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アクセス警告方式の図
(ACTIVEのアクセス警告方式のイメージ図。総務省サイトより。)

1.はじめに
出版業界からの強いロビー活動により、政府与党はネット上のマンガの海賊版対策を相次いで検討しているところですが、いわゆる「ブロッキング」、また著作権法の一部改正による「ダウンロード違法化対象拡大」などの案は、それぞれの問題点の大きさから頓挫してきました。そのようななか、政府は4月19日より総務省の検討委員会において、マンガの海賊版対策として、「アクセス警告方式」の検討を始めました。しかし、マンガの海賊版対策としてアクセス警告方式は妥当なものといえるのでしょうか?

2.アクセス警告方式
「アクセス警告方式」とは、「ユーザー(国民)の同意に基づき、インターネット接続サービスプロバイダ(ISP)において、ユーザーのネット上での全てのアクセス先をチェックし、特定の海賊版サイトへのアクセスを検知した場合、「本当に海賊版サイトにアクセスしますか? はい/いいえ」等の警告画面を表示させる仕組み」とされています(「総務省 資料1-5 アクセス抑止方策に係る検討の論点(案)」2頁より)。

・インターネット上の海賊版サイトへのアクセス抑止方策に関する検討会(第1回)配布資料|総務省

このアクセス警告方式は、サイバー攻撃に対応するためのACTIVE(Advanced Cyber Threats response InitiatiVE)という取り組みにおいて採用されているものを、2018年8月のブロッキングの是非が検討された「インターネット上の海賊版対策に関する検討会議5回」において、憲法の宍戸常寿・東大教授がブロッキングに代わる案として提案したものです(2018年8月24日宍戸常寿「アクセス警告方式について」、2018年8月30日宍戸常寿「アクセス警告方式について(補足)」)。

宍戸教授はその提案書において、「通信の秘密の利益の放棄に係る「真性の同意」の条件につき、ACTIVEの整理を参考にすれば、一般的・類型的に見て通常の利用者による許諾が想定でき、オプトアウトを条件としつつ、以下の条件を満たせば、海賊版サイトについてもアクセス警告方式を導入することは可能ではないか」として、その条件を、「①静止画ダウンロードが違法化されること、②警告画面の対象となる海賊版サイトの基準が合理的かつ必要最小限度の範囲であること、③海賊版サイト該当性が公正に判断されていること」の3点としています。

すなわち、宍戸教授のアクセス警告方式をマンガ海賊版サイトに転用するという提案は、国会での審議を経た立法手当ではなく、民間企業たるISPにおける規約・約款的な措置で海賊版サイトへの対応を行ってしまおうというものです。

3.通信の秘密
この点、法令をみると、憲法21条2項が通信の秘密について定め、業法である電気通信事業法4条1項も通信の秘密を事業者に義務づけ、同179条は通信の秘密侵害に対する罰則を置いています。

憲法
第21条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
  検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

電気通信事業法
第4条 電気通信事業者の取扱中に係る通信の秘密は、侵してはならない。

憲法21条2項後段が国民の基本的人権として、「通信の秘密」を保障しているのは、通信が表現行為の一つであるからだけでなく、通信の秘密が私生活の保護、すなわち憲法13条に基づくプライバシーの権利を保障の根本としているとされています(芦部信喜『憲法 第7版』230頁)。

そのため、通信の秘密の対象は、手紙やメールの本文、電話の通話内容などの通信の内容が含まれることは当然として、通信の宛先・住所、電話番号、メールアドレスなどの通信データ・メタデータなどの通信の外形的事項も含まれると判例・学説・実務上理解されています(曽我部真裕・林秀弥・栗田昌裕『情報法概説』51頁)。

ところで、通信の秘密も基本的人権ではあるものの無制約ではなく、その規制の適法性は「必要最小限度」の制約であるか否かにより判断されます(長谷部恭男『註釈日本国憲法(2)』435頁〔阪口正二郎〕)。

この点、昨年8月に海賊版サイト対策にアクセス警告方式の転用を提案した宍戸教授が、その前提条件の一つとして「静止画ダウンロードが違法化されること」をあげているのは、この必要最小限度の要件をクリアするためであろうと思われます。

宍戸教授は、上であげた2018年8月30日付の「アクセス警告方式(補足)」において、この静止画ダウンロード違法化がなされないままアクセス警告方式が行われることの問題をつぎのように説明しています。

一般的・類型的に見て通常の利用者による許諾を想定できるといえる典型的な状況が利用者本人にとっての不利益を回避する場合であり、利用者に違法行為をさせないという点で明確である。仮に、海賊版サイトの閲覧行為が利用者本人にとって法的に消極的に評価されることを明確化できないのであれば、海賊版サイトの閲覧行為がマルウェア感染等別の形で利用者本人の不利益になるおそれが一般的にあるかどうかによることになる(あるいは、そのようなおそれのある海賊版サイトに警告表示を限定する等の工夫が必要になる)。特段そのような事情がないにもかかわらず警告方式を用いようとすることは、約款による同意が通信の秘密の放棄と評価できないおそれがあるとともに、利用者に対する警告の感銘力も低下し、対策の実効性も低下する点にも注意が必要である。


このように、アクセス警告方式の提案者本人である宍戸教授ですら、静止画ダウンロード違法がなされないままのアクセス警告方式の導入は困難としているのですから、現段階でのアクセス警告方式の導入は通信の秘密に対する必要最小限度の制約を超えたものであり、法的に無理であるといえます。

また、かりに海賊版サイト対策のためにアクセス警告方式を導入すると、ISPはすべてのユーザー・国民のすべてのウェブサイトのアクセス先を24時間365日チェックし続けることになるわけですが、これも「必要最小限度」の度合いを超えており、通信の秘密の侵害となるのではないでしょうか。

総務省は、通信の秘密のうちアクセス先・URLなどの通信データ・メタデータを取得しているだけだから通信の秘密侵害にならないと主張するようですが、アクセス先・URLなどの通信データ・メタデータなどの外形的事項も通信の秘密の保障の範囲内であることは、憲法・情報法の判例・通説・実務がこれまで認めてきたところです(長谷部恭男『註釈日本国憲法(2)』435頁〔阪口正二郎〕、曽我部真裕・林秀弥・栗田昌裕『情報法概説』51頁、大阪高裁昭和41年2月26日判決)。

同時に、電気通信事業法3条は、電気通信事業者による検閲を禁止していますが、ISPによる24時間365日のユーザーのネット上の挙動のモニタリングは、この検閲に抵触しないのかも問題になると思われます。

4.約款論
さらに、宍戸教授および総務省は、「アクセス警告方式は、つぎの3要件を満たせば、通常緒の利用者であれば許諾すると想定されるので、約款に基づく事前の包括的同意であっても有効である」と主張しています。これは民法・商法の分野で議論されてきた、約款という制度を説明するための民法学者のとる意思推定理論にたっているものと思われます。

意思推定理論とは、「約款の開示とその内容に合理性があるならば、契約としての意思の合致を擬制してもよい」というものです(近江幸治『民法講義Ⅴ契約法[第3版]』24頁)。

この点、意思推定理論によると、約款には「合理性」が必要となります。しかし、静止画ダウンロードが違法化されていない現時点においては、海賊版サイトへのアクセスが別に違法でもなんでもないにもかかわらず、ISPが24時間365日、ユーザー・国民のネット上の挙動をモニタリングしつづけるという「約款」は、あまりにも国民の通信の秘密を侵害しており、当該約款には合理性が無く違法ということになるのではないでしょうか。

むしろ海賊版サイト対策のためにISPが24時間365日、ユーザー・国民のネット上の挙動をモニタリングしつづけることは、ユーザー・国民の法令上の権利を不当に制限する「不当条項」に該当するとして、消費者契約法10条、改正民法548条の2第2項に照らして無効と裁判所等に判断される可能性があるのではないでしょうか。

5.サイバー攻撃対策のアクセス警告方式を海賊版サイト対策に持ってくることの違和感
最後に、そもそも宍戸教授や総務省などが、サイバー攻撃対策のためのACTIVEのアクセス警告方式を海賊版サイト対策に持ってくることに、強い違和感というか、法的バランスの悪さを感じます。

ACTIVEのアクセス警告方式も24時間365日すべてのユーザーのすべてのネット上の挙動をモニタリングするという通信の秘密という基本的人権を侵害する制度なのですから、本来は通信傍受法などのように、国会での審議を経て立法手当をした上で行うべきです。

ただし、ACTIVEのアクセス警告方式は、サイバー攻撃から日本の個人・法人・国など社会全体のサイバーセキュリティを守るためという、刑法的にいえば社会的保護法益を守るという趣旨の制度であるがゆえに、かろうじて「アクセス警告方式=民間企業の約款」制度が不問にふされているだけであろうと思われます。

一方、今回問題となっている、マンガの海賊版サイトの件は、はっきり言ってしまえば、たかだか出版社と漫画家達の個人的・個社的な利益である財産的法益の侵害が問題となっているに過ぎません(漫画家の先生方には申し訳ございませんが)。社会全体のサイバーセキュリティの保護という社会的法益に比べれば非常に軽い保護法益です。

そもそもこの財産的な損失は、出版社などが民事訴訟を海賊版サイトに提起するなどして自己責任で何とかすべき筋の話です。国がこうも出版業界のために様々な政策案を検討してあげているのも、何らかの薄ら暗いものを感じさせます。

秤にかけられている対立利益が国民の重要な精神的利益である通信の秘密・プライバシー権であることをも考えると、ACTIVEのアクセス警告方式をそのままマンガ海賊版サイト対策にもってくることは法的に無理筋すぎると感じます。

例えるならば、出版社などの財産的利益の侵害という「はえ」を倒すのに、ブロッキングと同レベルに国民の通信の秘密を侵害するアクセス警告方式という「大なた」を立法手当もないままに振り回す行為は、日本の個人にも国家にもよいことがないと思われます。

■関連するブログ記事
・漫画の海賊版サイトのブロッキングに関する福井弁護士の論考を読んでー通信の秘密

■参考文献
・芦部信喜『憲法 第7版』230頁
・長谷部恭男『註釈日本国憲法(2)』435頁〔阪口正二郎〕
・曽我部真裕・林秀弥・栗田昌裕『情報法概説』51頁
・近江幸治『民法講義Ⅴ契約法[第3版]』24頁


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1.はじめに
最近、裁判所が自動車保険の請求代理制度と生命保険の指定代理人制度の異同について論じためずらしい判決が法律雑誌に掲載されていました。

2.札幌高裁平成28年7月15日判決(控訴棄却・上告、判例タイムズ1435号159頁)
(1)事案の概要
昭和43年生まれの控訴人Xは、本件原付バイクをバイク店(保険代理店・保険契約者)より借り、本件バイクの運転者を被保険者とする自動車総合保険契約(以下「本件保険契約」という。保険者は被控訴人のY保険会社)に被保険者として加入していた。

本件保険契約の保険約款の基本条項20条3項、4項にはつぎのような規定が置かれていた。

(3) 被保険者に保険金を請求できない事情がある場合で、かつ、保険金の支払を受けるべき被保険者の代理人がいないときは、次のいずれかに該当する者がその事情を示す書類をもってその旨を当会社に申し出て、当会社の承認を得たうえで、被保険者の代理人として保険金を請求することができます。
① 被保険者と同居または生計を共にする配偶者
② ①に規定する者がいない場合または①に規定する者に保険金を請求できない事情がある場合は、被保険者と同居または生計を共にする親族のうち3親等内の者
③ ①および②に規定する者がいない場合または①および②に規定する者に保険金を請求できない事情がある場合は、①以外の配偶者または②以外の親族のうち3親等内の者

(4)(3)の規定による被保険者の代理人からの保険金の請求に対して、当会社が保険金を支払った後に、重複して保険金の請求を受けた場合であっても、当会社は、保険金を支払いません。

平成21年11月9日にXは、原動機付自転車(本件バイク)で青信号の道路を走行していたところ十字路で左前方の路地から侵入してきた自転車と正面衝突する交通事故に遭った。

この交通事故により、Xは外傷性くも膜下出血、脳挫傷、器質性精神障害などを受傷し、交通外傷後高次脳機能障害の後遺障害(見当識障害、注意障害、記銘力障害、幻視、易怒性など)を負い、平成24年7月20日に労災保険法施行規則に定める障害等級2級と認定された。

Y保険会社の本件事故の担当者Bは、事故から約1年後の平成22年2月12日に、保険契約者であるバイク店より本件事故の第一報を受けた。Bは保険金請求の案内はがきを出したり、電話をかけるなどを行ったがXと連絡がとれなかった。

平成23年11月29日にバイク店からの連絡でBはAの連絡先を知り、同年12月1日および2日に電話にてXの保険金請求の案内を行ったところ、Aは、本件事故によりXは重度の後遺障害を負っているので本人に連絡しないでほしい趣旨の意向を伝えた。平成24年7月30日に、BはAより保険金請求書、医療記録に関する同意書、印鑑証明書、念書などの必要書類を受領した。

平成24年7月30日、YにXより電話があったため、Bが折り返し電話を掛けたところ、Xは診断書を提出するので保険金を支払ってほしいとの趣旨であったため、Bは返信用の封筒をX宛に郵送したが、診断書は送られてこなかった。

平成24年9月10日、Xより年金証書がFAXでYに送付された。また調査担当者によりYは病院から診断書などを受領し、保険金支払い査定を行い、Xは後遺障害等級3級3号に該当し、自損事故特約保険金(後遺障害)など、合計約1260万円が支払いの対象となると判断した。

平成24年9月24日、BはAに対して上の保険金が支払いとなる旨を伝えたところ、Aは、Xは浪費等の問題があるとして、保険金156万円のみをXの口座に支払い、残りの約1110万円はAの口座に支払うよう要請し、Yはそれに従ってそれぞれ保険金を支払った。Aは平成25年7月25日に死亡した。事情を知ったXが本件訴訟を提起。

Xは、Yには被保険者であるXに対して保険金を支払う義務があったにもかかわらず、父親であるAが無権限であることを知りながら、同人名義の銀行口座に保険金合計1264万円を支払い、Xに損害を与えたなどと主張し、本件保険契約上の付随義務違反に基づき, 1264万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。

これに対し、Yは、本件保険契約については、その保険約款(以下「本件約款」という)において、「代理請求制度」が規定されているところ、①被保険者であるXは、障害等級2級に該当する交通外傷後高次脳機能障害に罹患しており、保険請求の能力を欠いているから、本件約款款が規定する「被保険者に保険金を請求できない事情がある場合」に当り、②AはXの父として、本件約款の規定する「被保険者の代理人」に該当することから、Aの代理請求制度に基づく保険金の請求に応じてAに保険金を支払ったYは、本件約款の規定により免責されるなどと主張して争ったものである。

原審(札幌地裁平成28年2月17日判決)は、Yの上記主張に理由があるなどとして、Xの請求を棄却したところ、Xがこれを不服として控訴したが、控訴審も同様の理由により控訴を棄却した。

(2)判旨
『Xは、指定代理請求制度が被保険者の同意を得て予め指定した代理人により保険請求ができるという制度であり、当然に、一般的な代理権を基礎づけるものではなく、また、仮に、Aが代理請求人であったとしても、例外的な制度である指定代理人請求制度がA名義のゆうちょ銀の口座に被保険者の保険金を送金する代理権までを認めるものではない旨主張する。

 しかし、そもそも、本件約款が規定し、Aが利用した制度は代理請求制度であって、指定代理請制度ではないところ、代理請求制度は、代理人に対して、保険金を請求し受領する権限を与えるものであると解される。したがって、Aには、本件保険金を受領する権限が認められているのであるから、本件保険金をA名義の口座に送金させこれを受領することは,その権限内の行為であって、Aに対する本件保険金の支払は有効である。したがって、Xの上記主張は理由がない。


このように判示して、本件高裁判決は、YのAへの代理請求制度による保険金支払いは正当であり、Yは再度Xに対して保険金を二重払いする義務を免責されるとしました。

3.分析・解説
(1)損保の代理請求制度と生保の指定代理制度
うえの2.(1)でみたように、自動車保険などの保険約款には保険金支払いの例外的な場合として、「代理請求制度」が一般に規定されています。

この損害保険の代理請求制度とは、「被保険者が保険金受取人である契約において、被保険者自身が保険金を請求できない事情がある場合で、かつ、被保険者の代理人がいないときに、所定の方が被保険者の代理請求人として、保険金を請求することができる制度です」と解説されています(損害保険総合研究所「損害保険Q&A」問78)。

そして、この定義中の「被保険者自身が保険金を請求できない事情」について、同Q&Aは、「意識不明の状態など被保険者に意思能力がない場合(診断書や医師の見解を確認することなどによって、慎重に判断されます。)」と解説しています。

一方、生命保険の指定代理請求制度とは、「被保険者が保険金受取人で、保険事故発生の時点で、被保険者自身が重篤で意思能力がない状態であったり、被保険者本人が「余命6ヶ月以内」という余命告知を受けていなかったりする理由等で自ら保険金の請求手続きを行えない状態の際に、一定の要件を満たす被保険者の家族など(指定代理人)から保険金支払の請求ができるよう創設された制度」です。そして、指定代理人は、「被保険者の同意のもと、 契約者によってあらかじめ指定されている特別の代理人」であり、実務取扱い上は、生命保険契約の申込の際に保険契約者・被保険者に指定していただくのが通常です(長谷川仁彦・竹山拓・岡田洋介『生命・傷害疾病保険法の基礎知識』252頁)。

このように、損害保険における代理請求制度と生命保険における指定代理制度は似た制度ですが、生命保険の指定代理制度は指定代理人について被保険者があらかじめ同意しているのに対して、損害保険における代理請求制度は代理請求人を被保険者があらかじめ同意していない点が異なります。

(2)Xの代理人弁護士の重大なミス
このように、損保の代理請求制度と生保の指定代理制度は似て非なる制度であるにもかかわらず、本件訴訟の地裁・高裁判決を読むと、Xの代理人弁護士は損保の代理人請求制度を生保の指定代理制度と誤解し、指定請求制度に照らしてYの対応はおかしいととんでもない主張を行っています。また、判決文によると、Xの代理人弁護士は、「保険は民法の第三者のためにする契約であるから被保険者は保険会社の約款に拘束されない」旨の無茶苦茶な主張も行っています。このような弁護士の度重なるオウンゴールにより、本件訴訟は、裁判所が「本件は代理請求制度が適用されるべき場面であり、指定管理制度と主張するXの主張は失当」という趣旨の請求棄却をあっさり出して終わっています。

思うに、本件訴訟のX側の弁護士は保険金請求訴訟に関してド素人のようで驚いてしまいます。素人なら素人なりに文献を調査して訴訟を行うべきなのではないでしょうか。本件訴訟はXの弁護過誤レベルに思えます。Xはこの弁護士を名宛人として損害賠償訴訟を提起しても許されるレベルに思えます。

(3)Y損害保険会社の金融機関としての注意義務は尽くされているか
本件訴訟においてはY保険会社はX側の弁護士の「自爆」によって勝訴していますが、判決文を読んでいて、Y(とくにB)の保険金支払い業務が適切であったのかは疑問を感じます。判決文を読むと、Bは何度もXの父Aと面会を繰り返し、保険金支払いの準備を進めています。しかしBは肝心の被保険者(保険金受取人)本人であるXとは一回も面談していません。唯一BがXとやり取りしたのは、平成24年7月30日にXがY社に電話をしてきたので折り返し電話をした際のみです。

しかもこの際にBはXから保険金請求をしたいとの申し出を受けたにもかかわらず、診断書を送るよう答えて封筒を送るだけで、保険金請求書類を送っていません。

うえでみた損保総研のQ&Aによると、代理請求制度の適用が可能となるのは、被保険者本人が意思能力を失った場合など例外的な場合に限られるはずです。

たしかに交通事故により重篤な外傷を罹患した後遺障害で、Xは判断能力・事理弁識能力が大きく低下してしまっているようですが、警察に相談などして、Y保険会社に電話をして自分の保険金を支払ってほしいと請求を行っているのです。Xの状況が意思能力を失った状況とは思えません。B(Y)はAへの保険金支払いありきではなく、AとXのどちらに保険金を支払うべきか、もっと慎重な対応が必要だったのではないでしょうか。少なくともBあるいはY社が委託した保険調査員が自宅を訪問し、Xと直に面談を行い、Xの意思能力・判断能力をチェックすべきだったのではないでしょうか。Y社は本件の保険金支払いにあたり、金融機関としての注意義務を尽くしていたといえるか疑問です。(私は生保の人間なので、損保の実務はよく存じ上げないのですが、元保険金支払査定部門の人間としてはYの大雑把な業務には疑問を感じます。)

(4)金融機関の注意義務(民法478条)
民法478条は本事案のように金融機関が金銭を二重払いするリスクを負う場面でしばしば問題となります。つまり、保険会社は保険金受取人らしく思われる人間(債権の準占有者)に対して保険金を支払った場合は、当該保険会社が保険金支払いにあたり善意・無過失であった場合に限り、後日、真の保険金受取人から支払いの請求を受けたときにその二重払いを免れるのです。

そして、ここでいう金融機関の善意・無過失とは、「金融機関としての注意義務を尽くしていたこと」が必要であるとされています(最高裁昭和48年3月27日判決、保険会社に関するものとして最高裁平成9年4月24日判決)。

しかしうえでみたように、BおよびY社は、最初からAへの保険金支払いありきのようであり、真の保険金受取人であるXとはまともにやり取りをしていません。

4.まとめ
この点、本件訴訟においては、Xの代理人弁護士は、生保の指定代理制度を持ち出したり、あるいは「保険契約に不随する注意義務」などのトリッキーな珍理論によりXへの保険金支払いを主張するのではなく、王道である、保険金支払いにおける民法478条による金融機関として尽くすべき注意義務をYは尽くしているのかという点を主な争点にすえるべきだったのではないかと思われます。

■参考文献
・『判例タイムズ』1435号159頁
・長谷川仁彦・竹山拓・岡田洋介『生命・傷害疾病保険法の基礎知識』252頁
・山下友信『保険法』537頁
・近江幸治『民法講義Ⅳ 第3版』298頁
・損害保険総合研究所「損害保険Q&A」問78

保険法

生命・傷害疾病保険法の基礎知識

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