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タグ:生命保険

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1.はじめに
遺産分割の裁判において、被相続人を保険契約者兼被保険者、被相続人の妻を保険金受取人とする生命保険契約(定期保険特約付き終身保険およびがん保険)の死亡保険金について民法903条の類推適用による特別受益の持戻しを否定した裁判例(広島高決令和4・2・25(棄却・確定))が判例時報2536号(2023年1月1日号)59頁に掲載されていました。

2.事案の概要
(1)経緯など
抗告人Xは被相続人(訴外A)の母(80代)であり、相手方Yは被相続人の妻(50代)である。XはAの遺産の相続について遺産分割の調停を申し立て、当該遺産分割調停事件は審判に移行した。

本件の争点は、Aを保険契約者兼被保険者、Yを保険金受取人として締結していた定期保険特約付き終身保険(死亡保険金額2000万円、保険料月額1万2000円、本件保険1)およびがん保険(死亡保険金額100万円、保険料月額2000円、本件保険2)に基づく死亡保険金合計2100万円を民法903条の類推適用による特別受益に準じて持戻しの対象とすべきか否かであった。

本件で遺産分割の対象となった財産は預貯金等合計約459万円であるが、それ以外の遺産(預貯金等合計約313万円)については預金が引き出されるなどして現存していなかった。

(2)家族関係など
XはAとは長らく別居し生計も別にしており、夫(Aの父)の死亡後は同夫の自宅不動産をXと長女(Aの姉)が相続して同不動産にX、同長女および次女(Aの妹)の3人で暮らしていた。一方、Y(Aの妻)はAと約10年間同居した後結婚し、Aが死亡するまでの約20年間専業主婦であり、専らAの収入により生計を維持してきた。AとYは子がなく借家住まいであった。

(3)原審判の概要
原審判(広島家審令和3・12・17)は、保険死亡保険金の遺産総額に対する割合は大きいものの、AとYの婚姻期間および同居期間、AとYの生計の状況などを検討し、YとXとの間に不公平が民法903条の趣旨に照らして到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情があるとは認められないとして、本件死亡保険金について民法903条の類推適用による特別受益の持戻しを否定した。これに対してXが抗告。

3.広島高裁令和4年2月25日決定(棄却・確定)の判旨
被相続人を保険契約者及び被保険者とし、共同相続人の1人又は一部の者を保険金受取人とする保険契約に基づき保険金受取人とされた相続人が取得する死亡保険金請求権は、民法903条1項に規定する遺贈又は贈与に係る財産には当たらないが、保険金の額、この額の遺産の総額に対する比率、保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係、各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して、保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には、同条の類推適用により、特別受益に準じて持戻しの対象となると解される(平成16年最決参照)。

『これを本決定についてみると、まず、本件死亡保険金の合計額は2100万円であり、Aの相続開始時の遺産の評価額(772万3699円)の約2.7倍、本件遺産分割の対象財産(遺産目録記載の財産)の評価額(459万0665円)の約4.6倍に達しており、その遺産総額に対する割合は非常に大きいと言わざるを得ない。

しかしながら、まず、本件死亡保険金の額は、一般的な夫婦における夫を被保険者とする生命保険の額と比較して、さほど高額なものとはいえない。次に、前記の本件死亡保険金の額のほか、AとYは、婚姻期間約20年、婚姻前を含めた同居期間約30年の夫婦であり、その間、Yは一貫して専業主婦で、子がなく、Aの収入以外に収入を得る手段を得ていなかったことや、本件死亡保険金の大部分を占める本件保険1について、Yとの婚姻を機に死亡保険金の受取人がYに変更されるとともに死亡保険金の金額を減額変更し、Aの手取り月額20万円ないし40万円の給与収入から保険料として過大でない額(本件保険1及び本件保険2の合計で約1万4000円)を毎月払い込んでいったことからすると、本件死亡保険金は、Aの死後、妻であるYの生活を保障する趣旨のものであったと認められるところ、Yは現在54歳の借家住まいであり、本件死亡保険金による生活を保障すべき期間が相当長期間にわたることが見込まれる。これに対し、Xは、Aと長年別居し、生計を別にする母親であり、Aの父(Xの夫)の遺産であった不動産に長女及び二女と共に暮らしていることなどの事情を併せ考慮すると、本件において、前記特段の事情が存するとは認められない。

4.検討
(1)保険金請求権の固有権性
保険金受取人が保険契約者兼被保険者と別人である場合、その契約は第三者のためにする生命保険契約となり、保険金受取人はその契約の効果として当然に保険金請求権を取得します。この保険金請求権は、保険金受取人が「自己の固有の権利」として原始的に取得するものであり、保険金受取人が相続人であっても、当該保険金請求権は相続財産には属さないとするのが判例・通説です(大判昭和11・5・13、最判昭和40・2・2民集19巻1号1頁、山下友信・竹濱修・洲崎博史・山本哲生『有斐閣アルマ保険法 第4版』284頁)。

(2)保険金請求権と特別受益の持戻しに関する判例・学説
学説の多数説は、保険金受取人として死亡保険金請求権を得た相続人に対する特別受益の持戻しを肯定しています。これは、保険金受取人の指定変更ないし保険金請求権の取得は遺贈・贈与と同視できる実質的な財産の無償処分と認められるからとされています(山下・竹濱・洲崎・山本・前掲285頁)。

一方、最高裁はこの論点について、保険金請求権の固有権性を理由として、保険金請求権は特別受益の持戻しの対象に原則としてならないが、共同相続人に不公平が著しい特段の事情がある場合には、民法903条の類推適用により特別受益の持戻しが認められるとする立場を取っています。そしてこの共同相続人に不公平が著しい特段の事情がある場合につい同判決は、保険金の額、その額の遺産総額に対する比率、同居の有無、被相続人の介護等に対する貢献の度合いなどの保険金受取人である相続人および他の相続人と被相続人との関係、各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して判断されるべきとしています(最高裁平成16年10月29日決定、出口正義・福田弥夫・矢作健太郎・平澤宗夫『生命保険の法律相談』290頁)。

この平成16年の最高裁判決の後、民法903条の類推適用により特別受益の持戻しが認めた裁判例として①東京高決平成17・10・27、②名古屋高決平成18・3・27があり、一方、認められなかった裁判例としては③大阪家堺支審平成18・3・22などがあるようです。相続財産に対する死亡保険金の割合は、①は約99%、②は61%、③は約6%となっているようです(本判決に関する判例時報2536号59頁のコメントより)。

(3)本判決について
このように裁判例は、特別受益の持戻しが認められるか否かについて、「共同相続人に不公平が著しい特段の事情がある場合」の判断について、とくに保険金の額とその額の遺産相続に対する比率を重視しているように思われます。

しかし本判決は、その比率が約2.7倍ないし約4.6倍と非常に高いものであるものの、XとYの同居の有無、Xがまだ50代であること、専業主婦であり借家住まいであること等、各相続人の生活実態を詳しく検討し、「共同相続人に不公平が著しい特段の事情がある場合」には該当しないとして、特別受益の持戻しを否定しています。生命保険契約とくに定期保険特約付き終身保険の趣旨・目的が家庭の生計を支える者に万一があった場合の残された遺族の生活保障であることを考えると本判決は妥当であると思われます。死亡保険金は保険金受取人の固有の財産であるとの判例・通説の考え方にも合致するものといえます。

■参考文献
・『判例時報』2536号59頁
・山下友信『保険法(下)』341頁
・山下友信・竹濱修・洲崎博史・山本哲生『有斐閣アルマ保険法 第4版』284頁
・出口正義・福田弥夫・矢作健太郎・平澤宗夫『生命保険の法律相談』290頁



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byouki_oldman
■追記(2022年8月31日)
生命保険協会は、自宅療養・自主療養等について、入院給付金等の支払い対象を限定する方針を固めたとのことです。詳しくはこのブログ記事の下の追記をご参照ください。

■追記(2022年2月4日)
PCR検査などなしで「みなし陽性」として自主療養・自宅療養を行う制度を神奈川県などが開始しました。この制度と民間の保険会社の医療保険の入院給付金などの支払いに関してはこのブログ記事下部の「追記(2022年2月4日)」をご参照ください。

1.新型コロナにより自宅療養をした場合、生損保の医療保険の入院給付金は支払われないのか?
2022年1月24日夜、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、後藤厚生労働大臣は、自治体が判断すれば、感染者の濃厚接触者に発熱などの症状が出た場合、PCR検査等を患者が受けなくても、医師が感染したと診断できるようにする方針を明らかにしたとのことです。

・濃厚接触者 検査なしでも医師が感染と診断可能に 厚労相|NHKニュース

これに対しては、ネット上で、「自宅療養(自主療養)では生損保の医療保険の入院給付金が支払われなくなってしまうのではないか?支払いをめぐって保険会社ともめ事が発生するのでは?」との心配の声があがっています。

これ保険で絶対もめる
(Twitterより)

2.保険会社の対応
この点、例えば住友生命保険の医療保険の疾病入院給付金の約款(5年ごと利差配当付医療定期保険普通保険約款)の5条1項1号(支払理由)は、「イ 疾病の治療を目的としている入院であること」、「ハ 病院または診療所等における入院であること」などを支払いの要件としています。

そしてこの「病院または診療所等」について、同約款は「「病院または診療所等」とは、次のいずれかに該当する施設とします。(1)医療法に定める日本国内にある病院または患者を入院させるための施設を有する診療所、(2)柔道整復師法に定める日本国内にある施術所(患者を入院させるための施設と同等の施設を有する施術所に限ります。)(3)前(1)および(2)と同等の日本国外にある医療施設」と補足しています。

住友生命医療保険約款
(住友生命保険「5年ごと利差配当付医療定期保険普通保険約款」より)

しかし、例えば日本生命保険のプレスリリース「新型コロナウイルス感染症に関するお知らせ」(最終更新日:2021年10月1日)「保険金・給付金のお支払いについて」の「1.入院給付金のお支払いについて」は、つぎのように説明しています。
1.入院給付金のお支払いについて
新型コロナウイルス感染症は疾病に該当しますので、新型コロナウイルス感染症の治療を目的とされた入院は、(疾病)入院給付金のお支払い対象となります。
※ご契約内容によっては、入院給付金のお支払いに、所定の入院日数が必要となる場合があります。

なお、新型コロナウイルス感染症に罹患された場合で、医療機関の事情などにより、自宅またはその他病院などと同等とみなされる施設で治療を受けられる場合も、その治療期間に関する保健所等発行の証明書入院勧告書または就業制限・解除通知等)などをご提出いただくことで、入院給付金等のお支払いの対象としてお取扱いします。

この場合、お支払いの対象となる期間は原則、PCR検査等で陽性と判明した日から厚生労働省等の定める解除基準に該当した日(保健所等から通知された解除日)となります。
※上記は2021年7月1日時点での取扱いであり、今後法令の改正等により変更する可能性があります。

日本生命コロナ入院給付金支払いについて
(日本生命保険「新型コロナウイルス感染症に関するお知らせ」より)
・新型コロナウイルス感染症に関するお知らせ|日本生命保険

このように日本生命保険は、コロナに感染したが、病院などの事情により病院への入院でなく、自宅療養ホテルなどの宿泊所療養などをした場合であっても、お客様が「その治療期間に関する保健所等発行の証明書入院勧告書または就業制限・解除通知等)など」を提出した場合は、自宅療養などであっても入院給付金の支払い対象となるとしています。

同様に、第一生命保険、住友生命保険、明治安田生命保険、損保ジャパンなどもプレスリリースで、医師診断書等「会社所定の宿泊療養・自宅療養書」「保健所の証明書」などの提出があった場合には、コロナによる自宅療養でも入院給付金・医療保険金を支払い対象になるとしています。

・新型コロナウイルス感染症に関連したご案内等について(12月30日更新)|第一生命保険
・新型コロナウイルス感染症宿泊療養・自宅療養による入院給付金のご請求について|住友生命保険
・新型コロナウイルス感染症に関する当社の対応について|明治安田生命保険
・新型コロナウイルス感染症に関する商品・特別措置等のご案内|損保ジャパン

3.まとめ
そのため、コロナで入院治療が必要となったが、自治体や病院等の都合で自宅療養やホテル療養などとなった場合であっても、保健所の証明書医師の診断書などを提出した場合は、自宅療養などであっても入院給付金の支払い対象となると思われます。

※くわしくはご加入の保険会社にお問い合わせください。

■追記(2022年2月4日)
PCR検査などなしで「みなし陽性」として自主療養・自宅療養を行う制度を神奈川県などが開始しました。この制度と民間の保険会社の医療保険の入院給付金などの支払いに関して、神奈川県サイト「新型コロナ 自主療養について」のページの「5 よくある質問」QA7はつぎのように説明しています。
Q(7)自主療養届を療養に関する民間保険金請求や傷病手当に使えますか?
A いいえ。医療機関を受診し、発生届が提出された場合、神奈川県は療養終了後に別途「療養証明書」を発行しています。自主療養届は、制度開始時点においては、各種保険金や手当の請求に使う想定はしておりません。
神奈川県QA
(神奈川県サイトより)
・自主療養について|神奈川県

神奈川県サイトの説明によると、「みなし陽性」による自主療養の場合、患者は自治体の用意している「自主療養届出システム」に届出者情報などを入力すると、「自主療養届」が同システムからダウンロードできるようになり、これを学校勤務先などに提出して欠席や欠勤の届け出に利用できるとなっていますが、この「自主療養届」は民間の保険会社の医療保険などの入院給付金などの請求には「利用を想定していない」となっています。そして保険会社の医療保険などの入院給付金などの請求には、自治体が療養終了後に別途「療養証明書」を発行するので、この「療養証明書」を利用してほしいと説明しています。

神奈川県の自主療養届
(神奈川県の自主療養届。神奈川県サイトより)

たしかに神奈川県サイトに掲載された自主療養届のひな型をみると、自主療養の開始の日などの記載はありますが、終了の日などの記載はなく、入院給付金などの請求には使えないと思われます。

したがって、検査を受けずに自主療養・自宅療養を開始する「みなし陽性」の患者の方々は、「自主療養届」ではなく、療養終了後に自治体が発行する「療養証明書」を入院給付金などの請求に利用することになると思われます。

※くわしくはご加入の保険会社にお問い合わせください。

■追記(2022年8月31日)
新聞報道によると、各生命保険会社が加入する生命保険協会は、上でみたコロナによる自宅療養等について、入院給付金等の支払対象を「65歳以上の高齢者や入院患者、コロナの治療薬投与を受けた患者、妊婦」に限定する方針とのことです。

・医療保険、コロナ対象縮小 「みなし入院」扱い見直し 支払い7割減 生保協会方針|朝日新聞

※くわしくはご加入の保険会社にお問い合わせください。

■関連する記事
・保険会社・営業職員等に保険募集の際に公的保険制度の情報提供を求める金融庁の監督指針の一部改正を考えた
・新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は生命保険の保険金支払いの対象となるか?
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1.生命保険会社の保険(災害割増特約・傷害保険・災害入院特約など)
新型肺炎・新型コロナウイルス(COVID-19)も疾病・病気の一つであるため、被保険者の方が新型肺炎で病院に入院したり、死亡された場合は、免責条項に抵触していない限り、疾病入院給付金や一般の死亡保険金は支払いとなると思われます。

一方、少し前までの生命保険各社の終身保険などには、交通事故など事故を原因とした被保険者の方の死亡に対して割増の保障を提供する災害割増特約を販売されていました。また、傷害特約、災害入院特約なども、事故を原因とした入院などに対して保険金・給付金を支払う保険は現在も広く販売されています。

ところで、これらの災害割増特約など災害系の保険は、新型肺炎を原因とした入院・死亡などにおいて保険金・給付金が支払われるのかが問題となります。

2.災害系の保険・特約の支払事由・「対象となる感染症」
この点、例えば日本生命保険の「新傷害特約(H11)」の約款をみると、災害死亡保険金の支払事由は、「つぎのいずれかを直接の原因として(略)被保険者(略)がこの特約の保険期間中に死亡したとき」とされ、「②責任開始時以後に発病した感染症(別表11)」と規定されています。

そして、「別表11」はつぎのようになっています。

疾病傷害死亡分類提要
(日本生命保険サイトより)

つまり、感染症を原因とする死亡であっても、一定のものは災害保険金の支払い対象となるが、その感染症は、別表に掲げられている疾病のどれかである必要があります(厚労省の「疾病、傷害および死因統計分類提要ICD-10」により限定列挙されている)。

そして、別表11の感染症には、今回の新型肺炎に関連しそうなものとしては、「重症急性呼吸器症候群(SARS) U04」が含まれていますが、「(ただし、病原体がコロナウイルス属SARSコロナウイルスであるものに限ります。)」とのただし書があります。

また、厚労省はWHOが新型肺炎のICD-10上の分類等を、「2019 年新型コロナウイルス急性呼吸器疾患 U07.1」としたことを周知する通達をだしています。これを読むと、今回の新型肺炎と以前のSARSとは、感染症として別のものとなっています。

・世界保健機関(WHO)による新型コロナウイルスに関する「疾病、傷害及び死因の統計分類第10版(ICD-10)」における対応について|日本神経学会

3.まとめ
したがって、新型肺炎は生命保険各社の災害割増特約・傷害特約・災害入院特約などにおいては、保険金・給付金の支払い対象外となるように思われます。

*なお、保険会社各社で約款などの規定が異なることや、社内規定などが異なりますので、保険契約者・被保険者等の方は、加入なさっておられる保険会社にご相談をお願いいたします。

■関連するブログ記事
・傷害保険/ダニにかまれてダニ媒介性脳炎で死亡した場合に保険金は支払われるか?

■参考文献
・日本生命保険『生命保険の法務と実務 第3版』238頁、245頁

生命保険の法務と実務 【第3版】

生命・傷害疾病保険法の基礎知識

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1.はじめに
腰痛などで通算500日以上入院した患者による医療保険の入院給付金請求という典型的なモラルリスク事案に関する判決が出されていました。裁判所は患者側の請求を棄却しています(鹿児島地裁平成29年9月19日判決・請求棄却・確定、判例タイムズ1456号236頁)。

2.事案の概要
Xは平成17年10月に、損害保険会社Y(損保ジャパン日本興亜)との間で、ケガ・疾病による入院・手術などを保障する医療保険である、「新・長期医療保険」(Dr.ジャパン)の保険契約を締結した。入院給付金日額は1万円であった。

本件保険契約の約款上、入院給付金の支払事由としての「入院」とは、医師による治療が必要な場合であって、かつ、自宅等での治療が困難なため病院または診療所に入り、常に医師の管理下において治療に専念することをいうと規定されていた。

Xは平成23年2月ごろより腰痛を訴え整形外科病院に16日間入院をしたことを皮切りに、腰痛による入院や、不安感を訴え精神科病院への入院などを平成27年までに合計9回繰り返し、その入院日数は合計500日を超えた。

これらの入院に基づいてXがYに対して約462万円の入院給付金の支払いを請求したところ、Yが拒んだためXが提起したのが本件訴訟である。

3.判旨
本件保険契約における入院給付金の支払事由としての「入院」に該当するか否かの判断は、契約上の要件の該当性の判断であり、前提事実(略)のとおりの本件保険契約における「入院」の定義(医師による治療が必要であり、かつ自宅等での治療が困難なため、病院又は診療所に入り、常に医師の管理下において治療に専念すること)からしても、単に当該入院が医師の判断によるということにとどまらず、同判断に客観的な合理性があるか、すなわち、患者の症状等に照らし、病院に入り常に医師の管理下において治療に専念しなければならないほどの医師による治療の必要性や自宅等での治療の困難性が客観的に認められるかという観点から判断されるべきものと解される。
 なお、担当医師による判断の具体的な内容やその医学的な根拠は、上記の「入院」該当性の判断に際して一つの重要な事情とはなるものの、通常、医師の判断によらない入院を想定できないことからしても、医師による判断の存在という外形的な事情のみからは、直ちに「入院」該当性が推認されるとまではいえないというべきである。』

『ア 本件入院1
 入院時の検査所見は、入院の必要性を基礎付けるものであるとはいえず(略)、入院日である平成23年2月1日において、Xは、腰を押さえながらも独歩は可能だったのであり、翌2日にも喫煙のため独歩で移動し、同月11日にはほぼ終日外出し、その後も頻繁に外出・外泊していることからすれば、Xの症状が自宅等での治療が困難であるほどの重いものであったとはいえない。(略)これらのXの症状やその後の治療内容等に照らせば、本件入院1においては、(略)客観的な契約上の要件である「入院」該当性の根拠とすることはできないというべきである。』

このように判示し、本判決はXのすべての入院は医療保険契約上の「入院」に該当しないとしてXの請求を退けています。

4.検討
医療保険、入院特約などにおける入院給付金の支払い要件の一つである「入院」の該当性について、実務書は、医師の判断とあわせて、「保険制度の基本である収支相当の原則および給付反対給付均等の原則からみて、その支払要件を合理的・画一的・公平に規制する必要があり、それに合致した保険事故に対してのみ給付されるのが当然の前提とされていること、入院当時の一般的な医学上の水準によるべき」と解説しています(長谷川仁彦など『生命・傷害疾病保険法の基礎知識』249頁)。

裁判例も、「本件保険特約が設けられている趣旨およびその内容に鑑みると、本件入院要件の有無の判断は、通常は医師の判断を尊重して決定されるであろうが、いかなる場合においても、一旦なされた医師の判断を無条件に尊重して決定されなければならないというものではなく、(略)客観的、合理的に行われるべきである。このように解することは、保険契約が有する射幸性による弊害を防止し、保険契約者一般の公平を守るという点に照らしても妥当である。」と判示するものがあります(札幌高裁平成13年6月13日判決・生命保険判例集13巻499頁)。

本判決はこのような保険会社の実務・裁判例に沿う考え方をとった妥当な判決であると思われます。

なお、最近の本判決に類似した事案として、ケガを理由とする不必要な通院給付金請求というモラルリスク事案が争われたつぎの裁判例が存在します(東京地裁平成29年4月24日判決)。

・総合格闘技選手の練習によるケガは傷害共済の「不慮の事故」に該当するか?(東京地裁平成29・4・24)-モラルリスク・不必要な通院

生命・傷害疾病保険法の基礎知識

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1.はじめに
生損保の保険会社各社は保険約款に暴力団排除条項(暴排条項)を設けていますが、この暴排条項を根拠として法人契約を解除した保険会社の対応は正当とする興味深い判決が出されていました(広島高裁岡山支部平成30年3月22日判決)。

本判決は下級審判決ではあるものの、保険約款上の暴排条項の適用を有効と認定した初の公開事例です。また、暴排条項の一つの「その他反社会的勢力と社会的に非難されるべき関係を有していると認められること」について具体的な例示を行っている点で、保険訴訟以外の分野においても参考になる事例であると思われます。

2.広島高裁岡山支部平成30年3月22日判決(控訴棄却・確定)
(1)事案の概要
(a)保険契約など
平成26年8月、塗装工事・土木工事等を業とするX株式会社は、Y1生命保険およびY2損害保険との間で、保険契約者をX、被保険者をXの代表取締役Qとする生命保険と損害保険のセット商品である経営者大型総合保障制度保険契約を締結した。

Y1らの普通保険約款の「重大事由による解除」の条項にはつぎのような暴排条項が規定されていた。

第 18 条(重大事由による保険契約の解除および保険金の不支払等)
当会社は、次の(1)から(6)のどれかに該当する事由が発生した場合には、この保険契約を将来に向って解除することができます。
(1)~(4) (略)
(5) 保険契約者、被保険者または保険金の受取人が、次の(ア)から(オ)のどれかに該当する場合
 (ア) 反社会的勢力に該当すると認められること
 (イ) 反社会的勢力に対して資金等を提供し、または便宜を供与するなどの関与をしていると認められること
 (ウ) 反社会的勢力を不当に利用していると認められること
 (エ) (略)
 (オ) その他反社会的勢力と社会的に非難されるべき関係を有していると認められること
  (後略)
(大同生命保険「無配当年満期定期保険(無解約払戻金型)」より)

(b)経緯
Qは暴力団組長Rの犯した傷害事件の被害者であるSに被害申告をしないよう約束させRに対して便宜を供与したり、その後、被害申告をしたSに対してRが逮捕されたことに因縁をつけ、X社の工事代金支払い債務を免れようとする等した。

そこで、県は平成26年9月1日付で、同日から平成28年8月31日までの間、X社を入札指名業者から排除する旨の措置を行った。

これを受け、Y1およびY2は、平成27年11月13日付の各通知により、各普通保険約款の暴排条項に基づき、本件各保険契約を解除する旨の意思表示を行った。

これに対して、Xが本件各保険契約の保険契約者の地位を確認する訴訟を提起したのが本件訴訟である。

原審(岡山地裁平成29年8月31日判決)では、X側は、本件暴排条項は、保険金不正請求を招来する高い蓋然性がある場合に限り適用されるように限定解釈すべき規定であると主張したが、裁判所は限定解釈すべきではなく、また、あいまいかつ広範ということもできないとしてY1らの保険契約解除は正当としてX側の主張を退けた。Xが控訴。

(2)判旨
『Xは、本件排除条項が、暴力団していると単に噂されたり、暴力団員と幼な間柄という関係のみで交際したりしているだけでは適用されないと解釈できるというだけでは、どのような場合に「社会的に非難されるべき関係」と評価されるのか明らかではないと主張する。

 しかし、本件排除条項の趣旨が、反社会的勢力を社会から排除していくことが社会の秩序や安全性を確保する上で極めて重要な課題であることに鑑み、保険会社として公共の信頼を維持し、 業務及び健全性を確保することにあると解されることは、 前記1で引用した原判決が説示するとおりである。

 また、本件排除条項は、被保険者等が、①反社会的勢力に該当すると認められること、②反社会的勢力に対して資金等を提供し、または便宜を供するなどの関与をしていると認められること、③反社会的勢力を不当に利用していると認められること等に加えて、「その他反社会的勢力と社会的に非難されるべき関係を有していると認められること」と規定するものである(甲7、8 )。

 そうすると、本件排除条項の「社会的に非難されるべき関係」とは、前記①ないし③に準じるものであって、反社会的勢力を社会から排除していくことの妨げになる、反社会的勢力の不当な活動に積極的に協力するものや、反社会的勢力の不当な活動を積極的に支援するものや、反社会的勢力との関係を積極的に誇示するもの等をいうことは容易に認められる。

 よって、本件排除条項が、控訴人が主張するような意味において不明確ということはできず、上記の観点からその適用すべき場合の限界を画されているといえるから、控訴人の前記主張は採用できない。』

このように本高裁判決は判示し、QのSに対する行為は「反社会的勢力の不当な活動を積極的に支援するものや、反社会的勢力との関係を積極的に誇示するもの」に該当するとし、Y1・Y2の保険契約解除は正当であるとしてXの主張を退けました。

3.検討・解説
(1)暴排条項導入の経緯
政府の平成19年の「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」の策定と、金融庁の平成20年3月の「保険会社向けの総合的な監督指針」の一部改訂等(監督指針II -4-9「反社会的勢力による被害の防止」)により、保険会社は反社会的勢力との一切の関係遮断が求められることになりました。それを受けて、平成23年、生命保険協会および日本損害保険協会はそれぞれ暴排条項の約款例を策定・公表し、平成24年4月以降、生損保の各保険会社の保険約款に暴排条項が順次導入されてゆきました(長谷川仁彦・竹山拓・岡田洋介『生命・傷害疾病保険法の基礎知識』200頁)。

(2)重大事由による解除条項と暴排条項の構造
平成20年に成立した保険法は、「保険者の保険契約者、被保険者又は保険金受取人に対する信頼を損ない、当該生命保険契約の存続を困難とする重大な事由」があるときは、保険会社(保険者)は、「生命保険契約を解除することができる」とする、いわゆる「重大事由による解除」の規定を新設しました(保険法30条3号、57条3号、86条3号)。これは故意による事故招致による不正な保険金請求などのモラルリスクを排除するためです(萩本修『一問一答保険法』97頁)。

保険法

(重大事由による解除)
第五十七条 保険者は、次に掲げる事由がある場合には、生命保険契約(第一号の場合にあっては、死亡保険契約に限る。)を解除することができる。
 一 保険契約者又は保険金受取人が、保険者に保険給付を行わせることを目的として故意に被保険者を死亡させ、又は死亡させようとしたこと。
 二 保険金受取人が、当該生命保険契約に基づく保険給付の請求について詐欺を行い、又は行おうとしたこと。
 三 前二号に掲げるもののほか、保険者の保険契約者、被保険者又は保険金受取人に対する信頼を損ない、当該生命保険契約の存続を困難とする重大な事由

そして、冒頭の2.(1)(a)でみたように、この重大事由による解除の規定をより具体化するために、生命保険各社の保険約款には重大事由による解除の条項が規定されています。この保険約款における重大事由による解除の条項の一つに暴排条項は規定されています。

この点、暴排条項に該当することが、保険法57条3項などの要件である「保険契約者等に対する信頼を損ない、当該保険契約の存続を困難とするものである」といえるか否かが問題となりますが、反社会的勢力等が保険金詐取等の犯罪行為に関与する蓋然性は通常人に比べて相当に高いと考えられ、また、反社会的勢力等に属すること自体から保険金不正請求を招来する高い蓋然性があることから、「信頼関係が破壊され、契約継続が困難」であると考えられるので、保険約款の暴排条項は保険法57条3項等の重大事由による解除の規定の趣旨に沿い、その一つの条項であるといえるとするのが学説・保険実務のおおむねの理解です(日本生命保険『生命保険の法務と実務 第3版』316頁、山下友信・永沢徹『論点体系 保険法2』214頁)。

なお、 保険法の重大事由による解除は、片面的強行規定 (保険法33条2項、65条2号、 94条2号)であることから、保険法に比して保険契約関係者にとって不利な約款規定は無効となる点も問題となります。しかし、モラルリスク事案等の保険制度の健全性を害する行為の排除を目的とした重大事由による解除の保険法の趣旨は、暴排条項の規定目的と合致すること、暴排条項がもたらす保険契約の解除という効果も、重大事由による解除の予定する範囲であることから、片面的強行規定に反することにはならないと解されています(日本生命保険・前掲215頁、山下・永沢・前掲215頁)。

(3)本高裁判決における暴排条項
本高裁判決は、本件の保険約款の暴排条項が保険法上の重大事由による解除として位置づけられるのか否か、そして、本件暴排条項が保険法上の片面的強行規定に抵触しないのか否かについては明確には述べていません。

しかし、2.(2)でみたように、本高裁判決は、Xの本件暴排条項が不明確であるとの主張に対して、「本件暴排条項の趣旨が…保険会社として公共の信頼を維持し、業務の適切性及び健全性を確保することにある」ことは「原判決が説示するとおりである」と述べ、本件暴排条項の効力とその行使を否定していません。そのため、本高裁判決は、学説・保険実務の立場に近い考え方をしているように思われます。

加えて、本高裁判決は、本件暴排条項の「反社会的勢力と社会的に非難されるべき関係」の意味と、当該条項の具体的事案へのあてはめを行っている点も注目されます。

つまり、本高裁判決は、「反社会的勢力と社会的に非難されるべき関係」とは、「(被保険者等が、①反社会的勢力に該当すると認められること、②反社会的勢力に対して資金等を提供し、または便宜を供するなどの関与をしていると認められること、③反社会的勢力を不当に利用していると認められること)に準じるものであって、反社会的勢力を社会から排除していくことの妨げになる、(a)反社会的勢力の不当な活動に積極的に協力するものや、(b)反社会的勢力の不当な活動を積極的に支援するものや、(c)反社会的勢力との関係を積極的に誇示するもの、と(a)~(c)の3類型を具体的に例示して判示しています。

そのうえで本高裁判決は、本件のQがSに対して行った一連の行為は、(b)(c)に該当するとして、「反社会的勢力と社会的に非難されるべき関係を有していると認められる」とあてはめを行い、結論としてY1らの本件各保険契約の解除を肯定しています。

このように本判決は、下級審判決ではあるものの、保険訴訟における保険約款上の暴排条項の適用を肯定した初の公表事例として、また、暴排条項中の「反社会的勢力と社会的に非難されるべき関係」の意味や具体的例示を行った判決として保険実務および企業法務全般において意義のあるものといえます。

■参考文献
・『金融法務事情』2090号70頁
・『銀行法務21』830号65頁
・山下友信・永沢徹『論点体系 保険法2』214頁
・日本生命保険『生命保険の法務と実務 第3版』316頁
・長谷川仁彦・竹山拓・岡田洋介『生命・傷害疾病保険法の基礎知識』200頁
・萩本修『一問一答保険法』97頁
・潘阿憲『保険法概説 第2版』275頁、280頁

論点体系 保険法2

生命保険の法務と実務 【第3版】

生命・傷害疾病保険法の基礎知識

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