なか2656のblog

とある会社の社員が、法律などをできるだけわかりやすく書いたブログです

タグ:生命保険

損保協会リリース

1.はじめに

令和6年能登半島地震によりお亡くなりになられた方々に謹んで哀悼の意を表しますとともに、被災された方々に心からお見舞い申し上げます。

令和6年能登半島地震について、生命保険協会日本損害保険協会が対策本部の設置と非常時取扱いに関するニュースリリースを公表しています。

2.日本損害保険協会のリリース

日本損害保険協会は、災害対策本部を設置するとともに、火災保険、自動車保険、傷害保険などの各種損害保険および自賠責保険について、①保険料の払い込み猶予と②継続契約の締結手続き猶予を行う旨をリリースで公表しています。
・令和6年能登半島地震に関する損保業界の対応について(PDF)|日本損害保険協会
・令和6年能登半島地震による被害に伴う特別措置(自賠責保険)の実施について|日本損害保険協会

また、日本損害保険協会は地震保険の概要の説明などに関するリリースも公表しています。
・令和6年能登半島地震により被災された皆様へ(地震保険の概要やお問い合わせ窓口等)|日本損害保険協会

3.生命保険協会のリリース

生命保険協会は、能登半島地震についてすべての生命保険会社において、今回の災害で被災されたお客さまのご契約に約款の地震による免責条項等を適用せず、災害関係保険金・給付金の全額をお支払いすることを決定した旨のリリースを公表しました。
・令和6年能登半島地震による免責条項等の不適用について|生命保険協会

生保協会リリース

また、生命保険協会は、能登半島地震について、災害救助法適用地域(新潟県、富山県、石川県、福井県)のお客様の保険契約について、①保険料払込猶予期間の延長、②保険金・給付金、契約者貸付金の簡易迅速なお支払い、③保険証券などを紛失してしまいご自身がどこの生命保険会社に保険契約をもっているか分からないお客様のために災害時の契約照会制度を実施することについてのリリースを公表しています。
・災害救助法適用地域の特別取扱いについて(新潟県、富山県、石川県、福井県)|生命保険協会

■追記
なお、金融庁も能登半島地震について特設ページを設置しています。
・令和6年能登半島地震関連情報に関する特設ページを開設しました|金融庁

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1.はじめに

金融法務事情2223号(2023年12月10日号)64頁に、損害保険会社の法人向けの傷害総合保険契約に関して、入院保険金等は会社ではなく従業員に支払われるべきとされた興味深い裁判例(大阪高判令5.4.14、控訴棄却・確定)が掲載されていました。これは損保業界の実務に影響がありそうな裁判例なので見てみたいと思います。

2.事案の概要

(1)Y(砕石業の会社)は平成27年5月に損害保険会社との間で全役員および従業員を被保険者とする傷害総合保険契約(本件保険契約)を締結した。本件保険契約においては入院保険金・通院保険金・手術保険金等の保険金請求権者は被保険者もしくはその父母、配偶者または子と保険約款に規定されていた。Yは入院給付金等はYが受け取る趣旨の法人契約特約が本件保険契約には付加されていたと主張しているが、この点については本件訴訟で争われている。

(2)Xは従業員としてY社で働いていた。平成27年9月、YはXに80万円を貸し付けて、Xがこの貸金の分割返済を怠ったときは強制執行を行う旨の公正証書を作成した。Xは平成27年9月25日、就労中に労災事故により受傷し、入院して手術を受けるなどした。そしてYは平成28年9月に損害保険会社から本件保険契約に基づき、入院保険金19万円、休業保険金90万円、手術保険金5万円など合計114万円の保険金(本件保険金)を受取り、またXはその旨を損害保険会社から通知を受けた。

(3)その後、Xは上記貸金をYに返済しないまま他社に転職したため、Yは令和3年4月に上記公正証書に基づき、Xの転職先の会社から支払われる給与を差押えた。それに対してXは、社簡易裁判所に請求異議の訴えを提起し、本件保険金はXが取得すべきものであるにもかかわらずYが保持しているため、XはYに対して引渡請求権または不当利得返還請求権を有しており、これを自働債権として上記貸金債権と相殺したと主張して、上記公正証書に基づく強制執行は認められないとの判決を求めた。社簡易裁判所は本件訴訟を神戸地裁社支部に移送した。神戸地裁社支部(神戸地裁社支部令4.10.11)はXの主張を認めたためYが控訴したのが本件訴訟である。

3.高裁判決の判旨(控訴棄却・確定)

「そうである以上、Yが保険会社から本件保険契約に基づき本件保険金を受け取った場合、当該受取行為は、被保険者である被控訴人からの委託に基づくものでなくとも、同人のためにするものとして、事務管理に該当し、受け取った本件保険金は、特段の事情がない限り、同人に引き渡さなければならず(民法701条、646条1項)、Yがこれを引き渡さない場合には、本件保険金は不当利得になると解される。」

「Yは、当審においても、本件保険契約には法人契約特約(法人を保険契約者とし、その役員、従業員を被保険者とする保険契約において、死亡保険金受取人を保険契約者である法人とした場合に、後遺障害保険金、入院保険金、手術保険金、通院保険金についても死亡保険金受取人に支払う特約)が付されており、したがって、本件保険金の受給権者はYであるから、Yに不当利得が生じる余地はない旨主張する。  しかし、本件保険契約に係る「傷害総合保険契約更改申込書」(乙3)を子細にみても、本件保険契約について、事業者費用補償特約は付されているものの、Yが主張する、法人契約特約が付されていることを明確に示す記載は見当たらない。(略)」

「結局、本件保険契約においては、Yが主張する法人契約特約が付されていたとまでは認めることができない。なお、仮に、本件保険契約において法人契約特約が付されていたとしても、同特約は、本件保険契約の内容や、本件保険金がXの労災事故に起因して給付された入院保険金、通院保険金等であることからしても、保険法8条の規定に反する特約で被保険者であるXに不利なものとして、同法12条により無効であるというべきである。

4.検討

(1)本判決は、とくに「なお、仮に、本件保険契約において法人契約特約が付されていたとしても、同特約は、本件保険契約の内容や、本件保険金がXの労災事故に起因して給付された入院保険金、通院保険金等であることからしても、保険法8条の規定に反する特約で被保険者であるXに不利なものとして、同法12条により無効であるというべきである。」と判示している部分が重要であると思われます。

保険法
(第三者のためにする損害保険契約)
第8条 被保険者が損害保険契約の当事者以外の者であるときは、当該被保険者は、当然に当該損害保険契約の利益を享受する。

(強行規定)
第12条 第八条の規定に反する特約で被保険者に不利なもの及び第九条本文又は前二条の規定に反する特約で保険契約者に不利なものは、無効とする。
すなわち、保険法8条は、損害保険契約において被保険者が保険契約者と別人である場合には、当該被保険者は保険金を受け取ると規定しており、同法12条は同法8条に反する特約で被保険者に不利なものは無効となると規定しています。これらの条文を受けて、本判決は、法人契約特約は、「本件保険契約の内容や、本件保険金がXの労災事故に起因して給付された入院保険金、通院保険金等であることからしても、保険法8条の規定に反する特約で被保険者であるXに不利なものとして、同法12条により無効である」と判示しているのです。

(2)損害保険会社各社から法人向けの傷害総合保険が販売されているところ、その保険金について、これを受け取った企業が社内の補償規程に基づいて従業員に支払えば問題は起きませんが、補償規程がないとか、企業が被った損害にこの金銭を充当するなどして従業員に保険金を支払わずトラブルとなるケースがあるとされています。

この点に関しては生命保険会社各社の団体定期保険(全員加入型のいわゆる「Aグループ」の団体定期保険)においても約30年前に同様の法的トラブルが多発し、最高裁判決(最判平18.4.11民集60巻4号1387頁)などが出され、生命保険会社各社は主契約の保険金は従業員の遺族に、ヒューマンバリュー特約の保険金は法人に支払うとする「総合福祉団体定期保険」を創設するなどの実務対応を行いました。

これに対して、本件判決は損害保険分野における法人向け傷害総合保険の入院給付金等を会社が受け取るべきなのか、従業員が受け取るべきなのかについて訴訟となり、保険法8条、12条に基づいて従業員が受け取るべきと裁判所が判示しためずらしい裁判例であると思われます(金融法務事情2223号66頁コメント部分)。

(3)この大阪高裁判決を受けて、損害保険会社各社は、とくに法人契約特約などの保険約款の保険金を受け取るべき者の規定について見直しを行うなどの対応が必要になると思われます。

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■参考文献
・金融法務事情2223号(2023年12月10日号)64頁
・山下友信『保険法(上)』345頁
・山下友信・竹濱修・洲崎博史・山本哲生『有斐閣アルマ保険法 第3版補訂版』236頁
・出口正義・平澤宗夫『生命保険の法律相談』(学陽書房)314頁

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保険と個人情報

1.はじめに

このブログ記事は法務系アドベントカレンダー2023( #legalAC)のエントリーです。tomoさんから頂いたバトンを、ヤマダ タツロウさんにお渡ししたいと思います。

令和2年の個人情報保護法改正に関して生命保険会社・損害保険会社が注意すべき点について、とくに①外国にある第三者への提供規制、②保有個人データの利用停止等請求、について個人的に気になる点をまとめてみました。(なお本ブログ記事は筆者の個人的な見解です。)

2.外国にある第三者への提供規制

(1)制度の概要
外国にある第三者への個人データの提供が許される要件は、①本人の同意があること、②日本と同等の個人情報保護の水準国(EU・英国)であること、③移転先の事業者が個情法4章2節の事業者の講ずべき措置に相当する措置を継続的に講じるために必要な基準に適合する体制(「基準適合体制」)を整備した事業者であること、の3類型に分かれます(個情法28条1項)。

外国にある第三者への個人データの提供が許される要件の図

(2)損害保険会社の実務
損害保険会社の実務上、外国にある第三者への個人データの提供は、①再保険契約に基づき外国の再保険会社に提供する場合、②外国法人に個人データの入力作業を委託する場合、③海外の遠隔地で海外旅行保険の保険契約者に保険事故が発生し緊急の対応を要する際に損害保険会社が委託をしている現地のクレームエージェントに情報提供を行う場合、④委託先が外国法人に対して損害保険会社から受託した業務の一部を再委託する場合、⑤外国にある第三者が提供するクラウドサービスをわが国の損害保険会社が利用する場合であって、クラウド事業者がクラウドサービス内の個人データの取扱いを行う場合などがあります。(浅井弘章「令和2年改正個人情報保護法が損害保険会社の業務に与える影響」『損害保険研究』83巻3号60頁。)

(3)本人の同意に基づいて外国にある第三者に提供する場合
本人の同意に基づいて外国にある第三者に個人データを提供する場合には、情報提供義務が新設されたため、本人同意を取得する際の申込書あるいは申込画面に法定の情報を提供・表示した上で、本人同意を取得することが必要です(個情法28条1項)。

わが国の損害保険会社が外国にある第三者の再保険会社に出再を行う場合において、わが国の損害保険会社による顧客からの保険引受および同意取得の時点では、最終的にどの再保険会社に再保険を行うかが未確定であり、当該顧客の個人データを移転する外国を特定できない場合がありえます。

このような場合には、損害保険会社は、①特定できない旨およびその理由、②提供先の第三者が所在する外国の名称に代わる本人に参考となるべき情報、を本人に提供する必要があります(施行規則17条3項)。

(4)基準適合体制を整備している外国にある第三者への提供
1.(2)の①から⑤の業務については、損害保険会社は実務上、基準適合体制(施行規則18条1項)を整備して個情法28条1項に対応していることが一般的であると思われます。

この点、施行規則18条1項は、①当該第三者による相当措置の実施状況並びに当該相当措置の実施に影響を及ぼすおそれのある当該外国の制度の有無及びその内容を、適切かつ合理的な方法により、定期的に確認すること(1号)、②当該第三者による相当措置の実施に支障が生じたときは、必要かつ適切な措置を講ずるとともに、当該相当措置の継続的な実施の確保が困難となったときは、個人データ(法第三十一条第二項において読み替えて準用する場合にあっては、個人関連情報)の当該第三者への提供を停止すること(2号)の2点が要求されています。このうち①の「定期的に確認」については、年1回程度またはそれ以上の頻度での確認が求められています(個情法ガイドライン(外国第三者編)6-1)。

保険会社の実務では、外国にある第三者の委託先事業者に対して個人データの取扱いを委託する場合、当該委託先事業者との間で契約書等を締結することにより当該委託先事業者の基準適合体制を整備し、その上で年1回のアンケートへの回答を依頼していることが多いと思われます。当該年1回の頻度でのアンケート回答は、上記の「定期的に確認」に含まれると考えられます(個情法ガイドライン(外国第三者編)6-1)。

万が一、この年1回のアンケートなどにより契約書違反が発覚した場合には、損害保険会社は施行規則18条1項2号に従った対応ができるように、委託先との契約書等を改訂するとともに、自社の委託先管理の社内規程等を改訂することが必要であると思われます(浅井・前掲63頁)。

(5)生命保険会社の実務
例えば住友生命保険においては、Vitality健康プログラム(日々の運動や健康診断などの継続的な健康増進活動をポイント化し、ポイントに応じて保険料の変動や特典の提供を行うプログラム)の提供にあたり、南アフリカの金融サービス会社と業務提携しており、同社における商品開発などを目的として契約内容や健康状態などの個人データを保険契約者等の本人同意に基づいて南アフリカの同社に第三者提供しているとのことです。

令和2年改正後、住友生命は外国にある第三者への提供規制への対応として、その所在する国名、当該外国における個人情報保護に関する法制度、提携企業等が講じる個人情報保護措置等に関し同社ウェブサイト上のプライバシーポリシー等にて情報提供を行っているとのことです。

また、米国法のFATCA(アメリカ外国口座税務コンプライアンス法)は租税回避の防止を目的として米国人の米国納税者番号や契約内容等を米国内国歳入庁に提供することを求めているところ、日本の生命保険各社は、保険契約者等の本人同意に基づいて契約内容などの個人データを米国内国歳入庁に提供しています。このFATCA対応として日本の生命保険会社各社は、FATCAに係る同意取得書面等に米国の個人情報保護に関する制度や米国内国歳入庁における個人情報保護措置の内容に係る情報提供を行っています。(黒丸栞「令和2年個人情報保護法改正と生保会社における実務対応」『生命保険経営』91巻2号110頁)

3.保有個人データの利用停止等請求の改正

(1)改正の概要
令和2年の個情法改正では事業者が保有個人データの利用停止等(利用の停止又は消去)を行わなければならない場合として、法18条、20条違反に加えて法19条(不適正利用の禁止)違反が追加されました(法35条1項)。

また、法35条5項は、本人は、①利用する必要がなくなった場合、②当該本人が識別される保有個人データに係る第26条1項本文に規定する事態(個人情報漏洩)が生じた場合、③その他当該本人が識別される保有個人データの取扱いにより当該本人の権利又は正当な利益が害されるおそれがある場合、には個人情報取扱事業者に対して当該保有個人データの利用停止等又は第三者への提供の停止を請求することができることとなりました。

一方、上記①から③に該当する場合であっても、利用停止等を行うことが「困難である場合」には、本人の権利利益を保護するために必要な代替措置を講じることによる対応が認められています(法35条6項但し書き)。

個情法35条5項の事業者が利用停止等を行わなければならない場合

(2)損害保険会社の実務
この法35条6項但し書きが該当する場合としては、例えば重大な個人情報漏洩事故が発生した場合において、保険会社と当該本人(保険契約者)との保険契約が存続しているため、利用停止等が困難であるとして、以後個人情報漏洩の事態が生じることがないよう必要かつ適切な再発防止策を講じる場合などが該当すると考えられます(個情法ガイドライン(通則編)3-8-5-3)。

また、③の「本人の権利又は正当な利益が害されるおそれがある場合」については、「正当な」利益であることが要件であるところ、個情法ガイドライン(通則編)は、例えば「過去に利用規約に違反したことを理由としてサービスの強制退会処分を受けた者が、再度当該サービスを利用するために、当該サービスを提供する事業者に当該強制退会処分に係るユーザー情報の利用停止等を請求する場合」は「本人の権利又は正当な利益が害されるおそれがある場合」に該当しないとしています(個情法ガイドライン(通則編)3-8-5-1)。

そのため、例えば保険会社が告知義務違反等により保険契約を解除した場合において、その告知書などの個人データの利用停止等の請求がなされた場合は、保険会社はこれに応じる必要はないと考えられます(浅井・前掲78頁)。

(3)生命保険会社の実務
さらに、法35条1項の①「利用する必要がなくなった場合」については、(a)保険契約の解約や被保険者の死亡により保険契約が消滅した場合、(b)保険契約の加入の申込があったものの引受審査により不承諾となり告知などの個人データの消去請求がなされる場合、なども想定されます。

この点、(a)については、保険会社においては税務調査への対応や、各種証明の申出を受けた場合への対応などに備え、引き続き当該保有個人データを保有する必要性があります。そのため、保険会社としては、当該保有個人データの営業活動への利用については停止し、税務調査等への利用は継続するなどの対応ができないか検討するべきと考えられます。

また、(b)については、引受審査の判断のために告知により取得した医的情報等に関しては、不承諾(謝絶)となった場合にはすでに当初の利用目的を達成しているため消去請求に応じることが考えられます。一方で不承諾となった事実や氏名等、消去請求への対応の経緯などの情報については、事後的な対応に備えて保有を続けることついては消去に応じないことが妥当と考えられます。(黒丸・前掲94頁。)

法務系アドベントカレンダー2023 の次回はヤマダ タツロウさんです。よろしくお願いします!

■参考文献
・浅井弘章「令和2年改正個人情報保護法が損害保険会社の業務に与える影響」『損害保険研究』83巻3号55頁
・黒丸栞「令和2年個人情報保護法改正と生保会社における実務対応」『生命保険経営』91巻2号88頁
・宮本順「個人情報保護法の改正が生保業界に与える影響」『生命保険経営』88巻5号4頁
・岡村久道『個人情報保護法 第4版』333頁、373頁

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『ジュリスト』1590号(2023年11月号)130頁に小野寺千世先生の「銀行による外貨建て変額保険勧誘の違法性が否定された事例」(東京地判令2.1.31・請求棄却・控訴)が掲載されていたので、変額保険訴訟について考えてみました。

1.事案の概要
本件は被告銀行Y1の従業員Y2の勧誘により訴外生命保険会社Aとの間で変額保険契約を締結した原告Xが、上記勧誘には書面交付義務違反、説明義務違反ないし適合性原則違反等があったと主張して、Y1およびY2に対して不法行為および使用者責任に基づく損害賠償約303万円の支払いを求めた事案である(民法709条、715条、会社法350条)。

本件でXが勧誘された保険(以下「本件保険」)は、通貨選択一般勘定移行型変額終身保険すなわち外貨建ての変額保険であり、移行日までの運用期間、外貨建てで振り込まれた一時払保険料の全額が特別勘定で運用され、その運用成果により死亡保険金および解約返戻金が変動するものである。そのため移行日前に保険契約を解約した場合、その運用成績によっては解約返戻金額が一時払保険料の金額を下回るリスク(元本割れのリスク)があるが、移行日までに解約をしなかった場合には一時払保険料の額が解約返戻金の最低金額として保証されるものであった。また死亡保険金も最低死亡保険金額が保障されるものであった。

Xは昭和29年生まれで不動産管理会社Bの代表取締役であり、およそ3400万円の資産を有していた。Xは平成27年8月26日、生命保険会社Aとの間で、保険契約者および被保険者をX、契約通貨を米ドル、移行日までの運用期間を20年として本件保険を内容とする保険契約(以下「本件保険契約」)を締結し、一時払保険料8万1000米ドル(当時の為替レートで約1004万円)を支払った。

その後の約3年後、Xは本件保険契約を平成30年9月現在で解約した場合の解約返戻金額は約833万円であり、一時払保険料約1004万円との差額である約171万円に相当する損害を被り、100万円相当の精神的苦痛を受けたとして、弁護士費用約32万円を加えた合計約303万円の損害を被ったとして、Y1およびY2には説明義務違反、適合性原則違反などがあったとして損害賠償を求めて訴訟を提起したのが本件訴訟である。

2.本判決の判旨(請求棄却・控訴)
判旨1 契約締結前の書面交付義務違反ないし説明義務違反について
ア Xは、本件勧誘の際、Y2がXに対して本件パンフレットを交付するにとどまり、クーリング・オフを含め、本件保険の内容について具体的な説明をしなかった旨主張し、X本人もこれに沿う供述等をする…。これに対し、Yらは、Y2がXに対して本件パンフレット、保険設計書、契約締結前交付書面…等を交付し、当該各書面に基づき具体例も交えて本件保険の内容及びリスク等を説明した旨主張し、Y2本人もこれに沿う供述等をする…。

イ (ア)そこで、X本人及びY2本人の前記供述等の信用性について検討するに、X本人の前記供述等は、そもそも…契約締結前交付書面等によって本件保険について説明を受け、その内容を確認し理解した旨や『契約締結前交付書面(契約概要/注意喚起情報)』、『ご契約のしおり・約款』及び『特別勘定のしおり』を受領したことを認める旨の記載がある書面にXが署名又は署名及び押印をしていること…と明らかに矛盾する。
(略)

ウ そうすると、Y2は、本件保険契約締結以前の段階で、Xに対し、契約締結前交付書面等の各書面を交付するとともに、当該各書面に基づき、本件保険について元本割れのリスクや為替リスクなどがあること…など、本件保険の内容等について具体的に説明したものと認めるのが相当であるから、本件勧誘に契約締結前の書面交付義務違反ないし説明義務違反があったということはできない。」

判旨2 適合性原則違反について
ア 保険の勧誘が適合性の原則から著しく逸脱していることを理由とする不法行為の成否に関し、顧客の適合性を判断するに当たっては、当該保険の特性を踏まえて、これとの相関関係において、顧客の投資に関する経験や知識、投資意向、財産状態等の諸要素を総合的に考慮する必要があるというべきである。

イ 本件保険は、解約返戻金が一時払保険料の額を下回る危険性を有し、為替相場の変動も受けるから、当該保険契約の締結により損失が生ずるおそれがある商品であるということができる。しかしながら、本件商品においては、死亡保険金として支払いを受ける場合及び移行日以後に解約返戻金として支払いを受ける場合には、米ドル建てで支払った一時払保険料の額が最低でも保証されている。…契約内容は、投資に関する知識が豊富でない者でも容易に理解できるというべきである(略)。

ウ Xに係る諸事情についてみると、…Xは、…投資等の経験を有していなかったものの、B社の代表取締役としてその事業についての経営判断等も常日頃からしており、米国及び欧州の為替についての知識も有していたこと、値上がり益を追求し、比較的積極的な運用をする意向を有していたこと及び少なくとも3400万円程度の金融資産を有していたことがそれぞれ認められる。 以上を総合すると、Xが前記イの各リスクを理解するための知識や認識に欠けていたということはできず、本件保険がXの投資意向に反していたともXの財産状態に照らして著しく不相当であったとも認められない。」


3.検討
(1)本判決について
(ア)説明義務
本件においてXは、Y2が本件パンフレットを交付するにとどまり、クーリング・オフを含め本件保険の内容について具体的な説明を行わなかった旨を主張するのに対して、Yらは、Xに対して本件パンフレットのほか、保険設計書、契約締結前交付書面、ご契約のしおり・約款及び特別勘定のしおりを交付し、当該各書面に基づき具体例も交えて本件保険の内容およびリスク等を説明した旨を主張しています。

この点、裁判所の本判決の判旨1は、契約締結前交付書面等によって本件保険について説明を受け、その内容を確認し理解した旨や当該各書面を受領した旨の記載がある書面にXは署名または署名および押印していることなどを事実認定し、Y2からXに契約締結前交付書面等が交付され、本件保険の契約内容やリスクなどについて説明がなされたと認定し、Yらの説明義務および書面交付義務は尽くされていたとしています。この判旨は妥当であると思われます。

(イ)適合性原則
適合性原則について本判決の判旨2は、従来の裁判例(東京地裁平成25・8・28判タ1406号316頁など)を踏襲し、「当該保険の特性を踏まえて、これとの相関関係において、顧客の投資に関する経験や知識、投資意向、財産状態等の諸要素を総合的に考慮する必要がある」との判断枠組みを示した上で判断を行っています。

判旨2は、本件保険はリスクのある商品ではあるが、投資に関する知識が豊富でない者であっても理解でき、必ずしも元本割れリスクが大きいものとはいえないと判示しています。また、Xは会社の取締役であり日常で経営判断などを行っていること、米国や欧州の為替について知識を有していること、3400万円程度の資産を有していること等を認定し、Yらの説明に適合性原則違反はなかったと判示しています。そして結論として本判決は、Xの請求を棄却しています。本判決は妥当であると思われます。

(2)説明義務に関する学説
学説は、保険契約の重要な内容については保険会社および保険募集人は説明義務を負い、この義務に違反した場合には不法行為として損害賠償責任を負うということは判例法理として確立しているとします。

説明義務において説明すべき事項については、一般論は必ずしも明らかではないものの、保険会社、保険募集人の責任が認められている事案から見れば、当該事項の説明があったとすれば当該保険契約は締結しなかったか、または当該保険契約の内容のままでは締結しなかったであろうといえる場合であるといえるような事項であるということができるとしています。

保険業法その他の法令では、2014年保険業法改正前でも情報提供規制は整備されていたものであって(保険業法300条1項1号、同100条の2)、その規律を遵守していたとすれば保険契約者一般にとって重要な事項は各種文書の交付等により情報提供されていたはずであり、説明義務違反が生じることはあまり考えられないとしています(山下友信『保険法(上)』274頁、275頁)。

(3)保険実務上の留意点
本判決を含む裁判例は保険会社および保険募集人の説明義務について、保険契約締結までに「ご契約のしおり・約款」や契約締結前交付書面などの各書面が交付されていたかを非常に重視しています。そのため保険会社等はこれらの各書面の交付を必ず行い、申込書の各書面の受領を確認した旨の署名・押印欄に必ず署名・押印をいただくことが求められます。

また、2014年保険業法改正以降は、保険会社等には従来の意向確認義務だけでなく意向把握義務も課せられるため(保険業法294条の2)、保険会社等は、この意向把握において、顧客が自らの保険ニーズをどのように述べたか、保険募集人はどのように説明したか等を折衝記録として残すことが求められると思われます。

■参考文献
・小野寺千世「銀行による外貨建て変額保険勧誘の違法性が否定された事例」『ジュリスト』1590号(2023年11月号)130頁
・『金融法務事情』2155号(2021年2月10日号)77頁
・山下友信『保険法(上)』274頁、275頁
・松本恒雄「変額保険の勧誘と説明義務」『金融法務事情』1407号20頁
・大高満範『生命保険の法律相談(青林法律相談23)』240頁

■関連するブログ記事
・変額個人年金等の勧誘の際における金融機関の説明義務

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1.はじめに
遺産分割の裁判において、被相続人を保険契約者兼被保険者、被相続人の妻を保険金受取人とする生命保険契約(定期保険特約付き終身保険およびがん保険)の死亡保険金について民法903条の類推適用による特別受益の持戻しを否定した裁判例(広島高決令和4・2・25(棄却・確定))が判例時報2536号(2023年1月1日号)59頁に掲載されていました。

2.事案の概要
(1)経緯など
抗告人Xは被相続人(訴外A)の母(80代)であり、相手方Yは被相続人の妻(50代)である。XはAの遺産の相続について遺産分割の調停を申し立て、当該遺産分割調停事件は審判に移行した。

本件の争点は、Aを保険契約者兼被保険者、Yを保険金受取人として締結していた定期保険特約付き終身保険(死亡保険金額2000万円、保険料月額1万2000円、本件保険1)およびがん保険(死亡保険金額100万円、保険料月額2000円、本件保険2)に基づく死亡保険金合計2100万円を民法903条の類推適用による特別受益に準じて持戻しの対象とすべきか否かであった。

本件で遺産分割の対象となった財産は預貯金等合計約459万円であるが、それ以外の遺産(預貯金等合計約313万円)については預金が引き出されるなどして現存していなかった。

(2)家族関係など
XはAとは長らく別居し生計も別にしており、夫(Aの父)の死亡後は同夫の自宅不動産をXと長女(Aの姉)が相続して同不動産にX、同長女および次女(Aの妹)の3人で暮らしていた。一方、Y(Aの妻)はAと約10年間同居した後結婚し、Aが死亡するまでの約20年間専業主婦であり、専らAの収入により生計を維持してきた。AとYは子がなく借家住まいであった。

(3)原審判の概要
原審判(広島家審令和3・12・17)は、保険死亡保険金の遺産総額に対する割合は大きいものの、AとYの婚姻期間および同居期間、AとYの生計の状況などを検討し、YとXとの間に不公平が民法903条の趣旨に照らして到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情があるとは認められないとして、本件死亡保険金について民法903条の類推適用による特別受益の持戻しを否定した。これに対してXが抗告。

3.広島高裁令和4年2月25日決定(棄却・確定)の判旨
被相続人を保険契約者及び被保険者とし、共同相続人の1人又は一部の者を保険金受取人とする保険契約に基づき保険金受取人とされた相続人が取得する死亡保険金請求権は、民法903条1項に規定する遺贈又は贈与に係る財産には当たらないが、保険金の額、この額の遺産の総額に対する比率、保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係、各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して、保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には、同条の類推適用により、特別受益に準じて持戻しの対象となると解される(平成16年最決参照)。

『これを本決定についてみると、まず、本件死亡保険金の合計額は2100万円であり、Aの相続開始時の遺産の評価額(772万3699円)の約2.7倍、本件遺産分割の対象財産(遺産目録記載の財産)の評価額(459万0665円)の約4.6倍に達しており、その遺産総額に対する割合は非常に大きいと言わざるを得ない。

しかしながら、まず、本件死亡保険金の額は、一般的な夫婦における夫を被保険者とする生命保険の額と比較して、さほど高額なものとはいえない。次に、前記の本件死亡保険金の額のほか、AとYは、婚姻期間約20年、婚姻前を含めた同居期間約30年の夫婦であり、その間、Yは一貫して専業主婦で、子がなく、Aの収入以外に収入を得る手段を得ていなかったことや、本件死亡保険金の大部分を占める本件保険1について、Yとの婚姻を機に死亡保険金の受取人がYに変更されるとともに死亡保険金の金額を減額変更し、Aの手取り月額20万円ないし40万円の給与収入から保険料として過大でない額(本件保険1及び本件保険2の合計で約1万4000円)を毎月払い込んでいったことからすると、本件死亡保険金は、Aの死後、妻であるYの生活を保障する趣旨のものであったと認められるところ、Yは現在54歳の借家住まいであり、本件死亡保険金による生活を保障すべき期間が相当長期間にわたることが見込まれる。これに対し、Xは、Aと長年別居し、生計を別にする母親であり、Aの父(Xの夫)の遺産であった不動産に長女及び二女と共に暮らしていることなどの事情を併せ考慮すると、本件において、前記特段の事情が存するとは認められない。

4.検討
(1)保険金請求権の固有権性
保険金受取人が保険契約者兼被保険者と別人である場合、その契約は第三者のためにする生命保険契約となり、保険金受取人はその契約の効果として当然に保険金請求権を取得します。この保険金請求権は、保険金受取人が「自己の固有の権利」として原始的に取得するものであり、保険金受取人が相続人であっても、当該保険金請求権は相続財産には属さないとするのが判例・通説です(大判昭和11・5・13、最判昭和40・2・2民集19巻1号1頁、山下友信・竹濱修・洲崎博史・山本哲生『有斐閣アルマ保険法 第4版』284頁)。

(2)保険金請求権と特別受益の持戻しに関する判例・学説
学説の多数説は、保険金受取人として死亡保険金請求権を得た相続人に対する特別受益の持戻しを肯定しています。これは、保険金受取人の指定変更ないし保険金請求権の取得は遺贈・贈与と同視できる実質的な財産の無償処分と認められるからとされています(山下・竹濱・洲崎・山本・前掲285頁)。

一方、最高裁はこの論点について、保険金請求権の固有権性を理由として、保険金請求権は特別受益の持戻しの対象に原則としてならないが、共同相続人に不公平が著しい特段の事情がある場合には、民法903条の類推適用により特別受益の持戻しが認められるとする立場を取っています。そしてこの共同相続人に不公平が著しい特段の事情がある場合につい同判決は、保険金の額、その額の遺産総額に対する比率、同居の有無、被相続人の介護等に対する貢献の度合いなどの保険金受取人である相続人および他の相続人と被相続人との関係、各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して判断されるべきとしています(最高裁平成16年10月29日決定、出口正義・福田弥夫・矢作健太郎・平澤宗夫『生命保険の法律相談』290頁)。

この平成16年の最高裁判決の後、民法903条の類推適用により特別受益の持戻しが認めた裁判例として①東京高決平成17・10・27、②名古屋高決平成18・3・27があり、一方、認められなかった裁判例としては③大阪家堺支審平成18・3・22などがあるようです。相続財産に対する死亡保険金の割合は、①は約99%、②は61%、③は約6%となっているようです(本判決に関する判例時報2536号59頁のコメントより)。

(3)本判決について
このように裁判例は、特別受益の持戻しが認められるか否かについて、「共同相続人に不公平が著しい特段の事情がある場合」の判断について、とくに保険金の額とその額の遺産相続に対する比率を重視しているように思われます。

しかし本判決は、その比率が約2.7倍ないし約4.6倍と非常に高いものであるものの、XとYの同居の有無、Xがまだ50代であること、専業主婦であり借家住まいであること等、各相続人の生活実態を詳しく検討し、「共同相続人に不公平が著しい特段の事情がある場合」には該当しないとして、特別受益の持戻しを否定しています。生命保険契約とくに定期保険特約付き終身保険の趣旨・目的が家庭の生計を支える者に万一があった場合の残された遺族の生活保障であることを考えると本判決は妥当であると思われます。死亡保険金は保険金受取人の固有の財産であるとの判例・通説の考え方にも合致するものといえます。

■参考文献
・『判例時報』2536号59頁
・山下友信『保険法(下)』341頁
・山下友信・竹濱修・洲崎博史・山本哲生『有斐閣アルマ保険法 第4版』284頁
・出口正義・福田弥夫・矢作健太郎・平澤宗夫『生命保険の法律相談』290頁



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