
1.はじめに
生命保険契約について、保険契約者からの保険金受取人変更の意思表示が口頭であった場合、保険金受取人の変更は成立したといえるのかが争われ、これを否定した興味深い裁判例(東京地裁令和4年4月28日判決・令3(ワ)2186号、2022WLJPCA04288002)を見かけました。以下見てみたいと思います。
(なお本件訴訟では、保険金受取人変更の意思表示についてだけでなく、保険者への保険金受取人変更の対抗要件についても争点となっておりますが、本稿では割愛します。)
2.事案の概要
(1)生命保険契約の概要
B(昭和46年生)は、生命保険会社Yと平成22年3月1日付でつぎの内容の生命保険契約を締結した。
(ア)保険種類 5年ごと配当付更新型終身移行保険10年満期
(イ)保険契約者・被保険者 B
(ウ)保険金受取人 D(Bの母・補助参加人)
(エ)保険金額 1000万円
(オ)特約死亡保険金・給付金合計額 400万円
(カ)保険約款の規定
本件保険契約に関する保険約款には,「死亡保険金受取人の指定又は変更は,保険証券に表示を受けてからでなければ,被告に対抗することができない」旨が定められていた(5年ごと配当付更新型終身移行保険普通保険約款第34条3項。)。
(2)本件訴訟の概要
Bは、Y社との間で,平成22年3月1日付けで本件保険契約を締結した。なお,その際の手続は,営業職員のCが担当した。XとBは,平成27年3月頃から交際を開始し,同年12月4日に婚姻した。
Cは,本件保険契約の更新時期の約1年前となったため,平成31年3月上旬頃,Bに架電し,保険の更新や見直しに関する話をした。Bはこの電話の際,Cに対し,結婚して住所が変わった旨を伝えた。これを受け,Cは,保険金の受取人をDからXに変更するかどうか確認する等した。Bは,同年3月30日,Cに架電し,面談は同日であったかを確認した。Cが4月6日の予定である旨回答すると,亡Bは,保険の内容についてよく考えたいので4月6日の面談はキャンセルしたい旨述べて電話を切った。Cは,同年4月1日,Bに対し,保険契約の見直しに関して提案することを考えていた保険商品の保障設計書2通及び契約の更新に関する試算資料を送付した。Bは,同年4月26日,くも膜下出血により死亡した。
Y社はDからの保険金請求を受けて、同人に対し、合計1400万円の死亡保険金を据置払いで支払った。これに対して、Xが、本件保険契約の保険金受取人はBにより自分に変更されていると主張して、Y社に対して死亡保険金1400万円および遅延損害金の支払いを求めて提訴したのが本件訴訟である。
3.判旨
(請求棄却)4.検討
2 BがXに対して本件保険契約の死亡保険金の受取人をXに変更するとの意思表示をしたか否かについて
(1)旧商法附則2条は,同法の施行日(平成22年4月1日)前に締結された保険契約については保険法(平成20年法律第56号)附則3条から6条までの規定により同法の規定が適用される場合を除いてなお従前の例によると定めており,本件保険契約についても原則として旧商法が適用される。 そして,旧商法の適用下においては,保険金受取人の変更は,保険契約者から新たな保険金受取人に対する意思表示のみによって効力を生じるものと解される(最高裁判所昭和62年10月29日第一小法廷判決・民集41巻7号1527頁参照)。
(2)この点について,Xは,BはXに対してXと婚姻する前の平成30年7月22日に「俺はY社に入っていて,受取人は母にしているんだけど,結婚したら受取人をXに変更するからね。」旨述べ,また,婚姻後の平成31年3月20日頃に「結婚したから保険料の支払金額の関係で契約の見直しと受取人の変更をするから。保険のおばさんにうちに来てもらうけど,いい?」,「受取人をXに変えるけど,万が一俺が死んだら,母にも渡してね。そうしてくれないと,化けて出るからね。」旨述べて,本件保険契約の死亡保険金の受取人を原告に変更するとの意思表示をした旨主張し,X本人がこれに沿う供述及び陳述をする。
この点,Bが上記主張にかかる発言をした旨の原告の供述及び陳述を裏付ける的確な証拠はないが,この点を措き,仮にBが上記主張にかかる発言をしていたとしても,本件においては,以下のとおり,それによって直ちにBがXに対して本件保険契約の死亡保険金の受取人を原告に変更するとの意思表示をしていたものと認めることはできない。
すなわち,まず,上記主張にかかるBの発言には(かえって,上記主張にかかるBの発言の内容からすれば,Bは単に「結婚したら受取人をXに変更するつもりである」又は「今度Y社の担当者に来てもらって保険の見直しと受取人の変更の手続をする予定である」旨の今後の意向ないし予定をXに語ったに過ぎないものと解するのが自然である。)。
また,後記3(2)のとおり,Cが,Bに対して保険金の受取人を変更するかどうか尋ねた際に,保険金の受取人は直ちには変更せずに保険の見直しの際に考える旨回答していた旨証言ないし陳述していることからも,Bが当時本件保険契約の保険金の受取人をXに変更するとの確定的な意思を有していたかには疑問がある。これらの事情からすれば,Bが上記主張にかかる発言をしたことをもって,直ちにその時点でBがXに対して保険金受取人変更の意思表示を行っていたものとは認められない。
(略)
以上によれば,原告の請求は理由がないからこれを棄却する。
(1)保険金受取人変更の意思表示
保険金受取人の変更について、現行の保険法43条は、保険事故が発生するまでは、原則として保険金受取人の変更を認め(同43条1項)、その方法として遺言(同44条)によるほかは、保険会社(保険者)に対する意思表示によると規定しています(同43条2項)。
一方、保険法制定前の平成20年改正前商法では、原則として保険金受取人を変更することはできないものの(改正前商法675条1項)、特約によって保険契約者に保険金受取人を変更する権利を留保することができるとされ(同条1項但書)、実務において保険約款上、保険金受取人の変更権を留保していることが一般的であり、本件の保険約款も同様となっていました。そして保険会社の二重払いのリスク回避のために、改正前商法は、保険契約者の保険会社に対する通知が保険金受取人変更の保険会社に対する対抗要件となると規定していました(同677条1項)。
その上で、保険契約者の保険金受取人変更の意思表示について最高裁は、保険契約者の一方的な意思表示で足りるとし、その意思表示の相手方は保険者、新旧保険金受取人のいずれでもよいとしています(最判昭和62・10・29民集41巻7号1527頁)。
本件は、保険法施行前に締結された保険契約が問題となっているため、保険法でなく平成20年改正前商法が適用される事案です(保険法附則2条)。
(2)保険金受取人変更の意思表示に関する裁判例・学説の変遷-保険契約者の意思の尊重vs法的安定性
上の昭和62年の最高裁判決およびそれを支持する学説は、「できる限り保険契約者の真の意思を尊重すべきである」という価値判断が背景にあります。
一方、昭和62年の最高裁判決後、このような保険契約者の意思の尊重を重視した変更の柔軟な認定に疑問が学説において提起されるようになります。すなわち、債権譲渡の確定日付による対抗要件のような意思表示の有無・前後を明確にする仕組みが商法にはないことから、保険金受取人変更が競合する場合、差押債権者等の第三者が発生した場合に法律関係が不安定となるため、保険金受取人変更を柔軟に認める方向に反対し、保険金受取人変更の意思表示の相手方は保険者に限るべきであるとする学説があらわれました。
また、同様に、法的安定性を重視する観点から、保険金受取人変更の意思表示であるといえるためには明確な基準によるべきであるとして、保険金受取人変更の意思表示はただの意思表示では足らず、「確定的な意思表示」が必要であるとする学説も現れました(長谷川仁彦「保険金受取人の変更の意思表示と効力の発生」『中西正明先生喜寿・保険法改正の論点』251頁)。
この点、裁判例においても昭和62年の最高裁判決後、保険契約者の意思の尊重でなく、法的安定性を重視して、保険金受取人変更の意思表示に「確定的な意思表示」を求めるものが現れるようになり、そのような方向が主流となっています(東京高判平成10・3・25判タ968号129頁、東京地判平成9・9・30判タ968号130頁など)。
そして、平成20年の保険法は、上でみたように、保険契約者の保険金受取人変更の意思表示の相手方を保険者と規定しており、昭和62年の最高裁判決の考え方は立法的に破棄されたものといえます。
(3)本件訴訟の判決について
本件は、平成20年改正前商法が適用される事案ですが、Bの発言について、「そもそも本件保険契約の具体的な内容がほとんど表れておらず,その発言の内容に照らしても,Bがかかる発言によって確定的にその保険金の受取人をXに変更する意思表示をしたと認めるのは困難であるといわざるを得ない」「今後の意向ないし予定をXに語ったに過ぎない」と認定して、保険金受取人変更を否定しています。
これは、上でみた昭和62年の最高裁判決以降の、保険金受取人変更の意思表示に「確定的な意思表示」を求める学説・裁判例の流れに沿うものであり、妥当なものであると思われます。
■参考文献
・山下友信『保険法(下)』307頁
・得津晶「保険金受取人変更の意思表示と対抗要件」保険事例研究会レポート323号6頁






