
1.はじめに
米カリフォルニア州の、モブリー対ワークデイ訴訟(Mobley v. Workday 訴訟)は、AIを利用した採用ツールが違法・不当に求職者を選別・差別しているかを争点とした集団訴訟という点で注目を集めています。以下少し調べてみました。本訴訟は現在係争中のものですが、以下のとおり注目すべき内容を含んでいます。
2.モブリー対ワークデイ訴訟の事案の概要と裁判所の判断
(1)事件番号等
事件番号:3:23-cv-00770
管轄裁判所: 米国カリフォルニア州北部地区連邦地方裁判所 (U.S. District Court for the Northern District of California)
提訴日: 2023年2月21日
訴訟の種類: 442 公民権(雇用・就業差別) (Civil Rights: Jobs)
(2)事案の概要
原告の一人の、デレク・モブレー氏(Derek Mobley)は、50歳代でITエンジニア、うつ病などの精神疾患をもつ求職者であったが、2018年以降に100件を超える採用選考に応募し、いずれも不採用となった。そこで、クラウド型HRソフトウェア大手のワークデイ社(Workday社)に対し、同社のAI搭載採用ツールが、人種・年齢・性別・障害といった属性を理由に求職者を不当に選別・差別しているとして、2023年2月21日に訴訟を提起したものです。
原告らは人種・年齢を理由とする意図的差別、および人種・年齢・障害を理由とする差別的効果(disparate impact)について、1964年公民権法第7章(人種・皮膚の色などを理由とした従業員の差別を禁止する規定)、1866年公民権法(Section 1981)、ADEA(年齢差別禁止法)、ADA(障害者差別禁止法)に基づく請求を主張し、さらにワークデイ社による差別の幇助(aiding and abetting)についてカリフォルニア州公正雇用住宅法(FEHA)に基づく請求も行っています。
北カリフォルニア連邦地裁のRita F. Lin判事がこの案件を担当しており、訴訟は複数回の訴状修正と却下申立てを経て進行してきました。
(3)裁判所の判断の経緯
(ア)2024年7月(最初の実質判断)の裁判所の判断
裁判官は、ワークデイ社の却下を求める申立てを一部認容・一部棄却しました。この際、AIベンダーであるワークデイ社が、雇用主の「代理人(agent)」として差別責任を問われ得るとの判断が示され、AIを用いた採用支援サービスを提供するベンダーも差別訴訟の被告になり得ることを示す画期的な先例として注目されました。
(イ)2026年6月22日(最新の判断)
裁判官は、原告らの第4次修正訴状(Fourth/Third Amended Complaint)に対するワークデイ社の却下申立てについて、再び大部分を棄却(=原告の請求の存続を認める)する決定を下しました。主なポイントは以下の通りです。
(a)カリフォルニア州法(FEHA)の適用範囲
ワークデイ社は、「自社のツールはカリフォルニア州外の求職者に適用されたものであり、FEHA(カリフォルニア州公正雇用住宅法)は適用されない」と主張しましたが、裁判所はこれを退けました。ワークデイ社がカリフォルニア州の本社で本件ツールを設計・開発・運用しているという原告の主張により、カリフォルニア州との十分な関連性(nexus)が認められると裁判所は判断しました。差別的な運用の起点がカリフォルニア州内の事業活動にあると認められる限り、応募者や採用先の所在地が州外であってもFEHAが適用され得るとの判断です。
(b)ADA(障害者差別法)に基づく請求
原告の一人が新たに追加した「代理指標(proxy)による差別」の主張については、これは以前に裁判所が修正を認めた範囲内のものであるとして、裁判所は、ワークデイ社の却下を求める申立てを退けました。具体的には、医療目的の休職による職歴の空白期間など、障害を推知させる代理指標に基づいてAIが応募者を排除している可能性があるという原告らの主張について、裁判所はこれを却下しませんでした。
(4)本件訴訟の意義
この訴訟は、AI採用ツールを提供するベンダー自体が差別訴訟の被告となり得ること、および州境を越えて用いられるAIツールであっても、開発・運用拠点の所在地(カリフォルニア州)を根拠に州法の適用を受け得ることを示した点で重要とされています。この段階の決定はワークデイ社の技術が実際に差別的であるかどうかの結論を示すものではありませんが、原告が証拠開示(ディスカバリー)手続きを通じて主張を追及することを認めるものであり、AI採用ツールに対する社会の監視の高まりを改めて示すものとなっています。
(5)補足:「代理指標(proxy)による差別」とは何か
ADA(障害者差別法)は、雇用主が求職者の障害を理由に不採用とすることを禁じていますが、実務上、雇用主(やAIツール)が「障害」そのものを直接の判断材料にしなくても、障害と統計的に相関する別の情報(=代理指標、proxy)を使って間接的に障害者を排除している場合、それもADA違反となり得るという考え方が、「代理指標(proxy)による差別」です。
原告らは、本件訴訟において、ワークデイ社の採用AIソフトウェアが、医療目的の休職に起因する職歴の空白期間や、治療・療養を経た者に典型的に見られるパターンといった情報を手がかりに、障害を持つ応募者を不当に排除している可能性がある、と主張しています。 つまり、職歴データに「〇年間のブランク」がある、そのブランクのパターンが、病気治療・入院・リハビリなどでキャリアが中断した人によく見られる形をしている、といった情報をAIスクリーニングツールが(意図的か否かにかかわらず)拾い上げ、これを「望ましくない候補者」のシグナルとして扱っている結果、障害を持つ応募者が不当に足切りされているのではないか、という主張です。
障害の診断名や病歴そのものを直接尋ねているわけではなくても、統計的に障害と強く結びつく別のデータ(職歴の空白パターンなど)を用いることで、実質的に障害者を狙い撃ちにした選別と同じ効果が生じ得る、というのがこの「proxy discrimination(代理指標による差別)」理論の概要です。
3.まとめ
このように、モブリー対ワークデイ訴訟において、原告らは、ワークデイ社のアルゴリズムが職歴の空白などを理由に、黒人や高齢者、障害者を自動的に弾いていると主張しています。そのため、AIがどのような基準で人を不採用にしたのか、そのアルゴリズムの開示を求める本格的な裁判となっており、この点が注目されています。
また、本件訴訟は、裁判所が、AIツールを提供するワークデイ社を雇用差別法上の「間接的な雇用主(雇用の仲介者)」とみなす余地を認めたため、IT企業側が直面する法的リスクが大きく増加する可能性があります。すなわち、外部AIベンダーも「雇用主」として採用差別について責任を負うとの判決が出される可能性があり、注目されています。
最近の日本においても、多くの企業が採用選考にAIツールを利用していると考えられますが、日本の企業の人事労務部門や法務部門、IT部門なども、このモブリー対ワークデイ訴訟においてどのような判決が出されるか注目すべきように思われます。
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■参考文献
・「超知能 きしむ世界(3)「アルゴリズムが差別」訴訟に発展 採用にAI、問われる責任」|日本経済新聞
・California Federal Court Grants In Part And Denies In Part Workday’s Motion To Dismiss In Mobley v. Workday|CLASS ACTION DEFENSE
・Recent Developments in Mobley v. Workday: California Court Allows Key AI-Hiring Bias Claims to Move Forward|REAVIS PAGE JUMP