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1.棋譜は著作物ではないのか?

共同通信(「将棋チャンネルに賠償命令 ユーチューバー、棋譜利用は自由」)が、将棋の棋譜について大阪地裁が1月16日に「棋譜は客観的事実で自由に利用できる」との興味深い判決を出したことを報道しています。

記事によると、『将棋のタイトル戦で棋譜を盤面図に再現した動画を配信した男性ユーチューバーが、日本将棋連盟の出資を受ける「囲碁・将棋チャンネル」の申請で動画が削除されて配信収益が損なわれたとして運営事業者に損害賠償を求めた訴訟で、大阪地裁は16日、「動画の棋譜は客観的事実で自由に利用できる」と認め、損害賠償を命じた。』とのことです。

興味深いので著作権法からこの判決をみてみたいと思います。

2.著作権法上の著作物

著作権法の対象となる著作物について著作権法はつぎのように定義しています。

著作権法
(定義)
第2条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
一 著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。
このように著作権法の対象となる著作物とは、「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」と定義されていますが、今回の大阪地裁判決との関係では、この定義のとくに「表現」の部分が問題となります。

この「表現」については、まず、表現までには至らず内心にアイデアや思想・感情としてとどまっている段階では未だ著作物ではないとされています(表現・アイデア二分論)。著作権法は表現を保護するものだからです(高林龍『標準著作権法 第5版』28頁)。

そして、特定のアイデアや思想・感情、事実それ自体をそのまま叙述したものにすぎないものについては、判例・通説は著作物と認めないとしています。これを保護すると、著作権法で本来保護されないはずの、その背後にある思想・感情・事実などを特定の者に独占させることになってしまうからです。そのため、スポーツやゲームのルールに関する記述、棋譜等も基本的に著作物ではないとされています(岡村久道『著作権法 第4版』42頁)。

3.棋譜

将棋や囲碁等の棋譜に記入された対局者の指し手それ自体は、当該対局の勝敗に向けられた対局者のアイデアそのものなので、対局者による著作権法上の表現物とはいえないと解されています。

一方、競技の解説書や観戦記などは、ありふれた表現でなければ創作的表現といえるが、その保護の対象は創作性のある表現部分にのみ限られるとされています(岡村・前掲43頁)。

4.まとめ

このように著作権法の教科書をみてみると、本大阪地裁判決が判示したとおり、将棋等の棋譜そのものは著作物でなく著作権法の保護の対象外ということになりそうです。しかし一方、棋譜の解説書などにおける、ありふれた表現でない解説などの部分は著作物であるといえるようです。

本事件は将棋のタイトル戦の棋譜を盤面図に再現した動画を男性ユーチューバーが配信したものであるそうですが、棋譜そのものは著作権法上の著作物ではない一方で、この男性ユーチューバーがもし配信で棋譜について解説等を行っていたとしたら、その解説部分は著作権法上の著作物といえるのかもしれません。

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■参考文献
・高林龍『標準著作権法 第5版』28頁
・岡村久道『著作権法 第4版』42頁、43頁

■追記(2024年1月30日)
本事件の判決が裁判所サイトに掲載されていました。

・大阪地裁令和6年1月16日判決 令和4(ワ)11394 不正競争行為差止等請求事件|裁判所

傍論ながら「棋譜は客観的事実であり、自由利用の範疇に属する」と述べていることや、「王将戦の棋譜利用ガイドラインは法的拘束力を持たない」と判示していることなど、興味深い判決です。

将棋判決

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1.はじめに
新聞社の新聞記事を鉄道会社が社内イントラネットで許諾なく共有していたことが著作権侵害として損害賠償が認められた裁判例(東京地裁令和4.10.6判決)が出されています。新聞記事などを企業等が承諾なく内部で共有することが著作権法上許されるかどうかについては著作権法の教科書には載っている論点ですが、公開されている裁判例は少ないようなので見てみたいと思います。

・東京地裁令和4年10月6日・令和2(ワ)3931・著作権・損害賠償請求事件|裁判所

2.事案の概要
鉄道会社である被告Y(首都圏新都市鉄道株式会社)は、原告X(株式会社中日新聞社)の新聞記事のうちY社に関わるものや沿線に係るもの約130件を承諾なくスキャンして画像データを作成し社内イントラネットに保存し役職員(約500名)が当該画像データを閲覧できるようにしていた。XがYの当該行為は複製権および公衆送信権の侵害であると訴訟を提起したのに対して、裁判所はこれを認め、約190万円の損害賠償の支払いをYに命じた。

本件訴訟の主な争点は、①本件新聞記事は著作物であるといえるか、②Yの本件行為は「非営利で公共性のある場合」であるといえるか(私的複製であるといえるか)、③損害の程度について、であった。(③については本記事では割愛。)

3.判旨
(1)争点①:本件新聞記事は著作物であるといえるか
『(Yは本件記事は「事実の伝達にすぎない雑報及び時事の報道」にあたると主張するが)、(本件)記事は、事故に関する記事や、新しい機器やシステムの導入、物品販売、施策の紹介、イベントや企画の紹介、事業等に関する計画、駅の名称、列車接近メロディー、制服の変更等の出来事に関する記事である。そのうち、事故に関する記事については、相当量の情報について、読者に分かりやすく伝わるよう、順序等を整えて記載されるなどされており、表現上の工夫がされている。また、それ以外の記事については、いずれも、当該記事のテーマに関する直接的な事実関係に加えて、当該テーマに関連する相当数の事項を適宜の順序、形式で記事に組み合わせたり、関係者のインタビューや供述等を、適宜、取捨選択したり要約するなどの表現上の工夫をして記事を作成している。したがって、(本件)記事は、いずれも創作的な表現であり、著作物であると認められる。』

(2)争点②:Yの本件行為は「非営利で公共性のある場合」であるといえるか(私的複製であるといえるか)
(Xの個別規定には「非営利で公共性のある場合には無料」との規定があり、Yはその規定の適用があると主張している点について)『しかし、株式会社であるYにこれらの規定が適用されたかは明らかではなく、また、上記で定められている取扱いをしなければならないことが一般的であったことを認めるに足りる証拠はない。』

このように判示し、裁判所はYの複製権および公衆送信権の侵害を認定し、約190万円の損害賠償の支払いを命じた。

3.検討
(1)新聞記事は著作権法上の「著作物」といえるか
著作権法による保護を受けるためには、創作したものが「著作物」である必要性があります。この点、著作権法上の「著作物」は、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう」と規定されています(著作権法2条1項1号)。

一方、著作権法10条2項は「事実の伝達にすぎない雑報及び時事の報道は、…著作物に該当しない。」と規定しています。これは思想や感情を創作的に表現したものとはいえないものは著作物に該当しないことを注意的に規定したものです。そのため、新聞記事におけるある人物の死亡や地域の事故・火事等を伝える簡単な記事等(いわゆるベタ記事など)は「事実の伝達にすぎない雑報及び時事の報道」に該当し著作物性が否定されます。しかし一般的な新聞記事や雑誌記事などは著作物であると解されています。

この点、2.(1)でみたように、本判決は新聞記事が「相当量の情報について読者に分かりやすく伝わるよう、順序等を整えて記載されており表現上の工夫がされている」場合や、「当該記事のテーマに関する直接的な事実関係に加えて、当該テーマに関連する相当数の事項を適宜の順序、形式で記事に組み合わせ…表現上の工夫をして記事を作成している」場合には、「当該記事は創作的な表現であり、著格物であると認められる」としている点は妥当であると思われます。

(2)Yの本件行為は「非営利で公共性のある場合」であるといえるか(私的複製であるといえるか)
著作権法30条は「個人的に又は家庭内その他これに準じる限られた範囲内において使用すること」(私的使用)を目的とする複製をとくに許容しています。この規定の趣旨は、家庭内における零細な複製を許容することにあるとされています。

法30条の「個人的な」使用とは、職業上の利用でなく、個人が趣味や教養を深めるために使用することを指すとされています。また「家庭内」とは、同一家計で同居している家族に使用させるために複製を許す趣旨であり、「非営利目的」の意味合いを含むと解されています。さらに「これに準ずる限られた範囲内」とは、同好会やサークルなどのように10人あるいは4~5人のグループが想定されており、特定かつ少数により公正される範囲を指すと解されています。

したがって、会社などの企業内における内部的利用のための複製は、一般的にかつ少数により構成された範囲でも複製とはいえず、また、当該複製は営利を目的とするものなので、非営利的目的を前提とする法30条の私的利用のための複製としては許容されないと解されています(辻田芳幸「団体内部の複製(舞台装置設計図事件)」『著作権判例百選 第4版』116頁、東京地裁昭和52年7月22日判決)。

この点、本判決のXの個別規定に「非営利で公共性のある場合には無料」との規定があることは、著作権法30条を前提としていると思われるところ、本判決が「株式会社であるYにこれらの規定が適用されたかは明らかではなく、また、上記で定められている取扱いをしなければならないことが一般的であったことを認めるに足りる証拠はない。」と判示していることは妥当であると思われます。

(3)まとめ
このように企業内などで新聞記事や雑誌記事などをコピーをとるなどして複製して利用することは、かりにそれが社内研修などが目的であるとしても営利活動であるとみなされ著作権法30条の私的利用の適用対象外となると思われます。そのため、企業の実務担当者は新聞記事などをコピーなどして利用するにあたっては、新聞社などにあらかじめ許諾をとり、必要に応じて使用料を支払った上で利用することが望まれます。

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■参考文献
・中山信弘『著作権法 第3版』352頁
・辻田芳幸「団体内部の複製」『著作権判例百選 第4版』116頁



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