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オートリザーブトップ画面2
このブログ記事の概要
渋谷区のITベンチャー企業の株式会社ハローが、2021年9月29日からリリースした飲食店のAIによる電話予約サービス「オートリザーブ」は、Googleマップなどから勝手に全国のインターネットでの予約を受け付けず電話による予約のみを受け付けている飲食店の店舗情報を自社アプリやサイトに掲載しており、その情報には間違いがあることや、同サービスの加盟店でない飲食店に対して事前の同意なしに勝手にAIによる自動音声による予約電話を飲食店にかけてくること等に対してTwitter上で今秋から多くの飲食店から批判の投稿が寄せられている。

多くの飲食店側からの店舗情報の削除・修正の申出や、予約電話を止めるよう求める申出への対応をハロー社が拒否していることについて、飲食店の方々から多くの批判が寄せられTwitter上で炎上中である。

この点、2020年3月の公正取引委員会「飲食店ポータルサイトに関する取引実態調査報告書」63頁以下は、加盟店でない飲食店からの店舗情報の修正・削除などの申出にグルメサイトが応じないことは、独禁法2条9項、一般指定4項「不公正な取引方法」「不当な差別的取扱い」に該当するおそれがあると規定している。

また、公取委の同報告書63頁以下は、グルメサイトが店舗情報の修正などを条件に飲食店に加盟店になれと要求することは独禁法2条9項、一般指定10項「不公正な取引方法」「抱き合わせ販売」に該当するおそれがあると指摘している。

そのため、全国の加盟店でない飲食店からの店舗情報の修正や削除を拒み、店舗情報を修正してほしければ加盟店になれと要求し、一方的に加盟店でない飲食店に対してもAIによる自動音声で予約電話をかけてくるハロー社の「オートリザーブ」は、独禁法2条9項「不公正な取引方法」「不当な差別的取り扱い」(一般指定4項)および「抱き合わせ販売」(一般指定10項)に抵触する違法なものである可能性がある。

1.飲食店の予約システムサービス「オートリザーブ」がネット上で炎上中
最近、飲食店の予約システムサービス「オートリザーブ(AutoReserve)」が、飲食店の方々からの批判でネット上で炎上中です。

「オートリザーブ」は音声AIを手掛ける株式会社ハローが2021年9月29日に正式リリースした新しいサービスですが、「オートリザーブ」サイトの説明や報道などによると、インターネットでの予約に対応していない飲食店について、顧客が「オートリザーブ」のスマホアプリから店を選び、日時や人数などを選択すると、「オートリザーブ」のAIが自動で飲食店に電話をして予約をとり、また、顧客は飲食店で「オートリザーブ」アプリ上に表示されたメニューから食べ物をオーダーし予め登録したクレジットカード等でアプリ上で決済を行うサービスであるとのことです。
・画期的なAI電話予約が飲食店に迷惑をかけて大炎上? サービスを運営する社長の見解を全文公開|東龍|ヤフーニュース
・お客様のスマホ1つで注文から会計まで!「AutoReserve」が飲食店セルフオーダーシステムを正式リリース|PR TIMES
・お会計までスマホでできるセルフオーダー|オートリザーブ
会社概要|株式会社ハロー

しかし、「オートリザーブ」は、Googleマップなどのインターネット上に載っている飲食店の店舗の住所、電話番号、座席の数などの情報を、飲食店の承諾なしに勝手に収集して「オートリザーブ」のデータベースに登録し、それを「オートリザーブ」アプリ等に表示しているとのことです。そのため、間違った情報が掲載されていたり、臨時休業や営業時間の変更などが反映されないなどのトラブルが発生しているとのことです。

また、「オートリザーブ」の電話予約サービスは、AIが自動音声で行うものであり、飲食店側は、相手がAIなので、確認したいことがあっても確認できなかったり、伝えたい事項があっても伝えられなかったりすることも多いようです。

Twitter上の飲食店の方々の投稿をみてみると、飲食店の方が「オートリザーブ」の電話窓口やメールフォームに「私の飲食店の情報を勝手に載せるな。削除せよ」と申し出を行っても「できない」の一点張りであり、また「私の飲食店の情報が間違っているので修正してほしい」との申し出に対しても、「掲載されている情報を修正したければ、「オートリザーブ」サービスの加盟店になれ」という、まるで木で鼻を括ったような自己中心的な返答しかしないそうです。

オートリザーブ被害1
(オートリザーブの被害を受けたレストランの方のTwitterより)

オートリザーブ被害2
(オートリザーブの被害を受けた居酒屋の方のTwitterより)


なお、オートリザーブに対しては「勝手に店舗の情報を掲載し、予約を流すことにより収益を上げている」との批判があることについて、ハロー社は「掲載および予約手数料はともに無料となっている」と反論しているようですが、オートリザーブのサイトによると、ハロー社は「オートリザーブ」に関して、「オートリザーブ」サービスの加盟店としての月間費用5000円スマホアプリでの決済料金(VISAなどの場合3.24%、JCBなどの場合3.74%)、初期費用として導入サポート料金20000円、その他メニュー登録料金などで収益を上げるビジネスモデルであるようです(オートリザーブ利用規約10条)。
オートリザーブ利用料金
(「オートリザーブ」サイトより)
・お会計までスマホでできるセルフオーダー|オートリザーブ
・利用規約|オートリザーブ

このように、多くの飲食店に対して、飲食店をビジネスパートナーや取引先ではなく搾取の対象として扱い、自社の予約システム兼決済サービスをまるで暴力団のような態度で一方的に「押し売り」しているハロー社の「オートリザーブ」は、法的に許されるものなのでしょうか?

2.公正取引委員会の「飲食店ポータルサイトに関する取引実態調査報告書」
(1)公正取引委員会の2020年3月の「飲食店ポータルサイトに関する取引実態調査報告書」
この点、参考になりそうなのが、独占禁止法などを所轄する公正取引委員会が、2020年3月18日に公表した、「(令和2年3月18日)飲食店ポータルサイトに関する取引実態調査について」です。
・(令和2年3月18日)飲食店ポータルサイトに関する取引実態調査について|公正取引委員会
・グルメサイト、点数操作は独禁法違反 公取委が調査|日経新聞

最近のインターネットやスマートフォン等の普及によるデジタル社会の進展にともなって、公正取引委員会は、Google、AmazonなどGAFA楽天市場、Yahoo!Japanなどの巨大IT企業、つまり、いわゆる「デジタル・プラットフォーマー」の商業上の行為に独禁法など経済法上の違法・不当な行為がないか注視しています。

その一環として、飲食店などからの、「食べログ」「ぐるなび」などの飲食店ポータルサイト(グルメサイト)の点数評価やサイト上の掲載順序などが公正でなく透明性も欠けているとの声を受け、平成31年4月から令和2年3月にかけて日本の主要なグルメサイト17社と全国の飲食店約20000店を公取委が調査を行い、グルメサイトの実務の実態や、法的な問題点、公取委の考え方を示したのが、この公取委の「(令和2年3月18日)飲食店ポータルサイトに関する取引実態調査について」です。

(2)飲食店舗情報や口コミの掲載について
この公取委の「飲食店ポータルサイトに関する取引実態調査報告書」59頁以下は、グルメサイトの問題点の一つとして、グルメサイトに「飲食店舗情報や口コミ」などが掲載されているところ、その情報が誤っている場合などに、飲食店がグルメサイトに当該情報の修正・削除を求めても、グルメサイト側から拒否されることが多いことをあげています。

この問題について公取委は、次のように説明しています。

公正取引委員会「飲食店ポータルサイトに関する取引実態調査報告書」(2020年3月18日)63頁~64頁

(ア)店舗情報の掲載
店舗情報について,飲食店からの依頼に応じて修正・削除しないことが直ちに独占禁止法違反となるものではないが,例えば,市場において有力な地位を占める飲食店ポータルサイト店名,住所,営業日時等の消費者が投稿・編集可能であるような基本的な店舗情報について,加盟店でない飲食店といった特定の飲食店からの修正依頼には対応しないなど,加盟店と異なる取扱いをする場合であって,当該行為によって,特定の飲食店が競争上著しく不利になるなど飲食店間の公正な競争秩序に悪影響を及ぼす場合等には,独占禁止法上問題(差別取扱い)となるおそれがある。

また,通常,飲食店ポータルサイト間の加盟店獲得競争は,提供するサービスの質や料金等によって行われると考えられるところ,消費者が投稿できるような飲食店の店名,住所,営業日時等の基本的な店舗情報について,事実と異なる情報があった場合に,当該情報の修正に応じる条件として,自己の飲食店ポータルサイトの加盟店になることを義務付けることなどにより,飲食店に対し,不当に,自己の加盟店となるよう取引を強制するような場合は,独占禁止法上問題(抱き合わせ販売等)となるおそれがある。

(略)

(ウ)望ましい対応
上記ア及びイを踏まえると,飲食店ポータルサイトは,消費者が投稿できるような基本的な店舗情報の掲載や口コミの投稿について,客観的にその情報が正確でないと判断できる場合には,特段の条件なく,店舗情報の掲載については,加盟店でない飲食店からの削除・修正要望にも応じる,口コミの投稿については,加盟店及び加盟店でない飲食店からの削除・修正要望にも応じるなど,自身のサイト上に掲載される情報の正確性の向上に努めることは,公正かつ自由な競争環境を確保する観点から望ましい。
(後略)
・「飲食店ポータルサイトに関する取引実態調査報告書」令和2年3月公正取引委員会(PDF)

つまり、公取委の本報告書は、飲食店の店舗情報や口コミなどの情報に間違い等があった場合について、店舗情報や口コミについてグルメサイトが修正・削除しないことが直ちに独禁法違反となるものではないとしつつも、①加盟店でない飲食店といった特定の飲食店からの修正・削除依頼に対応しないなど、加盟店と異なる取扱いをし、特定の飲食店が競争上著しく不利になるような場合等には、独禁法の禁止する「差別的取扱い」(独禁法2条9項、一般指定4項)に該当するおそれがあるとしています。

また、②店舗の情報等の修正に応じる条件として、グルメサイトが飲食店に不当に自らのサイトの加盟店となるよう強制する場合には、独禁法の禁止する「抱き合わせ販売」(独禁法2条9項、一般指定10項)に該当するおそれがあるとしています。

つまり、公取委の一般指定10項はつぎのように規定しています。

(抱き合わせ販売等)
10 相手方に対し、不当に、商品又は役務の供給に併せて他の商品又は役務を自己又は自己の指定する事業者から購入させ、その他自己又は自己の指定する事業者と取引するように強制すること。

3.オートリザーブの業務の検討
(1)独占禁止法
上でみたように、「オートリザーブ」を運営するハロー社は、飲食店からの「私の飲食店の情報を勝手に載せるな。削除せよ」と申し出に対して「できない」の一点張りであり、また「私の飲食店の情報が間違っているので修正・削除してほしい」との申し出に対しても、「掲載されている情報を修正したければ、「オートリザーブ」サービスの加盟店になれ」と要求しているとのことです。

この点、「オートリザーブ」の利用規約12条1項はたしかに「飲食店は、本契約の有効期間中に限り、本サービス上で自らの店舗及び販売する商品に関する情報(以下「飲食店情報」といいます。)を、当社の認める範囲(以下「変更可能範囲」といいます。)において変更することができるものとします。」と規定しており、「掲載されている店舗情報を修正したければ、「オートリザーブ」サービスの加盟店になれ」という要求は、ハロー社の社員の独自の判断による発言ではなく、利用規約に根拠のある組織的なものであるようです。
オートリザーブ利用規約12条
(オートリザーブ利用規約より)
・オートリザーブ利用規約|オートリザーブ

しかし、上でみたように、公取委の「飲食店ポータルサイトに関する取引実態調査報告書」は、飲食店の店舗情報などについて、グルメサイト側が「修正・削除しないことが直ちに独占禁止法違反となるものではない」としつつも、「基本的な店舗情報などについて、加盟店でない飲食店といった特定の飲食店からの修正依頼には対応しないなど、加盟店によって異なる取扱いをする場合であって、特定の飲食店が競争上著しく不利になるなど飲食店間の公正な競争秩序に悪影響を及ぼす場合等には、独禁法が禁止する「差別取扱い」(独禁法2条9項、一般指定4項)となるおそれがあるとしています。

また、公取委の同報告書は、「店舗情報や口コミの削除・修正に応じる条件として、自己の加盟店になるよう取引を強制するような場合には、独禁法が禁止する「抱き合わせ販売等」(独禁法2条9項、一般指定10項)となるおそれがある。」としています。

したがって、オートリザーブが、勝手に店舗情報を掲載された飲食店から、店舗情報の削除の申出を受けたのに拒否していることは「差別的取扱い」(独禁法2条9項、一般指定4項)に該当する違法なものである可能性があります。

また、「掲載されている店舗情報を修正したければ「オートリザーブ」サービスの加盟店になれ」という対応は、これも「抱き合わせ販売」(独禁法2条9項、一般指定10項)に該当する違法なものである可能性があります。

そのため、オートリザーブは、公取委の同報告書が指摘するとおり、「基本的な店舗情報の掲載や口コミの投稿について,客観的にその情報が正確でないと判断できる場合には,特段の条件なく,店舗情報の掲載については,加盟店でない飲食店からの削除・修正要望にも応じる,(略)など、自身のサイト上に掲載される情報の正確性の向上に努める」対応を行うべきであり、加盟店でない飲食店などからの店舗情報などの削除や訂正を拒否している姿勢は、企業の業務運営として正しくありません。

(2)取締役の善管注意義務・忠実義務・コンプライアンス
「オートリザーブ」を運営するハロー社は株式会社であり、社長や役員などは取締役としての善管注意義務(会社法330条、民法644条)と、「法令、定款および株主総会決議を遵守し、会社のために忠実に職務を遂行する義務(忠実義務)」(会社法355条)を負っています。判例・通説はこの取締役の忠実義務は善管注意義務をより具体化して規定したものだとしており、つまり、株式会社の社長や役員などの取締役は、法令、定款および株主総会決議を遵守して取締役に要求される注意をもって職務を行わなければならない義務を負っています。

また、取締役がこの善管注意義務・忠実義務を怠った場合には、会社に対する任務懈怠責任(損害賠償責任、会社法423条)を負い、取締役が悪意または重過失により第三者に損害を与えた場合は、取締役は連帯して第三者に対して損害賠償責任を負います(会社法429条)。そして任務懈怠責任を負う取締役に対して会社が損害賠償請求を行わない場合、株主が会社に代わり責任追及の訴え(株主代表訴訟、会社法847条)を起こすことが可能となります(前田庸『会社法入門 第12版』412頁、426、438頁、450頁)。

このように株式会社の社長や役員などの取締役は、「法令」などを遵守して取締役としての注意をもって職務を行うことが会社法上要求されており、それを怠った場合は会社や第三者に対して損害賠償責任を負うのですから、取締役や株式会社が業務を運営する際には、法令や法令の趣旨、社会倫理を遵守して業務運営を行うというコンプライアンス(法令遵守)が要求されます。

にもかかわらず、飲食店をビジネスパートナー・取引先でなく搾取の対象とみなし、自社サービスを飲食店に悪徳商法のように「押し売り」するかのようなハロー社の「オートリザーブ」の業務運営の姿勢は、法令遵守やコンプライアンスの対局にあり、ハロー社の経営陣は独禁法違反として公取委から排除措置命令などを受けるリスク、民事上の損害賠償責任を負うリスクがあるだけでなく、コンプライアンス意識が欠落しているとの大きな社会的非難を受けるおそれがあるのではないでしょうか。

最近、社会的に注目されている、2015年の国連総会で採択されたSDGs(Sustainable Development Goals・持続可能な開発目標は、17のゴール(目標)と169のターゲットを掲げていますが、その16番目のゴールは「平和と公正」を掲げ、ターゲットの16.3は「国家及び国際的なレベルでの法の支配の促進」を掲げています。
SDGS
(外務省サイトより)

コンプライアンス意識が欠落し、まるで昭和時代の悪徳商法のような自社サービスの「押し売り」を行っているハロー社は、SDGsなどの観点からも非常に時代遅れなのではないでしょうか。

なお、デジタル・プラットフォーム事業者に関しては、欧米だけでなく日本でもAmazonが公取委から複数回にわたり処分を受けているほか、楽天「楽天トラベル」サイトに宿泊施設を掲載するホテル事業者等との契約で、当該サイトに掲載する部屋の最低数の条件を定めたり、他社サービスと同等または有利となることを要求した事件などについても公取委が対応を行っています(2019年10月25認定、岸井大太郎・大槻文俊など『有斐閣アルマ 経済法 第9版』336頁)。

そのため、IT企業やデジタル・プラットフォーム事業者などは、「わが社は政府が国策とするデジタル事業・IT事業を行っているのだから、法的責任を問われるはずがない」と考えるべきではないでしょう。

公取委は、グルメサイトの問題に関しては2020年3月に上でみた報告書を公表し、まずはグルメサイト業界の自主的な改善を促している状況ですが、自主的な改善が不十分であると判断されると、公取委からの排除措置命令などの処分が実施される可能性があるのではないでしょうか。今回の「オートリザーブ」の事例は、グルメサイト業界の自主的な取り組みが非常に不十分であるとの認識を公取委や政府などに与えたものと思われます。

(なお、GAFAや楽天、Yahoo!Japanなどのデジタル・プラットフォーマーに関しては、経産省を主務官庁として、「デジタルプラットフォーム取引透明化法」(特定デジタルプラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律)が2020年5月に制定され、2021年2月1日から施行されました。

同法は、デジタルプラットフォーム提供者に対し、取引条件等の情報の開示、運営における公正性確保、運営状況の報告を義務付け、評価・評価結果の公表等の必要な措置を講じるものです。しかし、施策の実施にあたっては、デジタルプラットフォーム提供者の自主的かつ積極的な取組を基本とし、国の関与等を必要最小限のものとして、デジタルプラットフォーム提供者と、デジタルプラットフォームを利用する取引先事業者との間の取引関係における相互理解の促進を図るものとされています(法1条、法3条)。)
・デジタルプラットフォーム取引透明化法|経産省

4.独禁法に違反のおそれのある事案の処理の流れ
独禁法違反のおそれのある事案については、公取委は、一般からの報告(申告)などを受けて、当該事業者に対して立入検査意見聴取などを行い、当該企業に対して排除措置命令課徴金納付命令などを発出することになっています。

そのため、オートリザーブに被害にあっている飲食店の方々は、まずは公正取引委員会に対して訪問や電話による相談・申告・通報を行うべきではないでしょうか。インターネットによる相談・申告も可能なようです。
・相談・手続窓口|公正取引委員会
・インターネットによる申告|公正取引委員会

■参考文献
・岸井大太郎・大槻文俊・中川晶比兒・川島富士雄・稗貫俊文『有斐閣アルマ 経済法 独占禁止法と競争政策 第9版』215頁、259頁、272頁
・金井貴嗣・川濵昇・泉水文雄『独占禁止法 第6版』270頁、376頁
・前田庸『会社法入門 第12版』412頁、426、438頁、450頁
・(令和2年3月18日)飲食店ポータルサイトに関する取引実態調査について|公正取引委員会
・画期的なAI電話予約が飲食店に迷惑をかけて大炎上? サービスを運営する社長の見解を全文公開|東龍|ヤフーニュース
・SDGsとは?|外務省

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トヨタのコネクテッドカー・サービスの概要図
(コネクテッドカー・サービスの概要の図。トヨタ社サイトより)

1.トヨタのコネクテッドカー・サービス
官民が"未来のクルマ"のコネクテッドカー・コネクテッドサービスの開発を推進しているなか、トヨタの「車外画像データの収集・活用について」というサイトの、まるで木で鼻をくくったような"塩対応"ぶりが、ネット上で話題を呼んでいます。

・車外画像データの収集・活用について|トヨタ

結論を先取りしてしまうと、トヨタのコネクテッドカーの車外カメラの画像データや個人情報・個人データの利用・管理・保存は、個人情報保護法(とくに利用目的の特定・第三者提供)、肖像権・プライバシー権および独占禁止法の観点からさまざまな問題があります。

この「車外画像データの収集・活用について」は、トヨタがプリウスなどのコネクテッドカーの車載カメラが収集した画像データを、クルマの安全な運転のためなど以外に、トヨタのサーバーに保管し、同社が「自動運転・先進安全システム」や同ソフトウェアの開発に利用することについてQA形式で解説しています。

トヨタQA

ところが、このQAを読むと、例えば、トヨタのコネクテッドカーの所有者の家の近隣住民が、そのクルマ所有者に対して、自分や家族の顔が写っているので画像データを削除してほしいと要望した場合に対するトヨタの回答は次のような拒否の対応となっています。

『画像データは、トヨタ自動車がお客様のお車を通じて取得させて頂くものであり、ドライバー様が取得しているものではありませんので、ドライバー様に取得を止めてほしいとお申し出いただいても、取得は止められません。自動運転・先進安全システムの開発のためにトヨタ自動車が画像データを取得することについてご理解のほどお願いします。』


トヨタQA1

さらに、トヨタがこの画像データをどのくらいの期間保存し続けるのかについても、次のように 自動運転・先進安全システムのための車両制御ソフトウェア開発には10年から20年かかるので、「20年間程度の期間、画像データを保存する」という驚くべき回答が示されています。

『自動運転・先進安全システムのための車両制御ソフトウェア開発のためには、長期間にわたっての検証や品質保証が必要であるため、取得から10年から20年程度の期間、画像データを保存することを予定しております。今後、法改正等により、保存期間を変更する必要がある場合は、法律に従い対応いたします。』


トヨタQA保存期間


2.画像データは個人データか個人情報なのか?
個人情報保護法は、第4章の15条以下で、個人情報取扱事業者の義務を定めています。この事業者の義務は、対象が個人情報である場合の比較的軽めの義務(法15条~18条、35条)と、対象が個人データである場合の比較的重めの義務(法19条~34条)とに分かれます。

そのため、トヨタの自動運転・先進安全システム開発に利用される画像データが「個人情報」なのか「個人データ」なのかが問題となりますが、「車外画像データの収集・活用について」のQAの本人からの開示・削除などの請求に対するトヨタの回答は、次のように「画像データは、人の顔(略)、映り込んでしまう対象物に関して検索可能な状態では保存しておりません。」となっています。

『個人情報およびプライバシーの保護のため、画像データは、人の顔や他の車のナンバープレート等、映り込んでしまう対象物に関して検索可能な状態では保存しておりません。したがって、お客様からご自身が映っているかもしれない画像の開示・訂正・利用停止をご請求いただいたとしても、当社は該当するデータを検索・特定することができないため、そのようなご請求に対応することはできません。何卒ご容赦ください。』


トヨタQA検索可能ではない削除請求に応じない

つまり、「画像データは検索可能な状態となっていない」ということは、トヨタのサーバー内の画像データは、「特定の個人情報を電子計算機を用いて検索することができるように体系的に構成したもの」である個人情報データベース(個人情報保護法2条4項1号)でないため、結果として「個人情報データベース等を構成する個人情報」である「個人データ」(法2条6項)には該当しないということになります。

ただし、「個人に関する情報」であって、「当該情報に含まれる(略)その他の記述等(画像若しくは電磁的記録を含む(略))」により「特定の個人を識別することができる」ものは「個人情報」(法2条1項1号)なので、「あの人、この人」と特定の個人を識別できるのであれば、氏名等が特定できないとしても、顔などの写っている画像データは「個人情報」に該当します。

そのため、トヨタが収集している画像データは、「個人データ」ではないが「個人情報」であるということになります。

なお、個人情報保護委員会の個人情報保護法ガイドラインQA1-11は、店舗などに設置された防犯カメラにより収集された画像データは個人情報であり、その画像データを顔認証システムで処理した顔認証データは個人データであるとしています。

・個人情報保護委員会の個人情報保護法ガイドラインQA1-11

3.クルマ所有者の利用停止・消去などの請求にトヨタは応じる法的責任を負わないのか?
個人情報保護法は28条以下で、個人から事業者に対して保有する個人データについて、その個人データの収集が不正な手段による場合や、本人の同意のない個人データの目的外利用・第三者提供が行われた場合などは、開示訂正・利用停止・消去(利用停止等)を請求できると規定しています(法28条~33条)。そして同34条は、個人が事業者にこれらの利用停止等の請求をしてから2週間後に、裁判所に民事訴訟として利用停止等の請求を提起できるとしています。

ところが、この利用停止等の請求は、事業者が保有する「個人データ」を対象としているので、個人情報保護法上はトヨタはこの利用停止等の請求に応じる法的責任を負わないということになってしまっています。上でみたようなトヨタの塩対応は、個人情報保護法上は間違っていないということになります。

4.契約データ・車両データなど個人情報・個人データの利用目的・第三者提供
ところで、トヨタのコネクテッドカーおよびコネクテッドサービスについては、トヨタおよびトヨタコネクテッド社の「T-Connect利用規約」が契約データおよび車両データ等の個人情報・個人データの取扱などを規定しています。

・T-Connect利用規約|トヨタ

この利用規約をみると、第12条が「契約データおよび車両データ等の利用目的」について規定しており、そのなかに「車両・商品・サービス等の企画・開発および品質向上ならびにマーケティング分析」(第12条1項4号)、「次条に定める第三者提供の目的に基づく処理・分析」(第12条1項8号)などの規定があるのは当然ですが、データの第三者提供に関する第13条は、2項5号で「提携機関および企業(社会・交通・生活インフラの提供・整備を行う企業等)」などの提供先に対して、「よりよい社会・交通・生活環境の創出を目的とした、車両データの分析・活用」という利用目的で、契約データおよび車両データを第三者提供すると規定しています(ただし契約データ・車両データは統計化または特定の個人を識別できないように加工して提供)。

(「契約データ」は、氏名、住所、生年月日、電話番号、メールアドレスおよび性別等などの購入者に関するデータと定義されている。第11条1項1号①)

この点、個人情報保護法15条は個人情報の利用目的を「できる限り特定」しなくてはならないと規定しています。これは、事業者に対して個人情報の収集を業務目的のために必要最低限とさせることにより本人の同意のない目的外利用を禁止して、個人の個人情報を守るためです(宇賀克也『個人情報保護法の逐条解説 第6版』131頁)。

その観点からみると、トヨタのこの規定は、「よりよい社会・交通・生活環境の創出を目的」とあまりにも漠然とした抽象的なものであり、個人情報の利用目的を「できる限り特定」したものといえず、法15条に抵触しているおそれがあります。

また、この第三者提供の提供先も、「社会・交通・生活インフラの提供・整備を行う企業等」と非常に漠然としておりあいまいです。これでは、トヨタのクルマ購入者などの顧客は、自分の契約データ・車両データなどの個人情報が、どのような業種、官庁、自治体、企業などに第三者提供されるか予測することができず、顧客・個人の本人の同意が得られたものとはいえないとして、そのような利用規約・プライバシーポリシーの公表や交付などは、法15条や法23条に実質的に抵触しているおそれがあるのではないでしょうか。

どうもトヨタは、「自動運転・先進安全システムの開発」や、「よりよい社会・交通・生活環境の創出」などを個人情報の利用目的に持ち出せば、顧客や近隣住民などは感動にうち震え、もろ手を挙げて同意・賛同してくれると思い込んでいるふしがあります。

しかし、「自動運転・先進安全システムの開発」や先進的な自動車の開発による「よりよい社会・交通・生活環境の創出」が、トヨタなどの自動車業界やIT業界の重大な関心事であるとしても、それらの業界以外の多くの顧客や一般国民にとっては、それらは正直どうでもよい他人事にすぎないでしょう。

そして「自動運転・先進安全システムの開発」等が、自動車メーカー・IT企業などによる多くの顧客・国民の個人情報やプライバシーの侵害や犠牲のもとに成り立つものであるのなら、むしろ多くの顧客・消費者・国民は「自動運転・先進安全システムの開発」・「よりよい社会・交通・生活環境の創出」に反対するのではないでしょうか。

さらに、この利用規約の第13条2項7号は「国土交通省」を第三者提供先として、「(i)新たな車両安全対策の検討、(ii)事故自動通報システムおよび先進事故自動通報システム導入にかかわる検討、(iii)その他交通安全対策に資する研究」を利用目的として、車両データなどを提供するとしていますが、この場合は上の「社会・交通・生活インフラの提供・整備を行う企業等」に対するものとは異なり、統計化や匿名加工情報となっていない、生データがそのまま国土交通省に提供されるようです。

しかし、個人情報保護法は、「個人情報の有用性に配慮」しつつも「個人の権利利益を保護」(法1条)し、「個人情報は、個人の人格尊重の理念の下に慎重に取り扱われるべきものであることにかんがみ、その適正な取扱いが図られなければならない」(法3条)と規定しています。

そのため、トヨタのような巨大企業が大量の顧客から収集した大量の個人情報・個人データを、安易に国・政府に提供することには慎重であるべきなのではないでしょうか。日本は中国のような国家主義・全体主義の国ではなく、個人の尊重を重視する近代憲法に基づく民主主義・自由主義の国(憲法11条、97条)なのですから。

5.画像データの保存期間が20年という問題
画像データの保存期間を20年とトヨタはしています。保存期間について個人情報保護法19条後段は、事業者は、「利用する必要がなくなったときは、当該個人データを遅滞なく消去するよう努めなければならない。」と規定しています。

この個人情報保護法19条は、「個人データ」に関するものであり、トヨタの画像データに直接適用することはできません。しかし、長期間、不要な個人データを事業者が保存することは、情報漏洩などのリスクがあるので、不要となった個人データは廃棄・削除すべきである(宇賀・前掲156頁)という法19条の趣旨を、トヨタは車外カメラにより収集した画像データの保存期間にも十分斟酌すべきなのではないでしょうか。

センシティブ情報の医者のカルテ情報の保存期間も医師法上5年であり(医師法24条2項)、税務関係の書類の保存期間もおおむね7年間、最長で10年間と法定されています(法人税法施行規則 59条など)。トヨタの画像データの保存期間は、これらの法律上定められた情報・データの保存期間とのバランスもとれていないのではないでしょうか。

そもそも、トヨタはこの画像データを、「自動運転・先進安全システムの開発」のために利用するとしていますが、IT業界は生き馬の目を抜くような日進月歩の世界のはずであり、本当に20年間も個人情報・データを保存しておく必要があるのか大いに疑問です。また、後述の2015年の東京地裁判決が触れているとおり、カメラで収集したデータがどのように保存されるかもプライバシー権侵害の訴訟では裁判所は判断材料の一つにしています。あまりに長期間の保存は、事業者側にとってマイナスに判断されると思われます。

6.新しい商品・サービスについて社内で十分な法的検討を行わないことは安全管理措置違反となる
このようにトヨタの車外カメラによる画像データの取扱は、個人情報保護法上、利用目的の特定(法15条、16条)、第三者提供(法23条)、個人情報の保存期間(法19条)などの面で複数の問題があるといえます。

2019年のリクルートキャリア社が就活生の内定辞退予測データを求人企業に販売していた「リクナビ事件」においては、個人情報保護委員会は、「新しいサービスについて、社内で組織的な個人情報保護法上の法的検討が十分に行われていなかった」ことは安全管理措置違反(法20条)に該当するとして、リクルートキャリア社だけでなく、内定辞退予測データを購入した、トヨタをはじめとする20社以上の求人企業に対しても勧告・指導を行っています(法41条、42条)。(個人情報保護委員会令和元年12月4日「個人情報の保護に関する法律に基づく行政上の対応について」)

・「個人情報の保護に関する法律に基づく行政上の対応について」令和元年12月4日・個人情報保護委員会

新しい商品・サービスの提供にあたってあらかじめ社内で個人情報保護法などを含む法令の法的検討を十分に行わないことは、安全管理措置違反になると個人情報保護委員会は明示しているのですから、トヨタはコネクテッドカー・コネクテッドサービスに関して、今一度社内で十分に法的検討を行うべきではないでしょうか。

7.プライバシー権・肖像権
さらに、個人情報保護法とは別に、個人・国民は肖像権やプライバシー権を持っています。

プライバシー権は、アメリカの判例で「ひとりでほっておいてもらう権利」として発展してきたものです。日本においては1964年の「宴のあと」事件地裁判決が、「私生活をみだりに公開されない法的保障ないし権利」として、憲法13条の個人の尊重と幸福追求を保障するために必要不可欠な人格権(私法上の権利)であるとして、プライバシー権の侵害は不法行為であり損害賠償責任を成立させる(民法709条)と認定しました(東京地裁昭和39年9月28日判決・「宴のあと」事件)。

また、肖像権については、最高裁は、「個人の私生活上の自由の一つとして、何人もその承諾なしに、みだりにその容ぼう、姿態を撮影されない自由を有する。…正当な理由がないのに、個人の容ぼう等を撮影することは、憲法13条の趣旨に反し許されない」として、プライバシー権の一つとして肖像権を認めています(最高裁昭和44年12月24日判決・京都府学連事件)。

この点について2015年には、アパートの防犯カメラが周辺の道路に対して設置されていたところ、近隣住民がプライバシー権の侵害であるとしてアパート所有者に訴訟を提起した事案において、裁判所は防犯カメラによる近隣住民のプライバシー侵害を認め、①慰謝料とともに②防犯カメラの撤去を認める判決を出しています(東京地裁平成27年11月5日判決・判タ1425号318頁)。

人は、みだりに自己の容ぼう等を撮影されないということについて法律上保護されるべき人格的利益を有する(最高裁昭和40年(あ)第1187号同44年12月24日大法廷判決・刑集23巻12号1625頁、(略))。
  もっとも、ある者の容ぼう等をその承諾なく撮影することが不法行為法上違法となるかどうかは,撮影の場所,撮影の範囲,撮影の態様,撮影の目的、撮影の必要性、撮影された画像の管理方法等諸般の事情を総合考慮して、被撮影者の上記人格的利益の侵害が社会生活上受忍すべき限度を超えるものといえるかどうかを判断して決すべきであると解する。』

(中略)

『このように、本件カメラ1の撮影が、常に行われており、原告らの外出や帰宅等という日常生活が常に把握されるという原告らのプライバシー侵害としては看過できない結果となっていること、(略)その他上記の種々の事情を考慮すると、本件カメラ1の設置及びこれによる撮影に伴う原告らのプライバシーの侵害は社会生活上受忍すべき限度を超えているというべきである。
 以上から、本件カメラ1の設置及びこれによる撮影は、原告らのプライバシーを違法に侵害するものといえる。』

したがって、トヨタのコネクテッドカーの車載カメラの画像データについて、トヨタがかりに個人情報保護法をクリアできたとしても、車載カメラによる画像データの収集の手段・方法・様態や、撮影の場所,撮影の範囲,撮影の態様,撮影の目的、撮影の必要性、撮影された画像の管理方法等などによっては、トヨタはクルマ所有者やその家族、近隣住民などの肖像権またはプライバシー権の侵害があるとして、損害賠償や車載カメラの撤去あるいは画像データの削除などを裁判所に命じられる民事上の法的リスクがあることになります(民法709条、憲法13条)。

8.独占禁止法の「優越的地位の濫用」の問題
独占禁止法2条9項5号は、事業者が相手方に対して優越的地位の濫用を行うことを禁止しています。そして、2019年に公正取引委員会は、デジタル・プラットフォーム事業者の消費者の個人情報の取扱に関するガイドライン(考え方)を公表しています。

・「デジタル・プラットフォーム事業者と個人情報等を提供する消費者との取引における優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方」の公表について|公正取引委員会

この「考え方」は、デジタル・プラットフォーム事業者を、「情報通信技術やデータを活用して第三者にオンラインのサービスの「場」を提供し,そこに異なる複数の利用者層が存在する多面市場を形成し,いわゆる間接ネットワーク効果が働くという特徴を有する「デジタル・プラットフォーム」を提供する事業者」と定義しています。

トヨタ・モビリティ・プラットフォーム概要図
(トヨタ・モビリティ・プラットフォームの説明。トヨタ・コネクテッド社サイトより)

トヨタのコネクテッドカーおよびコネクテッドサービスは、ウェザーニュース、ぐるなび等と提携した天気情報や飲食店の情報、交通情報などの情報提供サービス、東京海上日動やあいおいニッセイ同和損保などと提携した自動車保険サービスの提供、パナソニックと提携した家庭のエアコン・洗濯機などの動作の管理などのサービス提供等々、さまざまな事業・サービスと多面市場が形成されるデジタル・プラットフォームに該当すると考えられるため、コネクテッドサービスを提供するトヨタには、この公取委のデジタル・プラットフォーム事業者への独禁法上の「考え方」がおよぶ可能性があります。

そして、この公取委の「考え方」は、例えば、「利用目的の達成に必要な範囲を超えて,消費者の意に反して個人情報を利用すること」が独禁法2条9項5項の「優越的な地位の濫用」に該当するとしています。

公取委デジタルプラットフォーム事業者
(公取委「デジタル・プラットフォーム事業者の消費者の個人情報の取扱に関する考え方」より)

上でみたように、トヨタの車外カメラから取得した画像データの保存期間は20年と非常に長期間であり、トヨタのコネクテッドカーの所有者が、当該コネクテッドカーを手放して利用を止め、コネクテッドサービスの利用を止めた後も、トヨタが当該所有者のクルマの利用に関連して収集した画像データを保存し利用し続けることは、「利用目的の達成に必要な範囲を超えて,消費者の意に反して個人情報を利用すること」に該当し、独禁法2条9項5項の「優越的な地位の濫用」に該当するおそれがあるのではないでしょうか。

9.まとめ
このように、トヨタのコネクテッドカーの車外カメラの画像データの利用・管理・保存は、個人情報保護法、肖像権・プライバシー権および独占禁止法の観点からさまざまな問題があるといえます。

トヨタに画像データの個人情報保護法上の利用停止等の法的義務がないとしても、トヨタが顧客などからの申出に対して、もともと個人の保護に関してはザル法の個人情報保護法を盾にとって拒否など視野狭窄な対応を行うことは、顧客や近隣住民など一般人の理解が得られず、トヨタのブランド価値を低下させるおそれがあります。同時に、そのようにトヨタが対応を行うことは、政府が国策の一つに掲げる「コネクテッドカー」「つながるクルマ」に対する消費者・国民の支持や理解を遠ざけてしまうのではないでしょうか。

とくに、欧州のGDPR(一般データ保護規則)は、企業の個人情報の利用を重視する日本の個人情報保護法と異なり、国民・個人の人権を重視する個人データ保護法であり、世界の個人データ保護法の流れに大きな影響力がありますが、世界的な自動車メーカーであるトヨタは、コネクテッドカー・コネクテッドサービスを日本以外の欧州などの海外に展開する予定はないのでしょうか。

さらに、トヨタのサイトをみると同社は、『内外の法およびその精神を遵守し、オープンでフェアな企業活動を通じて、国際社会から信頼される企業市民をめざす』などの条文のある、コンプライアンス精神にあふれた大変立派な「トヨタ基本理念」を掲げているようです。この「内外の法およびその精神」には、当然、憲法やGDPRなども含まれるものと思われます。車外カメラの画像データの件は、この「トヨタ基本理念」が、ただの建前でないかどうかが問われているのかもしれません。

・基本理念|トヨタ

個人情報保護法上の法的義務がないとしても、トヨタが個社の判断として、顧客や近隣住民などからの申出に柔軟に対応して、画像データなどの顧客や近隣住民の個人情報等を廃棄・削除することはもちろん自由です。

トヨタは良き企業市民として、先端技術の研究開発を含む自社の経済上の利益の追求ばかりでなく、クルマの購入者などの顧客や近隣住民などステークホルダーのプライバシー権などの基本的人権をも重視した業務運営や会社経営を行うべきではないでしょうか。

■関連するブログ記事
・スーパーシティ構想・デジタル田園都市構想はマイナンバー法・個人情報保護法や憲法から大丈夫なのか?
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■参考文献
・宇賀克也『個人情報保護法の逐条解説 第6版』131頁、156頁
・『判例タイムズ』1425号318頁
・宍戸常寿『新・判例ハンドブック情報法』86頁、87頁
・芦部信喜『憲法 第7版』121頁、123頁
・内田貴『民法Ⅱ 第2版』353頁















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1.はじめに
公正取引委員会は、本年12月17日付で、デジタル・プラットフォーム事業者と個人情報等を提供する消費者との取引における優越的地位の濫用規制の考え方を明確化するために、「デジタル・プラットフォーム事業者と個人情報等を提供する消費者との取引における優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方」(以下「考え方」)を公表しました。

これは、デジタル・プラットフォーム事業者が提供するデジタル・プラットフォームにおける個人情報等の取得又は当該取得した個人情報等の利用における行為に、独占禁止法の優越的地位の濫用条項を適用するというものです(2条9項5号)。

・(令和元年12月17日)「デジタル・プラットフォーム事業者と個人情報等を提供する消費者との取引における優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方」の公表について|公正取引委員会

公取委は、この優越的地位の濫用に該当する行為類型をつぎのようにしています。

<優越的地位の濫用となる行為類型>
⑴ 個人情報等の不当な取得
ア 利用目的を消費者に知らせずに個人情報を取得すること
イ 利用目的の達成に必要な範囲を超えて,消費者の意に反して個人情報を取得すること
ウ 個人データの安全管理のために必要かつ適切な措置を講じずに,個人情報を取得すること
エ 自己の提供するサービスを継続して利用する消費者に対して,消費者がサービスを利用するための対価として提供している個人情報等とは別に,個人情報等その他の経済上の利益を提供させること

⑵ 個人情報等の不当な利用
ア 利用目的の達成に必要な範囲を超えて,消費者の意に反して個人情報を利用すること
イ 個人データの安全管理のために必要かつ適切な措置を講じずに,個人情報を利用すること

※ 上記に限らず,消費者に対して優越した地位にあるデジタル・プラットフォーム事業者による個人情報等の取得又は利用に関する行為が,正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなる場合には,優越的地位の濫用として問題となる。

2.独禁法上、個人情報の目的外利用が違法とならない場合があるのか?
ところで、この公取委の「考え方」について、12月29付で企業法務系の弁護士の方が書かれたYahoo!の解説記事「GAFAはどうなる?独禁法適用、巨大IT企業の個人情報利用」(Wedge・河本秀介)の、公取委の行為類型(2)アに関するつぎの部分は興味深いものがあります。

・GAFAはどうなる?独禁法適用、巨大IT企業の個人情報利用

『例えば、(略)プラットフォーマーが、(略)サービスに全く無関係な第三者に個人情報を提供することを認めさせるような場合には、独占禁止法に違反する可能性があります。

ただし、公正取引委員会の「考え方」は、プラットフォーマーによる個人情報活用の有用性も認めていますので、たとえ利用目的を超えた個人情報の取得・利用があっても、ユーザに個人情報を提供するかどうかの選択肢が与えられているような場合には、独占禁止法違反の問題にはならないと考えられます。』

つまり、このYahoo!の解説記事によれば、個人情報の目的外利用であっても、プラットフォーマー事業者による個人情報の利用・活用の有用性が認められる場合であって、本人(ユーザー)に個人情報の提供について同意をする機会が与えられている場合には、当該プラットフォーマー事業者による個人情報の目的外利用は優越的地位の濫用行為とはならず、「考え方」および独禁法2条9項5号との関係で違法とならないということになるようです。

しかしこの点、公取委の「考え方」は、個人情報の目的外利用について、つぎのように説明しています(9頁)。

【想定例⑥】
デジタル・プラットフォーム事業者F社が,サービスを利用する消費者から取得した個人情報を,消費者の同意を得ることなく第三者に提供した(注19)。

(注19)個人情報を第三者に提供することについて,例えば,電子メールによって個々の消費者に連絡し,自社のウェブサイトにおいて,消費者から取得した個人情報を第三者に提供することに同意する旨の確認欄へのチェックを得た上で提供する場合には,通常,問題とならない。ただし,消費者が,サービスを利用せざるを得ないことから,個人情報の第三者への提供にやむを得ず同意した場合には,当該同意は消費者の意に反するものと判断される場合がある。(以下略)』

公取委の「デジタル・プラットフォーム事業者と個人情報等を提供する消費者との取引における優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方」のポイント」15頁も同様です。

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つまり、公取委の「考え方」は、個人情報の取得において、プラットフォーマー事業者は個人情報の利用目的を特定しなければならないことを前提にしており、また、もしプラットフォーマー事業者がその利用目的を超えて個人情報を利用する場合には本人の同意が必要であることを前提にしています(個人情報保護法15条、16条)。

その上で、「考え方」は、プラットフォーマー事業者が利用目的を超えて個人情報を利用できる要件として、個人情報保護法16条と同様に「本人の同意」をあげ、ただし、さらにプラットフォーマー事業者の優越的な地位による本人の「やむを得ない同意」は無効であるとしているのです。

3.まとめ
この点、Yahoo!の解説記事は、プラットフォーマー事業者の事業に「有用性」がある場合で、本人に個人情報を提供することに同意するか否かを選択する場面さえあれば、個人情報の利用目的を超えた取得・利用・第三者提供なども可能であるとしています。しかし上でみたように、公取委の「考え方」や同「ポイント」はそのような考え方は採用していないように思われます。

例えば、本年発覚し大きな社会問題となったリクナビ事件においては、「リクナビ」サイトの有用性は否定できないとしても、利用目的を超え就活生本人が同意していない個人情報の収集・利用・分析や採用企業への提供などが大きく社会的非難を受け、リクルートグループは行政処分を受けています。漠然とした「有用性」、「公共性」などの抽象的な概念によって法令解釈を行うことには慎重であるべきです。


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