三郷市図書館
(media.housecomより)

1.埼玉県三郷市の小学校図書館が貸出記録とコンピュータを利用して読書指導をしているというニュース記事が炎上
二週間ほど前に、埼玉県三郷市のある市立小学校が、学校図書館に導入したコンピュータを用いて生徒の読書傾向などを分析・把握し、司書や担当教師らが個々の生徒に読書指導を行っているという趣旨のmedia.housecomのニュース記事がネット上で物議をかもしているという話題を、個人情報保護法制、地方公務員法上の守秘義務や「図書館の自由に関する宣言」との関係でいかがなものかという趣旨で取り上げました。

■前のブログ記事
・埼玉県三郷市の市立彦郷小学校図書館の取り組みがネット上で炎上

■media.housecomのニュース記事
・「1年間で1人あたり142冊もの本を読む埼玉県三郷市立彦郷小学校「社会問題の根幹にあるのは読書不足」」|media.housecom

しかし、その数日後に、今度はキャリコネニュースがこの話題を取り上げたところ、小学校の校長は、「読書傾向の分析などは行っていない」とほぼ180度逆の回答をしています。

■キャリコネニュースの記事
・三郷市の小学校の読書促進策に批判殺到「担任が児童の読んだ本を把握し個別指導」って本当? 学校「誤解を招いて申し訳ない」|キャリコネニュース

ところがこのニュース記事に対しては、media.housecomの記者と思われる方が、当方の記事に間違いはないとネット上で反論しており、外野の一般人からはどちらが正しいのかわかりかねる状況です。

ところでさらに興味深かったのは、私の冒頭のブログ記事に対して、図書館の司書など専門家と思われる方々より、直接あるいは間接に、「学校図書館は公立図書館ではない。学校図書館で読書指導などを行うのは当たり前」「禁止する判例はない」という趣旨のご見解を複数頂戴したことです。

2.学校図書館における読書指導の変遷
この点、「図書館の自由」につき長年研究をなさっている学者の方の論文を読むと、たしかに、

『学校図書館が管理する貸出記録を教育指導の資料として活用することは、戦後直後から1960年代にかけて展開されてきた「生活指導の一部としての読書指導」論の中では当たり前に捉えられてきた。』

と説明されています(山口真也「個人情報保護制度と学校図書館活動-貸出記録の教育的利用・貸出記録の返却時消去・図書委員による貸出の是非をめぐって-」『沖縄国際大学日本語日本文学研究』13巻1号28頁)。

たとえば、図書館教育研究会『新学校図書館通論 三訂版』208頁は、

『学校図書館で本を借りる状況は、コンピュータ化が進んでいる学校ではコンピュータに「個人読書履歴」として記録し、またコンピュータ化が進んでいない学校では従来からの「個人貸出カード」を使う。(略)学校図書館以外の利用は、読書記録をつけ(させる。)』

などの手法を用いて、学校司書や担任教師などが個々の生徒に読書指導を行うべきとしています。

(なお、公立図書館の情報システムにおいては、利用者がどんな図書を借りたかという個人情報・プライバシーを守るために、利用者が図書を返却するとシステムから当該貸出記録そのものが消去される仕組みとなっています(鑓水三千男『図書館と法』183頁)。)

3.憲法から考える
しかし、読書とは判例がつぎのように述べるとおり、内心の自由(憲法19条)、人格権・プライバシー権(13条)、表現の自由・知る権利(21条1項)に由来する重要な人権です。

『およそ各人が、自由に、さまざまな意見、知識、情報に接し、これを摂取する機会をもつことは、その者が個人として自己の思想及び人格を形成・発展させ、社会生活の中にこれを反映させていくうえにおいて欠くことのできないものであり、また、民主主義社会における思想及び情報の自由な伝達、交流の確保という基本的原理を真に実効あるものたらしめるためにも、必要なところである。

それゆえ、これらの意見、知識、情報の伝達の媒体である新聞紙、図書等の閲読の自由が憲法上保障されるべきことは、思想及び良心の自由の不可侵を定めた憲法一九条の規定や、表現の自由を保障した憲法二一条の規定の趣旨、目的から、いわばその派生原理として当然に導かれるところであり、また、すべて国民は個人として尊重される旨を定めた憲法一三条の規定の趣旨に沿うゆえんでもあると考えられる。』(よど号新聞記事抹消事件・最高裁昭和58年6月22日大法廷判決)

4.子どもの権利条約から考える
また、1990年に発効し日本は1994年に批准した18歳未満の子どもの権利保障を定める「子どもの権利条約(児童の権利に関する条約)」は、第16条で子どものプライバシー権を保障しています。

子どもの権利条約

第16条
 いかなる児童も、その私生活、家族、住居若しくは通信に対して恣意的に若しくは不法に干渉され又は名誉及び信用を不法に攻撃されない。
 児童は、1の干渉又は攻撃に対する法律の保護を受ける権利を有する。

そのため、国・自治体や学校は、生徒の読書の自由を尊重し、また、生徒のプライバシーを大人同様に尊重しなければなりません。

5.学校図書館法4条1項4号と文科省の通達「第四次 子供の読書活動の推進に関する基本的な計画」
さらに、学校図書館における読書記録・読書履歴を生徒の読書指導・生活指導に利活用することに賛成派の論者は、学校図書館法4条1項4号の「図書館資料の利用その他学校図書館の利用に関し、児童又は生徒に対し指導を行うこと。」を念頭においているようです。

しかし、文部科学省の通達「第四次 子供の読書活動の推進に関する基本的な計画」などを読んでも、「生徒の自主的、主体的な読書」が強調されており、また、「学校図書館の情報化」の部分(25頁)においても、学校図書をデータベース化することによるOPAC検索の導入、学校図書館などにパソコンを導入し生徒がインターネットで様々な事柄を調べることができるようにする取り組みなどがあげられているのみで、生徒の貸出記録をコンピュータに保存・分析し、各生徒の読書のゆがみを矯正するなどの埼玉県三郷市彦郷小学校の取り組みのようなことは記述されていません。

加えて、生徒の読書記録は生徒の個人情報のなかでも思想・信条などセンシティブ情報を推知させるデリケートな個人情報であり、そのような個人情報の取得・利用などにあたっては、自治体は個人情報保護条例上の特別な対応が必要となるはずです。しかし埼玉県三郷市はそのような特別の対応を行っていないように見受けられます。

6.まとめ
このように考えると、埼玉県三郷市の小学校図書館における取組や、電子データ化した読書記録等を学校が生徒の読書指導等に利活用することは、憲法や学校教育法、文科省の通達の趣旨に抵触または違反しているのではないかと思われます。

『読書は、読者が誰からも制約されることなく自由に好きなものを自分で選び取ってはじめて、真に心を開いて楽しめる、すぐれて個人的な営みである。そのことは子どもといえども違いはない。(略)

読書記録の扱いも同様で、本を借りた記録がいつまでも帯出カードに残る仕組みは自由な読書を制約することになる。(略)

自分に関する情報は、自分でコントロールできる、自分に関することが自分のあずかり知らないところであれこれの判断の素材になるといったことがあってはならぬ、というのがプライバシーの原則順守である。』
(塩見昇『学校図書館の教育力を活かす』120頁)

■参考文献
・塩見昇『学校図書館の教育力を活かす』120頁
・図書館教育研究会『新学校図書館通論 三訂版』208頁
・山口真也「個人情報保護制度と学校図書館活動-貸出記録の教育的利用・貸出記録の返却時消去・図書委員による貸出の是非をめぐって-」『沖縄国際大学日本語日本文学研究』13巻1号28頁
・渡邊重夫『学校図書館の対話力』136頁、191頁
・鑓水三千男『図書館と法』183頁
・野中俊彦・中村睦男・高橋和之・高見勝利『憲法Ⅰ 第5版』247頁
・「第四次 子供の読書活動の推進に関する基本的な計画」|文部科学省