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とある会社の社員が、法律などをできるだけわかりやすく書いたブログです

タグ:金融庁

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(ビッグモーター社サイトより)

1.ビッグモーターの虚偽の自動車保険契約の疑いについて
不祥事が発覚したビッグモーターで、虚偽の自動車保険契約をでっちあげて保険契約の件数の積み増しを狙った疑いが報道されています。

ビッグモーターで虚偽の自動車保険契約の疑い…従業員が負担、件数積み増し狙ったか|読売新聞

すなわち、ビッグモーターの福井県内の店舗が、虚偽の自動車保険契約を複数結んでいた疑いがあることがわかったとのことです。関係者によると、虚偽契約には車検証がある展示車両などが使われた可能性があるとのことです。保険料は従業員が負担していたとみられ、契約件数の積み上げを狙った可能性があるとのことです。

このように、保険代理店などが営業成績のかさ上げを狙って保険契約をでっちあげることは、保険業界では作成契約または架空契約などと呼ばれています。

保険業法
(登録の取消)
第三百七条 内閣総理大臣は、特定保険募集人又は保険仲立人が次の各号のいずれかに該当するときは、第二百七十六条若しくは第二百八十六条の登録を取り消し、又は六月以内の期間を定めて業務の全部若しくは一部の停止を命ずることができる。
(略)
 この法律又はこの法律に基づく内閣総理大臣の処分に違反したとき、その他保険募集に関し著しく不適当な行為をしたと認められるとき。
(後略)
この点、保険業法307条1項3号は「保険募集に関し著しく不適当な行為」を禁止しており、作成契約・架空契約はこの「保険募集に関し著しく不適当な行為」に該当するとされています。この行為があった場合、金融庁は当該保険代理店(保険募集人)の登録の取消しや業務停止命令などを出す可能性があります。また保険代理店のビックモーターに委託をしている保険会社(この場合は損保ジャパン等)も、保険募集上の事故があったとして、金融庁に対して不祥事件届出を行い、金融庁から行政処分・行政指導などが行われる可能性があります(中原健夫『保険業務のコンプライアンス 第4版』229頁)。

2.保険金の水増し請求について
なお、このビックモーターの事件においては、ビックモーターが顧客の自動車をわざと壊す等して自動車保険の水増し請求を損保ジャパンに行っていたとの疑惑が発覚しています。しかも損保ジャパン側もその事情を承知していたとの報道もなされているところです。

このビックモーター事件で思い出されるのは、2007年に発覚して大きな社会問題となった生損保の保険会社の保険金不払い問題です。保険金不払い問題においては本来支払うべきであった保険金を保険会社が顧客に支払っていなかったものであり、今回のビックモーターの不正請求事件はその「逆」パターンといえるのではないでしょうか。

損害保険会社10社に対する行政処分について|金融庁

2007年の保険金不払い問題については、金融庁は保険会社が許認可を受けた基礎書類(事業方法書・約款など)に準拠した支払いをしていなかったことが保険業法4条2項などの違反であるとして業務停止命令・業務改善命令などの行政処分が出されました。そのため、今回のビックモーターの事件も、損保ジャパンなどの保険会社は保険業法4条2項などの違反として業務停止命令・業務改善命令などの行政処分が出される可能性があります。

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1.保険会社の営業職員等に保険募集の際に公的保険制度の情報提供を求める金融庁の監督指針の一部改正が行われる
金融庁は、保険会社の営業職員等に保険募集の際に公的保険制度の情報提供を顧客にすることを求めるための「保険会社向けの総合的な監督指針」(以下「監督指針」とする)等の一部改正のためのパブコメ手続きを2021年10月15日から同年11月16日まで実施し、その結果をまとめたパブコメ結果を同年12月28日にウェブサイトで公表しました。改正後の監督指針は12月28日より適用されるとなっています。

・「保険会社向けの総合的な監督指針」等の一部改正(案)に対するパブリックコメントの結果等について|金融庁
・コメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方|金融庁
・「保険会社向けの総合的な監督指針」の一部改正(新旧対照表)|金融庁
・「保険会社向けの総合的な監督指針(別冊)(少額短期保険業者向けの監督指針)」の一部改正(新旧対照表)|金融庁
・「金融サービス仲介業者向けの総合的な監督指針」の一部改正(新旧対照表)|金融庁

2.監督指針の改正の概要
(1)2014年の保険業法の改正
保険業に関する金融庁の監督法である保険業法は、近年、保険商品の複雑化・販売形態の多様化や、スーパーや百貨店などに店舗を構える「ほけんの窓口」などの保険の乗合代理店の拡大などを踏まえ、2014年(平成26年)に大きな改正が行われ2016年に施行されました。この保険業法の改正は、①意向把握義務の創設(294条の2)、②情報提供義務の創設(294条1項)、③保険の乗合代理店の保険募集の態勢整備義務(294条の3)などが含まれます。

その改正点の一つの意向把握義務とは、保険会社・乗合代理店・営業職員(保険募集人)が保険募集(保険営業)を行う際に、顧客の保険契約への意向(ニーズ)を把握しなければならず、その顧客の意向に沿った保険契約の勧誘や提案を行わなければならないとするものです(保険業法294条の2)。

(2)2021年の監督指針の一部改正
そして2021年12月28日は、さらに保険会社の営業職員等に保険募集の際に公的保険制度の情報提供を顧客にすることを求めるための監督指針の一部改正が行われました。その内容は、①保険業法294条の2の意向把握義務に関する監督指針に、営業職員等が公的保険制度の情報提供を行うことを求める改正と、②保険会社の保険募集管理態勢(100条の2)に関連する監督指針に、「保険会社が営業職員などに公的保険制度に関する適切な理解を確保するための十分な教育体制を整備すること」の2点です。そしてこの監督指針の一部改正は、少額短期保険業者への監督指針、金融サービス仲介業者への監督指針においても同様の改正が行われています。

(3)保険業法294条の2の意向把握義務に関する監督指針に、保険会社や営業職員等が公的保険制度の情報提供を行うことが追加される。
今回の改正では、監督指針Ⅱ-4-2-2(保険契約の募集上の留意点)の(3)①(意向把握・確認の方法)の部分がつぎのように改正されました。(下線部が今回追加されたもの。)

Ⅱ-4-2-2 保険契約の募集上の留意点
(3)法第294条の2関係(意向の把握・確認義務)
①意向把握・確認の方法
意向把握・確認の方法については、顧客が、自らのライフプランや公的保険制度等を踏まえ、自らの抱えるリスクやそれに応じた保障の必要性を適切に理解しつつ、その意向に保険契約の内容が対応しているかどうかを判断したうえで保険契約を締結するよう図っているか。そのために、公的年金の受取試算額などの公的保険制度についての情報提供を適切に行うなど、取り扱う商品や募集形態を踏まえ、保険会社又は保険募集人の創意工夫による方法で行っているか。
監督指針改正1
(金融庁のプレスリリースより)

(4)公的保険制度の社内教育などの適正な保険募集管理態勢の確立の改正
また、今回の改正では、監督指針Ⅱ-4-2-1(適正な保険募集管理態勢lの確立)の(4)①(特定保健募集人等の教育について)の部分がつぎのように改正されました。(下線部が今回追加されたもの。)

II-4-2保険募集管理態勢
II-4-2-1適正な保険募集管理態勢の確立
(4)特定保険募集人等(略)の教育・管理・指導
①特定保険募集人の教育について
保険商品の特性に応じて、顧客が十分に理解できるよう、多様化した保険商品に関する十分な知識や保険契約に関する知識の付与及び適切な保険募集活動のための十分な教育を行っているか。
また、公的保険を補完する民間保険の趣旨に鑑みて、公的保険制度に関する適切な理解を確保するための十分な教育を行っているか。

監督指針改正2
(金融庁サイトより)

3.パブコメ結果の概要
(1)そもそも国の公的保険制度を国民に伝えるのは政府や所轄官庁の仕事ではないのか?
今回のパブコメ結果の概要を読むと、保険会社の営業職員と思われる方からのつぎのご意見が、大なり小なり保険会社関係の人間の思いを代弁していると思われます(パブコメ結果1)。

これ保険会社向けの監督指針に入れる必要があるのでしょうか?
そもそも国の制度を国民に伝えるのは政府や所轄官庁の仕事じゃないですか?
保険会社等はあくまでも補完サービスでしかないので筋違いの様に思います。

この営業職員と思われる方からのご意見は正論であり、読んでいて思わず笑ってしまいました。しかし、このカジュアルな意見に対して、金融庁の担当者の方はやや押され気味ながらも、つぎのようにまじめに回答しています。

政府において、公的保険に関する広報については、厚生労働省を中心に年金ポータルの開設やパンフレットの作成、対話集会の実施等、様々な取り組みを行っています。金融庁においても、金融経済教育における動画やパンフレット等において、公的保険や民間保険についても説明しています。

また金融庁ウェブサイト上に、公的保険制度について解説するポータルサイトを作成する予定です。他方で、保険会社や保険募集人等が保険募集を行う際には、顧客の意向を把握し、意向に沿った保険契約の提案を行うことが重要です。今般の監督指針案は、公的保険を補完する民間保険の趣旨に鑑み、顧客に対して、公的保険制度等に関する適切な情報提供を行うことによって、顧客が自らの抱えるリスクやそれに応じた保障の必要性を理解したうえでその意向に沿って保険契約の締結がなされることが図られているかという点などを監督上の着眼点として明確化したものです。

また、監督指針の改正趣旨を踏まえ、保険会社や保険募集人等が取り扱う商品や募集形態に応じて適切に判断し創意工夫を発揮して対応することは、顧客本位の業務運営に資するものと考えます。

パブコメ意見1
パブコメ意見2
(金融庁サイトより)

このように、金融庁は、公的保険制度の国民への説明として、厚労省がウェブサイトに公的保険制度の解説や公的年金の試算ができる専用のページなどを準備し、また金融庁もサイトに公的保険制度に関するポータルサイトを作成する予定なので、保険会社や営業職員などはそれを利用してほしいと異例の低姿勢で要請しています。

(2)今回の公的保険の情報提供は新たな情報提供義務ではない
また、パブコメ結果2は、「そもそも義務教育や高等教育の場面で、公的保険などに関する教育を行うべきではないか」との意見に対して、金融庁は「金融経済教育については、ご指摘を踏まえ、引き続きこうした取り組みを進めていきたいと考えております」とし、さらに「今回の改正案は、監督指針として盛り込むものであり、公的保険制度につき情報提供義務を課すものではありません。と回答しています。

そのため、仮に保険会社や営業職員などが公的保険制度の顧客への説明が不十分であったような場合でも、直ちに意向把握義務(保険業法294条の2)や情報提供義務(294条1項)の違反にはならないと金融庁は考えていると思われます。

(3)共済などには公的保険制度の説明を求めないのか?
パブコメ結果5では、「認可特定保険業者や、共済事業者、事業協同組合の共済事業に対しては公的保険制度の説明をさせないのか?との意見も出されています。この点、金融庁は、「認可特定保険業者についての貴重なご意見として今後の参考とさせていただきます」としています。また、共済などについての意見は、所管官庁へ伝えさせていただきます」と回答しています。

(4)証券会社が投資信託などを販売する際には公的保険制度の説明は不要なのか?
パブコメ結果10では、「証券会社が投資信託などを販売する際には、公的保険制度の説明は不要なのか?」との質問も出されています。これに対して金融庁は「本改正は保険会社や保険募集人を対象とするものであり、投資信託の販売などには影響しない。」「他方で、金融事業者の自主的な判断で、投資信託の販売時に厚労省の公的年金資産Web等を活用することは、望ましい取り組みである」と回答しています。

この点、投資信託の積立などのNISAやiDecoなどの老後のための備えを国民に促す制度を金融庁は推進しているのであり、このNISAやiDecoなども公的年金などとのバランスをとって国民が長期間にわたって準備するうことが大事なのですから、金融庁は保険会社や営業職員などに公的保険制度の説明をさせるだけでなく、証券会社やその営業職員などに対しても、監督指針を改正するなどして、公的年金制度などの説明をすることを求めるべきなのではないかと思われます。

(5)保険会社等はどのような公的保険について説明をすべきなのか?
保険会社等はどのような公的保険について説明をすべきなのかという質問が複数出されていますが、金融庁は「各保険会社が提供する商品種類・内容等、自社の事業の特性や募集チャネルを踏まえて、相違工夫を発揮しならが判断し対応すべき」ものであり、一律の基準などを設ける予定はないようです(パブコメ結果22)。また、金融庁は公的保険制には「遺族年金や障害年金も含まれる」と回答しています。

(6)実効性の担保について
パブコメ意見には、公的保険制度の説明を実施したことの担保・証拠として、「ねんきん定期便等から公的保険の受取資産額を踏まえた説明を受けた」とのチェック項目やチェックボックスを意向確認書に設ければよいのか?という質問も複数出されています(パブコメ結果32、33)。

これに対して金融庁は「実効性を担保するためには各種手段が考えられるところ、保険会社等が自らが取り扱う保険商品や募集形態などを踏まえ、創意工夫をもって判断すべきである」とし、「金融庁としてはこうした点を含めて保険会社等と対話をしてゆく所存です」と回答しています。そのため、保険会社等が顧客に公的年金制度について説明を行い、意向確認書に「公的保険制度の説明を受けた」とのチェック項目・チェックボックスなどを設けておけば、保険募集の際には保険会社等は公的保険制度の説明をせよとの金融庁の今回の監督指針の改正には一応適合していることになると思われます。

■関連する記事
・【解説】保険業法改正に伴う保険業法施行規則および監督指針の一部の改正について
・【解説】保険業法等の一部を改正する法律について
・かんぽ生命・日本郵便の不正な乗換契約・「乗換潜脱」を保険業法的に考える
・第一生命保険が営業職員等の不祥事の報告書を公表

■参考文献
・吉田桂公『一問一答改正保険業法早わかり』19頁、48頁
・錦野裕宗・稲田行祐『保険業法の読み方 三訂版』173頁
・吉田和央『詳解保険業法』614頁、628頁













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2020年12月22日のメディア各社の報道によると、営業職員の顧客の金銭の詐欺・横領などに関連し、第一生命保険の稲垣精二社長は謝罪の記者会見を行ったそうです。報道や同社サイト上で公表された報告書によると、新たに3件の営業職員による不祥事とともに、本社の保険事務部門(契約サービス部)の不祥事も1件発覚したとのことです。

・「元社員による金銭の不正取得」事案に関するご報告 (PDF)|第一生命保険

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(第一生命保険サイトより)

報告書によると、山口県の特別調査役については、高い営業成績をもつ特別調査役が社内で”女帝”扱いされ、本来、指揮監督する立場にあったはずの西日本マーケット統括部が監督を行っていなかったなどの、組織的な、ガバナンス上の問題が多かったように感じられます。

多くの保険会社は、社内に法務部門・コンプライアンス部門があり、また業務監査部や検査部門が社内の不正のチェックを多重的に行っています。そのような法務・コンプラ部門や監査・検査部門も有効に機能していなかったのでしょうか。コンプライアンスだけでなくガバナンスが機能不全であったということは、取締役ら経営幹部の法的責任が厳しく問われる問題であると思われます。

たしか第一生命は、生保業界では最初に法務部門を設置した会社であり、法務・コンプライアンスを重視しようという社風があったような気がするのですが、それも株式会社化などの時代の流れとともに変容してしまったのでしょうか。

ところで、この報告書をみると、営業部門だけでなく本社の保険事務部門(契約サービス部)でも不祥事があったようで、これも深刻な問題です。年金保険の取扱について、契約サービス部の社員が不正を行って数千万円の金銭を横領したとのことですが、事務手続き上も、情報システム上も、そのような不正が簡単にできたとは考えにくく、大いに気になるところです。

報道などによると、数年前より、第一生命は保険契約の保全に関する業務の大半を情報システム会社(NTTデータ)に外部委託していたそうです。この外部委託により何らかの不正のつけいる隙が生まれていたのだとしたら、由々しきことです。保険の引受業務や資産運用業務、保険金の支払い業務と並んで、保険契約の保全業務も、保険会社のコア業務なのですから。

稲垣社長は代替わりしたばかりですが、今回の一連の不祥事の再発防止策の実施が一区切りしたら、引責辞任は待ったなしの状況と思われます。今回の不祥事を受け、企業ブランドは大きく傷つき、この一年、大手生保の中で第一生命だけ営業成績が大きく低迷している状況です。金融庁だけでなく、"物言う株主"を含め多くの株主が黙っていないものと思われます。

なお、生命保険業界にとっては、この1年は第一生命やかんぽ生命の不祥事が大きく報道される一年だったように思われます。しかし、顧客の金銭の詐欺・横領でここ数年、毎年のように不祥事を起こしているソニー生命保険については、マスコミがほとんど報道を行わなかったのは不思議なことに思われます。

・当社の社員や代理店・グループ企業等を名乗る者が金員を詐取する事案にご注意ください。|ソニー生命

■関連するブログ記事
・第一生命保険が保険契約の保全業務をNTTデータに外注したことを保険業法から考える
・ソニー生命の個人年金保険契約を装う詐欺事件に対して金融庁が立入検査
・かんぽ生命・日本郵便の不正な乗換契約・「乗換潜脱」を保険業法的に考える









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金融庁プレート

1.明治安田生命保険の遺伝子検査に関する見解の新聞報道
Fintech(フィンテック)という言葉がもてはやされるようになった2016年4月に、大手生命保険会社の一つである明治安田生命保険が、人の遺伝子の情報を保険サービスに活用する検討に入ったことが新聞報道されました。

・明治安田生命 遺伝情報、保険に活用検討 病気リスクで料金に差も|毎日新聞

しかしこれは、顧客が生命保険契約に加入する際に、遺伝子情報の内容により、保険料が割高となったり、あるいは保険金額が削減されたり、最悪の場合、顧客が保険加入を断られるリスクが発生する危険があります。そもそも保険とは多数の顧客が加入することにより、広くリスクを分散する、相互扶助の制度であるにもかかわらずにです。

平成27年に改正された個人情報保護法は、「要配慮個人情報」に関する条文を新設し(法2条3項)、病歴などのセンシティブ情報(機微情報)に該当する個人情報は特に厳格な取り扱いが必要と定めました。この要配慮個人情報には遺伝子検査の結果も含まれています(個人情報保護委員会「個人情報保護ガイドライン(通則編)」2-3(8))。また、最近、IT企業などが実施している消費者直版型遺伝子検査(DTC)の結果もこれに含まれます(個人情報保護委員会Q&A1-26、岡村久道『個人情報保護法 第3版』91頁)。

また、アメリカやドイツなどでは、遺伝子情報に基づく進学・就職・保険への加入などにおける差別を禁止する遺伝子差別禁止法が制定されていますが、日本にはそのような法律は未だ存在していないのが現状です。

■関連するブログ記事
・遺伝子検査と個人情報・差別・生命保険/米遺伝子情報差別禁止法(GINA)
・明治安田生命保険が保険の引受け審査に遺伝子情報の利用を表明/ドイツ遺伝子診断法

2.保険法学界の反応
このような一部の生命保険会社の前のめりな姿勢に対して、学説はつぎのような批判的な見解をとっています。

『保険加入のために(加入者の側が)遺伝子検査を受けることを強制されることは自己決定権を侵害することになる。既に遺伝子検査を受けており何らかの異常があることが判明している場合に、自分自身では如何ともしがたい遺伝子情報を理由に保険への加入を拒絶されることは不当な差別である。また生存に不可欠な保険に加入する権利を脅かすものである』(山下友信『保険法(上)』(2018年6月)418頁以下)。


3.金融庁の反応
そして、監督官庁である金融庁も2018年2月のプレスリリースのなかで、このような一部生命保険会社のスタンスをつぎのように牽制しています。

4.「遺伝」情報の取扱いについて
○ 先日、全ての生保会社および損保会社を対象に、約款および事業方法書等に「遺伝」関連の文言が残っていないかの調査を行ったところ、約款に4社、事業方法書等に 33 社、「遺伝」関連の文言が確認された。(略)

○ 各社におかれては、これまでも遺伝的特徴に基づく不当な差別的取扱いの排除に努めているものと承知しているが、今後とも、役職員に対する教育を徹底するなど、引き続き適切に対応してほしい。

・生命保険協会(平成30年2月16日)(PDF:75KB)|金融検査・監督の考え方と進め方|金融庁

4.まとめ
このように、学界や監督官庁から、遺伝子検査の結果などを生命保険の引き受け審査に利用することは、顧客への差別などにつながるので許容されないとの見解が出されている以上、明治安田生命をはじめ、一部の前のめりな生命保険各社は、遺伝子検査情報に関するスタンスを今一度確認する必要があります。

一部の医療機関でない民間IT企業などによる安易な通販型の遺伝子検査(消費者直版型遺伝子検査(DTC))がすでに行われる一方で、わが国においては未だ遺伝子検査・遺伝子情報の取扱について社会的議論が深まっているとはいえない状況にあり、米独などのような遺伝子差別禁止法も制定されていません。

このような社会情勢のなか、生命保険会社が急性に遺伝子検査情報を保険の引き受け査定などに利用することは、社会からの生命保険業界全体への厳しい批判や信頼低下を招くおそれがあります。

また、消費者も占いでも楽しむように安易な感覚で民間企業の遺伝子検査を受けることは避けるべきです。軽い気持ちで検査を受けて、入学、就職、保険への加入など人生における重要な事柄を台無しにしてしまいかねません。

■参考文献
・山下友信『保険法(上)』(2018年6月)418頁以下
・岡村久道『個人情報保護法 第3版』91頁







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金融庁プレート

1.ソニー生命で詐欺事件
新聞記事などによると、ソニー生命保険の高松支社の営業職員が、個人年金保険等の契約を装い、顧客から合計約1億3000万円を詐取していたことが、2017年4月に発覚したそうです。この詐欺事件は2009年から2017年まで行われ、6人の顧客が被害にあったそうです。この営業職員は、高松支社の第一営業所長であり、16人の営業職員の長の立場であったとのことです。

このような不祥事件が発生した場合、保険会社は顧客に対しても、監督官庁に対しても、迅速な対応が求められます。しかし、ソニー生命はこの詐欺事件を起こした営業職員を事件発覚後も5月まで同営業所長の業務を続けさせ、また同社がこの事件について同社ウェブサイト上でプレスリリースを行ったのは約3か月後の7月18日、お詫びの文書を同社の保険契約者約230万人に郵送したのは9月であったそうです。

そうしたなか、同年9月に広島県でもソニー生命関係者が同様の手口で複数の顧客から数千万円の金銭をだまし取っていたことも発覚しました(2018年1月に逮捕)。同月、金融庁はソニー生命に対する立入検査を開始し、現在も検査中であるそうです。記事によると、金融庁は5月に業務改善命令などの行政処分を発出する予定とのことです。

・金融庁、ソニー生命に立ち入り検査 架空契約被害で「完全歩合制」問題視|産経新聞
・ソニー生命、元所長の1億円超詐取で露呈した残念すぎる体質|週刊ダイヤモンド

2.スピード感が求められる-不祥事件の届出
このように一連の経緯をみると、なぜ今回のソニー生命の不祥事件対応はこんなに遅いのだろうかと疑問を感じます。

上でも記したとおり、このような重大な保険募集上の事故(不祥事件)が発覚した場合、保険会社は迅速な対応を要求されます。つまり、営業職員などが保険会社の業務において詐欺・横領・背任などの犯罪行為があった場合、保険業法300条が定める保険募集上の禁止行為があった場合などを不祥事件と呼びます(保険業法施行規則85条1項17号、5項)。

そして、保険会社において不祥事件が発覚した場合は、①本社管理部門などへの迅速な報告およびコンプライアンス規程に基づいた取締役会等への報告、②刑事法に抵触しているおそれのある事実については警察等の関係機関に通報、③事件とは独立した部署での事件の調査解明の実施、を行い、迅速に金融庁または事件が起きた場所を管轄する財務局に「第一報」を行わなければなりません。

そして、当該保険会社は、不祥事件の発生を知った日から30日以内に不祥事件届出書を金融庁に提出しなければなりません(施行規則85条6項、監督指針Ⅲ-2-15(2)①)。かりに保険会社が不祥事件の届出を怠った場合、100万円以下の過料に処されます(保険業法333条43号)。そして、この届出を受けて、金融庁は必要に応じて報告を徴求し資料の提出を求め(法128条)、今回のように立入検査を行い(法129条)、必要に応じて、業務改善命令・業務停止命令などの行政処分を発出します(法132条以下)。

このように、保険業法などは、保険会社において不祥事件が発覚したら、本社関連部門と取締役会に報告し、事件の発生した部署への調査が開始されたら、迅速に金融庁に第一報を行い、そして発覚から30日以内に事件の概要、関係者の処分、被害者への対応、事件の公表、再発防止策などを記載した不祥事件届出書を金融庁に提出することを求めており、不祥事件を起こした保険会社の関係部署や取締役会にはとにかくスピード感が求められます。にもかかわらず、今回、ソニー生命が非常に緩慢な対応をしているようにみえるのは意外です。

また、今回の事件は典型的な刑事被疑事件であるので、保険会社は警察などに通報するとともに、証拠が隠滅されたり、他の新たな案件が勃発する前に、できるだけ早期の段階で損害の拡大を食い止める措置を講じることが求められます(中原健夫・山本啓太・関秀忠・岡本大毅『保険業務のコンプライアンス 第3版』345頁)。にもかかわらず、記事などによると、ソニー生命は事故を起こした営業職員に事件発覚後も1か月以上も業務を続けさせたそうであり、この点は、金融庁から厳しく説明が求められると思われます。

3.コンプライアンス部門や取締役会は何をしていたのか
(1)コンプライアンス部門が2つあるのだろうか
ソニー生命の、「ディスクロージャー誌 2017」65頁以下の「コンプライアンス態勢」の部分を読むと、取締役会の下部組織の「経営会議」に「コンプライアンス委員会」を置き、「全社的なコンプライアンスを統括する部門として「コンプライアンス統括部」を設置」しているとあります。ところがさらに、「営業活動におけるコンプライアンス態勢の強化を目的として「MCC(マーケットコンダクト・コンプライアンス)委員会」を設置し、営業活動におけるコンプライアンス統括のために「業務管理部」を設置しているとあります。

ソニーコンプラ部図
(ソニー生命「ディスクロージャー誌 2017」65頁より)

率直なところ、一つの生命保険会社に、コンプライアンス委員会が二つあり、その傘下にそれぞれコンプライアンス部門が合計2つ存在するというのは、意外な感があります。コンプライアンス統括部が全社を「ゆるく」統括し、保険募集上の事故が起こりやすい支社や代理店部門などの営業部門は、業務管理部が「厳格に」統括するというのなら、まだわかります。(とはいえ、営業部門以外にも、保険金支払査定部門の事務リスク、情報システム部門におけるシステム上のリスク、全社における個人情報漏洩リスクなど、リスクは全社的に存在するので、これもどうかと思われます。)

しかし今回の約10年にもおよぶ被害額1億円超の保険料詐欺事件と、その発覚後のスローモーな事故対応をみると、ひょっとして、ソニー生命社内では、コンプライアンス統括部が主に本社保険事務部門や管理部門を「厳格に」統括する一方で、業務管理部が、営業現場の専門部門であるがゆえに、現場に対して「甘い」対応をしてしまったのではないでしょうか。

(なお、他の生命保険会社にも「募集管理部」という部署はありますが、営業職員等が保険募集の際に使うパンフレットなどの募集資料の作成やチェックなどを行う部署であることが一般的と思われます。)

(2)コンプライアンス委員会が取締役会に直結していない
また、ソニー生命の、「ディスクロージャー誌 2017」89頁の組織図の各委員会をみると、取締役会に直結している委員会は、コーポレートガバナンス委員会など3つのみで、今回の不祥事件対応で主に活動すべきコンプライアンス委員会およびMCC委員会が、取締役会に直結せず、取締役会の下部組織の経営会議に接続されているのも意外な感があります。また社内のほぼすべての部・支社などは、取締役会でなく、経営会議の下におかれています。

ソニー組織図
(ソニー生命「ディスクロージャー誌 2017」89頁より)

そして、経営会議は、ディスクロージャー誌によると、取締役会から選任された執行役員で構成された会議と記載されています。もちろん、代表取締役社長らもこの経営会議のメンバーとなっていますが、多くの執行役員は取締役ではなく従業員のようです。

取締役会は、それぞれの取締役の職務の執行の監督を行い(会社法362条2項2号)、社内を上から下に監督することにより、社内に違法や不正がないかチェックしコントロールしています。しかし、取締役会と経営会議という二重の組織構造をとることにより、取締役会による社内の監督が阻害されていたのではないかというおそれがあります。

このような本社経営部門の二重の組織構造と、コンプライアンス委員会・コンプライアンス部門が2つ存在するということも、今回のような本来、危急の対応を行わなければならない大事件において、ソニー生命が会社として迅速で機動的な運営が行えなかった要因であったかもしれません。

4.まとめ
保険業法は主に法300条で保険募集上の禁止事項を列挙し、個々の営業職員に対して、保険募集上のルールを定めています。そしてさらに、法100条の2は、「保険会社は、その業務に関し、(略)当該業務の的確な遂行その他の健全かつ適切な運営を確保するための措置を講じなければならない」と規定し、法人としての保険会社に、「業務運営のための体制整備義務」を課しています。

今回の不祥事件においては、詐欺をはたらいた営業職員が悪いのはもちろんですが、しかしそれを防止あるいは早期に発見できず、事故が発覚しても迅速な対応を行えなかったソニー生命全体、とくに経営陣と管理部門の体制整備義務違反の程度は軽くないと思われます。

■参考文献
・中原健夫・山本啓太・関秀忠・岡本大毅『保険業務のコンプライアンス 第3版』340頁、345頁

■関連するブログ記事
・ジブラルタ生命の営業職員が契約を偽り顧客から約2億円を詐取/営業職員の契約締結権・告知受領権

保険業務のコンプライアンス(第3版)

保険法(上)

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