1.はじめに
2023年1月号のジュリストに、自動車保険契約などのモラルリスク事案に関する遠山聡先生の判例評釈が掲載されていました。
2.事案の概要
平成26年9月18日、Y損害保険会社(被告)と訴外Aは、保険契約者を訴外B代表A、被保険者および死亡保険金以外の保険金の受取人をX(原告)とする団体保険契約(団体総合生活補償保険契約)を締結した。また、Xは平成27年7月16日にYとの間で、Xが所有する自家用軽貨物自動車(本件車両)につき、記名被保険者をX、人身傷害保険を無制限とする個人総合自動車保険契約を締結した。さらにXは同年同月22日、車両保険金額を30万円とする車両保険を追加して契約した。
Yの個人総合自動車保険普通保険約款には、①保険契約者、被保険者または保険金を受け取るべき者が、Yに保険金を支払わせる目的で損害または傷害を発生させ、または発生させようとしたこと、②被保険者または保険金を受け取るべき者が保険金の請求について詐欺を行い、または行おうとしたこと等を、Yにおいて保険契約を解除しうる重大事由としていた。また、本件団体保険契約の普通保険約款には、被保険者の故意または重大な過失により生じた損害についてはYは保険金を支払わない旨の規定があった。
平成27年7月24日、Xは、本件車両がAが所有しXが居住する建物に接触し、本件車両および本件建物が損傷したとして、Yに対して保険金請求を行った(本件先行事故)。
また平成27年8月30日、X運転の本件車両が対向車線を走行中であった普通自動車と正面衝突する交通事故により、Xは頚椎症性脊髄炎、右膝骸骨骨折などと診断され入院したとしてYに保険金請求を行った(本件事故)。
平成28年10月7日、YはXに対して、Xに重大事由があるとして本件普通保険約款に基づいて本件保険契約を解除する旨の意思表示を行い、保険金の支払いを拒んだ。これに対してXが訴訟を提起したのが本件訴訟である。
原審の広島地裁令和2年10月8日判決(金判1618号28頁)は、Yの主張を認めXの請求を退けた。これに対してXが控訴。
3.本件高裁判決の判旨
控訴棄却(確定)
(1)Xが主張する先行事故に至る経緯や様態に関するXの供述ないし陳述は信用することができず、他に先行事故が発生したことを認めるに足る証拠はないこと、本件保険契約が締結された時期と先行事故の時期が近接していること等は、不自然という他ない。「以上認定の事情を総合すると、Xは、本件先行事故が発生していないにもかかわらず、これが発生したかのように装って、Yに対し…本件先行事故に係る保険金の支払を請求したというべきであり、これは、重大事由(被保険者が保険金の請求について詐欺を行い、又は行おうとしたこと)に当たるというほかない。
したがって、Yは本件保険契約を重大事由により有効に解除したといえる(。)」
(2)「本件事故は、Xが幹線道路に準じ、自動車の進行方向には2車線が設けられ、見通しのよい直線道路において、自車を対向車線上に進出させて対向車と衝突させたものであるところ、そのような危険な運転をした事情に関するXの弁解が不自然であること、警察官は事故様態から飲酒運転を疑ったものの、Xの呼気からのアルコールも検知されていないこと、そのほかにも、保険金目的でなければ上記のような危険な運転をする理由がうかがわれないこと、Xの経済事情等に照らし、Xの故意によって発生したものと推認するのが相当である。」
「また、…Xは、本件事故の直前、時速40~54㎞で、減速することなく、約2~3秒という長い時間、補助席足元の床に落ちていたライターを拾おうと、全く前を見ず、右手で握ったハンドルの動きについて全く意に介さないまま、身体を大きく左に傾けたというのであって、ほとんど故意に等しい注意欠如の状態であったといえ、その過失の態様及び程度に照らせば、Xには、本件事故の発生につき、重大な過失があったというべきである。」
「したがって、本件事故によるXの損害は、被保険者であるXの故意又は重大な過失によって生じたものといえるから、Yは、Xに対し、本件保険契約および本件団体保険契約に基づく保険金の支払義務を免れるものというべきである。」
4.検討
(1)本判決は、原審と同様に、本件先行事故および本件事故が不自然であること等からYの重大事由解除および重過失免責を認めています。
(2)保険法30条2号は、被保険者が当該損害保険契約に基づく保険給付について詐欺を行い、または行おうとしたことを保険者の重大事由解除の要件の一つとしています。Yの普通保険約款の規定もこれに従うものです。この規定は、保険者と保険契約者等との信頼関係破綻を理由に保険者による保険契約の解除を認めるものです(山下友信『保険法(下)』515頁、萩本修『一問一答保険法』97頁)。
また、重過失の意義については裁判例および学説において対立があるところですが、本判決は、「ほとんど故意に近い著しい注意の欠如した状態」とし、近時の下級審判決と同様の見解を採用しています(東京高裁平成19年12月26日判決・判タ1269号273頁、大阪高裁平成元年12月26日金判839号18頁など)。
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■参考文献
・遠山聡「保険契約の重大事由解除と故意・重過失免責」『ジュリスト』1579号(2023年1月号)130頁
・『金融・商事判例』1618号21頁
・山下友信『保険法(下)』515頁
・萩本修『一問一答保険法』97頁
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