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とある会社の社員が、法律などをできるだけわかりやすく書いたブログです

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携帯電話大手のNTTドコモとKDDIが、解約の手続きを説明する自社のウェブサイトを検索サイトで表示されないように、HTMLタグに「noindex」を埋め込む等の設定していたことが総務省の審議会で報告されたと、2月27日のNHKなどが報道しています。

・ドコモとKDDI 解約手続きの自社HP 検索サイトで非表示の設定に|NHK
・ドコモとKDDI、解約ページに「検索回避タグ」。総務省会合で指摘、削除|すまほん!!

これだけでも十分に酷い話ですが、この問題に関連して、ネット上では、聴覚障害者などの方々の、「携帯電話・スマホやクレジットカードなどの解約をする際に、事業者側から「電話でないと解約に応じられない」という対応を受けることが多い」という意見が少なからず寄せられています。

法律論としては、民法上は契約の解約(解除)は当事者の一方から相手方への一方的な意思表示を行っただけで効果が発生します(民法540条1項)。

民法540条1項
契約又は法律の規定により当事者の一方が解除権を有するときは、その解除は、相手方に対する意思表示によってする。

この条文に、「その解除は、相手方に対する意思表示によってする」とのみあるように、解約(解除)は、相手方(=事業者など)に対する意思表示(=解約したいという意思)を伝えればよく、それは口頭でも書面でも民法上は問題ありません。事業者の担当者と交渉してその者に承諾してもらう必要もありません。

ただし、現実には、口頭のみ・電話のみでは後日トラブルとなったときに「言った言わない」の水かけ論となってしまうことを防止するために、証拠として解約(解除)の意思を「解約届」など書面の形で事業者がもらうように約款や利用規約などが制定されているのが一般的であると思われます。

しかし逆にいえば、そのような書面による取扱いはあくまでも後日の紛争防止という意味で許容されるにとどまります。そのため、例えば携帯電話会社などが自社の営業成績の数字を守りたいという理由で、聴覚障害者の方などに対して、「解約には当社所定の解約届を書いてもらう必要があるが、その前提として、本人からの電話でなければその手続きは受け付けられない」等と解約手続きを拒否することは違法であり許されないことになります。

この点、例えばNTTドコモのxiサービスの約款をみると、つぎのように第15条に利用者・契約者の契約の解約(解除)について規定されているようです。
ドコモ約款
(NTTドコモサイトより)

つまり、ドコモxiサービス約款15条1項は、「契約者はドコモの携帯契約の解約(解除)をするときは、「所属xiサービス取扱所」(おそらくNTTドコモの本社・支社やドコモショップ等)に「当社所定の書面」で「通知」せよ」となっています。ところで、同4項をみると、「同1項の場合で、電気通信事業法施行規則に定める「初期契約解除」または「確認措置」による解除による取扱いは「当社が別に定めるところによる」となっています。そしてその下の「(注3)」は、「本条第4項に規定する当社が別に定めるところは、当社のインターネットホームページに定めるところによります。」と規定しています。

ここで、この「当社が別に定めるところ」というものが不明確なので、NTTドコモのウェブサイトの契約の解約のページをみます。
ドコモ解約手続き

すると、「ドコモショップでお手続きできます」という表示となっており、ドコモショップに電話や来店などすることとなっていますが、結局、「当社が別に定めるところ」が明示されていません。

とはいえ、このようにNTTドコモの約款やウェブサイトをみる限り、「たとえ聴覚障害者であっても、解約は本人からの電話でないと受け付けられない」「代理は駄目」という実務を根拠づける条文や規定は存在しないようです。

明確な法的根拠がないのに「聴覚障害者等であっても本人からの電話でないと解約を受け付けられない」というのは法的におかしな話ですし、また、解約の手続きをするドコモショップなどで、万が一、某PCデポなどのような悪質な解約の「お引き留め」実務が行われていたらさらに問題と思われます。

なお、平成29年の改正で、民法に定型約款の条文が追加されました。電気、ガス、水道などの定型的で大量の事務取引における契約の内容として利用されるのが約款(定型約款)ですが、電気通信契約における約款はその典型例です。その新設された条文の一つの、民法548条の3第1項はつぎのように規定しています。
民法548条の3
定型取引を行い、又は行おうとする定型約款準備者は、定型取引合意の前又は定型取引合意の後相当の期間内に相手方から請求があった場合には、遅滞なく、相当な方法でその定型約款の内容を示さなければならない。ただし、定型約款準備者が既に相手方に対して定型約款を記載した書面を交付し、又はこれを記録した電磁的記録を提供していたときは、この限りでない。

つまり、事業者・企業側(定型約款準備者)は、利用者・顧客に対して、取引合意の時(契約締結時)までに、契約に関わる約款・利用規約など(定型約款)を書面で交付するか、または自社ウェブサイトなどで電子的に約款等を公表しておかなければならない。遅くとも、契約締結時から相当に期間内に利用者・顧客から請求があった場合には約款・利用規約などを開示しなければらなないと規定されています。

そのため、ネットが一般的となった今日では、NTTドコモなどの携帯電話会社などは、原則としてあらかじめ利用者・顧客に自社ウェブサイト上において、約款・利用規約などを公表しておくことが民法上、求められるのであり、約款・利用規約などの内容が不明確であるなどの状態は望ましいものとはいえないと思われます。

また、同時に民法548条の2第2項は、消費者契約法10条と同様に、約款条項の内容は、利用者・顧客の「権利を制限し、又は相手方の義務を加重する条項であって、その定型取引の態様及びその実情並びに取引上の社会通念に照らして第一条第二項に規定する基本原則に反して相手方の利益を一方的に害すると認められるものについては、合意をしなかったものとみなす」と規定しており、社会通念や信義則に照らして利用者・顧客の権利・利益を不当に制限する等の条項は無効であるとも規定しています。

したがって、「聴覚障害者等であっても本人からの電話でないと解約を受け付けられない」などの取扱は、かりに事業者側の約款などにそのような根拠規定があったとしても、民法の定型約款の各規定に照らして、やはり違法・不当であると思われます。

いうまでもなく、憲法14条1項はあらゆる差別を禁止しており、平成28年に制定された障害者差別解消法は、事業者・企業に対して、障害者に対する不当な差別的取扱いの禁止と、障害者から社会的障壁の除去の要請があった場合にそれに対応する努力義務を定めています。

また、電気通信事業法も、電気通信業の「公共性」を定め、電気通信業務の提供について、「不当な差別的取扱い」を禁止し(6条)、電気通信役務の契約約款について「特定の者に対し不当な差別的取扱いをするもの」を禁止(19条など)しています。

そのため、総務省などは、携帯電話会社などに対して、聴覚障害者の方々からの携帯契約の解約について、「電話による申出でないので受け付けない」などの違法・不当な取扱いを止めるよう、助言・指導などを行うべきではないでしょうか。(また、NTTドコモに対しては、携帯契約の解約に関する約款やホームページの記載が不明確であるので明確化・平明化を行うよう助言・指導などを行うべきではないでしょうか。)

なお、同様の「電話でないと解約できない」という問題は、携帯電話だけでなく、クレジットカードなど金融業界や、ネット通販などさまざまな業界・分野でも未だに発生しているようです。金融庁や消費者庁、経産省などによる消費者保護、障害者保護、高齢者保護などの横断的な取り組みが必要なように思われます。



民法(全)(第2版)

憲法 第七版

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1.損害保険契約の解約返戻金を差し押さえた債権者は、当該保険契約を解約できるか?
『金融法務事情』2064号88頁によると、損害保険(自動車保険)の保険契約を差し押さえた債権者(差押債権者)は、当該保険契約を解約できないとした興味深い裁判例が出されています(東京高裁平成28年9月12日判決)。

一方、生命保険契約については、保険契約の解約返戻金を差し押さえた債権者(差押債権者)は、当該保険契約の解約権を行使できるか否かについては、平成11年に最高裁がこれをできるとする判決を出し、判例として決着がついています(最高裁平成11年9月9日判決)。

2.東京地裁平成28年9月12日判決(請求棄却・控訴)
(1)事案の概要
Aは、平成27年7月13日、損害保険会社であるY保険会社との間で、自らを保険契約者および被保険者とする、保険期間1年間の自動車保険契約(任意保険)(以下「本件保険契約」とする)を締結した。本件保険契約の保障内容は、対人賠償:無制限・対物賠償:無制限・人身傷害:3000万円であり、年間保険料は5万490円であり、AはYに一括払いで保険料を支払っていた。

本件保険契約には、保険契約者はいつでも保険契約を解約でき、本件保険契約が解約された場合、Y保険会社は、保険契約者たるAに対し、契約内容および解約時の条件により、未経過保険期間に相当する保険料を解約返戻金として支払う旨の特約があった。

本裁判の原告であるXは、平成27年10月22日、Aに対する執行力ある判決正本(元本1566万4734円および遅延損害金を命じる判決)に基づき、Aを債務者、Y保険会社を第三債務者として、東京地裁に対し、AがYに対して有する本件保険契約に基づく解約返戻金等6万円について債権差押命令の申立てを行い、同年11月4日、その旨の債権差押命令の発令を受けた。その命令正本は、Aに対して同月13日、Yに対して同月5日にそれぞれ送達された。そしてXは同年11月26日、Yに対して差押債権者による取立権の行使として、本件保険契約を解約する旨の通知を行い、Yは同日にこれを受領した。この日時点における本件保険契約の解約返戻金は3万3660円であった。

この本件保険契約の解約返戻金3万3660円の支払いを求めてXがYに提起したのが本件訴訟である。本地裁判決は、つぎのように判示してXの請求を棄却した。(Xは控訴。)

(2)判旨
『第3 当裁判所の判断
1.(1)
金銭債権を差し押さえた債権名義は、 民事執行法155条1項により、 その債権を取り立てることができるとされているところ、 その取立権の内容として、 差押債権者は、自己の名で差押債権の取立てに必要な範囲で債務者の一身専属的権利に属するものを除く一切の権利を行使することができる。

(略)問題となるのは、差押債権者による本件保険契約の解約権の行使が、取立ての目的の範囲を超えるものとして制限されるかどうかである(略)。

(2) ところで、 生命保険契約の解約返戻金請求権に関しては、これを差し押さえた債権者がその取立金に基づき債務者の有する解約権を行使することができる(取立ての目的の範囲を超えない)とされていることは、 原告の引用する平成11年最判(=最高裁平成11年9月9日判決)に示されているとおりである。そこで、以下、特に生命保険契約との異同を念頭に置いて、検討することとする。

2.(1) 生命保険契約が解約によって終了した場合に保険契約者に認められる解約返戻金は、通常、被保険者のために積み立てられた保険料積立金から解約により保険者に生ずる損害を控除した残額であると理解されているものである(証拠略)。したがって、生命保険契約の解約返戻の基本的な格は績立金にほかならず (保険法63条、 保険業法施行規則10条3号参照)、 将来に向かって維持・蓄積されることが予定された潜在的的な資産という性格を有するものといえる。(略)保険契約の債権者の立場で、そのような潜在的な資産を債務者の責任財産として現実化することを求めることは、ごく自然な要請ということができる。

これに対し、損害保険契約における解約返戻金は、払込保険料のうちの未経過保険期間に対応する部分(いわゆる未経過保険料)が、これと対価性のある未履行給付(保険サービスの提供)の消滅に伴い返還されるものであって、解約権が行使されない場合には、保険期間の経過とともに資産性が逐次失われていくものである。換言すれば、解約返戻金を発生させるために損害保険契約の解約権を行使するということは、将来の保険サービスを享受する地位を剥奪することで、その対価として充当することが予定されていた払込保険料を返還させるものにほかならない。 これは、もともと潜在的に存在していた資産を現実化するという側面にとどまらないものであり、取立ての目的を実現する手段として、過剰な要素が含まれていると考えざるを得ない。

(2) また、 特に自動車保険を想定した場合、未経過保険料として通常想定される上限額は、一般的な保険期間である 1 年分の保険料相当額であって、さほど大きな金額にはなり得ないものである。本件でも、差押えに係る請求債権額が元本だけで1566万 4734円であるのに対し、 解約返戻金の額は3万3660 円にすぎないのであって、債権回収の実質という点でどれほどの意味があるか疑問といわざるを得ない。

(3) 以上に加えて、 自動車保険契約が保険契約者の意思によらずに解約されてしまう不利益には、看過し得ない、重大なものがあるというべきである。すなわち、本件保険契約のものを含め、自動車保険 (任意保険))は対人 ・ 対物賠償責任保険を中心とするものと理解されるところ、このような対人・対物賠償責任保険は、(略)社会全体のセーフティネットの役割をも担っているからである。(略)

(4) さらに、保険法上、生命保険における60条(=介入権)に相当する規定が損害保険には設けられていないところ、このこと自体、保険法が、損害保険につき差押債権者による解約権の行使を想定していないことを示すものと解される。』

本判決はこのように述べ、損害保険には生命保険に関する平成11年最判の考え方は適用できず、本件自動車保険契約を債権者が差押え、解約し、その解約返戻金を第三債務者たる保険会社から支払いを受けることはできないと結論づけました。

この地裁判決について、私は結論について賛成ですが、その理由付けには困難なものがあると考えます。

3.検討
(1)解約返戻金とは何か
まず、平成22年施行された保険法の前の旧商法においては、同法680条2項、同640条、653条などが、保険金等の支払の免責事項に該当したとき、保険契約者による保険契約の任意解除があった場合など、保険契約の途中で保険契約が終了したときは、保険会社は、「被保険者ノ為メニ積立テタル金額」を保険契約者に支払わなければならないと規定していました。この金員が、いわゆる「責任準備金」であり、この責任準備金は、平成22年に施行された保険法でも「保険料積立金」という名称で維持されています(保険法63条、同92条)。

そして、主に生命保険分野においては、各保険会社の普通保険約款において、従来より、免責事項の発生や、保険契約者による保険契約の解約があった場合は、いわゆる「解約返戻金」を保険会社は保険契約者に支払うと規定されているのが通常です。この解約返戻金は、上の責任準備金から一定額の控除(解約控除)を引いた金額です(萩本修『一問一答 保険法』208頁)。

この点、生命保険分野においては、例えば日本生命の終身保険などの「みらいのカタチ」の「契約基本約款」の第18条(解約)第1項は、「保険契約者は、将来に向かって保険契約を解約し、解約払戻金があるときはこれを請求することができます」と規定しています。

一方、損害保険分野においては、例えば東京海上日動の自動車保険「トータルアシスト自動車保険」の普通保険約款の「第6節 保険料の返還、追加または変更」第1条8項は、5号の「保険契約者による保険契約の解除」があった場合は、「付表1に規定する保険料を返還します」と規定し、「付表1」は、保険期間が1年で保険料の支払い方法が一時払いであった場合は、「保険契約が失効した日または解除された日の保険契約の条件に基づく年間適用保険料から既経過期間に対して「月割」をもって算出した保険料を差し引いた額」を、「返還保険料」として支払うと規定しています。

(2)民事執行法155条1項の差押債権者の取立権
民事執行法155条1項は、金銭債権を差し押さえた債権者は、その債権を取り立てることができるとしており、その取立権の内容として、差押債権者は自己の名で被差押債権の取り立てに「必要な範囲」で、「債務者の一身専属権を除く一切の権利」を行使することができるとされています。(中野貞一郎『民事執行法(増補新訂5版)』670頁)また、保険契約者の保険契約の解約は、形成権と解されており、さらに、給与や公的年金などと異なり、民間保険会社の保険契約の保険金や解約返戻金は各種の法律上の差押禁止債権とはされていません。

(3)差押債権者は取立権を行使し保険契約を解約し、保険会社から解約返戻金の支払いを受けることができるのか?
このように民事執行法や保険法・保険約款の規定があるなか、主に生命保険分野において、「差押債権者は保険契約を取立権(民事執行法155条1項)に基づき解約し、保険会社から解約返戻金の支払いを受けることができるのか」という論点については、つぎのように学説が分かれていました。この論点において評価が分かれるのは、保険契約の取立権による解約が「取立の目的」を超えていないか否か、保険契約の解約権は一身専属権であるか否かです。

①肯定説 差押債権者は民法155条1項の取立権の効果として、債務者の有する解約権を行使できるとする説で、多数説です(山下友信『保険法』658頁)。

②否定説 取立権の効果としては解約権を行使できず、債権者代位の方法によるべきとする見解です(伊藤眞『金融法務事情』1446号25頁)。

③二分説 保険契約を貯蓄、資産運用、節税などを目的とする保険(貯蓄型)と、被保険者または保険金受取人の生活保障、社会保障の補完を主な目的とする保険(生活保障型)に二分し、貯蓄型については取立権の効果として解約権を行使できるが、生活保障型については、解約権は一身専属権であり行使できないとする説です。(『判例時報』1689号45頁)

この論点につき生命保険契約(定期保険特約付終身保険、死亡保険金額3500万円)の差押債権者による取立権行使による解約が争われた最高裁平成11年9月9日判決は、①肯定説に立つことを明らかにしました。

すなわち、最高裁は、①解約権の行使は差押債権者が行使しなくては意味がなくなることから取立権の「必要な範囲」に含まれること、②否定説や二分説が懸念する保険契約者や保険金受取人などの不利益は、民事執行法153条による差押命令の取消や、あるいは解約権の行使が権利濫用にあたるような場合はその効力を否定することにより処理すればいいこと、などを理由にあげています。

(4)本件東京地裁判決を考える
(ア)本件判決を振り返る
以上を踏まえて本件判決をみると、主につぎの3点を理由にあげています。

①生命保険契約における解約返戻金の基本的な性質は、将来の保険金支払いのための保険料の積立金であるのに対して、損害保険契約における解約返戻金は、払込保険料のうちの未経過保険期間に係る部分の未経過保険料が、それと対価関係にある未履行の保険サービス(保険給付など)の消滅に伴い返還される性質であることから、損害保険において解約返戻金に対して取立権を行使することは、取立権の目的を超えること。

②自動車保険における解約返戻金は、一般的な保険期間である1年分の保険料相当額であって、大きな金額にはならないので、債権回収の手段として相当でない。

③対人・対物賠償責任の自動車保険の機能は交通事故における社会的なセーフティネットであり、自動車保険契約が差押債権者により解約されてしまう不利益は重大であること。

④生命保険には、保険契約が差押えられた際に、保険金受取人が差押債権者に解約返戻金相当額を支払うことにより、保険契約を存続させる「介入権」制度が保険法60条に新設されたが、損害保険にはそのような制度は存在しないので、損害保険契約を差押債権者が解約できると解するべきではない。

(イ)①について
たしかに一般的な損害保険(自動車保険・住宅総合保険など)の法的性質はそのようなものと解されており、生命保険におけるような、将来の保険金支払いのために保険料を積み立てた責任準備金・解約返戻金は存在しません(東京海上日動『損害保険の法務と実務』396頁)。

しかし、損害保険においても、積立型の保険は存在します(積立型火災保険、積立型傷害保険など)。これらの保険においては保険期間の満了時に満期保険金が支払われるため、一般的な生命保険に類似した、将来の満期保険金の支払いのため保険料を積み立てた責任準備金・解約返戻金が存在します。

そして、損保分野においても、会社を保険契約者・保険金受取人、社長を被保険者とする積立ファミリー交通傷害保険契約に対する債権者の差押を認める裁判例も出されています(東京地裁昭和59年9月17日判決・『判例時報』1180号212頁(『判例評釈』326号212頁))。

また、生命保険分野・傷害疾病定額保険の分野においても、保険契約者からの解約があった際の解約返戻金をゼロあるいは著しく低額とすることにより、保険料を下げた医療保険・がん保険・定期保険などが、近年、各保険会社から次々と販売されています。これらの保険は、解約返戻金がゼロという点で、むしろ損害保険に類似した保険数理の仕組みをとっています。

このように、差押債権者の取立権の行使が目的を超えるか否かは、対象となる保険商品が生命保険か傷害保険かという二分的な考え方をとるのでなく、生損保商品ともに、当該保険商品が責任準備金・解約返戻金を持つ仕組みを採用しているか否かで判断すべきであると考えられます。そのため、この点を漠然と判断している本件判決の①について私は賛成できません。

(ウ)②について
これも、個人を対象とした自動車保険であれば、自動車やバイクなどは数台にとどまるので、判旨のいうこともわかりますが、同じ自動車保険でも、対象となる自動車等が10台以上の大型契約であるフリート型の自動車保険も販売されています。また、保険期間が5年など複数年度にまたがる自動車保険・損害保険も実務上販売されているところであり、「自動車保険=保険料が廉価」というのは本件裁判の裁判官の思い込みであると思われます。

(エ)③について
自動車保険はモータリゼーションが発達した現代社会では社会的セーフティネットであり、これを保険契約者以外の者が解約すべきではないと本判決は述べていますが、これは上でみた生命保険に関する最高裁平成11年9月9日判決が否定した、「生活保障型・社会保障型の生命保険は保険金受取人ら遺族の生活保障に大事であるから解約すべきでない」とする二分説に先祖返りしているように思われます。

かりに本判決の主張をみとめるとしても、生損保の普及率が高いわが国においては、交通事故の両当事者がそれぞれ自動車保険などに加入していることが通常であり、また、自動車保険の多くには、事故の相手方が自動車保険に加入していなかった場合に備える無保険車事故傷害保険がついているのが通常です。加えて、自賠責保険は強制保険です。

また、任意加入部分の自動車保険は何らかの法律で差押禁止と規定されているわけでもありません。さらに、その解約権は保険契約者の一身専属権であるとする法律の定めも存在しません。

したがって、「自動車保険はセーフティネットだから差押債権者が解約すべきでない」とする本判決の理由づけは正当とは思えません。

(オ)④について
保険法の立案に関する文献をあたってみましたが、保険法60条の規定は生命保険に係るものでありますが、しかし法制審保険法部会などの議事録において、法60条を新設するからには、損害保険は差押債権者などによる保険期間中の中途解約を禁止する意図があることは確認できませんでした(萩本・前掲201頁、萩本修『保険法立法関係資料』10頁)。

むしろ、法制審における保険法の審議の過程では、責任準備金(保険料積立金)の条文だけでなく、解約返戻金についても保険法に条文を置くことが検討されていますが、これは、近年の生損保業界において、解約返戻金ゼロや低解約返戻金など、さまざまな保険新商品が開発され販売されていることから、それを裁判規範を有する明確なルールとして条文化することが困難であったことから見送られたとされています(萩本・前掲211頁、萩本修『保険法立法関係資料』10頁、11頁)。

4.まとめ
以上より、本判決の①から④までの理由づけはあいまいであり、保険法や実務への裁判官の無理解を感じさせます。(保険法や、なぜか保険業法施行規則まで判決文中で検討しながらも、一番重要な普通保険約款についてはほとんど検討していないことも疑問です。)

本判決は、最高裁平成11年9月9日判決の判断枠組みに従って、①解約権の行使は差押債権者が行使しなくては意味がなくなることから取立権の「目的」に含まれること、②自動車保険契約が解約されることにより社会的セーフティネットが失われるリスクについては、民事執行法153条による差押命令の取消や、あるいは解約権の行使が「権利濫用」にあたるような場合はその効力を否定することにより処理すればいいことであり、本事案においては、約1560万円の債権を回収するために、解約返戻金約3万6千円の自動車保険を解約することは、権利濫用(民法1条3項)にあたるとして、結論として、差押債権者Xの請求を棄却すべきであったと思われます。

また、同様の事案においては、対象となる保険契約の種類が生命保険・傷害疾病定額保険か損害保険かに注目するのではなく、その保険契約が保険約款上、解約返戻金を持っているのか否かで、差押債権者による解約の是非を検討すべきであると思われます。

■参考文献
・『金融法務事情』2064号88頁
・山下友信『保険法』658頁
・萩本修『一問一答 保険法』201頁、208頁、211頁
・東京海上日動『損害保険の法務と実務』396頁
・中野貞一郎『民事執行法(増補新訂5版)』670頁
・萩本修『保険法立案関係資料』10頁、11頁など
・生命保険協会『生命保険講座 生命保険計理』73頁
・法務省サイト『法制審保険法部会第12回会議議事録』など
・『判例時報』1689号45頁





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