「日本不審者情報センター」という団体がネット上で注目されています。
・日本不審者情報センター

「日本不審者情報センター」のTwitterアカウントは次のような投稿をしています。
日本不審者センター2
「沈黙できる電車内の痴漢対策ツール」を開発。

LINE公式アカウント「痴漢かも:電車内<不自然な接触>情報共有」

「「痴漢じゃなかったらどうしよう」と悩む必要はもうありません。」

LINEアプリ痴漢かも

そして、同センターのTwitterによると、同センターはヤフージャパンと提携し、ヤフージャパンの「ヤフーマップ」等において「防犯情報」を提供しているそうです。
日本不審者センター1

もちろん痴漢は犯罪でありその撲滅は賛成ですが、「「痴漢じゃなかったらどうしよう」と悩む必要はもうありません。」というキャッチコピーはどういう意味なのでしょうか?

これは、「被害者」を名乗る人物の勘違いや思い込み、悪意などで、安易に「加害者」とされる人物に無実の痴漢の罪を着せることができてしまうのではないでしょうか?不確かな情報や思い込みなどの情報をどう排除するのでしょうか?冤罪の被害者が続々と生産されてしまいそうな予感がします。

日本は一応、法治主義の国なので、私刑・リンチは原則として禁止のはずです。犯罪に対しては、法律や令状に基づいて警察・検察が捜査や逮捕などを行う建前となっており、私人・一般の国民による自力救済・リンチは原則として違法のはずです。(2017年には、中古ショップの「まんだらけ」が防犯カメラで撮影した万引き犯人の顔写真などを自社サイトで公開しようとして、警察とトラブルになりました。)

そのような私人の行為は、逆に名誉棄損罪などの犯罪や、名誉権プライバシー権侵害として不法行為による損害賠償責任の対象となる可能性があります(民法709条)。

誤った情報等を拡散された本人・被害者は、日本不審者情報センターや誤った情報等を同センターに通報した加害者に対して、刑事告訴・告発や、民事裁判で名誉権プライバシー権などの侵害として不法行為に基づく損害賠償請求を行うことができると思われます。

また事業者が不適正な個人情報の取扱を行った場合、個人情報保護法に抵触する可能性もあります。

令和2年の個人情報保護法改正では、個人情報の不適正な利用を禁止する法16条の2が新設されました。この不適正利用の禁止規定の具体例には、いわゆる「破産者マップ」のデータベースなどが該当するとされています。

・「破産者マップ」閉鎖、「関係者につらい思いさせた」|ITmediaニュース

つまり、「裁判所による公告等により散在的に公表されている個人情報について、当該個人情報に係る本人に対する差別が、不特定多数の者によって誘発されるおそれがあることが十分に予見できるにもかかわらず、それを集約してデータベース化し、インターネット上で公開すること」が法16条の2の対象に該当するとされています(佐脇紀代志『一問一答令和2年改正個人情報保護法』34頁)。

そして、最近、パブコメとして公表された、個人情報保護委員会の令和2年個人情報保護法改正に対応する「個人情報保護法ガイドライン(通則編)」3-2(不適正利用の禁止)においても、この点は明記されています。
個人情報保護法16条の2破産者マップの事例
https://public-comment.e-gov.go.jp/servlet/PcmFileDownload?seqNo=0000219180


この点、「日本不審者情報センター」の、LINE公式アカウント「痴漢かも:電車内<不自然な接触>情報共有」などにより収集された個人情報が、不確かな情報や誤った情報のままデータベース化されるなどして、同センターが提携しているヤフージャパンの「ヤフーマップ」等「防犯情報」などとして提供された場合、それは「当該情報の本人に対する差別が不特定多数の者によって誘発されることが十分に予見できる」のに、それを「データベース化」して「インターネット上で公開」することに該当し、個人情報保護法ガイドライン2-3および個人情報保護法16条の2抵触する違法なものとなるおそれがあるのではないでしょうか。

法16条の2違反があった場合、当該個人情報に係る本人・個人は、当該個人情報を保有する事業者に対して、当該個人情報の利用の停止消去を求めることができます(法30条)。また、個人情報保護委員会は、そのような事業者に対して報告徴求立入検査を実施し(法40条)、行政指導勧告、命令を出すことができます(法41条、42条)。

なお、この「日本不審者情報センター」という団体は、上でもみたようにLINE社や、ヤフージャパンなどと提携しているようです。LINE社については、LINEの個人情報通信の秘密の問題について、今年の3月に大炎上となり、個人情報保護委員会、総務省から行政指導を受けたばかりです。
・LINEの個人情報・通信の秘密の中国・韓国への漏洩事故を個人情報保護法・電気通信事業法から考えた

LINE社やヤフージャパンのZホールディングスは、有識者委員会を設置しましたが、同委員会では、LINE社の個人情報の取扱だけでなく、同社のコンプライアンスガバナンスのあり方の問題点が指摘されているそうです。
・LINEの個人情報事件に関する有識者委員会の第一次報告書をZホールディンクスが公表

LINE社、ヤフージャパン、Zホールディングスは、この「日本不審者情報センター」についても、個人情報保護法などの法令との関係で、法的な検討や対応が必要なのではないでしょうか。

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