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1.はじめに
刑事事件において捜査機関が被疑者・被告人の指紋、DNA型、顔写真などのデータを収集し、これをデータベースに保存していることが問題となっています。これに対して初めて被疑者・被告人の指紋、DNA型、顔写真などのデータの抹消を命じる画期的な判決(名古屋地判令4・1・18・控訴中)が出されたとのことで、見てみたいと思います。

2.事案の概要
原告Xは、自らの居住地の近隣においてマンション建設を行っていた建設会社の従業員とトラブルになり暴行を加えた容疑で現行犯逮捕された起訴されたものの無罪判決が確定した者である。捜査機関は捜査の過程で、Xの承諾の下にXの指紋、DNA型、顔写真、携帯電話のデータを取得した。

本件訴訟は、XがY1(愛知県)およびY2(国)に対しては警察官の現行犯逮捕、捜索差押えおよび取調べに違法がある等として国家賠償法に基づく賠償を求めるとともに、Y2に対し、捜査機関が取得したXの指紋、DNA型、顔写真および携帯電話の各データの抹消などを求めたものである。これに対して裁判所は携帯電話のデータについてはXの主張を認めなかったものの、Xの指紋、DNA型および顔写真の各データについては抹消を命じる判決を出したものである。(控訴中)

3.判旨
(1)指紋、DNA型および被疑者写真のデータベース化について
憲法13条は、国民の私生活上の自由が公権力の行使に対しても保護されるべきことを規定しているものであり、個人の私生活上の自由の一つとして、何人もみだりにその容貌・姿態を撮影されない自由を有すると解される(最高裁昭和44年12月24日大法廷判決、最高裁平成7年12月15日第三小法廷判決)。また、DNA型(略)についても、基本的には識別性、検索性を有するものとして、少なくとも指紋と同程度には保護されるべき情報であるため、何人もみだりにDNA型を採取されない自由を有すると解される(略)。

もとより、これらの自由も公共の福祉のために必要があるときには、相当な制限を受けることはありうるものであり(略)しかしながら、情報の漏出や、情報が誤って用いられるおそれがないとは断言できないものであり、また、継続的に保有されるとして場合に将来どのように使われるか分からないことによる一般的な不安の存在や被侵害意識が惹起され、結果として、国民の行動を萎縮させる効果がないともいえないことからすれば、何の不利益もないとは言い難いのであって、みだりに使用されない自由に対する侵害があると言わざるを得ない。

既述のとおり主として自由主義を基本的価値として標榜する諸外国において、データベースを整備するに際し、DNA型の採取、管理等に関する立法措置を講じ、対象犯罪、保存期間、無罪判決確定時等の削除などの規制を設けているのは、国民の私生活における自由への侵害になりうるとの理解があるものと解される…。

(2)本件各データの削除の可否について
警察法上、犯罪鑑識施設の維持管理その他犯罪鑑識に関する事務が警察庁の所掌事務の一つに掲げられ(同法17条、5条4項20号)、指掌紋規則等については、いずれも犯罪鑑識に関する事務の実施のために必要な事項として警察法81条及び同法施行規則13条1項に基づき制定されたものである。…指掌紋規則等が上記各法令に基づいて制定されていることについて、適法な法律の委任によらないとまで認めることはできない。

そこで、指掌紋規則等を見ると、主として警察当局における指掌紋規則等の取扱いについての規程となっており、データベースの運用に関する要件、対象犯罪、保存期間、抹消請求権について規定がなく、被疑者の指掌紋規則等の抹消については、①指掌紋規則等に係る者が死亡したとき、②指掌紋を保管する必要がなくなったときに抹消しなければならないとされているのみである。

この抹消を義務付ける場合の「必要がなくなったとき」について、令和3年5月11日参議院内閣委員会議事録によれば、政府参考人は、要旨、保管する必要がなくなったときに該当するか否かについては個別具体の事案に即して判断する…と答弁している。

しかしながら、指紋、DNA型及び被疑者写真にはみだりに使用されない一定の保護法益が認められるべきであるから…犯罪捜査のための必要性があるといった公共の福祉の観点から比較衡量して検討する必要があ(る)。

この点、…当該被疑事実以外の余罪の捜査や(少なくとも一定の範囲内の)有罪判決が確定した場合に再犯の捜査に使用するために保管することは許容できると解される。

しかし、…指紋、DNA型及び被疑者写真を取得する前提となった被疑事実について、公判による審理を経て、犯罪の証明がないと確定した場合については、継続的保管を認めるに際して、データベース化の拡充の有用性という抽象的な理由をもって、犯罪捜査に資するとするには不十分であり、余罪の存在や再犯のおそれ等があるなど、少なくとも当該被疑者との関係でより具体的な必要性が示されることを要するというべきであって、これが示されなければ、「保管する必要がなくなった」と解すべきである。

指紋、DNA型及び被疑者写真をみだりに使用されない利益…当該権利自体が人格権を基礎に置いているものと解することは可能であるから、指紋、DNA型及び被疑者写真を取得された被疑者であった者は、訴訟において、人格権に基づく妨害排除請求として抹消を請求することができると解するのが相当である…。

(なお携帯電話のデータについては、本判決は、同データの保管は、刑事確定訴訟記録法または記録事務規程を根拠としており、これらの規定は過去に行われた刑事事件等の記録を一定期間保管することを目的としていること、保存期間の定めがあること等を指摘し、抹消の対象外としている。)
4.検討
(1)本判決の判断枠組み
本判決は、憲法13条は国民の私生活上の自由は公権力の行使に対しても保護されるべきことを規定しているとし、京都府学連事件(最高裁昭和44年12月24日判決)と指紋押捺に関する判例(最高裁平成7年12月15日判決)をあげて、国民にはみだりに容貌・姿態を撮影されない自由、みだりに指紋押捺をさせられない自由があることを指摘し、さらにDNA型についても、識別性・検索性があることから、「少なくとも指紋と同程度には保護されるべき情報」であるとして、何人もみだりにDNA型を採取されない自由を有すると判示しています。

そしてこれらの自由も公共の福祉から制約されることがあるが、しかしこれらの情報の漏出や、情報が誤って用いられる危険、国民の行動への萎縮効果の問題があると指摘しています。

さらに本判決は小山剛教授などの意見書を参考に、ドイツやイギリスなどの立法例を検討し、それらの立法例ではデータベースの対象となる犯罪、管理、保存期間、無罪判決確定時の削除などの規定を置いており、それに対して日本の法制度は国民の人権保障の観点から「脆弱」であると指摘しています。

その上で本判決は指掌紋規則等を検討し、「指掌紋を保管する必要がなくなったときに抹消する」との規定について検討をし、裁判で無罪の確定判決が出された場合にはこの規定に該当すると判示しています。そして本判決は、指紋、DNA型および被疑者写真を取得された被疑者であった者は、訴訟において人格権に基づく妨害排除請求権として抹消を請求できるとして、本事例では抹消を認めています。国側は「データベース化の拡充の有用性」という理由付けで抗弁を行っているようですが、極めて抽象的な理由付けであり、本判決は妥当であると思われます。

(2)携帯電話のデータについて
本判決は指紋、DNA型および被疑者写真の各データについては抹消を認めていますが、携帯電話のデータについては抹消を認めていません。本判決は、同データの保管は、刑事確定訴訟記録法または記録事務規程を根拠としていますが、やや形式的な理屈付けに思われます。

2005年に施行されその後数次の改正が行われている個人情報保護法は、顔データやDNAデータだけでなく、携帯電話に関するデータに関しても、個人データ・個人関連情報として保護の対象としています。また近時の警察のGPS捜査に関する判例(最高裁平成29年3月15日判決)は、位置情報についても継続的・網羅的に収集された場合には違法なプライバシー侵害となりうると判示してGPS捜査には立法が必要であるとしています。

このように考えると、本判決が携帯電話のデータに関しては抹消の対象外としたことには疑問が残ります。

(3)その他
立法論としては、欧州などに比べて日本のこれらの警察当局の各データベースにおける人権保障は本判決も指摘するとおり「脆弱」であるため、国・国会は警察当局の各データベースについて対象となる犯罪、管理、保存期間、無罪判決確定時の削除などの規定や削除の手続き方法などについて立法を行うべきです。「データベース化の拡充の有用性」という抽象的な理屈付けで国や警察当局がこれらのデータベースを漫然と拡大させることは、国民の私生活上の自由を侵害すると考えられ、憲法13条の趣旨に違反すると思われます。

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■参考文献
・『判例時報』2522号(2022年8月21日号)62頁
・乾直行「無罪判決確定者による顔写真、指掌紋、DNA型の抹消請求が認められた事例 名古屋地判令4・1・18」『季刊刑事弁護』112号92頁



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