したら、それこそクラウドサービスや5Gどころか、1980年代、90年代のパソコン通信だけでなく、そもそも冷戦下に生み出されたインターネットへの接続すら放棄し、パソコンをスタンドアローン「鎖国」の状態で利用することが必要となるのではないでしょうか。

しかし、近年、クラウドや5Gの時代となり、「日本社会のデジタル化」が国策の一つとなりデジタル庁が設置され、ますますスマホやパソコンなどをネットに接続し、官民がデジタル社会における経済活動などを推進しようとしている世の中なのに、「CPU等の無断使用」を禁止せよと主張する最高検の検察官達や本事件の東京高裁の裁判官達の考え方は、さすがにあまりにも時代錯誤であり、ITリテラシーが無さすぎなのではないでしょうか。

かりにそれで検察官や裁判官の方々は刑法的に満足だとしても、それでは「刑法守ってデジタル敗戦」となってしまい、日本社会のITやデジタルが1970年代以前に逆戻りしてしまうのではないでしょうか。

5.まとめ
そもそも、検察官は裁判所に対して「法の正当な適用を請求」する職責を負っており(検察庁法4条)、「法と正義の実現を目指して公平・公正でならねばならない」という「検察官の客観義務」を負っており、かりに訴訟の経緯がそう要求する場合には、検察官は無罪を主張しなければならないとされています(田宮裕『刑事訴訟法 新版』24頁)。

この検察官の客観義務の観点からは、「とにかく神奈川県警が立件した以上は有罪としたい」という本件における検察官側の姿勢には大きな疑問を感じます。また繰り返しになりますが、裁判官や検察官や神奈川県警サイバー犯罪担当などのITリテラシーの低さを感じます。

(一般人の私が述べてもしかたのないことですが、「デジタル社会」が国策となる現在、さすがにそろそろ司法試験にも個人情報保護法やITパスポート的なものも試験科目に加えたり、あるいは検察官、警察官や裁判官の職場研修などに個人情報保護法やIT・情報セキュリティの初歩などを導入することを、最高裁や法務省、検察庁などは検討すべきなのではないでしょうか。)

同時に、本日の弁論後の記者会見でモロ氏が述べておられたように、「これがもし有罪となってしまった場合、クリエイターの方々がやりにくい世の中になってしまう」、つまりITやデジタル関係のエンジニアの方々や法人などが、自分達の研究開発しているプログラムやIT関係の先端技術が、いつ裁判所や検察官、警察などから不正指令電磁的記録作成罪などに抵触する違法なものであると判断されるか分からないという、IT技術、先端のテクノロジーの研究開発に予測可能性がなくなってしまうという大問題があります。これでは日本のITやデジタルに関する企業やエンジニア、学者・研究者の方々などは委縮して、自由に研究開発や学問研究、企業活動を行うことができなくなってしまいます。

そのため、本事件について、最高裁はぜひまともな判決を出してほしいと思います。本事件の最高裁第一小法廷の裁判長は、刑法学の重鎮の山口厚・東大名誉教授です。ぜひとも、山口厚先生のまともなご判断を期待したいところです。

(余談)
本日の平野敬弁護士(@stdaux)のツイートにつぎのようなものがあったのですが、一番下は冗談ではなく本当なのでしょうか。いくらサイコーな最高裁とはいえ、ちょっと演出過剰というか、エヴァのゼーレの会議や、サンダーバードの会議などを連想してしまいます・・・。

スドー先生ツイート
(平野敬弁護士のTwitterより)
https://twitter.com/stdaux/status/1468841211637399560

しかし、本日の最高裁の弁論の前の平野先生のツイートは、サイコーにカッコいいとしかいいようがありません。
スドー先生ツイート2

■追記(2021年12月10日)
12月9日の最高裁の弁論について、小野マトペ様(@ono_matope)がTwitter上で、詳細な傍聴メモを公開なさっています。
小野マトペ様ツイート
(小野マトペ様(@ono_matope)のTwitterより)
・https://twitter.com/ono_matope/status/1468858327094657028

この傍聴メモをみると、「第一審の横浜地裁の証人の高木浩光氏の、coinhiveが作動した際にもパソコンの快適性などは損なわれないとの主張は、高木氏がMacBook Pro を使用した再現実験を元にした主張であるので信用できない」などと最高検の検察側が主張しているのは、これも検察官のITリテラシーのなさを表しており、思わず笑ってしまいます。

ところで、モロ氏・平野弁護士側は、憲法31条は、法律の明確性を要求しているが、不正指令電磁的記録作成罪の「不正性」は専門家でも判断が困難であるなど明確性を欠き違法・違憲である」とも弁論で主張されていたとのことです。

憲法31条は「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」と、いわゆる適正手続きの原則を定めています。

これは、警察や行政などの公権力を手続き的に拘束し、国民の人権を手続き的に保障するものですが、これは法律で定められた手続きが適正であることだけでなく、法律の実体の規定の内容自体も適正でなければならないことを要求していると判例・通説は解しています。この法律の実体の適正性には、罪刑法定主義や、法律の「規定の明確性」(犯罪の構成要件の明確性、表現の自由の規制立法の明確性など)が含まれていると解されています(芦部信喜・高橋和之補訂『憲法 第7版』252頁)。

この「規定の明確性」に関して裁判所は、「通常の判断能力を有する一般人の理解」で法律や条例の規定の内容が理解できることが必要であるとしています(徳島市公安条例事件・最高裁昭和50年9月10日判決)。

この点、本事件で争点になっている不正指令電磁的記録作成罪(刑法168条の2)のとくに「不正性(社会的許容性)」に関する構成要件は、まさに本事件が最高裁まで争われ、文献などをみても刑法学者などの専門家の間でも意見が分かれているなど、非常に難解であいまい・漠然としたものとなっており、「通常の判断能力を有する一般人の理解」で本罪の「不正性」を理解することは困難であり、本罪の構成要件は明確性を欠くので、憲法31条に照らして違法・違憲とのモロ氏・平野弁護士側の主張は正当であると思われます。(本事件の最高裁判決が出されたら、国会はその判決を踏まえて、不正指令電磁的記録作成罪の条文の見直しなどを実施すべきであると思われます。)

上でもみたとおり、コンピュータウイルス等に関するこの不正指令電磁的記録作成罪の構成要件が明確性を欠き、まさにモロ氏の本事件のように、警察・検察側の恣意的な判断や運用でITに関するエンジニアやIT企業が立件・逮捕などされてしまうことは、エンジニアの方やIT企業などの予測可能性を害し、ITに関する自由な研究開発や企業経営が委縮してしまうことになりかねません。憲法31条の観点からも、本事件について最高裁のまともな判断が望まれます。

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■参考文献
・西田典之・橋爪隆補訂『刑法各論 第7版』411頁
・田宮裕『刑事訴訟法 新版』24頁
・芦部信喜・高橋和之補訂『憲法 第7版』252頁
・高木浩光「コインハイブ不正指令事件の控訴審逆転判決で残された論点」『Law&Technology』91号46頁
・懸念されていた濫用がついに始まった刑法19章の2「不正指令電磁的記録に関する罪」|高木浩光@自宅の日記
・いわゆるコンピュータ・ウイルスに関する罪について|法務省
・コインハイブ事件で最高裁弁論、弁護側改めて無罪主張 判決期日は追って指定|弁護士ドットコムニュース
・寿司アイコン様(@mecab)のTwitterのツイート
・小野マトペ様(@ono_matope)のTwitterのツイート

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