最近、Twitter上で、千葉大学の行政法のぱうぜ先生(@kfpause)こと横田明美准教授の、西村経済担当大臣の酒類販売事業者や金融機関への無茶ぶりな要請と「法治主義」・「法律による行政の原則」や国会の立法の重要性を指摘するインタビュー記事について、アゴラを運営している経済学者の池田信夫氏が、「法の支配」「法治主義」を混同する初歩的な間違い。法学部の1年生でも不可だ。」とツイートしたことがプチ炎上しています。

池田信夫氏ツイート
https://twitter.com/ikedanob/status/1418107519377960964

■論争(?)の元となったぱうぜ先生のインタビュー記事
・ドイツで政策を見て痛感…日本政府が「法治主義」を軽視しすぎという大問題|現代ビジネス

おそらく、池田信夫氏は「法治主義」を「形式的法治主義」(=戦前のドイツの法治主義)つまり議会で制定さえすればどんな法律でもよいという、「悪法も法」的な悪い意味の「法治主義」と捉えて批判しているようです。

しかし、この記事でぱうぜ先生が説明されている「法治主義」は、法律の内容も憲法に照らして適正でなければならないという、良い意味の「法治主義」つまり「実質的法治主義」(=戦後ドイツの法治主義)であることは間違いありません。現在の憲法・行政法では、この「実質的法治主義」はほぼ「法の支配」と同じ意味であると解されています。

したがって、池田氏のぱうぜ先生への批判は、「法治主義」への知識不足によるものであり正しくないと思われます。法律学上の「初歩的な間違い」をして「法学部の1年生でも不可」なのは池田氏のほうではないでしょうか。

ここで一応かんたんに説明すると、「法の支配」とは、英米法のなかで発展してきた基本原理であり、「専断的な国家権力の支配(人の支配)を排斥し、権力を法で拘束することにより、国民の権利・自由を擁護することを目的とする原理」です。

それに対して「法治主義」(=法治国家)とは、立憲君主制のドイツで発展した大陸法の基本原理であり、戦前のドイツの法治主義は「形式的法治主義」と呼ばれ、国家権力(国王)の行使を議会が制定した法律で制限しようとする原理ですが、法律の内容の合理性・正当性は問われない形式的なものでした。

一方、戦後のドイツの法治主義は「実質的法治主義」と呼ばれ、ナチズムの全体主義・軍国主義を反省し、法律は議会で制定されることだけでなく、法律の内容も憲法に照らして正当であることを要求する原理となっており、英米法の「法の支配」とほぼ同じ意味であるとされています。この点、ドイツ基本法20条3項は「立法は、憲法的秩序に拘束され、執行権および司法は、法律および法に拘束される」と規定し、実質的法治主義の原理を宣言しています。
法の支配と法治主義の対比表

ところで、池田信夫氏の最近(7月23日付)のブログ記事「法の支配とその敵」を拝見すると、池田氏は平凡社「世界大百科事典 第2版」(1998年)を引用して法治主義と法の支配を論じています。
・「法の支配とその敵」|池田信夫blog

法の支配とその敵

しかしこの引用元の世界百科事典の内容を読むと、形式的法治主義のことだけで、ぱうぜ先生の説明している実質的法治主義については書かれていません。百科事典ですし、しかも1998年のものですから仕方ないのでしょうか・・・。

そもそも法律学の概念について法律書や法律用語辞典などでなく、大昔の百科事典を引用する池田氏のスタンスには驚きを禁じ得ません。

■参考文献
・芦部信喜・高橋和之補訂『憲法 第7版』13頁
・櫻井敬子・橋本博之『行政法 第6版』12頁
・野中俊彦・中村睦男・高橋和之・高見勝利『憲法Ⅰ 第5版』31頁

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