display_monitor_computer
1.自治体の個人情報保護条例を国の個人情報保護法に強制的に一元化してよいのか?
自治体の個人情報保護条例を国の個人情報保護法に統一化・一元化する内容を含む、デジタル関連法案が衆議院を通過し、現在、参議院で審議中です。

・「デジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律案」の閣議決定について|個人情報保護委員会

デジタル関連法案の概要
(「デジタル関連法案の概要」 個人情報保護委員会サイトより)

今回の2021年の個人情報保護法改正に賛成する情報法の学者の先生方は、個人情報保護条例の統一化について、「自治体により個人情報保護条例が異なると大企業・国が個人情報を利活用しにくい」と主張しておられます(いわゆる「2000個問題」)。

しかし大企業等が自治体等が保有する個人情報を利活用しにくいということは、住民の個人情報が条例の壁により守られているとプラスに評価すべきではないでしょうか。

国の個人情報保護法においても、その立法目的・基本理念は、企業等による「個人情報の有用性に配慮」だけでなく、「個人の権利利益を保護」、「個人情報は、個人の人格尊重の理念の下に慎重に取り扱われるべきもの」と規定されているのですから、住民・国民の個人情報の保護による、国民・住民のプライバシー権や人格権などの人権保障も重要な個人情報保護法制の立法目的です。

例えば防犯カメラの問題について、個人情報保護法に個別の規定はなく(法18条4項4号による)、個人情報保護委員会は企業寄りのガイドライン・QAを公表しているのみです(QA1-11など)。

一方、自治体においては、例えば三鷹市、世田谷区等は住民の人権をも考慮した「防犯カメラ条例」を制定し、事業者等の防犯カメラの設置や運用に規制を設けています。

デジタル関連法案、個人情報保護法改正で、全国の自治体のこのような画期的な取組が国に潰されてよいのでしょうか?

日本は中国のような全体主義・国家主義の国でなく、西側自由主義諸国に並ぶ、国民の個人の尊重と人権保障を国の目的とする近代憲法をもつ国民主権の国のはずです(憲法1条、11条、13条、97条)。

2.自治体の団体自治・条例制定権
また、自治体には国から独立して権力分立の関係で自治を行う権限(「団体自治」・憲法92条)があり、国から独立した条例制定権を有しています(94条)。そのため、国が強制的に自治体の個人情報保護条例を国の個人情報保護法に一元化することは、憲法の地方自治の条文に抵触しており、国の統治の観点からも大きな問題をはらんでいます。

政府・与党は、このように問題の多い2021年の個人情報保護法改正・デジタル関連法案を今一度見直すべできす。

3.国家資格保有者の個人情報を国が一元管理するマイナンバー法改正
4月30日には、東京オリンピック組織委員会が日本看護協会に、大会の医療スタッフとして看護師500人の確保を要請したことに関連し、菅首相「休んでいる方もたくさんいると聞いている。可能だと考えている」と発言したことが注目されました。

また、5月3日には、同じく組織委員会は、医師をボランティアとして約200人募集したことが明らかになりました。

・菅首相 五輪・パラリンピックの看護師500人確保は可能「休んでいる人多い」|東京新聞
・東京五輪の組織委、ボランティアの医師200人を募集|朝日新聞

今回のデジタル関連法案のなかのマイナンバー法改正法案には、「国家資格保有者の個人情報をマイナンバーを使って国が一元管理するための改正」も含まれています。(冒頭の「デジタル関連法案の概要」の上から2番目の「マイナンバーを活用した情報連携による行政手続きの効率化」の部分。)菅首相はこのマイナンバー法改正を念頭に発言をしたものと思われます。

しかし、上でもみたように、わが国は個人の自由意思を基本とする自由主義国です。たとえ看護師などの国家資格を保有していたとしても、当該資格を有している方が看護師として働くか否かは本人の自由意思に委ねられます(自己決定権・憲法13条)。また、憲法は職業選択の自由(22条)財産権の自由(29条)を規定しており、個人や法人には営業の自由が認められています(22条、29条)。この職業選択の自由や営業の自由には、ある職業を選択しない自由や、営業しない自由が含まれているのは当然のことです。

(なお、医師法19条は診療に関する医師の応召義務を規定していますが、医師は「正当な理由」があれば診療の拒否が可能であり、また同義務は罰則規定もない公的義務です(神戸地裁平成4年6月30日判決)。そのため、医師法19条を根拠に五輪組織委員会や国が医師などにオリンピックへの協力を強制できるとは思えません。)

にもかかわらず、国が看護師などの国家資格保有者の個人情報データベースを作成し、コロナ禍で働き手が足りないから等と資格保有者の方に書面やメール、電話などで看護師等として働くよう促すことは、軍国主義・全体主義の戦前・戦中の日本政府の「赤紙」と同じです。

現行の憲法は、このような国の命令による強制労働について、「奴隷的拘束」「意に反する苦役」を明文で禁止しています(憲法18条)。

また、国から国民に刑罰が科される場合には、それが正しく行われることを担保するために、法律に定められた手続きによることが要求されますが(適正手続きの原則・憲法31条)、この適正手続きの原則は、刑罰だけでなく国・自治体の行政にも適用されます(最大判昭47年11月22日判決・川崎民商事件)。

今回の日本看護協会への組織委員会の要請について、菅首相は「可能であると考えている」と、国として看護協会あるいは個々の看護師への要請あるいは事実上の強制を行うような発言を行ったわけですが、この菅首相の言動には法的な根拠がなく、憲法31条の適正手続きの原則にも違反しているように思われます。

日本国憲法

第十八条 何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。

第三十一条 何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

このように、国の命令により国民を強制労働させる目的で、国が国家資格保有者の個人情報データベースを作成することは、憲法18条、31条に抵触すると思われますので、そのような国家資格保有者の個人情報データベースを用意するためのマイナンバー法改正は違法・違憲であり、政府・与党はこれを撤回すべきです。

なお、菅政権は、商社・銀行など大企業の従業員を国が管理・監督し、当該従業員を地方の企業等で働かせる政策も公表しています。

・菅首相 “大企業の人材 地方の中小企業に派遣 活性化を”|NHK

しかしこの政策も、看護師などの国家資格保有者の個人情報を国が一元管理し、強制労働に利用しようという全体主義・国家主義的な考え方に似ています。今後、政府・与党が、国家資格保有者だけでなく、大企業の従業員の個人情報を一元管理する施策を打ち出さないか、国民は注目する必要があると思われます。

■関連するブログ記事
・2021年の個人情報保護法の改正法案の学術研究機関の部分がいろいろとひどい件-デジタル関連法案
・ジュンク堂書店が防犯カメラで来店者の顔認証データを撮っていることについて
・健康保険証のマイナンバーカードへの一体化でカルテや処方箋等の医療データがマイナンバーに連結されることを考えた

■参考文献
・宇賀克也『個人情報保護法の逐条解説 第6版』30頁、92頁
・芦部信喜『憲法 第7版』378頁
・石村修「コンビニ店舗内で撮影されたビデオ記録の警察への提供とプライバシー」『専修大学ロージャーナル』3号19頁