
1.はじめに
自民党ウェブサイトの憲法改正実現本部のページをみると、自民党は、①自衛隊の明記、②緊急事態対応、③合区解消、④教育充実、の4点を憲法改正すべき項目に掲げています。そこで、本ブログ記事では、「緊急事態対応」の部分を見てみたいと思います。
(関連するブログ記事)
・自民党の憲法改正案の「自衛隊の明記」について
2.自民党の緊急事態条項
自民党の2025年の憲法改正案の緊急事態条項はつぎのようになっています。
第73条の2 大地震その他の異常かつ大規模な災害により、国会による法律の制定を待ついとまがないと認める特別な事情があるときは、内閣は、法律で定めるところにより、国民の生命、身体及び財産を保護するため、政令を制定することができる。
② 内閣は、前項の政令を制定したときは、法律で定めるところにより、速やかに国会の承認を求めなければならない。
(※内閣の事務を定める第73条の次に追加)
第64条の2 大地震その他の異常かつ大規模な災害により、衆議院議員の総選挙又は参議院議員の通常選挙の適正な実施が困難であると認めるときは、国会は、法律で定めるところにより、各議院の出席議員の3分の2以上の多数で、その任期の特定を定めることができる。
(※国会の章の末尾に特定規定として追加)

(自民党「日本国憲法の改正実現に向けて(資料編)」より)
3.自民党憲法改正案の緊急事態条項について
(1)「緊急事態」の要件
緊急事態の要件が、条文上、「大地震その他の異常かつ大規模な災害により」と、大地震その他の災害に限定されています(73条の2第1項)。
しかし、自民党憲法改正推進本部の「日本国憲法の改正実現に向けて(解説)」7頁は、「対象とする緊急事態の範囲について、従来は東日本大震災の経験を踏まえて「大規模自然災害事態」としてきた。しかし、その後に生じたコロナ禍やロシアによるウクライナ侵攻などを経て、現在では、①大規模自然災害事態、②テロ・内乱辞退、③感染症まん延辞退、④国家有事・安全保障事態、⑤その他これらに匹敵する事態、とすべきと考えている。」と解説しており、2012年の自民党憲法改正草案の内容にかなり戻っているようです。
この点、緊急事態の要件が、「⑤その他これらに匹敵する事態」と、バスケット条項を置いているのは、時の内閣の恣意的判断で緊急事態の発動ができてしまい、濫用のおそれがあります。
また、緊急事態の発出については国会・裁判所など第三者機関によるチェックがなされないことも、緊急事態の濫用の危険があります。
73条の2第2項は、内閣が政令を作成したときは、事後に国会の承認が必要としていますが、事前の承認が不要なことも、緊急政令の濫用のおそれがあります。
(2)緊急事態の効果
(ア)「国民の生命、身体及び財産を保護するための政令」
いったん緊急事態が開始されると、内閣は、「国民の生命、身体及び財産を保護するため(の)政令」の制定が可能となります。
しかし、「国民の生命、身体及び財産を保護するため」の政令というのは、非常に漠然としており、どのような内容の政令も作成が可能となってしまうのではないでしょうか。このような憲法の規定は「漠然ゆえに無効」であるとして、無効となるのではないでしょうか。
また、2012年の自民党憲法改正草案の緊急事態条項の条文における緊急政令は、法律と同様のものを内閣のみで作成できるとしていました。しかし2024年の自民党の緊急事態条項における「政令」はどのような法的レベルのものであるかが明記されていません。この点も漠然としていて問題が大きいと考えられます。自民党は細目は法律に委ねると考えているのかもしれませんが、何でもかんでも法律や国会に委ねてしまうことは、国民の基本的人権を守ることや立憲主義との関係で大きな問題があります。
(イ)「「有事モード」に切り替える」
加えて、自民党憲法改正推進本部の「日本国憲法の改正実現に向けて」4頁は、「緊急事態に際し、国家の責務と権限を明確にし、国民を守り抜くための最大機能を発揮させるためには、国家の体制を「有事モード」に切り替える概念を憲法に定めておくことが必要不可欠」。として、「「有事モード」への切り替えが必要」であることが強調されています。
この「「有事モード」に切り替える」とは、言ってみれば、「国民の意識を切り替え、国民に対して政府・国家に従うことを命令する」ということなのではないでしょうか。
しかし、国家主義的・全体主義的な明治憲法下の戦前の日本とは異なり、現在の日本は近代立憲主義の憲法を持つ国家です。近代立憲主義においては憲法の意味は、憲法や法律によって国家の権力を縛り国民の基本的人権や自由を保障するものであり、また、政府など統治機構は国民の基本的人権や個人の尊重という目的のための手段です。
そのため、自民党の主張する「「有事モード」への切り替え」は、近代立憲主義や、近代立憲主義における国家・統治機構の目的に反する戦前のような国家主義・全体主義的なものであり、許容されないものです。
(ウ)緊急事態の期間が規定されていない
2025年の自民党の改憲案をみると、緊急事態の日数の規定が存在しません。この点、2012年の自民党憲法改正草案では緊急事態の期間は「100日」と規定されていたのですが、これは大きなレベルダウンです。内閣に国家の権限を集中させるという、国民の人権制約の危険の高い緊急事態なのですから、その期間はできるだけ短くあるべきですし、その日数については憲法の条文に明記すべきです。
4.緊急事態条項の濫用の問題
(1)緊急事態条項の濫用のおそれ
このように、ざっとみただけでも、自民党憲法改正草案の緊急事態条項は、内閣以外の機関によるチェックとコントロールによる歯止めが乏しく、時の内閣、政府与党による濫用、つまり国家の暴走の危険が非常に高いものとなっています。
世界的にも、緊急事態条項は時の政治権力者に濫用されてきた歴史があります。たとえば戦前のドイツのヒトラーは、250回も緊急事態条項を乱発したとされています。また、フランスのド・ゴールは、1961年のアルジェリア独立紛争の際に、自らへの批判を封じるために緊急事態条項を発動し、紛争は約1週間で終結したにもかかわらず、5か月も間緊急事態を解除しなかったとされています。
戦前の日本でも、1905年の日露戦争終結後に戒厳令が発令されるなど、戒厳令が政治権力者により濫用されています。現行憲法が緊急事態条項を持たないのは、不備なのではなく、日本や世界における濫用への反省から、あえて置かなかったとされています。
この点、憲法の教科書においては、「戦争・内乱などの非常事態において、国家の存立を維持するために国家権力が立憲的な憲法秩序を一時停止して非常措置をとる権限を国家緊急権という。」「立憲的な憲法秩序を一時的にせよ停止し、執行権への権力の集中と強化を図って危機を乗り切ろうとするものだから、立憲主義を破壊する大きな危険性をもっている。」
としたうえで、西欧諸国の憲法では、①緊急権発動の条件・手続き・効果を詳細に定めておく方式と、②その大綱を定めるにとどめ、特定の国家機関に包括的な権限を授権する方式、の二つがあるが、「とくに②は、(戦前のドイツの)ワイマール憲法の例など、濫用の危険が大きい」としています(芦部信喜『憲法[第6版]』376頁)。
自民党の憲法改正案の緊急事態条項は、まさに②の方式であり、濫用の危険が大きいといえます。
(2)本当に緊急事態条項は必要なのか
自民党は、東日本大震災を例に出して、憲法に緊急事態条項は必要であるとしています。しかし、現地で弁護活動に従事した弁護士を含め、各方面の学識者が、東日本大震災で発生したさまざまな問題に対しては、災害対策基本法、大規模地震対策特別措置法、原子力災害対策特別措置法などの各種の法律はすでに準備されていたものの、当時の内閣や政府が機能不全となり、その各種の法律を使いこなすことができなかった行政側の準備に問題があり、緊急事態条項は不要との指摘があります。
また、戦争などに関しては、戦争やテロが発生した場合に備えて2004年に制定された国民保護法(武力攻撃国民保護法)や、警察法の第6章の「緊急事態の特別措置」の部分も、戦争やテロなどが発生した際に、自治体の長や警察などは、国民に避難の指示を出したり、治安維持のための活動を行うことができると規定しています(国民保護法11条1項、警察法71条1項など)。そのため、立憲主義を危険にさらしてまで緊急事態条項を新設すべきなのかについてはやはり大きな疑問が残ります。
(3)ドイツの緊急事態条項
なお、ドイツは冷戦の状況下でNATO軍に加入するにあたり、1968年のボン基本法(憲法)の改正の際に、緊急事態条項を新設しました。
しかし、戦前の濫用の反省から、緊急事態条項にさまざまな制限を課しています。たとえば、詳細な規定を置いているので条文は10条となっており、また、少人数の国会議員により構成される「合同委員会」が、事前承認を行うこととし、内閣による発動をチェックおよびコントロールする仕組みとなっています。
そういった意味で、かりにわが国の憲法に緊急事態条項を新設するとしても、自民党の改憲案のものはあまりにも大ざっぱで乱暴すぎると考えられます。
(関連するブログ記事)
・自民党の憲法改正案の「自衛隊の明記」について
・コロナ禍の緊急事態宣言で国民の私権制限をできないのは憲法に緊急事態条項がないからとの主張を考えた
・自民党憲法改正草案を読んでみた(憲法前文~憲法24条まで)
・自民党憲法改正草案を読んでみた(憲法25条~憲法102条まで)
(参考文献)
・芦部信喜『憲法 第6版』376頁
・伊藤真『赤ペンチェック自民党憲法改正草案』85頁
・小林節・伊藤真『自民党憲法改正草案にダメ出しくらわす』122頁
・伊藤真『憲法問題』202頁
・木村草太『増補版 自衛隊と憲法』169頁

