
1.はじめに
2026年8月28日、警察庁は、警察官がハンズフリーで撮影できるウェアラブルカメラを2027年度から全国で導入する方針を固めたと発表しました。2027年度予算の概算要求には、約2,000台分・約1億7,000万円が計上されています。すでに2025年9月以降、地域・交通・警備の3部門で試験運用が実施されており、福岡県警では公務執行妨害事件で映像が証拠として活用された例や、任意同行が強制的であったとする容疑者の主張を映像で否定した例等も報告されています。
この施策の趣旨・目的は、警察官の公務執行の適正性確保や警察官・市民双方の保護であるとのことです。しかし、この制度は現時点では法律の根拠を欠いたまま、警察庁および都道府県警察の内規・要綱のみによって全国展開されようとしています。本ブログ記事では、この点を憲法・警察法・個人情報保護法の観点から検討したいと思います。結論を先取りすると、警察のウェアラブルカメラは、警察の内規ではなく国会の法律による統制が必要であると考えられます。
2.現状の運用実態
警察庁が2026年8月13日付で公表した広報資料「警察活動におけるウェアラブルカメラ活用の試行結果について」によれば、モデル事業では、職務質問を行う地域部門に39台、交通取締りを行う部門に18台、雑踏警備を行う部門に19台のカメラが配備されたとのことです。撮影中であることが周囲にわかるよう腕章を着用し、被害者から相談を受ける場面や、住宅内に入る際は撮影を中断するなど、一定のプライバシー配慮も講じられているようです。
問題は、こうした運用の中身(閲覧権限、目的外利用の制限、保存期間など)が、法律ではなく警察庁・都道府県警察の内規レベルで定められている点にあります。たとえば香川県警や広島県警が公開している「ウェアラブルカメラ運用規程」では、撮影データは撮影日から1週間後に自動消去されること、目的外利用は個人情報保護法上の目的外利用に当たるため制限されることなどが定められています。
しかし、これらはあくまで警察内部の規律であって、国会審議を経た法律ではありません。すなわち、警察のウェアラブルカメラによる活動により国民のプライバシーの侵害等の問題が発生するのに、そのことについて国会で審議が行われていません。そのため、国会においてプライバシー権など国民の基本的人権と警察の権限行使とのバランスや統制が議論されておらず、「法律による行政の原則」(法律による行政の民主的コントロールの原則)が達成されていないのです。
3.憲法上の論点①―そもそも撮影は許されるのか
警察官による無断撮影の限界については、京都府学連事件・最高裁大法廷昭和44年12月24日判決が基本的な判断枠組みを示しています。同判決は、憲法13条を根拠として「個人の私生活上の自由の一つとして、何人も、その承諾なしに、みだりにその容ぼう・姿態を撮影されない自由を有する」とし、「警察官が、正当な理由もないのに、個人の容ぼう等を撮影することは、憲法13条の趣旨に反し、許されない」と判示しました。
また、犯罪予防目的でのカメラ監視の適法性が争われた釜ヶ崎(西成)監視カメラ事件判決・大阪地判平成6年4月27日は、①目的の正当性、②客観的かつ具体的な必要性、③設置状況の妥当性、④設置及び使用による効果、⑤使用方法の相当性という5要件を示し、これらの要件に基づいて個別に適法性を判断すべきとしています。
今回、警察が導入しようとしているウェアラブルカメラは、 (a)職務質問時の録画、(b)交通取締り時の録画、(c)雑踏警備時の録画、であり、これらはいずれも特定の犯罪の嫌疑を前提としない「犯罪予防目的」の撮影であり、京都府学連事件の「犯罪捜査目的」の撮影とは性質を異にしており、釜ヶ崎(西成)監視カメラ事件の判断枠組みが該当すると思われます。
そこで、釜ヶ崎(西成)監視カメラ事件の判断枠組みに照らすと、たとえば、もし仮に警察官が警ら中にウェアラブルカメラを作動中のままにしておいたような場合は、少なくとも②③⑤の要件が満たされず違法と評価される可能性があります。
また、たとえば、交通違反が多発する地域以外での録画や、花火大会などの規模との関係で必要性・相当性を欠く録画は、②や⑤の要件を満たさず違法と評価される余地があります。
このように、警察庁の運用は、腕章の着用や一定の場面での撮影中断など相当性に配慮した部分があるものの、法律上の根拠がないまま、釜ヶ崎(西成)監視カメラ事件の判断枠組みの5要件の充足を警察内部の自己判断のみに委ねている点は、なお検討を要すると思われます。
4.憲法上の論点②―継続的・網羅的監視という論点
もう一つ、警察官のウェアラブルカメラを考える上で重要と思われるのが、GPS捜査事件・最高裁大法廷平成29年3月15日判決です。同判決は、令状なしに捜査対象車両にGPS発信機を取り付けて位置情報を継続的に取得する捜査手法について、「個人の意思を抑圧して憲法の保障する重要な法的利益を侵害するもの」であり、刑事訴訟法上の「強制の処分」に当たると判断しました。
すなわち、GPS捜査が対象車両の所在と移動状況を「継続的、網羅的に把握することを必然的に伴う」ものであり、現行の令状制度が想定する対象・態様とは性質を異にするため、「立法的な措置が講じられることが望ましい」と述べ、国会に立法をうながしたものです。
今回の警察官のウェアラブルカメラも、もし仮に警ら中に「屋外活動の開始から終了まで」撮影を継続する運用であれば、個別の職務執行の記録という目的を超えて、たまたますれ違った不特定多数の国民個人の容貌・行動を機械的に記録し続ける「面的な監視」に接近する可能性があります。この点で、GPS判決が問題視した「継続的・網羅的な把握」という考え方は、警察官のウェアラブルカメラについても検討に値するものと思われます。
もっとも、GPS判決の事案は特定の被疑者を対象とする秘密裏の捜査であり、他方で今回の警察官のウェアラブルカメラは個別の職務執行の場面ごとにオン・オフされる行政警察活動の記録という性格が強いものです。両者を同列に論じることには慎重さも必要であり、GPS判決の射程がそのまま及ぶか否かには慎重な検討が必要です。しかし、実際の運用がどこまで「継続的・網羅的」であるかは、今後の検討の課題として残るものと思われます。
5.立法によるべきではないか
警察官による録画の法律上の根拠としては、職務質問(警察官職務執行法2条1項)に付随する行為として、あるいは警察法2条1項の責務規定を参照して許容されるという説明が可能ではあります。しかし、警察法2条1項のような「責務」規定を、市民の自由を制限する根拠として十分なものと評価できるかについては検討の余地があります。
また、この問題に関連して注目すべき先例として、通信傍受法があります。同法は、対象犯罪の限定、立会人制度、傍受期間の制限など、捜査機関による通信の傍受という強力な権限行使について、法律レベルで詳細な歯止めを設けています。これに対し警察官のウェアラブルカメラは、運用や保存期間、閲覧権限等も内規任せであり、民主的統制(国会審議)を経ていない点で対照的です。
さらに、警察による個人情報の収集それ自体の違法性を認めた裁判例として、大垣警察市民監視国家賠償・個人情報抹消請求控訴事件(名古屋高判令和6年9月13日、令和4年(ネ)第287号)があります。同判決は、風力発電事業に反対する市民運動を行っていた住民らの個人情報を岐阜県警察が長年にわたり収集・保有し、その一部を電力会社に提供していた事案について、国家賠償法上の違法を認定しました。
同判決は、警察法2条1項の責務規定のみを援用して、公共の安全と秩序の維持を名目にフリーハンドで情報収集活動を行うことは許されないとした上で、明文の法律上の根拠がない情報収集活動である以上、当該個人について一般国民とは異なる取扱いをすることを正当化するだけの目的及び必要性を、捜査機関の側が個別的・具体的に主張立証しなければならないという判断枠組みを示しました。
すなわち、内規・要綱レベルの自主的な運用に委ねられている場面では、適法性を基礎づける主張・立証責任は警察側が負うべきだ、という考え方です。また、市民運動等について、犯罪性や公共の安全・秩序への危険性が認められないにもかかわらず、際限なく危険視して情報収集し監視を続けることは、憲法が保障する集会・結社・表現の自由(21条1項)に反すると判示したことも注目されます。
この大垣警察事件の判断枠組みは、警察官のウェアラブルカメラの議論にも応用できます。すなわち、警察庁の内規のみに基づいて撮影・保存・利用が行われている以上、ある録画行為の適法性が争われた場合には、警察の側が、当該録画についての目的の正当性と個別具体的な必要性(前記の釜ヶ崎(西成)監視カメラ事件の5要件のうちの①②)を主張立証しなければならないと解すべきと思われます。
こうした一連の事件・裁判例は、警察による情報収集・録画のあり方について、内規による自己統制だけでは限界があることを示しているように思われます。
6.令和8年改正個人情報保護法との関係
2026年7月に成立した令和8年改正個人情報保護法は、防犯カメラの顔認証データ等を念頭に置いた「特定生体個人情報」という新しい概念を創設しました(改正法16条5項)。これに該当する場合、事業者には、取扱いに際しての事前周知義務(改正法21条の2)、オプトアウトによる第三者提供の禁止(改正法27条2項)、そして違反の有無を問わない利用停止等請求権(改正法35条7項・8項)という3本柱の規律が課されることになります。
もっとも、これらの規定はいずれも個人情報保護法第4章(個人情報取扱事業者等の義務等)に置かれたものであり、その適用対象は民間の個人情報取扱事業者である。警察をはじめとする行政機関等は、別途第5章(行政機関等の義務等)の規律に服するのであって、今回新設された特定生体個人情報の規律は、警察が自ら保有するウェアラブルカメラ映像には直接及びません。すなわち、今回のカメラに関する個情法改正は、警察が収集する映像の規律強化にはつながっていません。
(なお、私人が保有するカメラ映像の警察への提供についても、司法は緩やかな基準しか示しておらず、事業者の自主ガイドラインに委ねられてきた経緯がある(名古屋高判平成17年3月30日。評釈として石村修「コンビニ店舗内で撮影されたビデオ記録の警察への提供とプライバシー」専修大学ロージャーナル3号26頁)。)
7.まとめ
警察官のウェアラブルカメラの導入は、公務執行の適正性確保や警察官・市民双方の保護という点で一定の合理性を有する施策です。しかし、その運用の核心部分(保存期間、閲覧権限、目的外利用の制限、釜ヶ崎(西成)監視カメラ事件の5要件の達成など)が、法律ではなく警察内部の内規・要綱のみに委ねられている現状は、憲法13条の趣旨や警察比例原則との適合性の観点から、なお検討を要するものと考えられます。
警察のウェアラブルカメラは、国民のプライバシー侵害等の問題が発生するのに、そのことについて国会で十分な審議が行われていません。そのため、国会においてプライバシー権など国民の基本的人権と警察の権限行使とのバランスや統制が議論されておらず、「法律による行政の原則」(法律による行政の民主的コントロールの原則)が達成されていません。したがって、警察のウェアラブルカメラについては、国会での審議を経た立法が必要であると考えられます。
今後の政令・委員会規則の整備動向とあわせて、この論点についての立法的対応の動向が注目されます。
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■参考文献
・共同通信「警察官の装着カメラを全国導入へ 27年度から、有効性を確認」(2026年8月28日)
・警察庁「警察活動におけるウェアラブルカメラ活用の試行結果について」
・弁護士ドットコムニュース「警察官のカメラ着用、試験導入…「撮られたくない人」置き去りでいいのか? 弁護士「かなり課題ある」と懸念」
・渡邉雅之「特定生体個人情報とは?定義や具体例、企業に求められる対応など」BUSINESS LAWYERS(2026年9月9日)
・石村修「コンビニ店舗内で撮影されたビデオ記録の警察への提供とプライバシー」専修大学ロージャーナル3号(2008年)26頁