
(熊本日日新聞サイトの7月22日付け記事より)
1.はじめに
熊本日日新聞が報じた、自衛隊の部隊が有識者の「愛国心」や「性的嗜好」まで調べていたという一連の報道は、多くの方に大きな驚きを与えたのではないでしょうか。
本ブログ記事では、この事件を①憲法及び国家賠償法上の違法性の問題と、②立憲主義・法律による行政の原理・法治主義(法の支配)の観点から見た制度の欠陥の問題、という2つのレベルに分けて検討します。
結論を先に申し上げますと、今回の情報収集は憲法13条が保障するプライバシー権を侵害するものとして、国家賠償責任が認められる可能性が高いと考えます。しかし、それ以上に深刻なのは、こうした情報機関による監視が国民の全く知らないところで行われ、法律上の明確な授権も第三者機関による恒常的なチェックもないまま実行され得るという構造そのものです。
これは、主権者たる国民の人権保障を第一とする立憲主義、行政活動には法律の根拠が必要だとする法律による行政の原理、そして権力の恣意的行使を許さない法治主義(法の支配)のいずれの観点からも看過できない問題です。
2.事件の概要
報道によれば、今回の事件の主体は、陸上自衛隊中央情報隊の「現地情報隊」です。本来は海外における人的情報収集(ヒューミント)を任務とする部隊ですが、法的根拠を明示しないまま国内で活動していたとされています。
対象は大学教授やNPO代表など一般市民で、数千人分の情報が集められた可能性があります。収集された個人情報の項目には、氏名・経歴に加え、対日本感情、対自衛隊感情、思想・信条、愛国心、性的嗜好、異性関係、資産情報といった内心の自由・思想信条にかかわる項目や機微・センシティブな項目が含まれていたとされます。
情報収集の手法も特異で、身分開示の程度を4段階に分け、最も秘匿性の高い段階では隊員であることを完全に隠して対象者に接触するよう指示されていたとみられます。対象者の同意は得られておらず、活動の目的や法的根拠が現場に示された形跡もありません。
なお、こうした情報収集活動が防衛大臣ら政治部門にすら十分把握されていなかった疑いがあり、内閣総理大臣の指揮監督権(自衛隊法7条)、憲法の文民条項(66条2項)が予定する統制構造が実効的に機能していなかった可能性があります。本稿ではシビリアンコントロールそのものを主題としませんが、この点もあわせて問題として付言しておきます。
3.自衛隊情報保全隊事件訴訟
(1)はじめに
今回の事件を考える上で参照すべきなのが、2007年に発覚した情報保全隊事件をめぐる訴訟です。自衛隊のイラク派遣に反対する集会・デモ等の参加者について、氏名・肩書のみならず、思想傾向まで記録されていたことが内部文書により明らかになりました。
(2)事案の概要
平成19年6月、ある政党が、陸上自衛隊情報保全隊の内部文書の写しを公開した。文書は、イラク自衛隊派遣に関する国内勢力の反対動向や、東北地方における自衛隊のイラク派遣に反対する活動、日本国内における自衛隊のイラク派遣に反対する活動等に関し、氏名、行動形態、年月日、時間、場所、動員数、行動の概要、備考等をまとめ、一部活動については写真画像も掲載されていた。
これに対して本件文書に記載された活動に参加していた原告らが、活動等を監視され情報を収集されたことにより精神的苦痛を受けたとして、国を被告として自衛隊情報保全隊による監視等の差止めおよび国賠法1条1項に基づく損害賠償を請求するために訴訟を提起した。第一審(仙台地裁平成24年3月26年判決・判例時報2149号99頁)は差止め請求は認めなかったが、本件文書に氏名・職業などの記載のあった原告5名について損害賠償を認めた。第二審(仙台高裁平成28年2月2日判決(確定)・判例時報2293号18頁)は、監視等の差止めについては認めなかったが、つぎのとおり損害賠償請求の一部は認定した。
(3)判旨(仙台高裁平成28年2月2日判決(確定)・判例時報2293号18頁)
行政機関が行う情報収集活動には、「常に個々の法律上の明文規定が必要とまでは解され」ず、自衛隊情報保全隊において、収取の対象となる情報に個人情報が含まれるとしても直ちに違法とはいえない。その上で、情報保全隊による情報収集が違法性を有するか否かの判断にあたっては、「情報収集行為の目的、必要性、態様、情報の管理方法、情報の私事性、秘匿性の程度、個人の属性、被侵害利益の性質、その他の事情を総合考慮する必要がある。」(4)検討
憲法13条は、国民の私生活上の自由を保護しており、「個人の私生活上の自由の一つとして、何人も個人の私的な事柄に関する情報をみだりに第三者に取得、開示又は公表されない自由を有する。」自己情報コントロール権は、権利の外延が必ずしも明らかではなく、成熟性が未だ乏しい。しかし自己情報コントロール権の考え方を斟酌してプライバシーを検討する必要がある。
「自衛隊が、その施設、隊員等を保全するという目的で、その業務の遂行に影響を与える可能性のある行為として」、原告らの活動について「情報を収集する必要性があると判断したことは相応の理由があった。」しかし、氏名、職業等のプライバシーに係る情報の収集には一定の限度があり、「その必要性の程度も考慮する上で、その収集態様等によっては違法性を有する場合があり得る。」
このように判示した上で、裁判所は原告らについて個別に判断を行い、地方議会議員4名については「秘匿性に乏しい」として違法性を否定する一方、一般国民の原告1名については、本名、職業等の情報について収集の必要性は認めがたく、「プライバシーに係る情報の収集、保有は違法」であると判断し、国賠法1条1項に基づいて10万円の損害賠償を認定した。
このように、第一審判決は、自己の情報をコントロールする権利(自己情報コントロール権)を「法的保護に値する人格権」と構成し、原告らの人格権侵害を認めて国に賠償を命じました。これに対し、控訴審判決は、自己情報コントロール権を認めず、プライバシー侵害に基づく判断を行いましたが、実務上重要な指針を残しています。
第一に、法律上の明確な根拠規定を欠くことをもって、直ちに国の情報収集行為が違法になるとはしていません。
第二に、「情報収集行為の目的、必要性、態様、情報の管理方法、情報の私事性、秘匿性の程度、個人の属性、被侵害利益の性質、その他の事情を総合考慮する必要がある。」として、諸般の事情を総合考慮するという、いわば比例原則的な判断枠組みを採用しています。
第三に、「自衛隊が、その施設、隊員等を保全するという目的で、その業務の遂行に影響を与える可能性のある行為として」、原告らの活動について「情報を収集する必要性があると判断したことは相応の理由があった。」として、自衛隊への直接的対応を迫るような活動であれば情報収集の必要性がある、との留保も付されています。
第四に、第一審判決が、「自己情報コントロール権」という人格権的構成を採ったのに対し、控訴審は憲法13条が保障するプライバシー権侵害という構成に絞り、国家賠償法1条1項に基づく賠償責任を認めました。ここで留意すべきは、これは自衛隊の活動を違憲とする憲法判断ではなく、国家賠償法上の不法行為の要件である人格的利益侵害の内容を画するものとして憲法13条を参照した、という位置づけである点です。
また、控訴審が違法と認めたのは、一般国民の公表されていない本名や勤務先を探索した部分に限られており、認容された賠償額も10万円と限定的なものでした。この判決の射程が限定的であったことは、本ブログ記事の結論部分とも関わる重要な点です。
4.憲法学説
プライバシー権について通説的に有力なのは、憲法13条を根拠に、自己に関する情報の取扱いをコントロールする権利として構成する自己情報コントロール権説です。この立場からは、本人が知らないうちに機微な個人情報が収集・保有されること自体が、コントロールの契機を奪うものとして権利侵害を基礎づけやすいという特徴があります。
これに対し近年、曽我部真裕教授は「自己の情報を適切に取り扱われる権利」説を唱え、本人同意や自己決定を必ずしも本質的な要素とはしません。しかし、自己の個人情報の取扱いについて本人同意を本質的な要素でないとすると、本人が全く関知しないまま思想信条や性的指向という機微な情報を収集される本件のような事案をうまく批判できないのではないかと疑問であると考えられます。
上記の自衛隊情報保全隊事件訴訟の第二審が、自己情報コントロール権説そのものを採用しなかったものの、自己情報コントロール権説を斟酌してプライバシー侵害を検討する必要があると述べている点も重要であると考えられます。
5.今回の事件への当てはめ
上記の仙台高裁が示した比例原則的な判断枠組みに照らしますと、今回の事件はより強い違法性を帯びると考えられます。
まず、利用目的が明らかではありません。対日本感情、対自衛隊感情、愛国心、性的指向、異性関係等の機微な情報を把握して何に用いるのか、報道からは全く読み取れません。
仮にもし自衛隊が、対日本感情、対自衛隊感情、愛国心などの情報に基づいて、反政府的な傾向のある国民に対して何らかのアクションを行うであるとか、場合によっては、そのような国民に対して、性的指向や異性関係等の情報を基に、当該国民を威迫等してその思想信条などの変更をせまる等のようなことがあれば、そのような自衛隊や国の活動は、憲法13条の定める個人の尊重や、同19条の定める内心の自由等に抵触し、個人情報保護法63条の「行政機関…は、違法又は不当な行為を助長し、又は誘発するおそれがある方法により個人情報を利用してはならない。」との不適正利用の禁止に違反する違法・不当な行為であるといえます。
次に、収集された情報の性質です。愛国心の有無、政府や自衛隊に対する感情などの思想・信条や性的指向に関する情報は、個人情報保護法2条3項が定める「要配慮個人情報」に相当するセンシティブな情報であり、民間事業者であれば同法20条2項により本人の事前同意なき取得は原則禁止される類のものです。公的機関である自衛隊がこれを同意なく収集することの要保護性は極めて高いといえます。
さらに重要なのが情報取得の態様です。身分を偽って対象者に接触していた点は、単なる秘密裏の観察にとどまらず、偽りその他不正の手段による情報収集というべきものであり、個人情報保護法64条の「行政機関の長等は、偽りその他不正の手段により個人情報を取得してはならない。」との適正取得規定に違反するものであり、仙台高裁判決が考慮要素とした取得の「態様」の観点からも違法性を基礎づける事情です。
これらの諸般の事情を総合考慮すると、今回の自衛隊の情報収集活動は、憲法13条が保障するプライバシー権を侵害するものとして、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任が認められる可能性は高いのではないかと考えます。
防衛省・自衛隊は本事件について調査を行うべきであり、また個人情報保護に関する所管の個人情報保護委員会は、自衛隊・防衛省に対して個情法に基づき資料の提出要求や実地調査等を実施し、必要に応じて助言・指導や勧告などを実施すべきではないかと考えられます(個情法156条、157条、158条)。
6.裁判所による事後救済の限界と第三者機関の必要性
自衛隊情報保全隊事件訴訟においては損害賠償を認定する判決が出されましたが、国家賠償訴訟という司法による事後救済には限界があります。被害者は自分が監視されていた事実を知る術がなく、今回の事件も内部からの情報提供がなければ表面化しませんでした。
この点、自衛隊などの情報機関による「警備情報収集活動は、必ずしも具体的な危険を前提としないため、その目的や情報収集の対象が際限なく拡大するおそれがあり、プライバシー等との緊張を孕みやすい性質の活動であることや、情報収集が秘密裏に行われると、権利侵害を認識すること自体が難しくなり、当事者が権利保護を追求するきっかけを失いかねないこと等を考え合わせれば、かかる情報活動の統制を裁判所による事後的な利益考量に委ねることが妥当かは疑問である」「プライバシー保護の観点では、個人情報が収集されたという事実に対する救済よりも、いつ、どのような条件の下で自己に関する情報を公権力によって取得されるかが見通せないという「状況」からの保護が一層重要である。その意味では、法的根拠」が必要であるとの指摘がなされています(玉蟲由樹「自衛隊情報保全隊による情報収集活動の適法性」『平成28年度重要判例解説』12頁)。
憲法は国民主権を宣言し(前文、1条)、個人の尊重を保障しています(13条)。主権者たる国民が検証し得ない密行的な監視が行われる状態は、統治機構が国民の信託に基づくという立憲主義の建前そのものを空洞化させます。加えて、行政活動には法律の根拠を要するとする法律による行政の原理、そして権力の恣意的行使を許さない法治主義(法の支配)の観点からも、法的根拠が曖昧なまま国民監視が行われ得ること自体が看過できません。愛国心の有無などの思想・信条や、性的指向等という人格の核心的な情報が本人の関知しないまま収集・集積されること自体が、損害賠償の有無以前に、個人の尊厳に対する侵害なのです。
たしかに、情報機関の情報収集活動が一定の密行性を伴うことは、その任務の性質上、ある程度はやむを得ない面があります。しかし、国民の人権保障や国民主権の観点からは、情報収集活動そのものは透明性が必要であり、検証可能でなければなりません。つまり、個々の活動の詳細を秘匿することと、その活動全体を独立した第三者機関が恒常的に監視・監督する仕組みを持つこととは、両立可能であり、両立させなければならないのです。
したがって、自衛隊・警察・公安調査庁等の情報機関に対しては、独立した第三者機関による恒常的な監督の仕組みが不可欠ではないかと考えられます。英国の調査権限審判所(IPCO)や米国の外国情報監視裁判所(FISC)は、活動の秘密性を保ったまま独立審査を行う制度を現に運用しており、「秘匿性の必要」は第三者機関を置かない理由にはなりません。
ドイツでも、2020年の連邦憲法裁判所によるBND法違憲判決を受け、2021年のBND法改正により、裁判官とIT技術専門家から構成される第三者機関である「独立統制評議会(Ukr)」が新設され、議会統制委員会(PKGr)やG10委員会とあわせた多層的な監督体制が整備されています(以前の本ブログ記事(国家情報会議・国家情報局と2020年ドイツBND法違憲判決)でもとりあげたとおりです)。

(内閣官房サイバー安全保障体制整備準備室「先進主要国における通信情報利用の実施過程とその制限・監督」サイバー安全保障分野での対応能力の向上に向けた有識者会議 通信情報の利用に関するテーマ別会合(第2回)(2024)より)
7.まとめ
自衛隊情報保全隊事件という前例がありながら、2026年に成立した国家情報会議設置法・国家情報局にも独立した監視監督のための第三者機関などの仕組みは設けられませんでした。他方、わが国の能動的サイバー防御法の運用についてはサイバー通信情報監理委員会という監視機関が現に設けられています。これは、情報機関には独立の第三者機関の監視・監督が不可欠だという教訓が、いまだ立法に活かされていないことを示していると思います。
被害が発覚してから10年近く経った判決でわずか10万円の賠償が認められるという事後救済の枠組みだけでは、国民の愛国心の有無などの思想・信条や、性的指向という人格の核心に関わる情報が国の情報機関により密行的に集積されること自体を防ぐことはできません。司法による個別救済と並行して、独立した第三者機関による恒常的な監督の法制化こそが急務であると考えられます。
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■参考文献
・判例時報2149号99頁
・判例時報2293号18頁
・丸山敦裕「自衛隊情報保全隊による情報収集活動の適法性」『平成24年度重要判例解説』16頁
・玉蟲由樹「自衛隊情報保全隊による情報収集活動の適法性」『平成28年度重要判例解説』12頁
・清水雅彦「自衛隊情報保全隊による国民の監視活動が一部違法とされた事例」|新・判例解説Watch 憲法No.110
・宍戸常寿『新・判例ハンドブック 情報法』203頁
・「【独自】陸自情報部隊が「愛国心」など調査か 国内有識者ら対象に個人情報収集 数千人分、シビリアンコントロール逸脱も」|熊本日日新聞
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