最高裁

2022年1月20日、Coinhive事件について、東京高裁判決で不正指令電磁的記録保管罪(刑法168条の3)10万円の罰金の有罪判決を受けていた被告人のウェブデザイナーのモロ氏に対して、最高裁は東京高裁判決を破棄自判し無罪との判決を出したとのことです。これは非常に画期的な判決です。

1.Coinhive事件の事案の概要
ウェブデザイナーの被告人(モロ氏)は自らが運営する音楽ウェブサイトAの維持運営費捻出のため、2017年9月から11月にかけてウェブサイトAの閲覧者が使用するコンピュータについて閲覧者本人の同意を得ることなく仮想通貨のマイニング(採掘作業)を実行させるコインハイブ(coinhive)というプログラムコード(スクリプト)が設置された海外のサーバーにアクセスさせ、コインハイブのプログラムコードを取得させマイニングをさせるために、ウェブサイトAを構成するファイル内にコインハイブを呼出すタグを設置したところ、2018年に神奈川県警に不正指令電磁的記録保存罪(刑法168条の3)に該当するとして起訴された。

第一審判決(横浜地裁平成31年3月27日判決)は、不正指令電磁的記録保存罪(刑法168条の3)について、その構成要件の「反意図性」は認めたものの、「不正性」(=社会的許容性)は満たしていないとして被告人を無罪とした。

これに対して検察側が控訴した第二審判決(東京高裁令和2年2月7日判決)は、「プログラムの反意図性は、当該プログラムの機能について一般的に認識すべきと考えられるところを基準とした上で、一般的なプロブラム使用者の意思から規範的に判断されるべきものである」としつつも、「本件プログラムコードで実施されるマイニングは、…閲覧者の電子計算機に一定の負荷を与えるものであるのに、このような機能の提供に関して報酬が発生した場合にも閲覧者には利益がもたらされないし、マイニングが実行されていることは閲覧中の画面等には表示されず、閲覧者に、マイニングによって電子計算機の機能が提供されていることを知る機会やマイニングの実行を拒絶する機会も保障されていない。」として、「反意図性を肯定した原判決の結論に誤りはない」としています。

そして本高裁判決は、「刑法168条の2以下の規定は、一般的なプログラム使用者の意に反する反意図性のあるプログラムのうち、不正な指令を与えるものを規制の対象としている。」とし、「本件プログラムコードは、…知らないうちに電子計算機の機能を提供させるものであって、一定の不利益を与える類型のプログラムと言える上、その生じる不利益に関する表示等もされないのであるから、このようなプログラムについて、プログラムに対する信頼保護という観点から社会的に許容すべき点は見あたらない」として「不正性」があるとして、被告人を有罪として罰金10万円としています。これに対して被告人側が上告したのが本最高裁判決です。

2.最高裁の判断
これに対して2022年1月20日の最高裁第一小法廷(山口厚裁判長)は、罰金10万円を命じた2審・東京高裁判決を破棄自判し、無罪との判決を出しました。裁判官5人全員一致の判断だったとのことです。

弁護士ドットコムニュースによると、最高裁はおおむねつぎのように述べたとのことです。

第一小法廷はマイニングによりPCの機能や情報処理に与える影響は、「サイト閲覧中に閲覧者のCPUの中央処理装置を一定程度使用するに止まり、その仕様の程度も、閲覧者がその変化に気付くほどのものではなかった」と指摘。

ウェブサイトの運営者が閲覧を通じて利益を得る仕組みは「ウェブサイトによる情報の流通にとって重要」とし、「広告表示と比較しても影響に有意な差異は認められず、社会的に許容し得る範囲内」と述べ、「プログラムコードの反意図性は認められるが不正性は認められないため、不正指令電磁的記録とは認められない」と結論づけた。
(「コインハイブ事件の有罪判決、破棄自判で「無罪」に最高裁」『弁護士ドットコムニュース』2022年1月20日付より)
・コインハイブ事件の有罪判決、破棄自判で「無罪」に 最高裁|弁護士ドットコムニュース

3.最高裁判決の評価
この最高裁判決の概要をみると、最高裁はウェブサイトの運営者が閲覧を通じて利益を得る仕組みは「ウェブサイトによる情報の流通にとって重要」とし、「広告表示と比較しても影響に有意な差異は認められず、社会的に許容し得る範囲内」と判示していることは非常に画期的であると思われます。

東京高裁判決は、マイニングソフトによるサイト閲覧者の「損得勘定」に非常に敏感で、サイト閲覧者がウェブサイトを閲覧して少しでも経済的負担を受けるであるとか、PC等が少しでも摩耗することは絶対に許されないという、サイト閲覧者は絶対的な「お客様」という価値判断をもとに判決を行っていました。

これに対しては、「東京高裁判決はサイト閲覧者の側からの視点でしか物事を考えておらず、これは不正指令電磁的記録の罪は一般的・類型的な一般人の判断を元に「反意図性」や「不正性」が判断されるべきところ、東京高裁判決はサイトを作り運用する側の人間からの視線が欠けている」などと批判されているところでした(渡邊卓也「不正指令電磁的記録に関する罪における版「意図」性の判断」『情報ネットワーク・ローレビュー』19巻16頁など)。

しかし本最高裁判決は、ウェブサイトの作成者・運営者の視線も取り入れ、「ウェブサイトの運営者が閲覧を通じて利益を得る仕組みは「ウェブサイトによる情報の流通にとって重要」とし、「広告表示と比較しても影響に有意な差異は認められず、社会的に許容し得る範囲内」としており、非常にバランスのとれた、まともな判決であると思われます。

「ネット広告はサイト閲覧者に表示されているから合法だが、閲覧者の見えないところでマイニングソフトが稼働していることは違法で許されない」としていた東京高裁の裁判官や、神奈川県警サイバー犯罪本部、「マイニングソフトが稼働していることをサイト運営者はサイト閲覧者に明示しなければ不正指令電磁的記録作成罪等に該当するおそれがある」などの注意喚起の資料を作成していた警察庁・警視庁は、ITリテラシーや情報セキュリティ、個人情報保護法などの基礎を今一度勉強しなおすべきです。

また、東京高裁は、「本マイニングソフトは50%などの負荷の設定が可能であり、サイト閲覧者のPCへの負担は重大で違法性は高い」等としていました。

さらに、第一審の横浜地裁で被告人側の証人として出頭した高木浩光先生のcoinhiveがサイト閲覧者のPCにおよぼす負荷が低いことや、PCの使いごこちは低下しないとの証言について、最高検の検事達は「証人の再現実験による証言は、証人のPCがMacbook Proであることから信用できない」等とこれも非常にITリテラシーのない主張や、被告人のモロ氏が自らのサイトにcoinhiveを設置したのに、最高検の検事達は「これはクリプトジャッキングであり、弁護人たちはサラミ法も知らないのか」などと見当はずれな主張をしていたことについても、本最高裁判決は、「マイニングによりPCの機能や情報処理に与える影響は、「サイト閲覧中に閲覧者のCPUの中央処理装置を一定程度使用するに止まり、その仕様の程度も、閲覧者がその変化に気付くほどのものではなかった」と判示していることも非常に正当であり、まともな判決であるといえます

4.高木浩光先生の見解
情報法と情報セキュリティが専門の産業技術総合研究所主任研究員の高木浩光先生は、”coinhive事件の東京高裁判決は、コンピュータ・プログラムの「機能」と「動作」を混同している(例えばマイニングは「機能」であり、「サーバーから与えられた値に乱数を加えてハッシュ計算を繰り返し、目標の結果が出たらサーバーに報告する処理」は「動作」である)と指摘しています(高木浩光「コインハイブ不正指令事件の控訴審逆転判決で残された論点」『Law&Technology』91号46頁))。

その上で高木先生は、東京高裁判決の「機能」と「動作」を整理しなおすと、①閲覧に必要なものでない点と、②無断で電子計算機の機能を提供させて利益を得ようとする、という2点を問題視するが、これは「刑法の判例・通説が「利益窃盗」は処罰できない」としていることを覆すものであるが、不正指令電磁的記録作成罪に関する法務省の法制審でも国会でも、そのような視点からの検討や議論はまったくなされておらず、東京高裁判決は違法・不当であると批判されています(高木・前掲46頁、岡部節・岡部天俊「不正指令電磁的記録概念と条約適合的解釈 : いわゆるコインハイブ事件を契機として」『北大法学論集』70巻6号155頁)。

5.まとめ
このCoinhive事件は、被告人のモロ氏に対して神奈川県警サイバー犯罪担当の警官たちが「お前のやってることは犯罪なんだよ!」などと罵倒するなど、高圧的な取り調べなどが問題となりました。

また、上でもふれたとおり、「犯罪当時、coinhiveが違法か合法か両方の意見があったのなら違法と判断すべきである」との判決や、サイト閲覧者は「お客様」であるかのような価値観に基づいて有罪判決を出した東京高裁の裁判官達や、最高検の検事達の「これはクリプトジャッキングであり、「常識」でダメだとわかるでしょ。サラミ法も知らんの?」などの発言も、ITリテラシーがなく、また「疑わしきは被告人の利益に」「刑法の謙抑制」などの刑法の大原則に反しています。

警察庁はサイバー犯罪への対応を強化するために、東京にサイバー犯罪対応の専従部門を設置し、また国民のSNSをAIで捜査するシステムの導入などを発表していますが、そのような取り組みの前に、まずは警察・検察・裁判官のITリテラシーや情報セキュリティ、個人情報保護法、刑法の「疑わしきは被告人の利益に」などの教育を、法務省や最高裁、国家公安委員会などは再検討すべきなのではないでしょうか。なお、「デジタル化」を国策として推進している政府与党も、司法試験の試験科目にいい加減そろそろ個人情報保護法などを含めるべきではないでしょうか。

さらに、このCoinhive事件においては、不正指令電磁的記録の罪(刑法168条の2、同168条の3)の「反意図性」や「不正性」などの構成要件が専門家や裁判所にすら判断がわかれるあいまい・漠然とした難解なものであることが明らかになりました。

憲法31条は適正手続きの原則を定め、法的手続きが適正であるだけでなく法律の内容も適正であることが要求され、法律の条文には「明確性の原則」が求められます。そのため法律の条文には「通常の判断能力を有する一般人の理解」で法律の内容が理解できることが要求されます(最高裁昭和50年9月10日判決・徳島市公安条例事件)。そのため、本最高裁判決を踏まえて、政府与党や国会は、不正指令電磁的記録の罪の刑法の条文の改正作業を開始すべきです。

(なおサイバー犯罪関連としては、平成29年に警察のGPS捜査についても最高裁から「警察の内規ではなく国会の立法によるべき」との判決が出されました。国会はGPS捜査についても立法を行うべきです。)

加えて、警察庁は「仮想通貨を採掘するツール(マイニングツール)に関する注意喚起」というサイトにて、マイニングツール設置者に対して「マイニングツールが設置されていることを明示しないと犯罪になるおそれがある」と注意喚起していますが、警察庁は本最高裁判決を受けてこの注意喚起や警察の捜査などに関する内規などを見直す必要があると思われます。
・仮想通貨を採掘するツール(マイニングツール)に関する注意喚起|警察庁
警察庁マイニング
(警察庁サイトより)

■追記(2022年1月21日)
裁判所ウェブサイトが早くもこのコインハイブ事件の最高裁判決を掲載しています。裁判所もこの判決が重要な判例であると考えているのだと思われます。
・最高裁判所第一小法廷令和4年1月20日判決(令和2(あ)457  不正指令電磁的記録保管被告事件)  

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・コインハイブ事件高裁判決がいろいろとひどい件―東京高裁令和2・2・7 coinhive事件
・コインハイブ事件の最高裁の弁論の検察側の主張がひどいことを考えた(追記あり)
・コインハイブ事件について横浜地裁で無罪判決が出される
・警察庁のSNSをAI解析して人物相関図を作成する捜査システムを法的に考えた-プライバシー・表現の自由・GPS捜査・データによる人の選別
・【最高裁】令状なしのGPS捜査は違法で立法的措置が必要とされた判決(最大判平成29年3月15日)

■参考文献
・大塚仁『大コンメンタール刑法 第3版 第8巻』340頁
・西田典之・橋爪隆補訂『刑法各論 第7版』411頁
・高木浩光「コインハイブ不正指令事件の控訴審逆転判決で残された論点」『Law&Technology』91号46頁
・渡邊卓也『ネットワーク犯罪と刑法理論』263頁
・岡田好史「自己の運営するウェブサイトに閲覧者の電子計算機をして暗号資産のマイニングを実行させるコードを設置する行為と不正指令電磁的記録に関する罪-コインハイブ事件控訴審判決」『刑事法ジャーナル』68号159頁
・岡部天俊「不正指令電磁的記録概念と条約適合的解釈 : いわゆるコインハイブ事件を契機として」『北大法学論集』70巻6号155頁
・「コインハイブ事件の有罪判決、破棄自判で「無罪」に最高裁」『弁護士ドットコムニュース』2022年1月20日付
・不正指令電磁的記録罪の構成要件、最高裁判決を前に私はこう考える|高木浩光@自宅の日記
・懸念されていた濫用がついに始まった刑法19章の2「不正指令電磁的記録に関する罪」|高木浩光@自宅の日記
・渡邊卓也「不正指令電磁的記録に関する罪における版「意図」性の判断」『情報ネットワーク・ローレビュー』19巻16頁