
本ブログ記事の概要
憲法82条は「裁判の公開」を規定しているが、これも無制限ではなく、法廷における公正・円滑な訴訟運営の重要性、被告人や訴訟関係者の名誉・プライバシーの保護の重要性から、本事件のようなTwitter等による裁判の無断放送は許されない。
1.はじめに
岡山地裁で7月5日に行われた刑事裁判の法廷内の音声が、傍聴人の何者かによりツイッターの音声会議機能「スペース」を使って、無許可でネット中継されていたことが発覚したとのことです。一時は350人以上が中継を聴いていたとのことです。憲法は「裁判の公開」を規定していますが(82条)、この事件をどのように考えたらよいのでしょうか。
・ツイッターで刑事裁判の法廷音声を中継、被告人質問でのやりとりを350人以上聴く…岡山地裁|読売新聞
2.「裁判の公開」の趣旨
憲法82条1項は「裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ。」と規定しています。
日本国憲法この「裁判の公開」の趣旨・目的は、対審・判決を公開することにより、裁判を国民の監視の下に置き裁判の公正な運用を確保することにあるとされています。(柏崎敏義「新基本法コンメンタール憲法」438頁)
第82条 裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ。
この点、裁判の傍聴席でのメモをとる自由について争われたレペタ事件(最高裁平成元年3月8日判決)で最高裁は、「裁判を一般に公開して裁判が構成に行われることを制度として保障し、ひいては裁判に対する国民の信頼を確保しようとする」と判示しているのはこの意味であるとされています。
そのため学説は、憲法82条の「公開」は、「広く一般国民に傍聴を認める」趣旨であると解しています(傍聴の自由)(柏崎・前掲)。
3.「裁判の公開」の限界
とはいえ、この裁判の公開も無制限に認められるわけではありません。裁判所には法廷警察権があるとされており(裁判所法71条、刑訴法288条)、例えば法廷での裁判官の職務を妨げた者に対する退廷命令(裁判所法71条)などを出すことができるとされています。また、刑事訴訟規則215条は「公法廷における写真の撮影、録音又は放送は、裁判所の許可を得なければこれをすることができない」と規定しています。(民事訴訟規則77条はさらに速記、録画も裁判所の許可が必要であると規定している。)
刑事訴訟規則この点、刑事裁判において裁判所の許可なく被告人の写真をとった記者の行為が争われた北海タイムス事件(最高裁昭和33年2月17日判決)において最高裁は、「たとい公判廷の状況を一般に報道するための取材活動であっても、その活動が公判廷における審判の秩序を乱し、被告人その他訴訟関係者の正当な利益を不当に害するがごときものは、もとより許されない」と判示しています。
第215条 公法廷における写真の撮影、録音又は放送は、裁判所の許可を得なければこれをすることができない。但し、特別の定のある場合は、この限りでない。
この判決について学説は、「裁判の公正の確保、被告人・訴訟関係者の名誉・プライバシー保護の観点から報道の自由に対する制約には合理性がある。」としています(柏崎・前掲)。
また、上述のレペタ事件について学説は、「法廷における公正かつ円滑な訴訟運営が法廷でのメモ行為よりもはるかに優越する法益であると裁判所は考えている。」と評価しています(西土彰一郎「新・判例ハンドブック憲法」132頁)。
なお、昭和57年6月には、最高裁事務総長と日本新聞協会編集委員会との懇談会が開催されていますが、最高裁側は、①写真を撮られたくないという被告人の心情や人権は裁判所としては最大限保護しなくてはならない、②法廷内にカメラがあるだけで裁判官は心理的な緊張を受け、審理に影響を及ぼす恐れがある、等の点から無制限な裁判の写真撮影等には反対の立場を主張しています(堀部政男「メディア判例百選」9頁)。
とくに刑事裁判においては国(検察)から訴追を受けた被告人の防御権の確保がなにより重要であり、法廷における公正・円滑な訴訟運営が要請されますが、裁判官ですらカメラがあるだけで心理的な緊張を受けるというのに、被告人はさらに緊張や萎縮感を受けるであろうと思われ、もしカメラやスマホ等による無制限な撮影・録音があった場合、自由な弁論や真実の探求が十分に達成できない危険性があるのではないでしょうか。
この点学説は、大衆は興味本位に傾きやすく、人民裁判のおそれがあること。被告人の公判廷での惨めな姿を「恥」とする心理も否定できない。等の理由から、無制限な傍聴を戒める見解もあります(君塚正臣「メディア判例百選(第二版)」7頁)。
4.まとめ
このように、「裁判の公開」は裁判を国民の監視の下に置き裁判の公正な運用を確保するために非常に重要ですが、その一方で裁判の公開や傍聴する自由も無制限に許容されるのではなく、法廷における公正・円滑な訴訟運営がまずは重要であると考えられます。また、被告人や訴訟関係者の名誉・プライバシーの保護も重要であり、いわゆる週刊誌報道などのような興味本位の人民裁判的な傍聴や報道なども許されません。
そのため、本事件のような裁判所の許可を受けないTwitterのスペース機能による刑事裁判の「放送」は憲法82条の「裁判の公開」の限界を超えるものとして許されないものと思われます。
なお、IT技術の発展は非常に早く、個人が保有するスマホですらこのような行為が可能な時代となり、近い将来には裁判の公開がネット配信なども検討されるようになるかもしれません。しかし上述のとおり、裁判においては法廷における公正・円滑な訴訟運営や被告人や訴訟関係者の名誉・プライバシーの保護など諸般の事情を検討し、慎重な議論が必要であると思われます。
※本ブログ記事を書くにあたっては、7月9日の法律系VTuberのじゃこにゃー様と弁護士VTuberのながの先生のYouTube配信を参考にさせていただきました。じゃこにゃー様、ながの先生ありがとうございます。
・【 法律 】ツイッターで刑事裁判の法廷音声を中継!? 裁判の公開はどこまでするべきなのか?|YouTube
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■参考文献
・柏崎敏義「新基本法コンメンタール憲法」438頁
・西土彰一郎「新・判例ハンドブック憲法」132頁
・堀部政男「メディア判例百選」9頁
・君塚正臣「メディア判例百選(第二版)」7頁
■関連するブログ記事
・「リモート国会」を考えるー物理的な「出席」は必要なのか?―ガーシー議員
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