なか2656のblog

とある会社の社員が、法律などをできるだけわかりやすく書いたブログです

タグ:犯罪収受移転防止法

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1.はじめに
2023年4月5日付の週刊金曜日の「特別永住者証提示断った在日韓国人の口座開設を銀行拒否 「外国人差別」と救済申し立て」との記事がネット上で話題を呼んでいます。

・特別永住者証提示断った在日韓国人の口座開設を銀行拒否 「外国人差別」と救済申し立て|週間金曜日

この記事によると、2021年12月に韓国籍の在日3世の男性が、大阪市内のりそな銀行支店窓口で預金口座の口座開設を申し込んだ際に、本人確認のために運転免許証を提示したが特別永住者証明書を提示しなかったとして口座開設を拒否されたとのことです。男性は2023年3月に日弁連に対して、りそな銀行と金融庁に対してこれは「外国人差別」であるとして、差別的取扱をやめるよう警告することを求める人権救済申立を行ったとのことです。すなわち、犯罪収受移転法などによると外国人であっても運転免許証を提示した場合には特別永住者証明書の提示は不要なはずであり、それを求めるのは不当な差別だというのがこの男性の主張であるそうです。しかし、結論を先取りすると、りそな銀行支店窓口の対応は「外国人差別」ではありません。

2.マネロン・テロ資金供与対策の国際的な流れ
2001年のアメリカ同時多発テロなどの事件を受けて、マネーロンダリング対策・テロ資金供与対策などの機運が国際的に高まっています。そして2007年には銀行や保険会社など金融機関等にマネロン対策などのために顧客の本人確認や、疑わしい取引があった場合に当局に報告などを求める犯罪収受移転防止法が制定されました。さらに2018年には金融庁は「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドライン」などを制定しています。

そして、金融庁サイトの「金融機関におけるマネロン・テロ資金供与・拡散金融対策について」は金融機関の利用者に対してつぎのように説明しています。

「こうしたマネロン等対策の一環として、皆様が金融機関を利用する際に、従来よりも詳しい説明を求められたり、取引目的の確認、資産及び収入の状況等について従来は求められなかった資料の提出や質問への回答を求められたりする場合があります。
(略)
こうした確認は、年々複雑化・高度化するマネロン等の手口に対抗できるよう、金融機関が行っているマネロン等対策の一環です。利用者の皆様におかれましては、マネー・ローンダリングや、テロ資金供与等の防止のために、また、皆様の預金や資産を守るために必要な取り組みであることにつき、ご理解・ご協力をお願いいたします。」

マネロンの図
(金融庁「金融機関におけるマネロン・テロ資金供与・拡散金融対策について」より)

この金融庁の説明にあるように、銀行等は犯罪収受移転防止法などが定める規定に加え、マネロン対策・テロ資金供与対策などのために、顧客属性に応じた顧客管理を行うために、個社の判断でさらに厳格な社内ルールを定め、それを実践することが求められているのです。

3.犯罪収受移転防止法や裁判例
なお犯罪収受移転法は銀行等に取引時に本人確認を行うことを義務付け(法4条)、銀行等がそれを怠った場合には罰則が科されると規定しています(法26条)。そして、銀行等の口座開設などの取引にあたって、顧客が本人確認書類の提示などを拒んだ場合には、銀行等は銀行口座の開設などを拒否しても免責されると規定されています(法5条)。

さらに、ある銀行が外国人に対しては住宅ローンは永住資格のある外国人にしか認めないとの内規を持っていたところ、永住資格を持たない外国人が住宅ローンが自分に認められないのは不当な差別(憲法14条1項)であるとして提起された訴訟において、「金融機関の対応に合理性がある場合には、特定の類型の顧客に対して特定の取引を拒絶してもそれは不当な差別ではなく不法行為は成立しない」と判示した裁判例も存在します(東京高裁平成14年8月29日判決・金融商事判例1155号20頁・畑中龍太郎・神田秀樹など『銀行窓口の法務対策4500講Ⅰ』423頁)。

4.本事件へのあてはめ・まとめ
この点、本記事によると、りそな銀行は内規で、外国人の顧客の場合には特別永住者証明書や在留カードの提示を求めることとしていたそうであり、これは上でみた金融庁の「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドライン」・「金融機関におけるマネロン・テロ資金供与・拡散金融対策について」などの考え方にも合致しています。

また上でもみたように口座開設などの場面で顧客が本人確認書類の提示を拒んだ場合には銀行等は口座開設を拒むことが認められています(犯罪収受移転防止法5条)。加えて、これも上でみたとおり、銀行が内規に基づいて外国人に銀行取引を拒絶することは不当な差別ではなく不法行為とはならないとした裁判例も存在します。

したがって、本事件の男性は日弁連に金融庁やりそな銀行への警告を求める人権救済申立を行ったそうですが、マネロン対策等に関する世界的な動向や、法令、裁判例などに照らすと不当な差別ではありませんので、本件男性の人権救済の申立ては日弁連から退けられるか、あるいは仮に警告が日弁連からなされたとしても、金融庁やりそな銀行はそれを受け入れる義務はないと思われます。

■参考文献
・畑中龍太郎・神田秀樹など『銀行窓口の法務対策4500講Ⅰ』378頁、423頁
・日本生命保険生命保険研究会『生命保険の法務と実務 第4版』676頁、678頁
・金融機関におけるマネロン・テロ資金供与・拡散金融対策について|金融庁



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生損保の保険会社の営業職員等が、保険契約者等以外の他人(家族を含む)の名義を勝手に利用したり、架空の人間の名義を利用して保険契約を勧誘・募集することは「名義借契約」・「作成契約」などと呼ばれ法令で禁止されています(保険業法307条1項3号)。

同様に、証券会社の営業職員等が、他人(家族を含む)の名義を勝手に利用したり、架空の人間の名義を利用した取引の勧誘・募集を行うことは、「借名取引」と呼ばれ、法令で禁止されています(金融商品取引法157条、犯罪収受移転防止法)。これは、マネーロンダリングや脱税などの違法な行為を防止する趣旨であるとされています。

このような法令の規定を受けて、各証券会社は、自社ウェブサイトなどにおいても解説の項目をおいています(野村証券「「ご利用ガイド 不公正取引」など」)。

また、このような他人の名義を冒用した金融取引(契約)については、その取引(契約)の効力を無効とする民事上の裁判例も現れています(静岡地浜松支判平9.3.24)。

つまり、借名取引・名義借契約などの他人の名義を勝手に利用して金融機関の営業職員等が取引・契約を募集・勧誘することは、行政法規上違法なだけでなく、民事上も無効とされるものです。

証券会社などの金融機関は、借名取引などの違法・不正な取引は、監督官庁からの行政リスクだけでなく民事上のリスクも大きいことを十分留意し、その撲滅に努める必要があります。





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