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タグ:自動車保険

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1.はじめに
喧嘩による受傷・後遺症について、自動車保険の闘争行為免責が認められためずらしい裁判例が神戸地裁で出されていました(神戸地裁平成30年5月10日判決、金融・商事判例1556号32頁)。

2.事案の概要
(1)事案
平成25年7月10日午後5時ごろ、神戸市のAパチンコ店(本件パチンコ店)の駐車場(本件駐車場)の出入り口付近において、Y1(被告)は、X(原告)の運転する自動車がY1の自動車(Y1車)と衝突しそうになったことに立腹し、Xの運転する自動車の前にY1車を停止させ、X・Y1はそれぞれその場で自動車を降りて口論となった。

その後、Y1は「もうええわ」とその場を立ち去ろうとY1車に乗り発進させようとしたところ、XはY1を追いかけて解放された状態のY1車の運転席ドアの内側に入り、エンジンキーを取ろうとしてY1とXはもみあい状態となった。さらにその後、Xの知人Bが本件駐車場に来てXの加勢をしようとY1車に近づいてきたのをみたY1は、XがY1の左肩の襟の辺りをつかみ、Y1を助手席に押し込もうとしていたところ、その場を逃走したいと考え、Y1車の前に別の自動車が停止していたため、Y1車を後方に発進させた。

このY1車の後方発進により、Xは約5m引きずられ、顔面、右肩、左胸、両手、右膝、右足を負傷する本件事故が発生した。Xは整形外科で頸椎捻挫、右腋穿挫傷と診断され、通院治療を受け、後遺症を負った。

(2)保険契約の状況
Y1の妻Bは、損害保険会社Y2との間で、対象となる車をY1車、被保険者をY2とする任意自動車保険契約を締結していた。当該自動車保険の普通保険約款には、保険契約者、被保険者またはこれらの者の法定代理人の故意によって生じた損害に対しては保険金を支払わない旨の免責条項(故意免責条項)が規定されていた。

また、Xは損害保険会社Y3との間で、被保険者をXの妻Cとする自動車保険契約を締結していたところ、同保険契約には無保険車傷害特約が付加されていた。同特約の約款条項には、被保険者等の闘争行為によって生じた損害に対しては保険金を支払わない旨の免責条項(闘争免責条項)が規定されていた。

(3)訴訟提起
XはY1に対して不法行為に基づく損害賠償として約1345万円の支払いを、Y2損害保険会社に対しては約1345万円の支払いを、Y3損害保険会社に対しては約1079万円の支払いを求めて提訴した。

(4)主な争点
争点①
対人・対物賠償保険における故意免責の適否
争点②
無保険車傷害特約における闘争行為免責の適否

3.判旨(一部認容・一部棄却、控訴後取下げ)
判決はY1に対する約130万円の支払いを命じたものの、Y2およびY3に対する請求は棄却。

(1)争点① 対人・対物賠償保険における故意免責の適否
『そうすると、Y1は、Xと至近距離にあり、現にXに身体を掴まれていたのであるから、Y1車を後退させる際、Xが運転席ドアの内側におり、Y1を掴んでいたことを認識していたと認めるのが相当であり、そのような認識である以上、Y1は、そのような状態でY1車を後退させれば、重量がある金属製のY1車と生身のXが接触し、これによりXが転倒するなどして負傷するという結果を認識・認容していたとみるのが自然であるから、Y1に傷害の確定的故意を認めるのが相当である。
(略)

したがって、被保険者であるY1は、Y1車の後退からXの傷害が発生することを認識しながら、Y1車を後退させ、Xを負傷させたと認めるのが相当であるから、対物の関係も含めて、Y2に故意による免責が認められ、Y2は、Xに対し、対人・対物賠償保険金の支払義務を負わないと認めるのが相当である。』


(2)争点② 無保険車傷害特約における闘争行為免責の適否
『保険約款における闘争行為とは、被保険者の任意の意思をもってする闘争を意味し、車内での被保険者相互のけんかや、自動車同士のぶつかり合い等がこれにあたるが、正当防衛の範囲内の行為は含まれないと解される(証拠略)。
(略)

以上に(略)照らすと、被保険者であるXは、任意の意思をもって、Y1に暴行(有形力の行使)を加えるなど一連の闘争を行い、その結果、その場から逃げようとしたY1によるY1車の後退を誘発し、これにより負傷したことが認められる一方、XにY1車の後退から身を守るための正当防衛や正当行為を認めることはできないから、Xは、任意の意思をもって、闘争を行い、これにより本件事故が発生し、Xが負傷したと認めるのが相当である。

したがって、Y3に闘争行為による免責が認められ、Y3は、Xに対し、無保険車傷害特約に基づく保険金の支払義務を負わないと認めるのが相当である。』


4.闘争行為免責条項について
保険約款がけんかなどの闘争行為を免責とする趣旨について、学説は、「闘争行為…は、傷害の発生の危険を著しく高める行為であるし、また、…被保険者の故意による傷害の惹起に準ずる非難可能性のつよい行為であるということにより保険会社免責とする趣旨である」とする見解(西島梅治『註釈自動車保険約款』228頁)、「保険の倫理性ないし信義則」に求める見解(梅津昭彦「闘争行為免責」『損害保険判例百選 第2版』176頁)、「受傷自体が偶然性を欠くこと、及び自らの意思で受傷の機会を作り出しておきながら保険金請求をすることが信義則に反すること」とする見解(大澤康孝「傷害保険約款中の闘争行為免責の適用事例」『ジュリスト』997号98頁)としています。

裁判例は闘争行為免責の趣旨について、「被保険者にとって、闘争という第三者とお互いに有形力を行使して争う過程に身を置く以上、相手方の攻撃により自分が受傷することは当然予測できるから、受傷自体が偶然性を欠くといえるし、また、被保険者が、自らの意思で闘争行為を開始して受傷の機会を作り出しておきながら、その結果として生じた受傷につき保険金の請求をすることが、信義誠実の原則に反するからである」と判示するものがあります(大阪高裁昭和62年4月30日判決、判例時報1243号、梅津・前掲176頁)。

本件事件のパチンコ店の駐車場におけるXとY1との一連の喧嘩の状況をみると、「闘争という第三者とお互いに有形力を行使して争う過程」に該当するうえに、正当防衛・正当行為と評価することは難しく、本判決が保険会社を闘争行為免責条項により保険金支払義務なしと判断したことはやむを得ないのではないかと思われます。

本件訴訟に類似する事例としては、損害保険のものとして、東京地裁平成12年7月26日判決(ウエストロー・ジャパン2000WLJPCA07260009)、大阪地裁平成26年6月10日判決(ウエストロー・ジャパン2014WLJPCA06106001)が存在します。

また、生命保険の故意・重過失に関するものとして、大阪高裁平成2年1月17日判決(判例タイムズ721号227頁)、大阪地裁平成元年3月15日判決(判例タイムズ712号237頁)が存在します(長谷川仁彦・潘阿憲ほか『生命保険・傷害疾病定額保険契約法 実務判例集成(下)』150頁)。

■参考文献
・『金融・商事判例』1556号32頁
・『判例時報』1243号120頁
・鴻常夫『註釈自動車保険約款』〔西島梅治〕228頁
・梅津昭彦「闘争行為免責」『損害保険判例百選 第2版』176頁
・大澤康孝「傷害保険約款中の闘争行為免責の適用事例」『ジュリスト』997号98頁
・長谷川仁彦・潘阿憲ほか『生命保険・傷害疾病定額保険契約法 実務判例集成(下)』150頁











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1.はじめに
最近の法律雑誌に、損害保険会社が代位取得した損害賠償請求権を行使する際に、弁護士費用の費用を認めない興味深い判決が掲載されていました(名古屋高裁平成29年10月13日判決、判例時報2381号87頁)。

2.名古屋高裁平成29年10月13日判決(確定)
(1)事案の概要
幅4.2メートルの道路の十字路において、X1~X3が乗っていたX1の運転する自動車と、右折しようと対向して進行してきたAの運転する自動車が正面衝突し、X1~X3が負傷した。本件事故の原因はAの前方不注意であった。

Aの自動車の所有者であるYに対して、X1~X3が損害賠償を請求し、またX1の損害賠償請求権を代位取得した損害保険会社X4が保険法25条による請求を行ったのが本件訴訟である。

原判決(津地裁平成28年12月16日判決)は、本件事故はAの過失であると認定し、X1らにつき、治療費、通院交通費、休業損害、弁護士費用などの損害を認めたため、Yが控訴。

(2)判旨
本判決は原審をおおむね肯定したものの、損害保険会社X4について、つぎのように弁護士費用を認めなかった。

『なお、X4のYに対する請求は、保険代位により取得した損害賠償請求権に基づく弁護士費用が当然に賠償の対象となるものではないと解される。しかるに、X4は、弁護士費用が賠償の対象となる旨の具体的な主張・立証をせず、他に、これを認めるべき事情もうかがわれないから、弁護士費用は認められない。』


3.検討
損害保険会社が保険代位により取得した損害賠償請求権に基づき提起する求償権訴訟における弁護士費用について、損害保険の実務書はつぎのように消極的な立場をとっています。

『不法行為による損害賠償請求では、不法行為により発生した損害として弁護士費用相当額の賠償を認めるのが判例である(最高裁昭和44年2月27日)。ここでいう弁護士費用とは、被害者が不法行為によって生じたその余の損害の賠償を求めるにについて弁護士に訴訟の追行を委任し、かつ、相手方に対して勝訴した場合に限って、弁護士費用の全額または一部が損害と認められるものであ(る。)(略)

他方、交通事故によるものであっても、保険金請求訴訟や、保険会社が保険代位により取得した損害賠償請求権に基づき提起するいわゆる求償権請求訴訟においては、原則として弁護士費用の賠償は否定的に解される。

ただし、例えば(略)保険代位によるいわゆる求償権請求訴訟において、保険代位が生じた時点で既に被害者が訴訟追行を弁護士に委託していた場合には、具体的に発生した弁護士費用相当額の賠償を求める権利が、損害賠償請求権の一部として保険会社に移転したものとして、その請求が認められる余地がある。』
(佐久間邦夫・八木一洋『交通損害関係訴訟(増補版)』112頁)

本件訴訟は、上の実務書の「ただし―」以下の場合に該当するようではないので、本高裁判決は、原則どおり従来からの損保実務に沿った判断をしたものと思われます。

■参考文献
・『判例時報』2381号87頁
・佐久間邦夫・八木一洋『交通損害関係訴訟(増補版)』112頁

交通損害関係訴訟 (リーガル・プログレッシブ・シリーズ)

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1.はじめに
最近、裁判所が自動車保険の請求代理制度と生命保険の指定代理人制度の異同について論じためずらしい判決が法律雑誌に掲載されていました。

2.札幌高裁平成28年7月15日判決(控訴棄却・上告、判例タイムズ1435号159頁)
(1)事案の概要
昭和43年生まれの控訴人Xは、本件原付バイクをバイク店(保険代理店・保険契約者)より借り、本件バイクの運転者を被保険者とする自動車総合保険契約(以下「本件保険契約」という。保険者は被控訴人のY保険会社)に被保険者として加入していた。

本件保険契約の保険約款の基本条項20条3項、4項にはつぎのような規定が置かれていた。

(3) 被保険者に保険金を請求できない事情がある場合で、かつ、保険金の支払を受けるべき被保険者の代理人がいないときは、次のいずれかに該当する者がその事情を示す書類をもってその旨を当会社に申し出て、当会社の承認を得たうえで、被保険者の代理人として保険金を請求することができます。
① 被保険者と同居または生計を共にする配偶者
② ①に規定する者がいない場合または①に規定する者に保険金を請求できない事情がある場合は、被保険者と同居または生計を共にする親族のうち3親等内の者
③ ①および②に規定する者がいない場合または①および②に規定する者に保険金を請求できない事情がある場合は、①以外の配偶者または②以外の親族のうち3親等内の者

(4)(3)の規定による被保険者の代理人からの保険金の請求に対して、当会社が保険金を支払った後に、重複して保険金の請求を受けた場合であっても、当会社は、保険金を支払いません。

平成21年11月9日にXは、原動機付自転車(本件バイク)で青信号の道路を走行していたところ十字路で左前方の路地から侵入してきた自転車と正面衝突する交通事故に遭った。

この交通事故により、Xは外傷性くも膜下出血、脳挫傷、器質性精神障害などを受傷し、交通外傷後高次脳機能障害の後遺障害(見当識障害、注意障害、記銘力障害、幻視、易怒性など)を負い、平成24年7月20日に労災保険法施行規則に定める障害等級2級と認定された。

Y保険会社の本件事故の担当者Bは、事故から約1年後の平成22年2月12日に、保険契約者であるバイク店より本件事故の第一報を受けた。Bは保険金請求の案内はがきを出したり、電話をかけるなどを行ったがXと連絡がとれなかった。

平成23年11月29日にバイク店からの連絡でBはAの連絡先を知り、同年12月1日および2日に電話にてXの保険金請求の案内を行ったところ、Aは、本件事故によりXは重度の後遺障害を負っているので本人に連絡しないでほしい趣旨の意向を伝えた。平成24年7月30日に、BはAより保険金請求書、医療記録に関する同意書、印鑑証明書、念書などの必要書類を受領した。

平成24年7月30日、YにXより電話があったため、Bが折り返し電話を掛けたところ、Xは診断書を提出するので保険金を支払ってほしいとの趣旨であったため、Bは返信用の封筒をX宛に郵送したが、診断書は送られてこなかった。

平成24年9月10日、Xより年金証書がFAXでYに送付された。また調査担当者によりYは病院から診断書などを受領し、保険金支払い査定を行い、Xは後遺障害等級3級3号に該当し、自損事故特約保険金(後遺障害)など、合計約1260万円が支払いの対象となると判断した。

平成24年9月24日、BはAに対して上の保険金が支払いとなる旨を伝えたところ、Aは、Xは浪費等の問題があるとして、保険金156万円のみをXの口座に支払い、残りの約1110万円はAの口座に支払うよう要請し、Yはそれに従ってそれぞれ保険金を支払った。Aは平成25年7月25日に死亡した。事情を知ったXが本件訴訟を提起。

Xは、Yには被保険者であるXに対して保険金を支払う義務があったにもかかわらず、父親であるAが無権限であることを知りながら、同人名義の銀行口座に保険金合計1264万円を支払い、Xに損害を与えたなどと主張し、本件保険契約上の付随義務違反に基づき, 1264万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。

これに対し、Yは、本件保険契約については、その保険約款(以下「本件約款」という)において、「代理請求制度」が規定されているところ、①被保険者であるXは、障害等級2級に該当する交通外傷後高次脳機能障害に罹患しており、保険請求の能力を欠いているから、本件約款款が規定する「被保険者に保険金を請求できない事情がある場合」に当り、②AはXの父として、本件約款の規定する「被保険者の代理人」に該当することから、Aの代理請求制度に基づく保険金の請求に応じてAに保険金を支払ったYは、本件約款の規定により免責されるなどと主張して争ったものである。

原審(札幌地裁平成28年2月17日判決)は、Yの上記主張に理由があるなどとして、Xの請求を棄却したところ、Xがこれを不服として控訴したが、控訴審も同様の理由により控訴を棄却した。

(2)判旨
『Xは、指定代理請求制度が被保険者の同意を得て予め指定した代理人により保険請求ができるという制度であり、当然に、一般的な代理権を基礎づけるものではなく、また、仮に、Aが代理請求人であったとしても、例外的な制度である指定代理人請求制度がA名義のゆうちょ銀の口座に被保険者の保険金を送金する代理権までを認めるものではない旨主張する。

 しかし、そもそも、本件約款が規定し、Aが利用した制度は代理請求制度であって、指定代理請制度ではないところ、代理請求制度は、代理人に対して、保険金を請求し受領する権限を与えるものであると解される。したがって、Aには、本件保険金を受領する権限が認められているのであるから、本件保険金をA名義の口座に送金させこれを受領することは,その権限内の行為であって、Aに対する本件保険金の支払は有効である。したがって、Xの上記主張は理由がない。


このように判示して、本件高裁判決は、YのAへの代理請求制度による保険金支払いは正当であり、Yは再度Xに対して保険金を二重払いする義務を免責されるとしました。

3.分析・解説
(1)損保の代理請求制度と生保の指定代理制度
うえの2.(1)でみたように、自動車保険などの保険約款には保険金支払いの例外的な場合として、「代理請求制度」が一般に規定されています。

この損害保険の代理請求制度とは、「被保険者が保険金受取人である契約において、被保険者自身が保険金を請求できない事情がある場合で、かつ、被保険者の代理人がいないときに、所定の方が被保険者の代理請求人として、保険金を請求することができる制度です」と解説されています(損害保険総合研究所「損害保険Q&A」問78)。

そして、この定義中の「被保険者自身が保険金を請求できない事情」について、同Q&Aは、「意識不明の状態など被保険者に意思能力がない場合(診断書や医師の見解を確認することなどによって、慎重に判断されます。)」と解説しています。

一方、生命保険の指定代理請求制度とは、「被保険者が保険金受取人で、保険事故発生の時点で、被保険者自身が重篤で意思能力がない状態であったり、被保険者本人が「余命6ヶ月以内」という余命告知を受けていなかったりする理由等で自ら保険金の請求手続きを行えない状態の際に、一定の要件を満たす被保険者の家族など(指定代理人)から保険金支払の請求ができるよう創設された制度」です。そして、指定代理人は、「被保険者の同意のもと、 契約者によってあらかじめ指定されている特別の代理人」であり、実務取扱い上は、生命保険契約の申込の際に保険契約者・被保険者に指定していただくのが通常です(長谷川仁彦・竹山拓・岡田洋介『生命・傷害疾病保険法の基礎知識』252頁)。

このように、損害保険における代理請求制度と生命保険における指定代理制度は似た制度ですが、生命保険の指定代理制度は指定代理人について被保険者があらかじめ同意しているのに対して、損害保険における代理請求制度は代理請求人を被保険者があらかじめ同意していない点が異なります。

(2)Xの代理人弁護士の重大なミス
このように、損保の代理請求制度と生保の指定代理制度は似て非なる制度であるにもかかわらず、本件訴訟の地裁・高裁判決を読むと、Xの代理人弁護士は損保の代理人請求制度を生保の指定代理制度と誤解し、指定請求制度に照らしてYの対応はおかしいととんでもない主張を行っています。また、判決文によると、Xの代理人弁護士は、「保険は民法の第三者のためにする契約であるから被保険者は保険会社の約款に拘束されない」旨の無茶苦茶な主張も行っています。このような弁護士の度重なるオウンゴールにより、本件訴訟は、裁判所が「本件は代理請求制度が適用されるべき場面であり、指定管理制度と主張するXの主張は失当」という趣旨の請求棄却をあっさり出して終わっています。

思うに、本件訴訟のX側の弁護士は保険金請求訴訟に関してド素人のようで驚いてしまいます。素人なら素人なりに文献を調査して訴訟を行うべきなのではないでしょうか。本件訴訟はXの弁護過誤レベルに思えます。Xはこの弁護士を名宛人として損害賠償訴訟を提起しても許されるレベルに思えます。

(3)Y損害保険会社の金融機関としての注意義務は尽くされているか
本件訴訟においてはY保険会社はX側の弁護士の「自爆」によって勝訴していますが、判決文を読んでいて、Y(とくにB)の保険金支払い業務が適切であったのかは疑問を感じます。判決文を読むと、Bは何度もXの父Aと面会を繰り返し、保険金支払いの準備を進めています。しかしBは肝心の被保険者(保険金受取人)本人であるXとは一回も面談していません。唯一BがXとやり取りしたのは、平成24年7月30日にXがY社に電話をしてきたので折り返し電話をした際のみです。

しかもこの際にBはXから保険金請求をしたいとの申し出を受けたにもかかわらず、診断書を送るよう答えて封筒を送るだけで、保険金請求書類を送っていません。

うえでみた損保総研のQ&Aによると、代理請求制度の適用が可能となるのは、被保険者本人が意思能力を失った場合など例外的な場合に限られるはずです。

たしかに交通事故により重篤な外傷を罹患した後遺障害で、Xは判断能力・事理弁識能力が大きく低下してしまっているようですが、警察に相談などして、Y保険会社に電話をして自分の保険金を支払ってほしいと請求を行っているのです。Xの状況が意思能力を失った状況とは思えません。B(Y)はAへの保険金支払いありきではなく、AとXのどちらに保険金を支払うべきか、もっと慎重な対応が必要だったのではないでしょうか。少なくともBあるいはY社が委託した保険調査員が自宅を訪問し、Xと直に面談を行い、Xの意思能力・判断能力をチェックすべきだったのではないでしょうか。Y社は本件の保険金支払いにあたり、金融機関としての注意義務を尽くしていたといえるか疑問です。(私は生保の人間なので、損保の実務はよく存じ上げないのですが、元保険金支払査定部門の人間としてはYの大雑把な業務には疑問を感じます。)

(4)金融機関の注意義務(民法478条)
民法478条は本事案のように金融機関が金銭を二重払いするリスクを負う場面でしばしば問題となります。つまり、保険会社は保険金受取人らしく思われる人間(債権の準占有者)に対して保険金を支払った場合は、当該保険会社が保険金支払いにあたり善意・無過失であった場合に限り、後日、真の保険金受取人から支払いの請求を受けたときにその二重払いを免れるのです。

そして、ここでいう金融機関の善意・無過失とは、「金融機関としての注意義務を尽くしていたこと」が必要であるとされています(最高裁昭和48年3月27日判決、保険会社に関するものとして最高裁平成9年4月24日判決)。

しかしうえでみたように、BおよびY社は、最初からAへの保険金支払いありきのようであり、真の保険金受取人であるXとはまともにやり取りをしていません。

4.まとめ
この点、本件訴訟においては、Xの代理人弁護士は、生保の指定代理制度を持ち出したり、あるいは「保険契約に不随する注意義務」などのトリッキーな珍理論によりXへの保険金支払いを主張するのではなく、王道である、保険金支払いにおける民法478条による金融機関として尽くすべき注意義務をYは尽くしているのかという点を主な争点にすえるべきだったのではないかと思われます。

■参考文献
・『判例タイムズ』1435号159頁
・長谷川仁彦・竹山拓・岡田洋介『生命・傷害疾病保険法の基礎知識』252頁
・山下友信『保険法』537頁
・近江幸治『民法講義Ⅳ 第3版』298頁
・損害保険総合研究所「損害保険Q&A」問78

保険法

生命・傷害疾病保険法の基礎知識

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1.損害保険契約の解約返戻金を差し押さえた債権者は、当該保険契約を解約できるか?
『金融法務事情』2064号88頁によると、損害保険(自動車保険)の保険契約を差し押さえた債権者(差押債権者)は、当該保険契約を解約できないとした興味深い裁判例が出されています(東京高裁平成28年9月12日判決)。

一方、生命保険契約については、保険契約の解約返戻金を差し押さえた債権者(差押債権者)は、当該保険契約の解約権を行使できるか否かについては、平成11年に最高裁がこれをできるとする判決を出し、判例として決着がついています(最高裁平成11年9月9日判決)。

2.東京地裁平成28年9月12日判決(請求棄却・控訴)
(1)事案の概要
Aは、平成27年7月13日、損害保険会社であるY保険会社との間で、自らを保険契約者および被保険者とする、保険期間1年間の自動車保険契約(任意保険)(以下「本件保険契約」とする)を締結した。本件保険契約の保障内容は、対人賠償:無制限・対物賠償:無制限・人身傷害:3000万円であり、年間保険料は5万490円であり、AはYに一括払いで保険料を支払っていた。

本件保険契約には、保険契約者はいつでも保険契約を解約でき、本件保険契約が解約された場合、Y保険会社は、保険契約者たるAに対し、契約内容および解約時の条件により、未経過保険期間に相当する保険料を解約返戻金として支払う旨の特約があった。

本裁判の原告であるXは、平成27年10月22日、Aに対する執行力ある判決正本(元本1566万4734円および遅延損害金を命じる判決)に基づき、Aを債務者、Y保険会社を第三債務者として、東京地裁に対し、AがYに対して有する本件保険契約に基づく解約返戻金等6万円について債権差押命令の申立てを行い、同年11月4日、その旨の債権差押命令の発令を受けた。その命令正本は、Aに対して同月13日、Yに対して同月5日にそれぞれ送達された。そしてXは同年11月26日、Yに対して差押債権者による取立権の行使として、本件保険契約を解約する旨の通知を行い、Yは同日にこれを受領した。この日時点における本件保険契約の解約返戻金は3万3660円であった。

この本件保険契約の解約返戻金3万3660円の支払いを求めてXがYに提起したのが本件訴訟である。本地裁判決は、つぎのように判示してXの請求を棄却した。(Xは控訴。)

(2)判旨
『第3 当裁判所の判断
1.(1)
金銭債権を差し押さえた債権名義は、 民事執行法155条1項により、 その債権を取り立てることができるとされているところ、 その取立権の内容として、 差押債権者は、自己の名で差押債権の取立てに必要な範囲で債務者の一身専属的権利に属するものを除く一切の権利を行使することができる。

(略)問題となるのは、差押債権者による本件保険契約の解約権の行使が、取立ての目的の範囲を超えるものとして制限されるかどうかである(略)。

(2) ところで、 生命保険契約の解約返戻金請求権に関しては、これを差し押さえた債権者がその取立金に基づき債務者の有する解約権を行使することができる(取立ての目的の範囲を超えない)とされていることは、 原告の引用する平成11年最判(=最高裁平成11年9月9日判決)に示されているとおりである。そこで、以下、特に生命保険契約との異同を念頭に置いて、検討することとする。

2.(1) 生命保険契約が解約によって終了した場合に保険契約者に認められる解約返戻金は、通常、被保険者のために積み立てられた保険料積立金から解約により保険者に生ずる損害を控除した残額であると理解されているものである(証拠略)。したがって、生命保険契約の解約返戻の基本的な格は績立金にほかならず (保険法63条、 保険業法施行規則10条3号参照)、 将来に向かって維持・蓄積されることが予定された潜在的的な資産という性格を有するものといえる。(略)保険契約の債権者の立場で、そのような潜在的な資産を債務者の責任財産として現実化することを求めることは、ごく自然な要請ということができる。

これに対し、損害保険契約における解約返戻金は、払込保険料のうちの未経過保険期間に対応する部分(いわゆる未経過保険料)が、これと対価性のある未履行給付(保険サービスの提供)の消滅に伴い返還されるものであって、解約権が行使されない場合には、保険期間の経過とともに資産性が逐次失われていくものである。換言すれば、解約返戻金を発生させるために損害保険契約の解約権を行使するということは、将来の保険サービスを享受する地位を剥奪することで、その対価として充当することが予定されていた払込保険料を返還させるものにほかならない。 これは、もともと潜在的に存在していた資産を現実化するという側面にとどまらないものであり、取立ての目的を実現する手段として、過剰な要素が含まれていると考えざるを得ない。

(2) また、 特に自動車保険を想定した場合、未経過保険料として通常想定される上限額は、一般的な保険期間である 1 年分の保険料相当額であって、さほど大きな金額にはなり得ないものである。本件でも、差押えに係る請求債権額が元本だけで1566万 4734円であるのに対し、 解約返戻金の額は3万3660 円にすぎないのであって、債権回収の実質という点でどれほどの意味があるか疑問といわざるを得ない。

(3) 以上に加えて、 自動車保険契約が保険契約者の意思によらずに解約されてしまう不利益には、看過し得ない、重大なものがあるというべきである。すなわち、本件保険契約のものを含め、自動車保険 (任意保険))は対人 ・ 対物賠償責任保険を中心とするものと理解されるところ、このような対人・対物賠償責任保険は、(略)社会全体のセーフティネットの役割をも担っているからである。(略)

(4) さらに、保険法上、生命保険における60条(=介入権)に相当する規定が損害保険には設けられていないところ、このこと自体、保険法が、損害保険につき差押債権者による解約権の行使を想定していないことを示すものと解される。』

本判決はこのように述べ、損害保険には生命保険に関する平成11年最判の考え方は適用できず、本件自動車保険契約を債権者が差押え、解約し、その解約返戻金を第三債務者たる保険会社から支払いを受けることはできないと結論づけました。

この地裁判決について、私は結論について賛成ですが、その理由付けには困難なものがあると考えます。

3.検討
(1)解約返戻金とは何か
まず、平成22年施行された保険法の前の旧商法においては、同法680条2項、同640条、653条などが、保険金等の支払の免責事項に該当したとき、保険契約者による保険契約の任意解除があった場合など、保険契約の途中で保険契約が終了したときは、保険会社は、「被保険者ノ為メニ積立テタル金額」を保険契約者に支払わなければならないと規定していました。この金員が、いわゆる「責任準備金」であり、この責任準備金は、平成22年に施行された保険法でも「保険料積立金」という名称で維持されています(保険法63条、同92条)。

そして、主に生命保険分野においては、各保険会社の普通保険約款において、従来より、免責事項の発生や、保険契約者による保険契約の解約があった場合は、いわゆる「解約返戻金」を保険会社は保険契約者に支払うと規定されているのが通常です。この解約返戻金は、上の責任準備金から一定額の控除(解約控除)を引いた金額です(萩本修『一問一答 保険法』208頁)。

この点、生命保険分野においては、例えば日本生命の終身保険などの「みらいのカタチ」の「契約基本約款」の第18条(解約)第1項は、「保険契約者は、将来に向かって保険契約を解約し、解約払戻金があるときはこれを請求することができます」と規定しています。

一方、損害保険分野においては、例えば東京海上日動の自動車保険「トータルアシスト自動車保険」の普通保険約款の「第6節 保険料の返還、追加または変更」第1条8項は、5号の「保険契約者による保険契約の解除」があった場合は、「付表1に規定する保険料を返還します」と規定し、「付表1」は、保険期間が1年で保険料の支払い方法が一時払いであった場合は、「保険契約が失効した日または解除された日の保険契約の条件に基づく年間適用保険料から既経過期間に対して「月割」をもって算出した保険料を差し引いた額」を、「返還保険料」として支払うと規定しています。

(2)民事執行法155条1項の差押債権者の取立権
民事執行法155条1項は、金銭債権を差し押さえた債権者は、その債権を取り立てることができるとしており、その取立権の内容として、差押債権者は自己の名で被差押債権の取り立てに「必要な範囲」で、「債務者の一身専属権を除く一切の権利」を行使することができるとされています。(中野貞一郎『民事執行法(増補新訂5版)』670頁)また、保険契約者の保険契約の解約は、形成権と解されており、さらに、給与や公的年金などと異なり、民間保険会社の保険契約の保険金や解約返戻金は各種の法律上の差押禁止債権とはされていません。

(3)差押債権者は取立権を行使し保険契約を解約し、保険会社から解約返戻金の支払いを受けることができるのか?
このように民事執行法や保険法・保険約款の規定があるなか、主に生命保険分野において、「差押債権者は保険契約を取立権(民事執行法155条1項)に基づき解約し、保険会社から解約返戻金の支払いを受けることができるのか」という論点については、つぎのように学説が分かれていました。この論点において評価が分かれるのは、保険契約の取立権による解約が「取立の目的」を超えていないか否か、保険契約の解約権は一身専属権であるか否かです。

①肯定説 差押債権者は民法155条1項の取立権の効果として、債務者の有する解約権を行使できるとする説で、多数説です(山下友信『保険法』658頁)。

②否定説 取立権の効果としては解約権を行使できず、債権者代位の方法によるべきとする見解です(伊藤眞『金融法務事情』1446号25頁)。

③二分説 保険契約を貯蓄、資産運用、節税などを目的とする保険(貯蓄型)と、被保険者または保険金受取人の生活保障、社会保障の補完を主な目的とする保険(生活保障型)に二分し、貯蓄型については取立権の効果として解約権を行使できるが、生活保障型については、解約権は一身専属権であり行使できないとする説です。(『判例時報』1689号45頁)

この論点につき生命保険契約(定期保険特約付終身保険、死亡保険金額3500万円)の差押債権者による取立権行使による解約が争われた最高裁平成11年9月9日判決は、①肯定説に立つことを明らかにしました。

すなわち、最高裁は、①解約権の行使は差押債権者が行使しなくては意味がなくなることから取立権の「必要な範囲」に含まれること、②否定説や二分説が懸念する保険契約者や保険金受取人などの不利益は、民事執行法153条による差押命令の取消や、あるいは解約権の行使が権利濫用にあたるような場合はその効力を否定することにより処理すればいいこと、などを理由にあげています。

(4)本件東京地裁判決を考える
(ア)本件判決を振り返る
以上を踏まえて本件判決をみると、主につぎの3点を理由にあげています。

①生命保険契約における解約返戻金の基本的な性質は、将来の保険金支払いのための保険料の積立金であるのに対して、損害保険契約における解約返戻金は、払込保険料のうちの未経過保険期間に係る部分の未経過保険料が、それと対価関係にある未履行の保険サービス(保険給付など)の消滅に伴い返還される性質であることから、損害保険において解約返戻金に対して取立権を行使することは、取立権の目的を超えること。

②自動車保険における解約返戻金は、一般的な保険期間である1年分の保険料相当額であって、大きな金額にはならないので、債権回収の手段として相当でない。

③対人・対物賠償責任の自動車保険の機能は交通事故における社会的なセーフティネットであり、自動車保険契約が差押債権者により解約されてしまう不利益は重大であること。

④生命保険には、保険契約が差押えられた際に、保険金受取人が差押債権者に解約返戻金相当額を支払うことにより、保険契約を存続させる「介入権」制度が保険法60条に新設されたが、損害保険にはそのような制度は存在しないので、損害保険契約を差押債権者が解約できると解するべきではない。

(イ)①について
たしかに一般的な損害保険(自動車保険・住宅総合保険など)の法的性質はそのようなものと解されており、生命保険におけるような、将来の保険金支払いのために保険料を積み立てた責任準備金・解約返戻金は存在しません(東京海上日動『損害保険の法務と実務』396頁)。

しかし、損害保険においても、積立型の保険は存在します(積立型火災保険、積立型傷害保険など)。これらの保険においては保険期間の満了時に満期保険金が支払われるため、一般的な生命保険に類似した、将来の満期保険金の支払いのため保険料を積み立てた責任準備金・解約返戻金が存在します。

そして、損保分野においても、会社を保険契約者・保険金受取人、社長を被保険者とする積立ファミリー交通傷害保険契約に対する債権者の差押を認める裁判例も出されています(東京地裁昭和59年9月17日判決・『判例時報』1180号212頁(『判例評釈』326号212頁))。

また、生命保険分野・傷害疾病定額保険の分野においても、保険契約者からの解約があった際の解約返戻金をゼロあるいは著しく低額とすることにより、保険料を下げた医療保険・がん保険・定期保険などが、近年、各保険会社から次々と販売されています。これらの保険は、解約返戻金がゼロという点で、むしろ損害保険に類似した保険数理の仕組みをとっています。

このように、差押債権者の取立権の行使が目的を超えるか否かは、対象となる保険商品が生命保険か傷害保険かという二分的な考え方をとるのでなく、生損保商品ともに、当該保険商品が責任準備金・解約返戻金を持つ仕組みを採用しているか否かで判断すべきであると考えられます。そのため、この点を漠然と判断している本件判決の①について私は賛成できません。

(ウ)②について
これも、個人を対象とした自動車保険であれば、自動車やバイクなどは数台にとどまるので、判旨のいうこともわかりますが、同じ自動車保険でも、対象となる自動車等が10台以上の大型契約であるフリート型の自動車保険も販売されています。また、保険期間が5年など複数年度にまたがる自動車保険・損害保険も実務上販売されているところであり、「自動車保険=保険料が廉価」というのは本件裁判の裁判官の思い込みであると思われます。

(エ)③について
自動車保険はモータリゼーションが発達した現代社会では社会的セーフティネットであり、これを保険契約者以外の者が解約すべきではないと本判決は述べていますが、これは上でみた生命保険に関する最高裁平成11年9月9日判決が否定した、「生活保障型・社会保障型の生命保険は保険金受取人ら遺族の生活保障に大事であるから解約すべきでない」とする二分説に先祖返りしているように思われます。

かりに本判決の主張をみとめるとしても、生損保の普及率が高いわが国においては、交通事故の両当事者がそれぞれ自動車保険などに加入していることが通常であり、また、自動車保険の多くには、事故の相手方が自動車保険に加入していなかった場合に備える無保険車事故傷害保険がついているのが通常です。加えて、自賠責保険は強制保険です。

また、任意加入部分の自動車保険は何らかの法律で差押禁止と規定されているわけでもありません。さらに、その解約権は保険契約者の一身専属権であるとする法律の定めも存在しません。

したがって、「自動車保険はセーフティネットだから差押債権者が解約すべきでない」とする本判決の理由づけは正当とは思えません。

(オ)④について
保険法の立案に関する文献をあたってみましたが、保険法60条の規定は生命保険に係るものでありますが、しかし法制審保険法部会などの議事録において、法60条を新設するからには、損害保険は差押債権者などによる保険期間中の中途解約を禁止する意図があることは確認できませんでした(萩本・前掲201頁、萩本修『保険法立法関係資料』10頁)。

むしろ、法制審における保険法の審議の過程では、責任準備金(保険料積立金)の条文だけでなく、解約返戻金についても保険法に条文を置くことが検討されていますが、これは、近年の生損保業界において、解約返戻金ゼロや低解約返戻金など、さまざまな保険新商品が開発され販売されていることから、それを裁判規範を有する明確なルールとして条文化することが困難であったことから見送られたとされています(萩本・前掲211頁、萩本修『保険法立法関係資料』10頁、11頁)。

4.まとめ
以上より、本判決の①から④までの理由づけはあいまいであり、保険法や実務への裁判官の無理解を感じさせます。(保険法や、なぜか保険業法施行規則まで判決文中で検討しながらも、一番重要な普通保険約款についてはほとんど検討していないことも疑問です。)

本判決は、最高裁平成11年9月9日判決の判断枠組みに従って、①解約権の行使は差押債権者が行使しなくては意味がなくなることから取立権の「目的」に含まれること、②自動車保険契約が解約されることにより社会的セーフティネットが失われるリスクについては、民事執行法153条による差押命令の取消や、あるいは解約権の行使が「権利濫用」にあたるような場合はその効力を否定することにより処理すればいいことであり、本事案においては、約1560万円の債権を回収するために、解約返戻金約3万6千円の自動車保険を解約することは、権利濫用(民法1条3項)にあたるとして、結論として、差押債権者Xの請求を棄却すべきであったと思われます。

また、同様の事案においては、対象となる保険契約の種類が生命保険・傷害疾病定額保険か損害保険かに注目するのではなく、その保険契約が保険約款上、解約返戻金を持っているのか否かで、差押債権者による解約の是非を検討すべきであると思われます。

■参考文献
・『金融法務事情』2064号88頁
・山下友信『保険法』658頁
・萩本修『一問一答 保険法』201頁、208頁、211頁
・東京海上日動『損害保険の法務と実務』396頁
・中野貞一郎『民事執行法(増補新訂5版)』670頁
・萩本修『保険法立案関係資料』10頁、11頁など
・生命保険協会『生命保険講座 生命保険計理』73頁
・法務省サイト『法制審保険法部会第12回会議議事録』など
・『判例時報』1689号45頁





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