1.はじめに
名誉棄損的なTwitterのツイートを「いいね」する行為に初めて不法行為責任が認められた興味深い裁判例(東京高裁令和4年10月20日判決)が判例タイムズ1511号(2023年10月号)138頁に掲載されていたので読んでみました。
2.事案の概要
ツイッター(現「X」)に2018年にユーザーBから控訴人X(伊藤詩織氏)を侮辱する内容の複数のツイートが投稿され、被控訴人Y(杉田水脈氏)がこれらのツイートに対して「いいね」を押した。(合計25件。)それに対してXがYに対して名誉棄損による損害賠償を求めたのが本件訴訟である。第一審(東京地裁令和4年3月25日)はXの請求を棄却したのでXが控訴。
3.高裁判決の判旨(請求認容・上告中)
『人の名誉感情を侵害する行為は、それが社会通念上許される限度を超える侮辱行為であると認められる場合には、その人の人格的利益を侵害するものとして不法行為が成立すると解するのが相当である。』4.検討
『「いいね」を押す行為は、その行為をした者が当該対象ツイートに関する好意的・肯定的な感情を示したものと一般的に理解されているとしても、前記…のとおり、ツイッターにおける「いいね」ボタンは、押すか押さないかの二者択一とされているから、仮に「いいね」が押されたとしても、対象ツイートのどの部分に好意的・肯定的な評価をしているかが当然に明確になるというものではない。また、「いいね」を押すことは、ブックマークとして使用する場合もあるなど、対象ツイートに対する好意的・肯定的な評価をするため以外の目的で使用することがあることも認められる。
そうすると、当該「いいね」を押す行為が、対象ツイートに対して好意的・肯定的な感情を示したものと認めることができるかを判断するためには、対象ツイートの記載内容等から、「いいね」を押すことによって対象ツイートのどの部分に好意的・肯定的な評価をしていると理解することができるかを検討する必要があるし、また、「いいね」を押した者と対象ツイートで取り上げられた者との関係や「いいね」が押されるまでの経緯も検討する必要がある。』
『以上で検討したとおり、本件対象ツイートは、いずれも、XやXを擁護するツイートをした「B」を揶揄、中傷し、あるいはXらの人格を貶めるものである。そしてYは、インターネットで放送された番組やBBC放送の番組の中で、更には自身のブログやツイッターに投稿したツイートで、本件性被害に関し、Xを揶揄したり、Xには落ち度があるか、Xは嘘の主張をしていると批判したり、…していたところ、Yツイート1及び2を契機に本件対象ツイートがされるや、「いいね」を押した(本件各押下行為)ものである。また、Yは、本件対象ツイートのほかにも、Xや「B」を批判、中傷する多数のツイートについて「いいね」を押している一方で、Yに批判的なツイートについては「いいね」を押していなかった。
これらの事実に照らせば、本件各押下行為は、Xや「B」を侮辱する内容の本件対象ツイートに好意的・肯定的な感情を示すために行われたものであることが優に認められる。同時に、Xに対する揶揄や批判等を繰り返してきたYがXらを侮辱する内容の本件対象ツイートに賛意を示すことは、Xの名誉感情を侵害するものと認めることができる。』
『本件各押下行為は社会通念上許される限度を超える侮辱行為に当たるか否かについて
本件各押下行為は、合計25回と多数回に及んでいる。また、このことに加え、Yは、本件各押下行為をするまでにもXに対する揶揄や批判等を繰り返していたことなどに照らせば、Yは、単なる故意にとどまらず、Xの名誉感情を害する意図をもって、本件各押下行為を行ったものと認められる。すなわち、一般的には、「いいね」を押す行為は、その行為をした者が当該対象ツイートに関して好意的・肯定的な感情を示すものにとどまるとしても、Yは、上記…のようなXらを侮辱する内容の本件対象ツイートを利用して、積極的にXの名誉感情を害する意図の下に本件各押下行為を行ったものというべきである。
さらに、本件各押下行為は、約11万人ものフォロワーを擁するYのツイッターで行われたものである上、Yは国会議員であり、その発言等には一般人とは容易に比較し得ない影響力があるところ、このことは本件各押下行為についても同様と認められる。
これらの事情に照らすと、本件各押下行為は、社会通念上許される限度を超える侮辱行為であることを認めることができるから、Xの名誉感情を違法に侵害するものとして、Xに対する不法行為を構成する。』
東京高裁はこのように判示して、Yに対して慰謝料55万円の損害賠償責任を認めた。
(1)名誉棄損
名誉とは、人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価であると解されています。この社会的評価を低下させる行為がインターネット上で行われた場合には、報道・出版などマスメディアによる表現行為の場合と同様に、名誉棄損として不法行為が成立する可能性があります(民法709条、710条、2ちゃんねる動物病院事件・東京地裁平成14年6月26日判決など、TMI総合法律事務所『IT・インターネットの法律相談』62頁)。
(2)ツイッターにおける名誉棄損
このインターネット上の名誉棄損の考え方はツイッターにおいても同様であり、また名誉棄損など違法性のあるツイートをリツイートする行為が名誉棄損による不法行為に該当するとした裁判例も現れています(東京地裁令和3年11月30日判決など)。本判決はツイッターの「いいね」も名誉棄損による不法行為に該当する場合があることを認めた初めての裁判例であると思われます。
(3)本判決について
第一審判決はBのツイート内容やYの「いいね」についてのみ限定的な解釈を行って請求棄却の判断を下していますが、本判決はツイート内容や「いいね」の様態だけでなく、YのXに対する他のインターネット放送やBBC放送の番組上での言動や、Yの社会的地位・社会的影響力なども総合考慮して名誉棄損による不法行為責任を認めていることが注目されます。
すなわち、本判決は「そうすると、当該「いいね」を押す行為が、対象ツイートに対して好意的・肯定的な感情を示したものと認めることができるかを判断するためには、対象ツイートの記載内容等から、「いいね」を押すことによって対象ツイートのどの部分に好意的・肯定的な評価をしていると理解することができるかを検討する必要があるし、また、「いいね」を押した者と対象ツイートで取り上げられた者との関係や「いいね」が押されるまでの経緯も検討する必要がある。」と判断枠組みを示しています。
(4)まとめ
このように、本判決は元となったツイートの内容や、「いいね」の回数等だけでなく、「いいね」をした者の他の媒体での言動、社会的地位や社会的影響力、フォロワー数などを総合的に判断して不法行為が成立するか否かを検討しています。
そのため、同じツイッターの「いいね」であっても、一般人に比べて、いわゆる「粘着的」にある人物や団体を批判する言動を行っている人物や、あるいは社会的地位や影響力の高い人物(国会議員、政治家、芸能人、インフルエンサーなど)の「いいね」は場合によっては名誉棄損による不法行為が成立する可能性が高まるかもしれないと思われます。
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■参考文献
・判例タイムズ1511号(2023年10月号)138頁
・TMI総合法律事務所『IT・インターネットの法律相談』62頁
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