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1.はじめに
『判例地方自治』平成30年7月号55頁に、海老名市のいわゆるツタヤ図書館に関する住民訴訟の地裁判決が掲載されていました。結論として住民側敗訴の残念な内容の判決です。なお本判決は、公立図書館の指定管理者に関する住民訴訟の判決としては、公開された判決として初のものと思われ、先例的な意義があります。

2.横浜地裁平成29年1月30日判決(一部却下・一部棄却・控訴(控訴棄却))
(1)事案の概要
海老名市は、 市立中央図書館の管理・運営について、地方自治法244条の2 第3項の指定管理者制度を導人し、その指定管理者として、A共同事業体(カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)と図書館流通センターの共同事業体、以下「本件事業体」という。なお図書館流通センターは後に本件共同事業体から撤退した)を指定し、本件事業体との間で基本協定(以下「本件基本協定」という)を締結し、本件事業体に市立中央図書館の管理を委ねるとともに、市立中央図書館の大規模改修工事(以下「本件改修工事」という 。)を行った上で、本件事業体を構成するB社(CCC)に対し、市立中央図書館の一部を書籍等の販売及び喫茶の営業のために使用することを許可した(以下「本件許可」という)。

本件住民訴訟は、海老名市の住民である原告ら(X)が、市の執行機関である被告(海老名市長、以下Yとする)に対し、①本件基本協定は、市立図書館の指定管理者としての適格がない本件事業体との間で締結されたもので違法である旨主張して、本件基本協定を解約することを求め (請求1 )、 ②YがB社に対してした本件使用許可は、市立中央図書館の機能を著しく阻害し、かつ、権限なくされたものであるから違法である旨主張して本件使用許可を取り消すことを求めるとともに(請求2)、本件使用許可をした当時の市長であるCに対して本件使用許可により市が被った損害の賠償請求をすることを求め(請求3)、③市が指定管理者である本件事業体に市立中央図書館の図書購入を委託してその支払を代行させることは違法である旨主張してこれを禁止することを求め(請求4)、④市が本件事業体に対して支出した平成26年度の指定管理料は杜撰な積算のため余剰を生じ、また、本件改修工事にはB社の営業を支援するために行われた必要性のない工事が含まれていたと主張して、上記指定管理料の支出及び本件改修工事に係る請負契約(以下「本件請負契約」という。)締結の当時の市長であるCに対し、当該支出及び本件請負契約締結により市が被った損害の賠償請求(請求5 )をすることを求めた訴訟である。

(2)裁判所の判断
横浜地裁は、Xの請求1、請求2、請求4について、地方自治法242条の2第1項各号の定める住民訴訟の各類型のいずれにも該当しない、あるいはXには訴えの利益がない等の理由により却下しました。

その上で、横浜地裁はXの請求3について次のように判示しています。

『地自法242条の2第1項が定める住民訴訟は、地方財務行政の適正な運営を確保することを目的とし、その対象とされる事項は同法242条第1項の定める事項、すなわち、公金の支出、財産の取得、管理若しくは処分、契約の締結若しくは履行若しくは徴収、管理若しくは債務その他の義務の負担、又は、公金の賦課若しくは徴収若しくは財産の管理を怠る事実に限られるのであり、これらの事項はいずれも財務会計上の行為又は事実としての性質を有するものである。

したがって、 請求3に係る訴えが適法といえるためには、Yがした本件使用許可が、中央図書館の財産的価値に着目し、その価値の維持、保全を図る財務的処理を直接の日的とする財務会計上の行為としての財産管理行為に当たるものでなければならないと解するのが相当である (最高裁平成2年4月12日第一小法廷判決、民集44第31頁参照)。

地教法21条2項所定の教育財産である中央図書館の目的外利用についての使用許可(地自法238条の4 第7項)は、本来、市の教育財産の管理権限を有している市教委(地教法21条2号)が、その管理行為の一環として行うべきものである。

そして、地教法は、教育財産について、その取得及び処分を地方公共団体の長の権限とする一方で(22条4 号)、その管理を教育委員会の権限としていること(21 条2号)、 地自法238条の4第7項の許可を受けてする行政財産の使用については借地借家法の適用がなく(同条8項)、当該使用を許可した場合において、公用若しくは公共用に供するため必要が生じたとき等は、普通地方公共団体の長又は委員会はその許可を取り消すことができるとされており(同条9項)、使用料の額の決定及び減免については別途の処分が予定されていること (同法225条、 228条1項前段参照) に照らせば、 市の教育財産である図書館の目的外使用の許否処分それ自体は、教育行政を所掌する教育財産の管理である市教委が、 教育上及び公共上の政策的な見地から、図書館施設の管理に係る教育行政上の処理を直接の目的としてその許否を決すべき処分というべきであって、当該図書館施設の財産的価値に着目し、その価値の維持、保全を図る財務的処理を直接の目的とする財務会計上の行為としての財産管理行為には当たらないと解するのが相当である。

そして、 中央図書館の本件目的外使用につきYがした本件使用許可は、 許可権限のないYが誤って行ったものであるが、 そうであるからといって、教育上及び公共上の政策的見地から図書館施設の管理に係る教育行政上の処理を直接の目的としてその許否を決すべき処分である図書館の使用許可の性質が変わるものではないから、Yがした本件使用許可も、財務会計上の行為としての財産管理行為に当たらないというべきである。

そうすると、Yがした本件使用許可は、地自法242条1項が定める住民訴訟の対象となる行為であるということはできない』。

このように裁判所は判示し、請求3について却下しています。また、請求5についても裁判所は形式的な審査を行い「本件改修工事はB社の営業支援のために行われたとはいえない」と棄却しています。そして結論として、住民Xらの主張をすべてしりぞけています。

3.検討・解説
(1)住民訴訟の対象
住民訴訟の対象となる事項(地方自治法242条の2第1項)は財務会計行為に限るとされていますが(最判平成2・4・12)、何が財務会計行為かが本件訴訟のように問題となることが少なくありません。

(2)指定管理者制度
指定管理者の指定(地方自治法244条の2第3項)については、市立駐車場の運営に指定管理者を指定した事案において、指定管理者の指定は、当該公共要物の財産的価値の維持、保全を図る財務処理を直接の目的とする財務会計上の行為にあたらないとする裁判例が存在します(大阪地判平成18・9・14、判例タイムズ1236号201号)。このように、裁判例においては、財務会計行為該当性を判断するにあたり、財務会計処分を直接の目的としているかを重視する傾向がみられます(宇賀克也『地方自治法概説 第7版』357頁)。

このような裁判例に対しては、「公物の公物管理権は、当該公物の所有権から派生する権能であると解すれば、公の施設=公物を所有している自治体は、所有権に内包されている管理権限の1つとして管理者を指定する権能を行使することが地自法により認められているのである。それ故に管理者を指定する権能は当然にして財産的側面を有しているのである。それゆえ、住民訴訟の対象性が認められるべきである。すなわち、公の施設=公物の管理に関して、財産的管理と公物の機能管理を截然と区分(することはできない。)」(寺田友子「公の施設の管理外部化にみる住民訴訟」『桃山法学』7号31頁)との批判がなされています。

また、指定管理者の指定の問題は本件訴訟も否定するとおり、取消訴訟などの訴訟類型では争えないものです。そのため、住民としては指定管理者による公の施設の運営などに違法・不当の疑義がある際に住民訴訟で争えないとなれば、指定管理者制度による公の施設の運営は、司法審査が及ばないブラックボックスとなってしまい、これは妥当とは思われません。

(3)先行行為・後行行為論
なお、住民訴訟の場面においても、先行行為に違法があった場合にはその違法性は後行行為である財務会計行為に承継され、当該財務会計行為は住民訴訟の対象となるとするのが判例です(最判昭和60・9・12、宇賀・前掲375頁)。本件訴訟は、海老名市の予算執行部門による指定管理費の支給を後行行為として住民訴訟を提起する道もあったかもしれません。

(4)ツタヤ図書館
ツタヤ図書館は、「町おこし」「街のにぎわいの創出」を目的として、海老名市立中央図書館のおよそ半分の面積を目的外利用で本屋や喫茶店、各種のグッズ売り場とし、大音響のBGMを館内で流し、ツタヤの営業部分が主で図書館機能は従の関係になっています。そして図書館機能をみても、利用者にわかりにくい図書の「独自分類」を採用し図書を配架・分類しており、また、肝心の図書も1990年代、00年代の本が多く並んでいる状態です。

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(WindowsXPの図書が大量に並んでいる海老名市立中央図書館。2015年当時。)

図書館法1条は、図書館の目的を「社会教育法の精神に基づき、図書館の設置及び運営に関して必要な事項を定め、その健全な発達を図り、もって国民の教育と文化の発展に寄与することを目的とする」と規定しています。

解説書によれば、「社会教育法の精神」とは、「教育を受ける権利」(憲法26条)であり、同法は、「国民の教育と文化の発展に寄与する」ために、個々の地方自治体の施策を超えて、「全国画一的保障=ナショナル・ミニマム確保の見地から、それぞれの図書館施設が提供する役務・サービスの最低限度の内容あるいはその利用手続き」を規定したものであるとされています(塩見昇・山口源治郎『新図書館法と現代の図書館』98頁、101頁)。

また、図書館は利用者・国民の「知る権利」(憲法21条1項)に奉仕する公の施設であり、その機能は民主主義の土台でもあります。

図書館法3条は、それぞれの自治体・図書館が「土地の事情及び一般公衆の希望」に沿った創意工夫を行うことも規定していますが、しかしそれは同法3条各号が掲げる、図書・郷土資料等の収集・一般公衆への提供(1号)、図書の分類配置・目録の整備(2号)、レファレンス(3号)などのナショナル・ミニマムの役務・サービスを達成した上で行なわれるべきものです。

利用者・国民の「教育を受ける権利」や「知る権利」・民主主義ではなく、「町おこし」「街のにぎわいの創出」を目的としたCCCを指定管理者とした全国のツタヤ図書館の導入・運営は、図書館法1条に抵触する違法なものであると思われます。

民間により行政が担ってきた公的事業の代替が認められるためには、いやしくも民間化によって、それまで行政により確保されてきた国民の憲法が保障する社会権・生存権がないがしろにされてはならないのです(晴山一穂『現代国家と行政法学の課題』161頁)。

4.まとめ
本件訴訟は住民側敗訴という残念な結果に終わりました。しかしそれは住民訴訟という訴訟類型に住民側の訴えが適合していなかったという形式的な理由に止まるのであり、裁判所はツタヤ図書館に積極的なお墨付きを与えたわけではありません。

ボールは海老名市議会や市当局、海老名市の住民の方々に戻されたものと思われます。海老名市議会にはツタヤ図書館問題の追及を続けておられる理性的な議員の方もおられます。そのような方々のより一層の奮闘が望まれます。

■関連するブログ記事
・海老名市立中央“ツタヤ”図書館に行ってみた

■参考文献
・『判例地方自治』平成30年7月号55頁
・宇賀克也『地方自治法概説 第7版』357頁
・寺田友子「公の施設の管理外部化にみる住民訴訟」『桃山法学』7号31頁
・塩見昇・山口源治郎『新図書館法と現代の図書館』98頁、101頁
・晴山一穂『現代国家と行政法学の課題』161頁

地方自治法概説 第7版

新図書館法と現代の図書館

現代国家と行政法学の課題―新自由主義・国家・法